時論公論 「イスラエル・ハマス "停戦"の行方」2014年07月31日 (木) 午前0:00~

出川 展恒  解説委員

■パレスチナ暫定自治区のガザ地区を舞台にした
イスラエル軍とイスラム組織「ハマス」との戦闘は、
すでに3週間を過ぎ、いっそう激しくなっています。
パレスチナ側の犠牲者は、1280人を超えました。
その4分の3は、ハマスとは関係のない一般市民で、
子どもの犠牲者が、およそ250人です。
一方、イスラエル側の犠牲者は56人、
戦闘で死亡した軍の兵士が大部分で、市民の犠牲は3人です。

国連、アメリカ、エジプトを中心に、
停戦を目指す調停が続けられてきましたが、実を結んでいません。

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停戦の実現を妨げている要因は、主に3つあります。
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▼第1に、「国家 対 国家」の戦争ではなく、
「国家 対 武装組織」の戦いとなっていることです。

▼第2に、イスラエルとハマスは、互いに相手を承認しておらず、
直接交渉する意思もありません。

▼第3に、その両者の間に立って停戦を説得できる有力な調停役がいません。

つまり、国連などのお墨付きがなく、
すべてのパレスチナ人を代表しているとは言えない「ハマス」という組織が
一方の当事者となっている武力紛争をどう解決するのか。
その難しさが浮き彫りになっているのです。

 

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■戦闘の舞台となったガザ地区は、
地中海に面し、イスラエルとエジプトに挟まれた細長い土地で、
東京23区の6割くらいの面積です。
ここに、およそ180万人が暮らしています。

「中東和平プロセス」の第1段階として、
20年前から、パレスチナ人による自治が行われてきましたが、
8年前の選挙で、イスラエルの生存権を認めない「ハマス」が勝利し、
その後、「ハマス」が武力でガザ地区を制圧し、実効支配しています。

イスラエルは、テロの防止を理由に、ガザ地区を堅牢な壁とフェンスで囲い込み、
エジプトとも協力して、人とモノの出入りを非常に厳しく制限してきました。
一般の住民は、特別の事情が認められない限り、ガザ地区の外に出られません。
これが、問題の背景ともなっている「ガザ地区の封鎖」です。

■イスラエルとハマスの間で、激しい戦闘が起きたのは、今回で3回目ですが、
双方とも、明確な目標を掲げています。

 

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まず、イスラエル側は、「ハマスの武装解除」、
つまり、ハマスの攻撃能力を奪い、再び攻撃を仕掛けてこないようにすることです。
具体的には、「ロケット弾」と「地下トンネル」を徹底的に破壊することです。

▼ハマスが発射する「ロケット弾」の射程が大幅に伸び、
テルアビブやエルサレムなどの主要都市も含め、
イスラエルの国土の3分の2に届くようになりました。

▼「地下トンネル」のうち、今、問題にされているのは、
ハマスが、ガザ地区とイスラエルの境界線の地下をくぐり抜けるように建設した
トンネルで、およそ30本あるとされます。
イスラエルは、ハマスが、これらのトンネルを使って
戦闘員をイスラエルに侵入させたり、武器を隠したり、
攻撃の拠点としていると見て、
これらのトンネルを徹底的に破壊する方針です。

 

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■一方、ハマスは、停戦に応じるための条件として、
▼ガザ地区の封鎖を解除することと、
▼イスラエルによって身柄を拘束された多数のメンバーの釈放を
強く要求しています。

ハマスは、アラブ諸国の政変の影響で、シリアやエジプトの後ろ盾を失って、
政治的にも、経済的にも、窮地に追い込まれており、
まさに、組織としての生き残りをかけた戦いです。

すでに大勢の犠牲者が出ているだけに、
ガザの人々が長年苦しめられてきた封鎖の解除や大幅な緩和に結びつけば、
「戦いでの勝利」を内外にアピールできます。

 

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■停戦の実現に向け、先週、
国連のパン・ギムン事務総長やアメリカのケリー国務長官が現地を訪れ、
先にエジプトが示した停戦案をベースに説得を試みました。

エジプトの停戦案は、
「イスラエルとハマスの双方が、すべての攻撃を停止し、
 そのうえで、長期的な停戦に向けた話し合いを行う」
という内容です。

現地は、イスラム教の断食の月ラマダンが明け、
「イード」と呼ばれる重要な祝日を迎えており、
それを理由に、「一時的な停戦」を働きかけていますが、実現していません。
ハマスを直接説得できる調停役がいないことが、大きな障害となっています。

▼まず、国連は、ハマスと全く接点がありません。

 

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▼パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は、
7年ぶりにハマスと和解し、先月、「統一内閣」をつくりましたが、
ガザ地区のハマスの行動を、全くコントロールできない状態です。

 

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▼停戦案を出したエジプトは、1年前の政変で、
ハマスとつながりが深かった「ムスリム同胞団」の政権が倒れ、
代わって政権に就いたシシ大統領が、ハマスを敵視していることから、
直接説得することはありません。

 

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▼また、アメリカは、ハマスを「テロ組織」に指定しており、
直接対話することを避けています。
同盟国イスラエルに配慮した姿勢と言えますが、
そのイスラエルのネタニヤフ政権との関係も、
今回、大勢の市民の犠牲が出たことや、調停の進め方をめぐって、緊張しています。

確かに、ハマスは、イスラエルとの平和共存を、一貫して拒否し、
武装闘争を続けてきましたが、
民主的な選挙で、多く住民の支持を受け、ガザ地区を支配してきたプレーヤーです。
それを国際社会が、交渉や対話から排除してきたツケが回ってきたとも言えます。

■停戦実現の見通しは、依然として立っていませんが、
イスラエルも、ハマスも、この戦闘をいつまでも続けるつもりはないようです。
双方の指導者とも、戦闘で払う犠牲と政治的な成果を天秤にかけ、
停戦に応じるかどうか、判断するものと見られます。
その場合、国民や住民を納得させる説明が必要です。

▼イスラエルでは、今週行われた世論調査で、
国民のおよそ9割が、ガザでの軍事作戦の継続を支持していることが
明らかになりました。
ネタニヤフ首相は、「ガザの非武装化が不可欠だ」と繰り返し強調しています。
ハマスのロケット弾攻撃が止み、地下トンネルの大部分を破壊したと判断するまで、
攻撃を続ける可能性が高いと思います。
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▼一方、ハマスとしては、
ガザ地区の封鎖の解除、あるいは、大幅な緩和に道筋をつけること。
イスラエル側に、より大きな被害を与えることを目指して、
ギリギリまで攻撃を続ける考えと見られます。

ただ、ハマスは、「一枚岩」ではなく、政治部門と軍事部門、
ガザにいる指導者と外国に亡命中の指導者との間に、それぞれ意見のずれがあり、
組織としての意思決定に手間取っているという見方も出ています。

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■いわゆる「アラブの春」と呼ばれる政変の影響で、
シリア、イラク、リビア、エジプトなどで、
イスラム武装組織が、従来の国家の枠組や支配に挑戦する動きが、
同時並行で起きています。

中東・北アフリカ地域は、ますます不安定化していますが、
戦争や内戦を終わらせる役目を担うはずの国連も、
こうした変化に十分対応できていません。

■ガザ地区で、さらに危機的な状況が進んだ場合には、
ハマスよりも過激なイスラム組織が台頭する可能性も指摘されています。
それだけに、一日も早く、停戦を実現させ、
長く閉じ込められてきた住民の生命と暮らしを守ることが求められます。

そして一時的な停戦から、永続する停戦を実現させ、ガザの封鎖を解除するとともに、
再び武器がガザに持ち込まれないよう、チェック体制を確立することが大切です。
こうした目標を達成するには、国際社会の協力が不可欠で、
「和平に反対するイスラム組織とは、一切交渉しない」と言った
硬直した姿勢を改める時が来ていると思います。

(出川展恒 解説委員)