減らせ突然死 ~AED10年目の想い~
2014年7月29日
「日本版蘇生ガイドライン2010」がまとめられたのは2011年。このガイドラインでは胸骨圧迫(心臓マッサージ)の重要性、短時間での心肺蘇生講習などを含めた、市民による心肺蘇生法の実施や普及の重要性等がいっそう強調された。
心肺蘇生講習は「より分かり易くより簡易であるべき」とされ、講習内容・教育法の工夫、学校教育における心肺蘇生法の教育、AEDも含めた心肺蘇生のための器具の開発等が行われた。
市民に対するAEDの使用を含めた救急蘇生法の講習は、これまで3時間程度が目安とされていた。これは市民向けの研修として参加するには長いことから、「日本版蘇生ガイドライン2010」では、3時間講習は「受講経験のある一般市民が救急蘇生法に深く触れるための講習」と再定義された。
また学校においても、授業の時間割、講師の技量、生徒数、実習に用いるAEDの数などを考えると、3時間講習は実施困難であることが指摘されていた。
そこで、胸骨圧迫とAEDの使用に特化した90分程度の入門講習が併せて行われることで、救急蘇生法に取り組む国民のすそ野がより広がることが期待されるようになった。
広く国民に心肺蘇生法の重要性を普及する基本的方策としてガイドラインでもう一つ強調されたのが、学校教育における救急蘇生法講習の実施である。
日本では世界に先駆け、2001年より中学校・高校での心肺蘇生法の教育を学習指導要領に組み込んだ。今回のガイドライン変更をうけ、文部科学省・厚生労働省・総務省消防庁は対象年齢を下げ、おおむね10歳以上の小・中・高校生とした。
小学生もその対象に含まれたことは、我が国の心肺蘇生法普及の上で大きな進歩である。さらに授業等で心肺蘇生法を学習する機会をより多くもつことも強調された。
2009年の調査によると、全国の心肺蘇生法講習への参加者数は約350万人程度とされている。そのうちの半分近くを消防組織が実施しており、学校内では4%程度と考えられていた。
2013年の調査では、全国にある791の消防組織のうち、93%にあたる759組織が学校への心肺蘇生法を実施するようになり、日本赤十字でも学校向けの短時間講習を14万件弱おこなったことが報告されている。これ以外にも心肺蘇生法普及団体など20団体により、学校に向けた短時間の心肺蘇生講習プログラムが全国で約14万件実施されるようになってきた。
2018年に予定されている学習指導要領改定では、小学校、中学校、高等学校における心肺蘇生法の重要性がさらに強調され、学校で心肺蘇生法を学ぶ機会をより増やすことが望まれる。
日本では毎年7万人を超える方が心臓突然死で亡くなっており、多くは50歳以上で70代後半がピークである。
しかし図3にあるように、幼年時・青少年時にも小さいピークを見て取ることができる。なかでも、学校において毎年100人程度の心停止が発生していることに注目すべきである。
その多くは、運動強度が増す中学生・高校生に発生している一方、小学生でも通常の心臓検診などで検出されない運動誘発性の心停止が発生していることが知られている。
つい数年前までは生徒への心肺蘇生にAEDを併用することは少なかったが、日本学校保健会が2014年に報告した調査によると、少しずつ改善している。
「小学校での心停止の発生数」は最近の5年間で584件あり、うち47%近くでAEDが使用された。しかし、心肺蘇生との併用は31%にとどまった。中学・高校では、AEDを心肺蘇生として組み込んで実施していたケースが60%を超え、AEDが作動した事例は全体の50%にも至った。
学校における心停止例を救命するためには、医師や救急救命士などの救急処置に期待するのではなく、心停止に立ち会う「バイスタンダー」となる可能性の高い教職員や生徒への心肺蘇生教育の実施、とりわけ小学校での教育がいっそう望まれる。
我々の過去の研究では、正しい心肺蘇生教育を受けていない市民は、78%以上が誤った心肺蘇生を行うことも判明した。それゆえより多くの市民がいざというときに正しい手当を行うためにも、学校での心肺蘇生教育の充実は突然死を減らすための重要な柱となるものである。
心肺蘇生教育や応急手当教育については、すでに15年前から中学体育・高校保健体育の授業内で実施することが学習指導に記載されている。しかし、日本学校保健会が2014年に報告した調査によると、実際に行われているのは小学校で10%、中学校42%、高等学校では63%にとどまっていることが判明した。
教員を対象としたアンケートでは、100%が心肺蘇生教育が必要と理解していながら、実施できていない理由として「良い教材がない」「教え方がわからない」「時間がない」といったことが挙げられるなど、非常に消極的な結果であった。
このように、学校での心肺蘇生教育の重要性は認識されているものの、必ずしも普及は進んでいない。現状を打開するためには、学術団体、消防機関、その他の心肺蘇生普及団体と教育現場との連携に加え、学校教職員による授業としての心肺蘇生教育の実施が必要である。
とくに小学校では、心肺蘇生教育がいままで学習指導要領へ記載されておらず、やはり2018年の改訂では小学校の学習指導要領への記載は必須だ。今後、教育委員会への働き掛け、資器材購入費の予算化など、学校現場での心肺蘇生指導者育成のための具体的施策が必要である。
このような状況を打破するため、日本臨床救急医学会では学校内での心肺蘇生などのBLS(Basic Life Support、一次救命処置)普及を目標に「学校へのBLS導入検討委員会」を2008年に立ち上げ、児童・生徒の集中力、学年による学習形態の特性や学校の授業時間に適した心肺蘇生指導のあり方を討議してきた。
学校内で心肺蘇生教育を実施している消防機関やNPO団体、日本ライフセービング協会、日本医師会、日本歯科医師会、学校教員などの専門家の経験やそれに基づく各団体の意見を集約し、また学校での心肺蘇生教育はどうあるべきかを、日本版救急蘇生ガイドラインに基づき、児童・生徒の集中力や学校の時間割に適した指導方法の共通認識(コンセンサス)を作成した。
http://jsem.umin.ac.jp/about/school_bls.html
さらに、全ての子供たちが実技を伴う心肺蘇生の教育を受けることができるよう、文部科学省へ提言をおこなった。
単に心肺蘇生の技術を教えるのではく、こどもたちが「いのちの重要性」を理解する機会として、また親子でいのちを語る機会づくりとしての心肺蘇生教育を推進したいと考えている。
文部科学省への提言
- 中学校、高等学校において、教育指導要領に準じて学校内で実技を伴う心肺蘇生の授業実施を確実に実施できるよう、教育委員会では教員を指導者として養成すること。
- 大学の教職課程での心肺蘇生指導プログラムの必修化や、現職の教員による指導(学校教員用)セミナーの開催を企画するなど、心肺蘇生を指導できる教員を養成すること。
- 小学校については、指導要領に含まれている「けがの手当」に加えて、心肺蘇生・AEDの実技を伴う学習を盛り込むことを検討すること。心肺蘇生教育導入に向けて、一部の地域・学校で小学生に対する心肺蘇生教育を実践し、その評価を行うこと。
- 災害に対する学校の安全を確保するため、AEDの複数台の設置に加え、いつでも使用できるように全教職員の心肺蘇生講習受講を必修化し、地域に向けてAEDが設置されていることを示すこと。
文部省の提言に加え、この「減らせ突然死プロジェクト」を通じて達成すべきことを以下に列挙する。
- 2011年9月に厚生労働省・総務省消防庁・文部科学省より同時に提示された「小学校5・6年を対象とした心肺蘇生教育」を確実に実施できるよう、総力をあげて検討する。
小・中・高校で救急蘇生法を指導できる教員が少ないため、学校教員向けの講習会や指導者マニュアル、講習会で出た質問(Q&A集)をまとめた副読本などを充実させるなど、学校教員が指導できる体制づくりを補助していく体制構築が急務と考えられる。
とくに、小学校教員の養成プログラムには現在、心肺蘇生法が組み込まれていないので導入を検討する。- 学校保健安全法の中の職員研修計画という項目においても、教員が心肺蘇生法を学ぶこともできる。さいたま市の「ASUKAモデル」を危機管理の手本として、学校のリスクマネージメントの観点から応急手当や心肺蘇生法を教職員・学童・生徒・学生に教える。
東日本大震災以降、避難訓練や総合的な学習の時間での防災教育が重視されていることから、「人を助ける」といった切り口で小学生の授業内でAEDを使用したり心肺蘇生法の普及を図ることも可能である。- 小学校や中学校には学校医が存在する。日本医師会では全国の学校医を取りまとめており、この医師会・学校医を通じて心肺蘇生法の重要性を強調し、またAEDの適正な普及について協力を仰ぐことも重要である。
学校における子どもたちへの心肺蘇生教育は、家庭内で両親や祖母などと「いのちの重要性」を語るきっかけにもなり、いざという時に家族がお互いの命を守ることができるようになるための環境作りにもつながる。
このように、子どもたちへの心肺蘇生法普及は我が国の喫緊の課題であり、この「減らせ突然死プロジェクト」が主体的に推進するべきと考えている。
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