ラファエル前派からゴスロリまで!ゴスの系譜概略『魔女の世界史』

posted by Book News 編集:ナガタ / Category: 新刊情報 / Tags: 文学, 批評, 歴史, 美術・芸術,

今回は、魔女の世界史 女神信仰からアニメまで (朝日新書)をご紹介します。

本書は、博覧強記で知られる海野弘氏が「魔女」をテーマに近現代の世界を眺め、現代にかつてなく氾濫しているという「魔女」的なイメージの来歴を描き出す、というもの。「まえがき」には魔女=witchの語源諸説から魔女狩りの時代などの歴史が概説されていますが、本書のメインで語られるのは、19世紀末・1970年代以降の20世紀・21世紀初頭、という時代。それぞれ美術・カウンターカルチャー・サブカルチャー、とりわけ「ファム・ファタル」、「新魔女運動」、「ゴスロリ」といったテーマが軸になって紹介されています。

本書では「魔女」は「魔法を使う女性」という程度の意味で使われており、「魔法」も厳密には定義されていないため、恣意的に対照が選ばれ論じられているという印象を持たれるかも知れません。しかし、逆を言えば、近現代の様々な事象が「魔女」というキーワードを中心にまとめあげられているとも言えるのです。

日本の読者は、中世の魔女にしか関心を持たないのだろうか。しかし、〈魔女〉を中世的な、固定された古めかしいイメージから解放し、新しい視点から見直せば、現代における新しい〈魔女〉が見えてくるだろう。
…本書の「まえがき」にある言葉です。本書は「魔女」というキーワードを中心に世界史を見直し、そこで得られた「新しい視点」から「新しい魔女」を見出そうとするのです。




本書には実に様々な人々、彼らの思想をまとめた書籍や作品がたくさん紹介されていますが、第1章で取り上げられている『ゴシック・リヴァイヴァル 』では、思想家ジョン・ラスキンが19世紀末の美術運動「ラファエル前派」に接近したことが触れられていました。建築、文学、美術(そして社会運動)が近代化の大きなうねりのなかで互いを盛り立て合い、「女性」とりわけ「魔女」的な姿をどのように描き出していったのでしょうか。

冒頭で書いたとおり、本書の第2章は1970年代以降の「新魔女運動」を紹介しています。この聞きなれない人も多いであろう「新魔女運動」というムーブメントの前段階として、やはり人によっては意外かも知れませんが、本書ではフェミニズムの存在を重視しています。

そして「1960年代の反体制運動、ビート・ジェネレーション、学生の反乱、ヒッピー運動」を経て、フェミニズムが「新魔女運動」を「点火」します。1970年代の「魔女」には、政治的で社会に働きかけるオープンなフェミニズム、閉鎖的な信仰グループとしての新魔女運動、そしてその中間という3つのグループに分かれ、中間グループは学術・芸術を通して両者をつないでいる、というのが本書の解釈です。

伝統的な古代の魔術を受け継ぐと称する「新魔女運動」は「ウィッカ」「ウィッカン」とも呼ばれ、かつて深い森のなかで1対1の師匠と弟子が術の伝承を行なっていたのに対し、魔術教室やワークショップが開かれるようになりました。これらの教室で教えられている「魔女カリキュラム」の出自についても歴史があり、本書で実に簡潔にまとめられたその来歴を読むことができます。

余談ですが、「『不思議の国のアリス』のモデルになったアリス・リデルの親戚」メーザーズ・リデルと「アンリ・ベルグソンの妹」モイナという夫婦がちょっと登場するのですが、凄い夫婦ですね…。ペイガニズムやヌーディズムといったこれまた一部の人の関心を強く惹きそうな話題も登場します。

もうひとつ興味深いのは1950年代までイギリスには「魔女禁止法」という法律があったということです。結局禁止されていても魔女は生き続け、のちの「新魔女運動」の表出を準備する人々は第二次大戦前夜から戦下の状況にあっても密かに魔術を執り行っていたのですが、この「魔女禁止法」が廃止されたことで運動が活性化・表面化したことは間違いないでしょう。

また、第1章で文学に触れたように、第2章でも文学が登場します。しかもSF文学。ハインラインやル・グインやスタージョンといったSFファンにはお馴染みの名前が出てくるので、ファンの方々はお楽しみに。また、1960年代・70年代にあったケルトブームのルーツにも、新魔女運動やフェミニズムが関連してくるという指摘も興味深いものです。

そして第3章。日本発の文化として注目されることも多い「ゴスロリ」に関連する「ゴス」を中心に扱う章です。本書では、「ゴス」を「雲のように曖昧なサブカルチャー」と呼びつつも「私が考える〈魔女カルチャー〉の核ともいえる現象」としています。

「パンクからゴシック・パンクへ」という節があるように、この章ではなんとパンクロックの歴史の一部が紹介されています。印象的な文章をちょっと引用しておきます。
『ゴス ―不死のサブカルチャー』によれば〈ゴス〉は1995年に大きく変換した。それ以前の〈ゴス〉はパンクの不良性、アウトロウのイメージを引きずっていた。1995年に若者雑誌「スウィング」がゴスのロールプレイングゲームを発売した。〈ゴス〉はもう異端ではなく、サブカルチャーとして大衆に受け入れられるものとなった。
そのことは〈サブカルチャー〉の変化とも考えられる。かつて〈サブカルチャー〉は少数の異端であり、反社会的で危険なものであった。〈ゴス〉もパンク時代はそのように見られた。しかし20年たって1995年には、ゴシック・ロックを聴くのは反社会的ではなくなった。
この1995年というのは、実は、以前に取り上げていた『オルタナティブ・ロックの社会学』で、「ロック」の聴かれ方が変質したとされていた時期とほぼ重なります。したがって話は「ゴス」に限ったことではないのですが、本書ではむしろロックが担っていた反社会的な攻撃性がパンクによって更に代表されていたのが、ゴスの変質によって、サブカルチャー全体の変質として顕在化するというように考えているようです。そしてそれについては違和感はありません。

参考記事;
社会学者が語るオルタナティブロックの歴史。ロックは死んでない。でも何かに転じてしまった『オルタナティブロックの社会学』
http://www.n11books.com/archives/39005024.html



1939年生まれの著者が、1995年以降、21世紀になっても勢いの衰えないサブカルチャーである「ゴス」を本書の核として考えているというのは驚きです。19世紀末から語り起こされた第1章、魔女文化の復興という視点から20世紀後半の文化にひとつの軸を通す第2章が、ともに「ゴス」へと至る道筋を整理していたと読めるのです。長い歴史の中で、膨大な事例が生まれては記録されてきたので、そのすべてが網羅的に紹介されているわけではありません。しかしむしろ、本書ではキャッチーな話題がこれでもかと詰め込まれており、この周辺の話題について自分なりに考えたいというときに、ひととおり読んでおくことで見晴らしがよくなるという類の機能があると思います。

〈ゴス〉はロック音楽から出発しているが、視覚的である。
これも第3章からの引用ですが、「視覚的」という表現は本書の全体を通して頻出するテーマです。これについては石岡良治氏の『視覚文化「超」講義』のことをつい思い出してしまうのですが、そういえば石岡氏の本でもヘブディジ『サブカルチャー』が重要な本として紹介されていました。この本はもちろん『魔女の世界史』でも重要な1冊として紹介されています。

参考記事:
いわゆる「文化」をもっとよく知りたい人のために(書名に騙されないで!)『視覚文化「超」講義』
http://www.n11books.com/archives/39679366.html









【ナガタのプロフィール】

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アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は関東某県在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
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