××蜘蛛に似て非なる




 蜘蛛に似ている。そう思う。
 同種でも区別無く襲って、餌にする。その体液を啜って、肉とする。
 浅ましい食の生き物だ。
 蜘蛛と言う生き物はその嗜好に限りが無いから、どんな命でも、そ
 れが血を分けた肉親であっても、襲うことに躊躇いもない。ある程度の社
 会性が見られる蜘蛛も居るとは聞くが、疑わしい。
 蜘蛛を食う蜘蛛も居る。同じ蜘蛛を欺いて、力を奪い、支配して、貪る。
 その姿は、鏡に映った自分ではないか。



 その日は不思議な日で、不思議なことが立て続けに起こった。
 まず、朝を迎えたときに、起こしに来るはずの人間が来なかった。
 どうしたのかと思って普段寝床にしている押入れと向うと、そこにも誰も
 居ない。
 出かけたのかと、テレビをつけてみた。くだらないニュース番組、けれどほ
 っとする馬鹿馬鹿しさを期待したけれど、テレビは砂嵐を映すのみ。
 どうしたことかと思って、チャンネルを幾つもの局に合わせる。
 しかしどの局も砂嵐を映し出す。時折掠れた女の声が聞こえて、それ
 きり沈黙した。ざらざらと耳障りな音の上に広がる有音の沈黙。
 ならばと思って、いつもの街に出てみた。
 街は喧騒に満ちている。
 いつもどおりだと、そうほっとする自分を感じる。
 それは、人恋しいせいではない。絶え間なく襲う、非現実の不安から、
 一時でも逃れられたことが嬉しかったのだ。
 人が流れていく。
 予め決められたことのように、様々な方向へ、淀まずに流れていく。
 その波の中でただひとり、行く当てが無く立ちつくした。
 人は、影のようにまわりを埋め尽くす。
 この街に、居場所を求める愚かな民は、この街から離れられず、幽鬼の
 ようにさ迷うのだろうか。そんなことが頭をよぎった。
 己こそが幽鬼であろう。

 夢を見た。
 自分は一匹の蜘蛛だった。
 鈍い黒色に輝く身体は、硬く、足は鋭く、牙は逞しかった。
 蜘蛛である自分は、自分より遥かに大きい蜘蛛を組み敷いている。
 断末魔の足掻きで、うごめく、その深紅の体。
 つやつやと美しく輝くその胴を糸で縛り、牙を立てた。
 この上なく甘い、と思った。
 その時、深紅の蜘蛛が言った。

 「これで満足か?銀時」

 鏡張りの高層ビルが撓んで崩れ落ちる。
 硝子の破片が落ちてくる。
 ちりちりと肌を灼いて、目を潰して、冷たく血管に入り込んでくる。
 流れ出す血は、蜘蛛の色をしていた。

 蜘蛛は血の色の泡を吹きながら笑った。





 「銀ちゃーん、いい加減起きるアルよォ」

 肩を強引に揺らされて、意識が覚醒した。
 目の前に居るのは、

 「神楽………」
 
 この少女はこんな顔をしていただろうか。二つの目と、ひとつの鼻、唇、胴
 体から伸びた手足。
 「早く、起きろよ。この天パ。そろそろ新八来るネ」
 だらしない、とぶつぶつ文句を続けるその横顔が、記憶と照合して、やっ
 と思い出せた気がした。
 夢の中で確かこの少女が居なかった。
 「……おまえさー……もうちょっと優しく起こせねぇの………?」
 「知らないよ」
 後姿で答えて、神楽が部屋を出て行く。
 ピシャリと、扉が音を立てた。

 万事屋の事務所へと向かう。
 銀時は、テレビをつけた。アナウンサーが滑稽に喋っている。
 これが日常だ。
 「いただきまーす」
 神楽がテーブルについて行儀良く箸を持つ。
 柔らかな黄色に湯気を立てる卵焼きに箸をつけた。
 「ねぇねぇ、これおいしいアルよ、銀ちゃんも食べてみるアルよ」
 「……ただの、卵焼きだろ……ってかあの女からの差し入れじゃねぇだろうな」
 溶いた卵を焼いたもの、ふかふかとした歯ざわりの、ありふれた惣菜だろう。
 「違うよ。ほら?」
 神楽が箸でその卵焼きを真中から割った。
 するとその中から、どっと勢いよく黒い塊が吐き出された。
 「なっ……!」
 蜘蛛だった。
 小指の先ほどの小さな蜘蛛が、数え切れないほどあふれ出ているのだ。
 うじうじと八本の足を不規則に動かしながら、テーブルの端へと雪崩れてくる。
 ガタン、と椅子を蹴倒した。
 テーブルの端から、蜘蛛が零れて、床に落ちた。ひっくり返って無様に足を揺ら
 している小さな蜘蛛が居る。
 「神楽!」
 「銀ちゃんったら、ほんとにそそっかしいんだから」
 神楽が笑った。
 笑いながら、銀時の方へと歩み寄る。それにあわせて、足が後ろへと下がった。
 神楽は銀時のその様子に一層笑みを深くして、テーブルから零れた蜘蛛のうち
 の一匹を、しゃがんで摘み上げた。
 「ほら………」
 見せつけるようにして、神楽はその蜘蛛を口へ入れた。
 唇の合間から、足が一本、ぱらりと落ちた。
 「ぐ……」
 銀時は、目に映る光景の醜悪さに吐き気を覚えた。
 何時の間にか床全体を埋め尽くして、足元から這い上がってくる小さな蜘蛛の
 群れ、蜘蛛を食って笑う神楽。
 「ふふ、銀ちゃんも食べてあげるヨ」
 もはや神楽は神楽の姿ではなかった。神楽の顔をした巨大な女郎蜘蛛は、その
 凶暴な足で、蜘蛛を蹴散らしながら、尻から粘つく糸を吐き出している。
 「私に食べて欲しいんでしょ?銀ちゃん」



 「銀ちゃーん、いい加減起きろよ。天パバカ親父」

 肩を強引に揺らされて、意識が覚醒した。
 目の前に居るのは、

 「神楽………」
 
 この少女はこんな顔をしていただろうか。二つの目と、ひとつの鼻、唇、胴体
 から伸びた手足。
 「早く起きろよこの天パ。そろそろ新八が来るネ」
 だらしない、とぶつぶつ文句を続けるその横顔が、記憶と照合して、やっと思
 い出せた気がした。
  夢の中でこの少女は何と言った。
 「早く来てネ」
 呆れたように言って、神楽は後ろ手に扉を閉めて出て行った。


 リビングのテレビ、くるくるとチャンネルを変える。
 普段なら決して見ない、子供向け番組が映ったところで手を止めた。
 ピンクの服の女の子が、唇を尖らせる。
 『えー、だって蜘蛛は気持ち悪いよ』
 そこに、白衣を着た先生役の人形が答える。
 『おやおや、蜘蛛はね、人間にとって有害な生き物を食べてくれる、とっても
いい生き物なんだよ』
 銀時は、人間に目障りな生き物を殺す生き物が、いい生き物と言い切る人形
 を凝視した。
 上下する眉毛、ぱくぱくと開けては閉まる口、口の中は真っ黒だった。
 『蜘蛛の雌はね、よく間違えて、雄を交尾のときに食べてしまうんだ。だから、
雄はとっても工夫が必要なんだよ』
 『えぇーどうやるの?先生教えて』
 「珍しいもん観てるアルなぁ」
 神楽は「はいっ」とお茶を銀時に差し出した。
 銀時はその顔を見つめた。
 あどけなさは残っているが、可愛らしい顔立ちだと思った。

 小さな蜘蛛が大きく映し出される。
 雌に贈り物をして、雌がそれに夢中な間に交尾する。
 雌が贈り物から、雄へと、関心を移してしまえば、食われてしまうから、雄は
 とても慎重に、辛抱強く機会を待って交尾する。
 けれど、映し出された蜘蛛は、その努力空しく、雌に捕われてしまう。その死
 の瞬間、蜘蛛は開放されたのだ。
 食らい生き続ける業の重い生から、愛した雌に食らわれる、最上の形で。

 これは夢の続きかな。

 「チャンネル、変えちゃうよ?」

 神楽がリモコンを手に取った。
 上の空で返事をしながら、銀時はお茶を啜った。

 
 



                                      ―END―


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たまにはホラーっぽく。

2006.05.18 かずきりょう