- 2014
- 7/31
- 木
「JAXAがドリーム・チェイサーの開発への参加を検討」というニュースに関して
2014年7月23日、米国のシエラ・ネヴァダ社は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との間で、同社が進めている有人宇宙船ドリーム・チェイサーの開発で協力するという内容の、了解覚書を締結したと発表した1。
このプレス・リリースの中で、シエラ・ネヴァダ社スペース・システムズのMark N. Sirangelo副社長が「日本は米国のように、自国内にドリーム・チェイサーの打ち上げと帰還をサポートする基盤が整っている」と語ったことも手伝い、「日本から有人宇宙船が、それも有翼の宇宙往還機が打ち上がるかも!」と、多くの人々が色めき立った。
これは長年、有人ロケットや宇宙船の開発には直接関わって来なかったばかりか、一時期「独自の計画を持たない」2とまで決めていた日本にとって、大きなニュースであることは間違いない。
しかし、JAXAはこの件に関して沈黙を守った。シエラ・ネヴァダ社がプレス・リリースを出したのは現地時間23日の昼頃、日本時間では24日未明のことだったが、結局24日中に、JAXAからは何の発表もなかった。
翌25日、私はJAXAに取材を行った。JAXAがプレス・リリースを出さないということは、何らかの事情があるのではと危惧していたが、JAXA広報部は実に親切に応じてくださった。その結果はsorae.jpで記事にしたが、ここではもう少し詳しく書こうと思う。
取材におけるやり取りをまとめると以下のようになる。
- Q: シエラ・ネヴァダ社の出したプレス・リリースの内容は事実か。
- A: 事実だ。
- Q: プレス・リリースには日本でドリーム・チェイサーを運用する可能性についても触れられているが、実際にJAXAで検討はされているのか。
- A: あくまで協力の将来の技術協力に向けた話し合いを開始するという段階であり、現段階ではまだ何も決まっていることはない。
- Q: 技術的な協力を行うとも書かれてあるが、これに関しても同じか。
- A: そうだ。現段階ではまだ何も決まっていることはない。
- Q: つまりシエラ・ネヴァダ社の見解は先走りすぎているということか。
- A: そういうことだ。
- Q: JAXA側から本件に関するプレス・リリースを出したり、記者会見を開いたりといったことをする予定はあるか。
- A: 行わない。
こうして見ると、シエラ・ネヴァダ社のプレス・リリースとはずいぶん温度差がある。
この温度差はそれぞれの立場の違いから出てきたものであろう。シエラ・ネヴァダ社は今現在も、ボーイング社やスペースX社が提案している宇宙船と、NASAの商業宇宙船の試作競争(CCiCap)で戦っている最中だ。彼らは機会があらば、様々な可能性を大々的に語り、自社の宇宙船がいかに優れているかを、投資家やNASAにアピールしなければならない。一方でJAXAは税金で運営されている組織であり、その方針も国が決めており、勝手にロケットや衛星を造ったりはできない。有人宇宙船の開発という巨大プロジェクトになればなおさらだ。またJAXA広報は、その立場上特に、出す情報の内容や言い回しなどに、かなりきちんとした決まりがあると聞いている。
実態はおそらく、JAXAが言うように「何も決まっていない」のだろう。とはいえ、今回の覚書締結に至るまでには、「どのような部分で協力できるか」、「種子島から打ち上げは可能か」といった検討が、すでに両者の間でなされているであろうことは想像に難くない。でなければ、そもそもこんな覚書が交わされるはずはないし、「シエラ・ネヴァダ社の出したプレス・リリースの内容は事実」とは答えず、否定されていたであろう。そもそも、シエラ・ネヴァダ社はあくまで可能性を述べているだけであり(文章中には"will"や"possibility"といった言葉が多く出てくる)、一方JAXAは「予定は未定」と言っているに過ぎず、別に矛盾しているわけではない。
だが、この温度差が巡り巡って、何らかの障壁を生む可能性もある。それを避けるためにも、JAXA自身がプレス・リリースを出したり、記者会見を開くなどして、自ら説明する必要があるのではないだろうか。
また取材の折、「すでにTwitterなどでは、『ついに日本も有人宇宙船を持つのか』といった期待の声が上がっているが」と伝えると、取材に応じてくださった方は、そうした状況をあまり快く思ってはおられないようであった。沈黙を守ろうとした動きと合わせて見るに、JAXAにとってはこのプレス・リリースが「観測気球」のようになること、つまり世論を刺激し、日本での有人宇宙活動に対する機運が高まるのも、もちろん下がるのも、あまり望んでいないという意図が見て取れる。だが、そうであるならなおさら、JAXA自身が説明を行うべきであろう。
なぜシエラ・ネヴァダ社とJAXAは協力することになったか
そもそもJAXAは、なぜドリーム・チェイサーに関わることになったのだろうか。いくつか推測してみたい。
周知の通り、日本はかつて、H-IIロケットの先端に載せて打ち上げる無人の小型スペースシャトルHOPE、またさらに小型のHOPE-Xの検討を行っていた。大気圏への再突入実験や、小型の模型による飛行実験なども行われたが、結局HOPE、HOPE-Xは実現することなく、2002年に開発は凍結されている3。
だが、その後も有翼往還機の研究は続けられ、高速飛行実証実験(HSFD、High Speed Flight Demonstration)4や、リフティングボディ飛行実験(LIFLEX、LIfting‐body FLight EXperiment)5が行われている。また2012年にはイタリア宇宙機関との間で、有翼往還機に関する共同研究が行われた記録がある6。
こうしたJAXAが持つ有翼往還機に関する技術をシエラ・ネヴァダ社が欲した、またJAXAとしても、こうした技術が無駄にならずに生かせることになるのでそれを歓迎した、と想像はできる。
あるいは、シエラ・ネヴァダ社にとってはロケットが確保できるという点でも、日本との協力は魅力だったのではと考えられる。現段階では、ドリーム・チェイサーの打ち上げにはロッキード・マーティン社のアトラスVを使うことが想定されているが、アトラスVは価格が高い上に、昨今では第1段にロシア製のロケットエンジンを使っていることで、今後も使い続けられるかどうかの保証がなくなりつつある。またデルタIVは宇宙船の開発で直接のライヴァルであるボーイング社のロケットであり、そして高い。安価なファルコン9を擁するスペースX社も、宇宙船の開発でライヴァル関係にある。
ロシアや中国、インドは問題外だろうし、そうなると欧州のアリアン5か、日本のH-IIBということになる。そして1機当たりの価格から言えば、日本のH-IIBの方が安い(アリアン5は衛星を2機同時に打ち上げることで価格を抑えている)。あるいは、H-IIA/Bの半額になるとされる新型基幹ロケットができれば、なおさら魅力的であるはずだ。
一方のJAXAにとっても、国際宇宙ステーション計画が終わった後、日本人の宇宙飛行士が宇宙に行ける機会は減ってしまうため、独自か、もしくはある程度運用に口出しができる有人宇宙輸送システムは欲しいところであろう。有人ロケットと有人宇宙船の両方のすべてを自力で開発するのは困難だが、宇宙船は海外から調達、あるいは共同開発という形で関わり、有人ロケットは自力で造るというのであれば、実現できる可能性はある。それを通じて得たノウハウを生かせば、その次にはいよいよ国産宇宙船を造ることもできるかもしれない。
だが、日本が現時点で持つ技術が、ドリーム・チェイサーにどの程度役立つかという疑問は残る。何せHOPEはもう10年以上前の技術だ。また日本からの打ち上げや着陸にも技術上、法制上において多くの障壁がある。そもそも日本が有人をやるべきか否かという問題も残っている。さらに言えば、現在日本の国としての宇宙開発は、実利用や産業を指向する方向に舵を切っており、有人宇宙開発とは相成れない可能性が高い。
もしかしたら、JAXAが沈黙を守ろうとする理由は、こういうところにあるのかも知れない。
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[2014年7月31日追記]
『夢を追うことに消極的なJAXA』という題名が、誤解を招く分かりにくいものであったため、『「JAXAがドリーム・チェイサーの開発への参加を検討」というニュースに関して』に変更しました。
参考
- Sierra Nevada Corporation Announces Cooperative Un… | Sierra Nevada Corporation
http://www.sncorp.com/press_more_info.php?id=624 [↩] - 今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について
http://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken020619_5.pdf [↩] - HOPEのショートヒストリー:宇宙政策シンクタンク_宙の会
http://www.soranokai.jp/pages/HOPE_history.html [↩] - 高速飛行実証実験(HSFD)
http://www.rocket.jaxa.jp/fstrc/c04.html [↩] - 宇宙航空研究開発機構研究開発報告 リフティングボディ飛行実験(LIFLEX)システム開発http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064778000/64778000.pdf [↩]
- Joint study between ASI and JAXA | A.S.I. – Agenzia Spaziale Italiana
http://www.asi.it/en/news/joint_study_between_asi_and_jaxa [↩]
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