統計学的な分析ではわからない因果関係を解明する手法として、個々の事例に注目するケーススタディの重要性が再認識されている。現象や出来事を1つひとつ解明していくケーススタディは、新しい仮説を立てるうえでも有効な調査分析スキルだ。その方法論を解説した新刊『ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ』の著者、井上達彦・早稲田大学商学学術院教授に聞いた。
早稲田大学商学学術院教授。1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士号(経営学)を取得。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授、早稲田大学商学部助教授などを経て、2008年から早稲田大学商学学術院教授。2003年経営情報学会論文賞受賞。2012年4月から2014年3月まで米ペンシルベニア大学ウォートン経営大学院のシニアフェローを兼務する(写真:陶山 勉)
本に巻いた帯では「ケーススタディは経営学の最強スキルである」とうたっています。ベストセラーになった『統計学が最強の学問である』に対抗しているわけですか?
井上:おっしゃる通り「統計学」との対比を意識しています。帯のコピーは編集者が決めたもので、「経営学の最強スキル」というのは大げさじゃないかと感じる人がいるかもしれませんが、ケーススタディ(事例研究)は統計学と同じくらい重要な手法だというのは間違いのないところだと思っています。私たち経営学者にとっても、ビジネスの実務家にとっても、ケーススタディは大変に役に立つ。だから、その方法を学んでほしいと思って、この『ブラックスワンの経営学』を執筆しました。
平均は「過去」、はずれ値こそが「未来」
「ブラックスワン」は「ありえない」ことの象徴だそうですが、それがケーススタディとどう関係するのですか?
井上:経営学の研究には主として2つの方法が使われています。1つはケーススタディで、もう1つが統計学を用いた研究です。
このうち「ありえない」ことを解き明かすのに向いているのが、ケーススタディです。通説では説明できない事例を見つけたときに、その事例に注目して分析を進めることによって、新しい仮説を打ち立てることもできる。ケーススタディは、通説をくつがえしたり、将来を類推したりすることに役立つのです。
一方、統計学的な調査は、仮説を検証したりすることに向いています。仮説に合うような相関関係が認められるかどうかという「傾向」を確かめることが得意です。
しかし、傾向を調べるときには、全体の傾向から逸脱するような事例は、「はずれ値」としてサンプルから除外します。この「はずれ値」に思いもよらないヒントや新しい動向が隠されている場合があるわけです。そしてケーススタディは、統計学では邪魔者扱いされる「はずれ値」に注目します。
たとえば、「はずれ値」として除外したものが、実は「新しい傾向」を示す「先端事例」だったとすれば、これに注目することで、将来の動向を予見することができます。あるいは、はずれ値が、これまでのマネジメントの常識をくつがえすイノベーション的事例だったりするかもしれません。「あれは特別だ」とか「例外だから意味がない」と決めつけるのではなく、「意味のある乖離」かどうかを突き止めることによって、新しい発見があるわけです。
はずれ値があると、統計的傾向は弱まってしまうかもしれませんが、はずれ値が新しい傾向を予見するのだとしたら、はずれ値に注目しなければいけない。全体の平均よりも、むしろはずれ値をしっかり分析しなければいけない。平均は過去のことで、はずれ値が将来を示しているかもしれないわけです。