【BOOKセレクト】野口健著「世界遺産にされて富士山は泣いている」
富士山が世界文化遺産に登録され、日本中が祝賀ムードになって1年。だが、ユネスコ(国連教育科学文化機関)から、2016年2月までに環境保全などの改善へ向けて報告書提出が課されている“仮免許”状態であることは、知られていない。富士山清掃登山をライフワークとする登山家・野口健さん(40)は「世界遺産にされて富士山は泣いている」(PHP新書、821円)で、警鐘を鳴らした。(甲斐 毅彦)
今年も富士山の山開きは7月1日。だが、これは山梨県側の吉田口のみで、富士宮口などの静岡県側は7月10日だ。野口さんは「2つの県にまたがる富士山で足並みがそろっていない象徴のように思うんです。2か所の山頂のトイレが山開き後も鍵がかかっていて使えないという不便が毎年生じています」と指摘した。
8合目より上は実は私有地。国の一括管理が困難な一因だが、山梨、静岡両県の温度差も大きい。富士山で観光収入を得ようと躍起になる山梨は山開きの期間を長めにしたい意向だが、税収が山梨の約5倍あり、富士山依存度が希薄な静岡は合わせない。「富士山は一つなのだからお互いどこかで妥協しないといけないんですが…」と野口さんは苦笑する。
さらに深刻なのはゴミ問題だ。野口さんは今年5月以降だけでも3回清掃登山を行っている。「5合目より下の不法投棄はいまだにひどい状態。ドライブや観光に来た人のポイ捨ても多い。河口湖の釣り場のあたりはたばこの吸い殻だらけ。周辺も使い捨ておむつ、花火、ビール缶…。W杯で負けた後、日本のサポーターがゴミ拾いをした一方で、外国の人がこの現状を見たら『これが日本の霊峰の現状か』と驚きますよ」
著書では、富士山清掃キャンペーンで10年間協力していた新聞社と世界遺産への価値観の違いから「決別」した経緯や世界遺産登録を後押ししたとみられる広告代理店の存在についても触れている。「反感をもたれるかな、とも思いましたが、問題にリアリティーを感じてもらうためには、やはり実例を挙げることは必要でした」
入山者の制限や登山道の保全法などユネスコからの宿題はまだ手付かずのまま。「日本の象徴を外国から来た方々を癒やせる山にしていくこと。それこそが『おもてなし』でしょう」
◆野口 健(のぐち・けん)1973年8月21日、米国ボストン市生まれ。40歳。亜細亜大卒。故・植村直己氏にあこがれて登山を始める。99年、エベレストに登頂し、7大陸最高峰登頂の当時最年少記録を25歳で達成。以降はエベレストや富士山での清掃登山を開始。現在は日本兵の遺骨収集活動も行っている。亜大客員教授、富士山レンジャー名誉隊長。