――美術ブログ「青い日記帳」は、開設から今年で10年を迎えました。主催者Tak(タケ)さんは、毎日欠かさず記事をアップし(単純計算でも3650本!)、少なくとも3000以上の展覧会をご覧になっています。日々の仕事を抱えながら、そこまでできるエネルギーはどこからくるのでしょうか。今回は『日本美術全集』編集部がTakさんに、お話を伺ってきました。
――展覧会めぐりは子どもの頃からなさっているのですか?
Tak:自分で美術館や博物館に行くようになったのは、大学生になってからのことですね。小さいときは行かなかったです。虫取りをしたり、野球を見たり、普通の男の子でした。美術とは遠い世界にいたかもしれませんね。
――画集が家にあるような環境だったのでしょうか。
Tak:父が出版関係の仕事に携わっていたので、いろんな本が常に家の中にありました。毎週日曜日はお昼ごろまで父と図書館にいて、日本そばを食べて帰ってくるのが習慣でした。
――大学生になってから展覧会に行くようになったのには、何かきっかけがあったのですか?
Tak:ありました。大学の先生が授業で発した一言がきっかけですね。「君たち東京の大学に通っている良さは何だかわかるかね。それは芸術というものが、この町に集まってきていることなんだ。地方ではなかなか接することができない世界中の芸術を、すぐ近くで見たり聞いたりできる。学割だって使えるのだから、行かないのはもったいない」というような話をされました。ちょうどバブルの頃だったので、今よりも多くの海外のオペラやコンサートが来ていましたね。
「ヴァチカン美術館特別展」(国立西洋美術館、1989年)図録 |
そのときは、自分は音楽も聴かないしな~とぼんやり思っていたんですけれども、渋谷から浅草まで銀座線に乗って帰っているときに、ふと「そういえば途中に上野があるじゃないか」と思ったんです。そして上野の国立西洋美術館に行ってみました。自分でお金を払って行った初めての美術館です。思いついたらやってみるタイプですし、先生が言っていることだったら試してみようという素直な学生だったのかもしれませんね。
――そのとき何の展覧会をご覧になったか覚えていらっしゃいますか?
Tak:たしか「ヴァチカン美術館特別展―古代ギリシャからルネッサンス、バロックまで」でした。まったく知識もなく、しかも一人で行ったのですが、楽しいと思いましたよ。具体的に何がというのはないのですけれども、片道2時間ぐらいかけて群馬県の館林から渋谷にある大学まで通っていたので、なごめるというか居心地の良い空間だと思ったのかもしれません。
また、学生時代、渋谷にBunkamuraができました。学校から近かったので、渋谷の街で飲んでばかりいるのではなくて美術館にも行ってみようと思いましたね。そこで『ロートレック全版画展』(1990年)を見て、すっかりハマってしまいました。ロートレックが浮世絵の影響を受けていることをはじめて知って、「スゲー、日本すごいじゃん」と思いました。前期と後期に展示が分かれていて、どちらにも足を運んだ記憶があります。
それからですね、本格的に展覧会を見るようになったのは。ただし、興味だけで、まったく知識はなかったので、とにかくBunkamura ザ・ミュージアムさんで開催される展覧会は全部見ようと一人で決めました。
――え!その頃から今までの展覧会を全部ご覧になっているのですか?
Tak:はい。25年間すべて見ていますよ。今はなくなってしまったのですが年間パスポートみたいなものがあって、それを購入していました。そうすると気兼ねなく行けますし、もったいないので好きな展覧会は行くけれども興味のない展覧会は行かないということもなくなりますよね。それで、見るものの幅が広がりました。初めて織部の焼き物を見たのはBunkamura ザ・ミュージアムさんでのことでした。
「ロートレック全版画展」(Bunkamuraザ・ミュージアム、1990年)チラシ |
――ロートレックの展覧会をきっかけに美術館に通うようになったということですが、学生時代はだいたいどのくらいのペースでしたか?
Tak:学生の頃は今と比べると全然行っていなくて、月に一度行けばいいくらいですね。
――現在は1か月に何回ぐらいご覧になっていますか?
Tak:どうだろう、20ぐらいじゃないですか。ピンとこなかったものはブログにアップできないですから、書いているもの以外にもじつは行っているので。
――休日だけで一か月に20回ご覧になるのですか!
Tak:行けちゃうんじゃないですか。金曜日の夜間開館も利用しています。一番多く見ている時期は、よくハシゴしていました。仕事を始めてからの方が美術館に行くことが多くなったのは、一人の時間を過ごせてクールダウンできるからかもしれません。どんな仕事でもストレスはたまりますからね。展覧会会場をさーっと抜けて、ソファーでぼーっとしているときもあります。
――展覧会をご覧になり始めた頃は、まだブログという存在はなかったと思うのですけれども、当時から何かで発信していらっしゃったのですか?
Tak:インターネットができて個人が自由に発信できるようになった時代だったので、それに乗っかってみようという気もあり、だいたい2000年頃、社会人になってからホームページを作りました。フェルメールだとかセザンヌだとか、イヴ・クラインだとか、青色を特徴的に使う自分の好きな画家のことを素人が適当に書いている、そういうページでした。
――その青がきっかけで「青い日記帳」ができたのですね。
Tak:そうです。今言うと恥ずかしいのですけど、タイトルが「Blue Heaven」なんですね。まったくいじってないですけど、今もそのページは残っています。
また、ホームページをやりながら、日記サービスを使って初代の「青い日記帳」を始めました。日記サービスというのは、ブログができる前にあったウェブ上に日記を記録するサービスで、コメントやリンクの機能がない自分のメモみたいなものです。それを使って、展覧会を見に行った日の欄に一言二言感想を書いて残していました。画像も1枚ずつ載せられるものだったのですが、結局サーバーの容量をオーバーしてしまって、現在の二代目「青い日記帳」を作りました。
――ホームページを作っていたときはご自身でHTMLを入力していたのですか。
Tak:そうです。まだダイヤルアップの頃だったので、見よう見まねでやっていましたね。自分でタグを入力したり、ホームページ・ビルダーというソフトを使うこともありました。
――そういったパソコンを使った作業もお好きだったということですね。
Tak:そうですね。映画を見たり、テニスをするのも好きなのですが、パソコンは家にいてできる好きなことだったので、画面に向かっている時間が意外と長かったかもしれませんね。
――展覧会をご覧になってその日のうちにブログの記事をお書きになるのですか?
Tak:すぐ書きたいと思う展覧会と、ちょっと寝かしてから整理したいと思う展覧会があるんです。面白いもので、必ずしも良い展覧会だったからすぐ書きたいというわけでもなくて、なんとなくその日の感覚なんです。曲がりなりにも人様が見る文章ですから、おかしなことは書けないので、少し頭を整理して表現を考えていますね。あと、毎日同じような展覧会の紹介になっても面白くないので、このパターンは昨日書いたからやめようとか、じつは少しずつ変化をつけています。
――1本の記事あたり、どのくらいの時間をかけて書いていらっしゃるのですか?
Tak:時間は限られているので、長いときでも2時間ぐらいですね。短いときは1時間で書いちゃいます。
――Takさんのブログにはきれいな画像が豊富ですよね。画像を集めることも工夫なさっていますか?
Tak:絵を紹介するブログなので、画像はなるべく載せるようにしていますね。以前、個人で好き勝手やっていたころは、いろいろなサイトから画像を集めてくるのも楽しかったんですよ。海外のここのサイトには良い画像がたくさんある、といったことはその時に覚えました。今は内覧会で撮影した写真や広報用画像を入手して使っています。
――フルタイムでお仕事をなさっていて、ご家庭もあって、やらなければならないさまざまなことがある。そのような状況で毎日欠かさず10年もブログを続けていくことは、大変なことだと思います。どのような動機で続けていらっしゃるのですか。
Tak:さきほどお話したように、教授の一言がきっかけで興味関心がなかった美術が、こんなに面白い世界だとわかりました。ですので、おせっかいかもしれませんけど、みんなに知ってもらいたいという気持ちでやっています。意外と自分で決めたことは続けちゃうたちなんです。このブログをきっかけにいい友人にも巡り会えたし、今回のような機会もいただくことができましたし。やっていてマイナスになることは何もありませんでした。
――もうすぐ開講される、8月2日(土)の朝日カルチャーセンターでの講座について一言お願いします。
Tak:専門分野以外のことを一人で喋るのは初めてなので、果たしてうまくいくのやら。話す本人が戸惑っているので、どんなことがお話できるかわからないですけれども、飽きさせない、寝かせる授業にしないように頑張ります。
8月2日(土)15:30-17:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿
――次回は、Takさんが美術館に通い始めた頃から集めていらっしゃる展覧会のチラシや、かさばって苦労する図録の整理術についてお伺いする予定です。ご期待ください。
(第2回目につづく)
(インタビュー・文/編集見習いフジコ)
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