第10話 囚われた蝶々
糸が絡まり、動けないアーシュ。
そのアーシュを囲むように増えていく、暗闇の中から伺う眼。
その数はどんどん増えていく。
オーク達だ。
こいつら罠を張っていたのか。
ハイオークロードが1匹だけで、他のオーク達がいないわけじゃなかった。
それにしても、この糸はなんだ?
アーシュが全力で引き千切ろうとしても、さらに絡み付くようだ。
雷を流してみても切れない。
糸に絡まり動けないアーシュを囲んで林の中から伺うオーク達。
迂闊に出てくることはない。
アーシュが俺を落とさず持っているからか、雷魔法を警戒しているのか。
糸に絡まった獲物が弱るのを待っているのか?
俺を持っている以上、アーシュの魔力が切れることはない。
俺の無限魔力供給があるのだから。
ここら一帯に雷をぶち落としてもいいのだが……他の悪魔達がそれで近づいてきても困る。
オーク達の気配は感じるけど、はっきりとした位置まで把握出来ない。
何よりアーシュは動けない。
こっちを先に解決しないと。
アーシュも悩んでいる。
どうするべきか。
この状況からどうやって抜け出すべきか。
そんなアーシュをあざ笑うように、オーク達の笑い声が聞こえる。
あのハイオークロードも姿を見せてこない。
数分だったと思う。
その変化は現れた。
アーシュの様子が変なのだ。
徐々に顔が赤くなり、息が荒くなっていく。
甘い吐息のような小さな声までもれ始めている。
どうしたんだ? 急にどうして……。
アーシュが透明な糸を見つめていた。
その透明な糸からは、水?のようなものが流れ、アーシュの指先を濡らしていた。
あの水はなんだ? まさか毒?!
いや、違う、あの水は……媚薬か?!
この糸といい、媚薬のような水といい、いつこんなものを手に入れたんだ?
俺がオーク達ものだった時には、こんなもの見たこと……いや、待てよ。
この手の罠を仕掛けそうなやつらを思い出した、サキュバスだ!
あいつら進化した後、あやしげなアイテムを作っていたはずだ!
これはそのアイテム達か!
まさか自分のしたことで、アーシュがこんなピンチに陥るなんて……。
糸に絡められて媚薬を流され続けるアーシュ。
必死に耐えるその表情が、逆にオーク達を喜ばせてしまう。
震える脚でなんとか立ちながら、少しでも姿が見えたオークの場所に雷を落とす。
落とすのだが……その威力が弱くなっているのが目に見えて分かる。
オーク達もそれを待っているのだ。
媚薬によってアーシュの理性が崩れていき、動くことすら出来なくなるのを。
くそ! 俺は、何も出来ない。
俺が無理やりアーシュに干渉して雷を落としても、オークに与えるダメージはかすり傷程度にしかならない。
アーシュとイメージが合わないと、俺の魔法はまるでダメだ。
しかも、今日出会ったばかりのアーシュと無意識にイメージが合うわけもない。
それならばと、俺は優しく癒すような魔力を練り込んでみる、イメージだ。
全てはイメージすること、魔力とはイメージすることで力を得るはずだ。
俺から流れた癒しの魔力で、アーシュは顔をあげる。
そして俺を涙目で見つめて何かを言う。
「ありがとう」そう言ったに違いない。
再び目に力を宿したアーシュ。
姿を少し見せたオーク目掛けて雷をぶち込む。
ズドン!!!!!
オークは1匹黒焦げになって地に転がった。
その様子を見て、まだまだアーシュが弱っていないと思ったのか、再び気配を消すオーク達。
我慢比べ……は分が悪い。
アーシュはいずれ力尽きてしまう。
睡魔だって襲ってくるだろう。
俺の癒しの魔力で媚薬の効果を全て打ち消せるわけじゃない。
数分? 数十分? どれほどの時間が流れただろう。
必死に耐えるアーシュの目の前に、蠢くそれは現れた。
透明色のゼリーのようなそれは、グニャグニャと動きながらアーシュに近づいてくる。
スライムだ。
俺の知識の中で、スライムと呼べるそれは、地を滑るように動いてくる。
アーシュはスライムに雷を落とす。
一瞬で黒焦げだ。
だが、次から次へとスライムが現れる。
こいつら、オーク達が投げ入れていやがる!
これも進化したサキュバスが作ったのか?
スライムと言えば、相手を溶かすイメージがあるが、このスライムがどんな能力を持っているのか不明だ。
不明だが、もしこのスライムがサキュバスによって作られたとしたら、悪い予感しかしない。
おそらく、スライムそのものが媚薬の効果を持っているとかだろう。
スライムが近付くのを恐れてアーシュは次々に雷を落とす。
落とすのだが、数が多すぎる。
いったい何十匹いるんだよ? いや100匹以上か?!
既に糸から流れる媚薬効果で息が荒いアーシュだ、全てのスライムを処理しきれない。
1体のスライムが、アーシュの服についた。
すると、その部分の服が溶けていく。
溶かしながらアーシュの服の上を蠢くスライム。
アーシュは悲鳴のような声をあげて、雷でスライムを焼切る。
服を溶かしたスライムに気を取られた隙に、スライム達が一斉にアーシュを襲う。
冷静さを欠いたアーシュは悲鳴を上げる。
アーシュの男装麗人の服は見るも無残に溶かされていった。
下着がところどころ見えている。
アーシュが俺の魔力に反応して、自らに雷を纏うという防御手段に気付いた時には、もう服はかなりの部分が溶かされていたのだ。
そして、やはりスライムには媚薬効果もあったのだろう。
俺の癒しの魔力をどんなに流してもだめなくらい、アーシュの身体は震えている。
アーシュの身体はもう限界だ。
溶かされてあらわになった白の下着からは、太ももを濡らすように滴るものがある。
失禁したわけじゃない。
アーシュはついに膝をついてしまった。
それでも俺だけは離さないと強く握りしめる。
アーシュの限界を知ったハイオークロードが姿を現す。
歪んだクソッタレな顔だ。
完全にアーシュをもて遊びやがった。
オークは笑いながら、着ていた鎧を脱ぎ捨て裸になる。
目の前にはオークの醜い巨大なイチモツがある。
今からお前を犯す、そう言っているのだ。
アーシュはそれを見ても臆することはない。
顔は紅潮して、身体は震えても、心まで屈したわけじゃない。
手に持つ紫電魔刀の俺を、そっと己の首に持っていく。
犯されるぐらいなら自害すると……。
俺はどうしたらいいか分からないまま、空を見上げた時、彼がそこにいることに気付いた。
紫電魔刀がアーシュの綺麗な首筋から一滴の血を流させた時、俺は魔剣を解いた。
そして、アーシュを包み込む水が現れた。
次の瞬間、駆け抜けた2つの影。
ベニちゃんとラミアだった。
ギリギリのところで助けにきてくれた2人。
氷の翼で空を飛ぶ彼が、アーシュの位置を教えてくれたのだろう。
ベニちゃんとラミアは怒りで狂ったように暴れていく。
ラミアの水に包まれたアーシュは、すでに意識を失っている。
この水はアーシュを癒してくれるのか?
ベニちゃんとラミアがオーク達を倒していく。
ハイオークロードは、空を飛ぶ彼の気配を察した瞬間に後ろに逃げていった。
あらかた倒したところで、上空から降りてきたのは蒼髪のリンランディア。
最後にやってきたのは、アーシュの父親ハールだった。
ま~普通に考えて、寝ている娘の気配が感じられず、父親が捜索しにきたってところだろう。
まったく、間一髪だったんだぜ?
おたくの娘さんが、もう少しで醜いオークの慰め者になるのを拒むために自害するところだったんですよ!
とりあえず、アーシュが無事で本当に良かった。
俺は心からそう思えた。
罠に捕まった理由の半分は、俺のせいみたいなもんだからな。
アーシュは父親に担がれて家に帰っていった。
アーシュは目覚めた翌日、朝から説教タイムを満喫していた。
父親からじゃない、蒼髪のリンランディアからだ。
それと、ベニちゃんとラミアからも。
ラミアから説教をもらったことが一番悔しそうだったな。
今回の件はアーシュが悪い。
俺を持った初日に、俺の力で調子に乗って単独で狩り。
しかも倒せない相手に対して、目覚めた能力の電光石火で追いかけてしまい罠にかかるという、目も当てられない状態だったわけで。
きつ~~~いお灸をすえてもらわないとな!
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