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2004年から日本代表のために料理を作り続けてきた西芳照さん。ジーコ、オシム、岡田、ザッケローニ監督らの代表とともに、西さんも戦い続けてきた10年間だった。
photograph by Tsutomu Takasu
ブラジルW杯通信

日本代表専属シェフ・西芳照。
厨房から見た“もう一つのW杯”。

二宮寿朗 = 文

text by Toshio Ninomiya

photograph by Tsutomu Takasu

 サッカー日本代表の専属シェフを務める西芳照は、ブラジルW杯から帰国後、福島の「Jヴィレッジ」に戻って忙しい日々を送っている。

 東日本大震災以降は、福島第一原発の事故対応の拠点となってきたこの場所で、作業員向けに食事を提供してきた。今もなお原発事業に関わる人々に向けて、栄養のバランスを考えた料理をつくり続けている。

 そんな彼にとって、今回のW杯の舞台は恩返しの場であった。

 震災後、事あるごとに指導者、選手や代表スタッフ、協会の職員たちから激励を受けてきた。そして協会が業務委託していた会社を退職したことで「専属シェフ」を辞めなければならない状況ではあったものの、協会の配慮で続けられることになった。

 西は「代表チームの役に立ちたい。やれることはすべてやりたい」と一スタッフとして相当な意気込みを持ってブラジルに乗り込んだ。しかしチームは本来の力を発揮できず、グループリーグ最下位に終わってしまった。

 ブラジルの地で彼はどんな料理で、どんな思いでチームを後方支援してきたのか。専属シェフの“もう一つの戦い”に迫った。

イトゥは料理をするには便利な場所だった。

――ベースキャンプ地のイトゥは、食材の調達という点でも便利だったようですね。

「サンパウロまで車で1時間半から2時間ぐらい。サンパウロには日本の食材店があったので、足りないものはそこで買うことができました。魚、肉、野菜などは事前に仕入れていましたし、そういった意味では凄く便利でした。それにイトゥ自体、日本のメーカーの工場などがあって日系人の方も多く、地元のスーパーに行くと里芋なども置いてありましたね。料理を用意する私にとっても有り難い環境でした」

――施設のホテルは完成したばかりでした。食事会場はガラス張りで見晴らしもよかったとか?

「練習ピッチが見えて、緑が溢れる施設内を眺めながら食事ができる環境でした。会場自体が凄く広くて、300人ぐらいは普通に入れますかね。会場や厨房も良かったのですが、日本語を話せる調理スタッフを用意してくれたのは本当に助かりました。昨年、コンフェデレーションズカップでブラジルを訪れた際は、簡単な英語も通じなかったので」

【次ページ】 試合前日にはウナギ、疲労回復には青魚。

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