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前稿 では起業家らしい考え方という観点で、効果的推論と因果的推論を紹介した。「自分がいま何ができるか」から考える効果的推論と「ゴールをさだめてから逆算で考えていく」因果的推論。前者はより起業家っぽく、後者は大企業のマネジャーに求められることが多いということに触れた。では、実際にモノを考える際に、それぞれの考え方にはどんな特徴があるのだろう。ここではそれらの特徴について考えてみよう。
なお、前稿と同じく Saras D.Sarasvathy の論文「What Makes Entrepreneurs Entrepreneurial? （何が起業家を起業家たらしめるのか？）」に依っているが、かなりの意訳とわたしの解釈を含んでいるので気になる人は原文も合わせて読んでほしい。
効果的推論と因果的推論を分ける３つの特徴
Sarasvathyの論文では、効果的推論の考え方の原則として３つの特徴が挙げられている。それらを表にまとめてみた（左側の見出しはわたしの解釈であり、それぞれの項目も分かりやすさを優先した意訳である）。
この３つの特徴それぞれに関して、その含意を考えていこう。
行動するときの評価基準
まずは、何らかの行動を起こす場合に、何を気にするかという観点から始める。因果的推論では、その行動によってどれくらいの利益が期待できるのかということが基準となる。期待できる利益が大きいほど、行動に値するというわけだ。「そんなことはビジネスパーソンとしてあたりまえだ」と思われるのかもしれない。しかし、「期待できる利益」という表現に気をつけてほしい。そう、ここでは「未来が予測可能である」ということが含意されている。すなわち、計算可能な期待値が前提とされている。例えば、不確実性の高い環境での意思決定手法として用いられるリアルオプションでも、それぞれの選択肢の確率を予測するということで、計算可能であることが前提とされている。
それに対し、効果的推論が基準とするのはその行動が失敗した場合の損失は許容できるのかということだ。起業家らしい考え方であるはずの効果的推論が失敗することをまず念頭におくということに違和感を感じるだろうか。しかし「未来は予測できない」のであるから、何事もやってみなければ分からない。いつもうまくいくとは限らない（というか、そもそも分からない）ので、成功確率を上げるためにはチャレンジ回数を増やすことが必要だ。すなわち、致命傷を得てゲームオーバーとならないように、許容できる範囲で失敗をおさめられるようにすることになる。
起業家は勇猛果敢にリスクをとりに行くというイメージがあるかもしれないが、それは実証的にはあたっていないようだ。わたしが翻訳した「 起業家はどこで選択を誤るのか 」ではこんな一節がある。
| 一般に起業家とはリスクを恐れないものだと思われているが、リスクを嫌うかどうかは起業家になろうとするかどうかとは関係ないようだ。起業家と起業家ではない経営者、それぞれのリスク回避性向に有意な違いがあるかどうかを調べる学術研究は複数あるが、矛盾する結果を示したり、方法論上の問題点を指摘されたりしている。（「起業家はどこで選択を誤るのか」p.62） |
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むしろ、リスクを恐れないのではなく、リスクに敏感であるのかもしれない。松下幸之助の名言である『失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる』が成り立つためには、「成功するところまで続けることができるように致命傷を負わない」ということが必要条件といえる。
外部環境への姿勢
次に、自分がおかれた環境をどんなものとして捉えるかという観点を見ていこう。因果的推論では、ゴールに向かう戦略を考えるための前提として競合分析を行うことが多い。自らの事業環境にどんなプレーヤーがいて、それらがどんな戦略で事業運営をしているかを徹底的に分析する。いわゆる戦略フレームワークをイメージすると分かりやすいだろう。3Cというフレームワークでは、顧客 Consumerと競合 Competitor を分析し自社 Company の持つリソースから戦略を立案する。戦略論の古典であるマイケル・ポーターのファイブ・フォース分析を思い出してもいい。
ポーターの戦略論への批判としても言われるが、この考え方が前提としているのは静的な環境だ。所与のものとして環境を捉え、それを客観的に分析する。こういった分析はテンプレート化しやすい。ポーターの戦略論が古典となりえたのも、分析の鋭さもさることながら、それが（特にコンサルタントにとって）「使いやすい」ものだったからともいえる。すなわち、客観的なデータをもって説得的に説明するということがやりやすいのだ。これは前節の「計算可能」ということにも通ずる。これが因果的推論による外部環境の捉え方だ。
効果的推論では、外部環境を変化させることができるものとして捉える。そもそも起業家が相手にするのは、既にプレーヤーが出そろっていて規模が計算できるような市場ではないことが多い。また、現代のように不確実性が高く市場の境界が不明瞭になってくると「競合」を特定することすら難しくなる。そうなると重要なのは競合を分析するということよりも自分がどこかと手を組むことで環境をどう変えられるかということになる。環境を所与ととらえ、そこのルールに従うのではなく、少しずつでも環境を変え、そこでのルール自体を変えることを試みるのだ。それが戦略的提携の含意である。
そもそも効果的推論ではいま自分が持っているものを前提とするのであった。逆に言えば、自分が持っていないものは時間をかけて蓄積するか、外部から調達するしかない。自らのコアとなるものはしっかり自身で蓄積し、そうでないところは積極的に外部との提携を図る。現状の分析をするより、現状の変革の糸口を見つけるために外部との連携をしていくと考えるところが特徴的といえるだろう。
もちろん、提携など良いことばかりではない。うまくいくこともあれば、ひどい目にあうこともある。したがって、この場合も許容できる損失を意識することが重要になる。
不確実性への対処
最後の特徴は、前稿でも書いた未来の不確実性に関係する。分かりやすく対比するために、因果的推論は「過去の活用」、効果的推論は「未来の活用」としてみた。この方が感覚的にはつかみやすいと思うのだが、詳細な含意を捉えるために原文に戻ることにする。
因果的推論の特徴とされる「過去の活用」の原文は、the exploitation of pre-existing knowledge and prediction（既存の知識や予測の活用）である。「exploitation」という単語は訳しにくい。「活用」のほかに「開発」や「深化」と訳す場合もあるように、ひとつのものを深く利用していくというニュアンスがある。よく対比される単語は、exploration（探索）だ。exploitation（活用）が垂直に深く探求していくイメージに対し、exploration（探索）は水平に幅広く探っていくイメージというと理解しやすいだろうか。
経営学では、exploration（探索）戦略は「イノベーティブな製品を開発得ることで、組織群に対して変異を加え、業界横断的な多様性を生みだそうとする戦略」であり、exploitation（活用）戦略は「製品を使用した結果のばらつきが少なくなり、プロセスの定型化が進み、利用効率を高めるような製品を開発する戦略」とされる（「起業家はどこで選択を誤るのか」p.144 参照）。
このように「過去の活用」といっても、過去にしがみつくということではなく、過去に獲得した知識や知見を活用し、予測を行うことで不確実性に対処する方法といえる。過去を深く分析し、未来の予測を試みるということだ。しかし、気をつけないと過去を過信することにもつながりかねない。
一方、効果的推論の特徴である「未来の活用」の原文は、the leveraging of contingencies（偶然の活用）だ。leverageは、「てこ（lever）にする」という意味があり、偶然あるいは不測の事態をうまく使って成果をあげるというようなニュアンスになる。前稿の表現を引用すると、『いま自分の手元にあるリソースを有効に使いながら、とにかく前に進む。前に進めば置かれた環境が変化していくため、その変化に合わせて自分のアクションを変えていく』この「変化」をうまくつかむということだ。
この「変化」をつかむためには、何が自分にとってチャンスなのかということにセンシティブでなければならない。ここに、自分が目指したいビジョンが明確であることの必要性がある。あるいは、前々稿に書いたように自らの考える成功に照らして、それがチャンスなのかどうかを判断しなければならない。これがないと、効果的推論はただの行き当たりばったりを正当化する考え方となってしまうだろう。
まとめ
以上、３つの観点から因果的推論と効果的推論の考え方についてみてきた。全体を総合すると、因果的推論は、外部環境や既存知識を客観的に分析することで未来を予測し、そこから算出した期待利益という基準で行動を律していく考え方だ。それに対し、効果的推論は、外部環境を変えうるものとみなし、足りないところは外部とうまく手を組んで、致命傷にならない範囲で積極的な行動を繰り返しチャンスをうかがう考え方といえる。
因果的推論と効果的推論、いずれも考え方であるから、うまく使い分けられることが重要だ。どちらも万能ということはない。どちらかの考え方に凝り固まることなく、双方の特徴や前提条件をしっかり理解し、使うべき適切なタイミングを見極めることが肝要であろう。
＜出典＞
Saras D. Sarasvathy
http://www.darden.virginia.edu/web/Faculty-Research/Directory/Full-time/Saras-D-Sarasvathy/
What Makes Entrepreneurs Entrepreneurial?
What Makes Entrepreneurs Entrepreneurial?
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