【4月号】
粉々にさせた互いを許し合いようやく長き睦月が終わる
現身をおそるおそるにのぞきみん刺繍の糸のあせし手鏡
厳寒の弱き光にこっそりとブルーハートは蕾つけたり
如月のまぶしい始まり身めぐりが昨日とちがう表情を見す
そうきみをミケランジェロと名付けようブロック塀の常連の客
伊勢丹の折り目正しき一角に欠伸をころす店員立てり
この日より仏間の高きに上げられる戸惑うような写真の口もと
十年余待ちたる父よ今日よりは妻の小言のひとつ聞きたれ
雪柳住み人のなき庭すみを染め上げており 春陽淡し
【3月号】
名をふたつ持ちたることはなおさらに寂しきことと雪道をゆく
薄暗き奥庭のすみ吊されし雪の止まない日々の前掛け
古毛糸ほどかれしのち母の手の編み出す冬から春へのかたち
木琴の音色五つのわたくしを二段とばしに少女にさせり
声ひくく妻を呼び寄す声あればかたくなに目をとじておりたり
乗りびとを待つのだろうか寒風の空に円置く観覧車遠し
歩道橋に夕陽届かず ひとりでは携えきれぬと誰につぶやく
後ずさりできないほどに迫りたし時には蛇のすがたを借りて
【2月号】
薄暮れてたてる雨戸の重き音ふるさとは長き冬を迎えん
許されてここにあることあの日から母は老いたり老いたり母は
談笑をおえて帰ればちちははの笑みの増したり木彫りの額に
薄氷(うすらひ)のはる小器を前にして見上げくる目に愛しさ溢る
山の端の雲は早足ふるさとのあれほどしずかな夕暮れ思う
何ゆえにつれもどされて此処にいる一度のぞいた淵は明るし
ついばまれる木の実のごとくありたかり野鳥は枝をぴいゆと渡る
【1月号】
休日の眠りをゆっくりほどきゆく隣家の庭に聞く竹ぼうき
肩先におかれる藍いろカーディガン一枚分のぬくもりがよい
謎めいた相づちのあと秋空へあなたはけむりを輪にしてとばす
ひとすじの白きものありいつだれが抜きしかいまは見えなくなりぬ
ゆるやかなときが流れたようですねあなたの名の載る誌面がまぶしい
どこまでも遠き半月 かげありと言われしものを抱えて仰ぐ
夢という一字もちたる歌集よりしみわたりくるひとよの情け
旅立つという語の軽さだれひとり知るはずのなき旅のその先
【12月号】
舞い落ちる木々の葉音のかそけさをわが細胞にとりこまんとする
手に入らぬものはことさら懐かしき映像となる 虹のかたわれ
湿おびる森の只中みずからを枯れ葉のいろに染めるものあり
言うまじと思いて閉ざす内側を虫の羽音がくすぐりてゆく
道しるべ探していたのか不登校の日々に聴きたるアボリジニの音
ながきながき手紙の封を散らかった机上におこう、きみは読むはず
わたくしのおなかをいく度も蹴りし子が白無垢まとい繭のようなり
しりとりの明日へとつづく予感するカンナ色した夕焼けこやけ
【11月号】
道草のたのしみさえも奪われてつゆくさを摘む子らの失せたり
剣道着の裾ひるがえす細き身は森の子鹿の化身だろうか
はてしなく泳ぎつづける夢のあと枕カバーの端の湿り気
赤肉のメロンに果汁の多すぎてあなたの言葉こぼしてしまえり
窓外に視線をうつし相づちをうちたるひとを軽く憎めり
髪の芯つめたくなりぬ片耳に残れる声の本音図れず
夏草の生い茂りたる川向こうおもいもよらず人影のあり
歌ひとつ浮かばぬひと日ぬけがらをアホウと言うや晩夏のからす
ちろちろと大玉西瓜の冷えゆける小川に早も秋は来にけり
【10月号】
まえぶれも予感もなしにわたくしの前をよこぎるかぜの悪戯
さわやかな風にはあらず台風の激しさもなくまとわる木枯らし
ゆれている自己を確かめ探りいる不可思議な時われを包めり
さしのべる手はないのです、初めからからかったのはあなたでしたね
きよらかな禁猟区なり解きあかすことのできない真実ひとつ
追いもとめ見つめつづけた静止画は1995年の冬のできごと
【9月号】
見つからぬ鍵をさがして出遅れる十数分の狂わすものは
どの朝もおなじ角度で見られおり長き歳月この椅子にすわる
三角ににぎれぬわれの子に持たす特大おむすび語り継がれん
手のひらが行き場をなくす梅雨晴れの空港ロビーに見送るのちは
片えくぼ刻んで笑うその顔のひろがるような遠花火ことしも
野良猫のたいそうりっぱな尾の先に理不尽の文字ぶら下がりおり
すり減りてゆき場所のなき消しごむをあそび足りない子猫にたくす
噺家の書きくれし字に色気あり「○○さん江」のななめ字なぞる
さよならもまた会いましょうも書きあぐねかしこで終える ふざけてますか
【8月号】
日没のマンション群に吸われゆく子を叱る声 犬よ帰ろう
夕風にかぼそき月のゆらぎおり犬よわたしの何を知ってる
ああすべて流れてしまえば楽なのに雨夜のひとり歩きのつめたさ
夜な夜なにたどるわが歌折々の光と影の見えかくれする
吐露したき思いのあれば便箋にひた書く夜半 風が出てきた
夜通しの風雨があがり水飲みのうつわに溜まったおまえのさみしさ
【7月号】
ブロッコリーの房にはじける水しぶき朝のはじめの洗礼として
わりきれぬ思いにけじめをつけるためデニムのシャツの袖たくし上ぐ
L寸のたまごをふたつ溶きながら血液占い聞きながしており
英国のぶれっくふぁすと毎日がびーんずの缶、小鳥にあらずも
ジューサーの音で消される甘きこえ天気予報士ほほえむばかり
かの地には厚切りはなくうすっぺらい食パンかじり子は出社せん
走り梅雨の訪れなのか 傘ささぬ子と黒犬の黙して行けり
濃厚なチーズを切れば牝猫の眼のらんらんと情婦のごとし
【6月号】
遠縁の集い来たるはそれぞれの老いを確かむるときにあらずも
若き日にひとびとの眼をひきつけし叔母はかくせぬ齢をかさね
老僧の衣はらりと脱ぐ刹那なま身の性をわれは見るなり
おんなとはかくなる生きもの七十路にわれの未来の像をうつさん
無口なる僧はやすまず盃を口に運べり角の席にて
ちちははの若き膝にはあにあねの神妙におりモノクロの写真
談笑の輪を終えし頃ひとびとはふいに明日の現実おもう
春をよぶこぬかの雨のやまぬまま骨はとうとう土に還りぬ
ほんとうにあなたの娘でよかったと言えるこの身のおぼつかなけれど
山寺は根雪を残す子らの声読経にまじり空(くう)に響きぬ
【5月号】
さみしくてさみしくてしかたないからゆるしてね、落語会に行くわ
生まれもつものだったのか逝く日にもあなたは清き空気をはなつ
おむかえに来たのは鳩かそれとも燕 わたしもいつか行くはずの空
笑むことのなかりしあなたの晩年を封じ込めたし記憶のそとに
これからもわたしは足を運ぶでしょうあなたを生んだ城跡の町
セーラーの万年筆がわたくしをおとなにしました 遺影がゆれる
三冊のノートのこされ藍染めの布の結び目ほどく日近し
首もとに垂らせし祖父の手ぬぐいに酒屋の名ありいまだ忘れず
寝ずに書きし門出のふみを詠む声のふるえて十二のわれ ねこやなぎ
南風ふくのを待たずあゆみだす細き娘の背に沈丁花降る
【4月号】
つぼみにて落ちる花ありわたくしのまなうらに棲む棔きはつ春
晒されて蹴られてもなおわたくしの過ちふたつみっついや増す
恐怖とはちがう戦慄 ああそうだこんなかたちに鞭を打たれる
髪をふく子の肩にぶく光りおり背負うべきものあるやなしやに
沈むなら海よりも沼 ひもじさになく鳥にこそわれを与えん
うちに棲むものを詠むなら花鎮めフェードアウトかシャットアウトか
みにくさに喉までつかり喘ぐのはもうおやめなさい 羽衣やいずこ
【3月号】
ほころびを繕うように一語ずつあなたの声をきいていました
あ雪、と誰かれとなく言いはじめタクシー待ちの列のゆるびぬ
甘ったるいお酒をのんだ後悔は見なければよかった映画のようで
木枯らしのごときひとりの少年が剣道着の裾ひるがえし去る
ねんねこのなかのわたしを憶えています町医者へゆく夜道のことも
消えた人つかみそこねた塵あくたそれでよかった、星が出ている
うしなった声のありかはどこなのだ鳩がさまよう森の奥底
形見だからもらっていくよ長い手がコートの袖からはみだしている
【2月号】
いつもより寒き肩先まくら辺のラジオがけさの雪を教える
母知らぬねこが毛布を吸うておりわたしの犯した罪のいくつ目
言いそびれし詫びのひとこと石蕗は雪の狭庭(さにわ)に花をつけざり
二年余の他国の空の傷あまた子のマウンテンバイク船便にて着く
もうとうに無くしたものの数知れず水面ににじむイルミネーション
ウイスキーの小瓶ころがり釣りびとの背中が今し影絵と変わる
あ、雪とだれかれとなく言い始めタクシー待ちの列のゆるびぬ
かなたより届く包みに添えられる今日知り初めし文字のありたり
生涯をかざりのひとつつけぬまま病みたる母の首の翳ろい
紙くずはその名に負いぬふたたびを望まぬすがたのうつくしかりき
【1月号】
カフェテラスに手紙書きたるひとのいて胸のふくらみ美しき 秋
リキュールのたっぷりしみる焼き菓子を飲めぬあなたに贈るもよけれ
愛猫の居場所となりぬ 返却日とうに過ぎたるウェルテルの悩み
ひとはだの燗の恋しき夕なれば厚手のぐいのみふたつを出しぬ
四人がけシートのひとすみ移りゆく山河のありてあと十五分
はさまれし写真ひとひらわたくしの知らない母のふり向きざまの
母子してつれの愚痴などつめこみし梅酒は三年ものとなりたり
不穏などみじんも見せぬ秋のそら子等のはしゃげる声を吸いこみ
きょうひと日どう生きようか猫二匹ひかる路上をはしりぬけたり
きしみたる自転車をこぐ老いびとはあてなき様に西へ向かいぬ
【12月号】
ひた待てばその日の来るを教えられ ふた月おくれの百日紅の花
おろしたてのハンカチしのばせひとに会う秋の空気にかわいた鍵音
ふりかえる秋の坂道 まんじりと見つめられいる猫日和なり
夫君との暮らし尽きぬと右あがりの文字の一葉届いていたり
北向きの開かないままの窓枠にテディーベアふたつ抱き合うを見ゆ
まなぶたのとろり閉じられおさな等は絵本のくにへ泳ぎゆかんか
ぶ厚さとほどよき堅さ古びたる辞書をまくらに午睡せし亡父
月見夜の団子をこねる手のひらが母に似てきしことの寂しみ
分からぬと言われてあらがうこともせず秋はことさら深きため息
【11月号】
そろそろもうこの世を忘れたころですか。北山杉が妖しく揺れる
あとひとつ探しきれない七草の未練そよげるゆきあいの空
うすかわを何枚まとえば繭になる仄かにぬくい床にころがる
右頬に三つ並んだ泣きぼくろを隠してきみはにび色のナイフ
せいいっぱいひとり狼ふりかざしつるべおとしの町の端をゆく
泣き笑いしているピエロの横顔がランプにうかぶ空(くう)を見つめて
まくらべに訪ねたきひと夢ゆえに夢のつづきを演じつづける
あんなにも見たがっていた十六夜の月いつものように遠い目だった
みずうみの果ての昏さよ 奥へ奥へ走らせ来たり淵にさまよう
虫喰いのさくらの葉々は枯れ落ちる時をもくろむように傾く
【10月号】
暁の空にとけこむ糸月が地上のうさぎに手をさしのべる
手向けられし花束のあり 吾のみが三とせを重ね友の墓前に
墓地へつづく蝉しぐれの坂すれちがう媼がゆっくり腰をのばせり
父母のいさかい聞きし夕まぐれほおずき苦く噛みつぶしたり
くれたけの伏す母なれば往く足も帰るこころもいかにおもたき
ふりそそぐ星のまにまに手をのべて掬いたきもの多かりしかど
われを待つあるいは待たぬ老い母のそめてもくれぬほほに手を当つ
いつだれの声でありしか子守歌 記憶のかたすみ虫の音に似て
搾りたての乳こそよけれ軽トラがぶろろろぶろん牧場を発つ
【9月号】
死ぬときは埋めつくしてよ人々がむせかえるほどのカサブランカで
つま先を濡らしてなおも染みわたる隙間さがしてしばらく雨は
夕空の焼けたるさまを網膜にうつしておこう 刹那とは永久か
ジェラシーはもたぬと思えど時おりに波引くまでを苦しんでみる
K線の地下鉄駅のかび臭さ擦りきれた映画のなかにわれをとじこむ
水無月の大気の重さよ無心にて遠のくまでのサイレンを聴く
雨音がやまぬ今夜の肌寒さあなたの抜けた空間さながら
なでしこの押し花ひとつ偽りの匂いあるなら捨ててください
【8月号】
万緑のしぶきを浴びてたわむれに問うてみたしよ女人と生まれ
紫のほとりにたたずむわたくしを色染めんとてあやめ咲きおり
遠くよりわれを呼ぶらし然れどもここにわたしはいません、いません
たたまれた瑠璃色の羽すべらかなその曲線にふれてはならぬ
引きゆかぬ痛みのあれば一粒のアスピリンをもわが支えとなし
ためらいはもう疾うに捨て夕闇にミケランジェロの影絵とならん
まったり&すばしっこさを持ちたるも猫の出奔いまだ果たせず
艶のある言の葉なれば今にして「熱(ほ)めく」と書くを歌に教わり
【7月号】
やんわりとハンカチーフをおりたたむ耳朶くらいの熱もちたれば
黄金のオリーブオイルがしみてゆくバケットの端にもある自尊心
花冷えの街はかすんでストールの冴えた色彩さえ寄せつけず
茹ですぎてしまったアスパラ 紅しだれ好んだ友はもう還らない
あすの空が明るむように短冊の祈りの文字をかたく結わえぬ
パラソルのちいさき影に囲われてはかなごとなど思いて歩む
遠雷を聞きつつ吊すカーテンのかなたの町をゆくはずの君
街角ですれちがうとき何ごともなかったようにうなずくわ、きっと
【6月号】
北をむく蕾はひらくときを待つコンパスフラワー祈りのように
日にいくど聞きたる町の名は美しく美しくありたり浪江町という
濡れ濡れと雄牛は生まれ藁すべにあかときの陽のさし込みおりぬ
のがれきて傷をなめいる捨て猫を春の匂いの垣根が抱く
割烹着ぬぎし手首のなまめきてあの日の母は五十路でありき
げに一度ほほを打たれしことのあり今は握れるちからもなきに
アネモネの揺れのかそけさ三月の雨はことさら細く降るゆえ
【5月号】
雨そぼつ青山通りマネキンが夜明けにそっと秘密をもらす
押すきみと押されるきみにさくら降る 車いす今ふみ出すときの
長かった時は過ぎ去り頼ってもかまわないよと語るはにかみ
残り花に託すのもよし一条の光あるなら青葉をそえて
コーヒーの缶足もとを転がりぬ二両電車は畑中をゆく
つかまえたはずの紋白蝶いずこ両手のくぼみに乾いた粉あり
のりかえは川岸にあり陽炎のごとく時間を刻める駅舎
やわらかな湿度が首をくすぐって厚い手のひら思い起こせり
約束の手紙来ぬままひとびとの纏う衣服のうすくなりゆく
【4月号】
君の前こころを閉ざす瞬間はかたくなな貝 覘かずにいよ
にぎわいの後のしじまに残るものキッチンの隅と胸底にあり
都合よきことばと思う「憂春」は背後に引ける濃い影となり
山の端の雲は早足 あの日なぜ置いてけぼりでいたのだったか
幾日をそうしていたのか『抱擁』の額は西日に五度を傾き
多すぎる蕾は落とそう、いい花の少しを咲かせるためのふんぎり
大江橋、高麗橋、鉾流橋 重い鞄が行き交う街なり
この街に橋の多くて大阪の橋の名ふたつ今日覚えたり
急ぎ足に追い越すひとの後を行くもう焦ることなきのちの人生
いつよりか壊れかけたる街路灯シグナルを出せ危うきもの等
【3月号】
叱りつけ送り出したる遠き日の肩ちいさかりしを今に思えり
竪琴は真冬の花火 さびしくて十の指先息でぬくめん
おもうことひとつたずさえ訪ね来ぬ山の社は空にしずまる
雪舞のまえぶれなのか北西の空のくらさに目を逸らしたり
霜柱さっくり踏めばふるさとの春まだき空にサンザシの映ゆ
約束の丸の内中央改札口ほほ上気させあなたは待ちおり
矢がすりに袴姿の吾子は立つ証書は胸に抱くものなり
坂多き道えらびたるきみがためせめて石ころひとつ拾わん
カンザクラ薄陽をうけてひそと咲くその色ほどにほどけるひと日
四季にさく幾輪あればつみとりてこころを結ぶきみであれかし
【2月号】
イヤリングと時計をはずすもどかしさブラッディマリー二杯のゆくえ
ゆずれないもののいくつか水割りの氷と靴とひとりの時空
わが町のパティスリーには如何な日もサンタクロースの顔した主
なぐさめを膝に抱くもわたくしがうつむくわけを猫は聞かない
肩ぐるまされるあなたは聴いたのかキリンの深い瞳のよびかけ
いつの日か形見に欲しきビロードのショールにかすか樟脳におう
桐箪笥の浅い引き出しシミの浮く往復書簡ひもにくくられ
あなたにはあなたの残生あるはずと柿の落ちたる地面を見つむ
病床に目ざめ得ぬ母今宵また残して帰れば凍てる月あり
この庭に冬はふたたび 語り合った記憶を含(ふふ)む山茶花の蕾
【1月号】
肩車されたあの日のきみがいまわたしをかばう 銀杏踏む朝
秋桜の茎にかくれる蟋蟀のしずかな色を名付けてください→歌評1へ
六本木ヒルズのカフェ横 気づかれず揺れるエノコロ草の在り方
2センチの深さに潜ったアネモネの球根そこは温いのでしょうか
ブルーベリーに染まった指は隠せない 問い詰めないで色あせるまで
素顔をみせた自分に戸惑う帰り道 十六夜月に裁かれている
長靴の色をちがえて片方づつふたごに雨は等しく降って
フォルテシモで終わった曲のせいですか一輪挿したガーベラ回る→歌評2へ
土砂降りに笑って駆けだす夢みればリズミカルに運ぶ秋日
「さあお行き」背中押されてかぜのなか木犀の香に後押しされる
【12月号】
うす桃の毛糸の玉が転がってべびーしゅーずが編み上がりゆく
奪われることをいくつか覚えたる腕よりわが子オペ室に消ゆ
わたくしを異星人だと子は言いき 闇夜に蒼き月みるわれを
子のまなこに映った者はわたくしであっても異星の者であったか→歌評1へ
月ばかり見続けた日々 抜け殻のたましい夜々にいずこを彷徨い
ふと芽生うきたなごころを気づきしか たらちねの母われを叱りき→歌評2へ
ピストルの音にはじかれ駆け抜けし足の速さはあなたといっしょ
病に伏せる妻を想うて酒を汲む父のその手の震えかなしき
わたくしには骨を拾えず ちちのみの父よ召されば母を待ちませ
まなじりにひとの良き皺刻ませて、も一度わが名呼びたまえ父
【11月号】
哲学の径を下れば鹿ヶ谷「OTENBA KIKI」がそこにあります
ゴスペルという名に変わり今もなお赤い煉瓦に蔓ばら繁る
OTENBA KIKIのここら辺りに永田氏は裕子さんと座ったろうか
たっぷりと黒髪たたえ人懐っこい笑くぼを見せし歌人でありき
泰山木は横顔だけを見せて咲く 人を還さずときも還さず
金魚鉢に浮いてしまいし星ひとつ二夜のいのちを子は愛しみき
そういえば昨夜はおらず玻璃窓に尾をのぞかせる猫のひと鳴き
張りのある切れよき声をころがせて俵万智のボブヘアの艶→歌評1へ
この人もそうであろうと思うなり美貌の歌人多きと聞けば
えんぴつの先は丸まっていたのだろう「らくがき帖」の母の歌々→歌評2へ
【10月号】
紫蘇色の空の哀しさまたいつか連れ立つ犬とともに佇つこと
伝言に嘘を一服いれました うずしお巻ける刻のただなか
午前一時あきらめかけた枕辺にホタルのような返信の灯
悲しき日終えて次の悲しみをむかえるために生かされており
不似合いな歌を詠えば一服の毒を盛れよとささやき聞こゆ→歌評1へ
濃緑の木立のなかで 降りそそぐ葉ずれの音としずかなる性
ひと夏が過ぎゆけばもうわたくしの肩が凍える、窪みの辺り→歌評2へ
空へ舞う麦わら帽子を追うようにひとりの女優は光になった
【9月号】
やがてくる朝焼けを待ち灯台はよるべなくして立ち尽くしおり
笑うこと悲しむことまた嘆くことなにも許さぬごとく波寄す
朝焼けはひたひたと来ぬ貸し出しの錆びた自転車のるには早く→歌評1へ
アナウンス流れきたれり 待ち人の二人のみなる駅に南風吹く
ふろしきに何をか包む老いびとの膝に置かれしわずかなる嵩→歌評2へ
無骨なるうつわの並ぶアトリエにしばしを宿る志野のしぐれ日
走り梅雨は四日続きぬ隣人が越したることも知らさぬごとく
青バラは誰の好みにつくられて誰の好みにその色を生く
小刻みにわれを目覚ます甘噛みはいつわりのなき今日の始まり
ちさきものまるごと吾にぶつかり来 確かなものよこの掌に
【8月号】
丸文字のMom,I love you 紫陽花の如くふわりと遅れて届く→歌評1へ
母さんは6歳ぽっちのわたくしに朝な朝なにレモンを絞り→歌評1へ
母さんが悲しむ顔は見たくない良い子の私すっぱいと言わず
おとうとは男の子だから許されて色白さんは女の子のこと
留守番の夜はお鍋を温めた えびカレーは甘くてしょっぱく
学校がおわれば神社の公園でキャラメルあげるよ天使の弟
駅中の花屋は閉まらずカラフルなリボンが減って母の日前夜
噴水のしぶきを浴びる距離にいて生まれた虹が今つかめそう
みちなりに行こうと決めてもう少し、風なら風を雨なら雨を
ああ、今日の空の青さは透明で単色使いのクレヨンがいい
【7月号】
くいしばって眠っているね歯科医師は心理学者のように言い→歌評7月★1へ
それぞれに傾きのある温度差のきみとわたしを隔つ子午線
一本の缶のビールに春の宵 曖昧なるままときが過ぎゆき
花筏ながるるさまを飽きもせでそびらに影を感じるときまで
花曇るそらのまにまに雉鳩の野太き声す ほうほうほほう
できますもの、品書の文字ひとふでに甘味処の卓のへにあり
両脇におさなふたりを抱えては足ふみ入れしはつなつの川
わがうちゆ生れしかのごとちろちろと天道虫は指に遊べり
汗とばす一陣の風吹ききたり しおからとんぼホスピスを越ゆ→歌評7月★2へ
雨後の庭にあげは蝶を見失う 早朝の陽の移ろいやすく
【6月号】ヴィーナスの腰
ヴィーナスに温もりを見ぬ布纏うにょ性の腰のはつか捻れり→歌評6月★1へ
夜の更けにワインの瓶は砕け散り吸われる赤黒きしみの縮図
♭の消せない日暮れ 与えよモジリアーニのほそながき首を→歌評6月2へ
過去なりし日と戯るも罪なればこのひとときを咎人でいる
持帰るブーケの真白ウェディングのカトレア二日の後に落つ
深々と片えの耳に染む声よ ゆっくりと酔うお酒のように
ひとり遊ぶ着替えドール真裸なビニールの臍のくぼみに触れる
ヴィーナスの太き腰など持ちえたら変わったのか私のロード
【5月号掲載歌】隠れ咲く
生き物を愛でる才をひとつだけくれた神様あの子のもとに
あっぱれの晴子がきたよおじいちゃん菜の花抱え走ってきたの
明日のため並べなおしてふで箱の背たか順の鉛筆ありき
ポストまで引き返したり0・5km遅刻まぎわの葉書のゆくえ
輝きは飾りをすててあるものをたとえばオードリーの晩年→歌評1へ
こんなにも可愛かったか母のする欠伸のひとつ 管の外され
それぞれの違いが分かっておりますか、順繰りに手を握られて母
気弱なる朝は生まれかわろうか、せめてくちびる厚めに描いて→歌評2へ
うすももに隠れ咲きたる寒桜その色ほどに解けるひと日
故郷に育ちし家の無きなれど つばくらめの巣、山吹の黄
【4月号掲載歌】イノセント
壁際に張付く冬の蚊とんぼよ飛ぶこともせず死すこともなく
朽ちかけたドアその儘で線路脇のイノセントは店の名であり→歌評1へ
手ぶくろが片方落ちて今頃はどんな生徒が嘆いていようか
学帽が入らぬ頭デッカチの男子がいたよ、ふふふ、ふふふ
赤裸々をあかららと読む学友がおり駅のベンチに鞄投げだし
一匹の虫の終わりを見据えたり頭のなかを空っぽにして
無口なるふたりはひとり 抱きしめた猫の柔毛に顔を埋めん→歌評2へ
寝(い)ねられぬ夜は太った羊らを塀に躓き転ばせてみる
安堵とうものにくるまれ家猫の髭の先っぽああイノセント
【3月号掲載歌】
鴨が浮く群れを離れて鴨が浮くカモカモカモーンわたしもひとり
待合は静けさに満つ 老犬の生を灯しむ毛布のあわいに
コトリ落つる音も消えゆく朝まだきポストに投ずる文は母宛
若き日のおそき朝食オムレツのバター艶やか艶やかに垂れり→歌評1へ
甘栗のむき殻からから追い越しぬ四条高倉師走の道のへ
いま誰かわれを呼ばんか振り返る路上に白き猫のよぎりぬ
東雲の白みゆくのを見届けて脈打つひとよを終えんとするも→歌評2へ
刃こぼれの月あわあわと浮く朝に吾の名を呼ぶ声あることの
飼い犬の鼾かそけく昼餉にはシナモンパンでいいわと決めぬ
九十九髪ふわり束ねる母は陽光に黒田清輝の絵のごと淡し
【2月号掲載歌】
ぬばたまの丸い瞳をふちどった睫毛のゆれる友の在りし日
遠い町に離れて幾とせ親友の睫毛のさきに翳りの見えて
夕映えをうけて煙草を燻らせる友が遠のくベランダの手すり
昨日より今日の眩しいさみどりに君は気づいて歩いているか→歌評1へ
愛しさの粒と思えば煙りゆく氷雨の街が微笑みをくれる→歌評2へ
高層のマンション暮れて恰好の泣き場所となる 灯り点さず
かたくなな拒否に隠した慈しみ 掠れゆく声ホスピスからの
もう何も言わずに知らんぷりをして自慢のまつげ白き布の下
忘れいた日傘手にする再びの斎場にもうだあれもおらず
きみに似たまつげをもった背の高き青年が立つ天を仰いで
【1月号掲載歌】抜粋
ただ一度垣間見せたねジェラシーに捻れる心を、愛しかったよ→歌評1へ
わたくしの二歩が一歩の君でした 合わせて歩む時は流れて
それぞれの胸で埋める空白に書かないままの終章ながれる→歌評2へ