瑠璃の聖夜に
※幸村と朧のお話です。つまりBLなので苦手な方はご注意ください。※
「今年のクリスマス・イブ、空いてる……?」
幸村が朧にそう話を持ちかけたのは、十二月に入ってすぐのことだった。
水無月家が経営する高級料亭、『朧月亭』と同じ敷地内にある、古い日本家屋の邸。その離れにある朧の部屋で、二人いつものように過ごしていた時のこと。
少し乱れた布団の上で、眠そうに目を細める朧の細い体を抱きしめながら、幸村は言った。
「……クリスマス……?」
「うん。どっか食事に行くとか……。ほら! せっかくのクリスマスだし」
クリスマス・イブの夜を、恋人と過ごしたい。
それは恋人のいる若者であれば、大抵の者が考えることだろう。
日本では『クリスマス・イブは恋人同士のイベント』と認知されるようになって久しい。
「……やだ」
「えっ?」
だが幸村の腕の中の朧は、素っ気ない。
「なんでわざわざ人の多い時期に人の多い場所に行かなきゃならねぇんだよ」
それに幸村の言う食事とは、いわゆるクリスマスディナーの類だろう。
そんな、男女の恋人同士で溢れる場所に、男同士で行くなんて。
無駄に人目を引くから嫌だ、と。朧の言うこともまあもっともである。
「……ううー。じゃ、じゃあホテルは? ホテルの部屋でディナー、とか」
最近のホテルには、レストランではなく宿泊する部屋でディナーを楽しめるプランもあるらしい。「それなら人目も気にせずにいられるよ?」と。幸村は必死に食い下がる。
「……やだ。めんどい」
「ええええええ!!」
「……耳元でわめくな、うっとうしい」
ただでさえ、誰かさんのせいで体がだるいのだ。
このまま静かに眠らせろ、と。朧は思った。
「クリスマスだよ!?」
「俺キリスト教徒じゃねえし」
ちなみに水無月家は、代々真言宗の仏教徒である。
「そ、そんなテンプレ発言を……」
俺だって、仏教徒だけどさぁ……とぼやく幸村。
大体、この国でクリスマスを家族とではなく恋人と過ごそうとする人間の大半は仏教徒だろう。真摯なキリスト教徒なら、クリスマスはもっと厳かに過ごすのではないだろうか。
「朧~。お願い! 朧ちゃんってば~」
「………………」
「クリスマス、一緒に過ごそうよ~。クリスマスっぽいことして、楽しもうよ~」
「………………」
「……俺、朧と……」
「もっと恋人らしいこと、したいよ……」
まるで駄々っ子のように、朧に取り縋っていた声が……
わずかに、切なさを帯びる。
『恋人らしいこと』
それっていったいどんなことだよ、と。朧は思う。
会って、話すこと? それなら他人にだってできる。
一緒に食事をすること? それなら友達とだっていいだろう。
キスして、セックスすること……? ああ、それならとても簡単で……
簡単、で。朧は今まで、その行為を『恋人ではない』男達と、してきた。
朧にとってはキスもセックスも、特別な行為ではない。
ならばなにをもって自分は、幸村に……
この男に、『恋人らしいこと』をしてやれるのだろうか……
「…………くだらない」
「………………」
朧が思わず吐き出した言葉に。
幸村が、しゅーんと項垂れる。
くだらない……、が。
「……しょうがねえから、付き合ってやるよ。ただし、場所はお前の部屋な」
「っ!! 朧!!」
幸村は嬉しさのあまり、がばっと身を起こした。
布団がめくれて、冬の夜気が入ってくる。
寒い……と眉を顰める朧は、温もりを求めるようにぎゅ……と幸村の体に抱きつくと、
「チキン食ってケーキ食うだけだからな。プレゼントなんて、期待するんじゃねえぞ」
そう、囁いた。
少し嗄れた声で吐かれる、素っ気ない台詞。
だが幸村には、それで十分だった。
「うんっ!! 俺嬉しいよ!! あ、朧はなんか欲しいものある?」
「…………ん……んんー……?」
欲しいもの? と問われ。
眠気眼の朧は、そろそろ本気で寝入りそうな頭で考えた。
今いちばん……欲しいものは……
「ラピスラズリ……」
「え?」
「……絵具……天然の……ラピスラズリ……ごじゅ……ぐらむ……で……万超える……」
「え? 絵具が欲しいの? それだけ……?」
「ばか……日本画の絵の具の馬鹿高さ……舐めんなよ……合成じゃなくて……天然じゃなきゃ……ゆるさねー……」
最後にそれだけを言うと、朧は寝入ってしまった。
幸村はそんな朧の体をぎゅっと抱いたまま、自分も布団に深く潜り込んで……
(絵具かあ……)
と、リクエストされたプレゼントについて思いを巡らせる。
もっとこう……ブランド物の財布とか、アクセサリーとか。そういった物を要求してくると思っていたが……
(……朧、絵描くの大好き……だもんね……)
紙に向かっている時の朧は、痛いくらいに真剣だ。
そしてその繊細な手から、それはそれは美しいものを描きだしてゆく。
(絵具、か。ラピスラズリ……ラピスラズリ……。なんか呪文みたいな名前……忘れないように、しなきゃ……)
早速、画材屋に行って物色してみよう。
そんなことを思いながら、幸村も眠りに落ちていった。
そしてクリスマス・イブ当日。
大学から帰った朧は今、幸村が一人暮らしをしているマンションに程近い駅の構内に来ていた。ここで、幸村と待ち合わせをしているのだ。
今日は祝日だが幸村は休日出勤らしく、待ち合わせの時間は午後六時。
そして現在の時刻は、午後六時十分。
意外にも時間には几帳面な朧は、六時五分前にここについた。つまりかれこれもう十五分は、ここで一人待っていることになる。
「……ありえねえ」
自分から誘っておいて、遅刻するなんて。
おまけに朧の携帯には、なんの連絡も無いのだ。
「………………」
幸村が来たら、盛大に怒ってやる。
そう思いながら朧は、構内にあるコーヒーカフェに入った。
ここなら、席から待ち合わせ場所が見える。構内とはいえ寒いあの場所にずっと立っているなんて冗談じゃない、と。
ホットの抹茶カフェラテを注文し。朧は一人掛けの椅子に座った。
「………………」
そして、待つこと三十分。
幸村は、まだ現れない。
(あの野郎……)
朧の端正な眉間には、深い皺が寄っている。
睨みつけるように、待ち合わせ場所を見据えて。
彼はいらいらと、テーブルを指で叩いた。
最初はただの遅刻だと思っていた。遅れても、せいぜい十五分くらいだろうと。
二十分を過ぎた頃、「もしやなにかあったのだろうか?」と思った。
何度確認したか解らない携帯には、だがなんの連絡も無い。こちらからメールも送ったし電話もしたのだが、返事は無い。連絡を送れないほど大変な目にあっているのだろうかと、少しだけ心配して。
だからってこんなに待たせやがって……と。また怒りがぶり返してくる。
「……あほらし……」
朧はパカリ、と開いた携帯の待ち受けを見つめながら(ちなみに朧の待ち受けは敬愛する日本画家の作品である)、自分がこうして未だに幸村を待っていることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
この携帯には、かつて『そういう』関係を結んだ男達の連絡先がまだ入っている。
中には、朧が連絡すればすぐに飛んできて豪華な夕食の一つは奢ってくれる相手もいる。(もれなくセックスをする羽目になるだろうが)
そいつなら、朧が「迎えに来て」と言えばすぐに高級車を乗り付けてやってくるだろうし。フレンチが食べたいと言えばフレンチレストランに、蕎麦が食べたいと言えば高速を飛ばして美味しい蕎麦屋に連れて行ってくれるし。(過去にやってもらったことがある)
そしてそいつは幸村と違って……、自分を独占しようとはしなかった。
恋人になりたい、なんて。言わなかった。
朧が微笑み、『恋人のよう』に振る舞うだけでいいのだと。
かつて関係したその男は言った。
『心から自分を愛せなんて言わない。俺はお前のその綺麗な顔を見ているだけで、わりと満足だからな』
ある意味あの男は、あの当時の自分と同じ価値観を持っていた。
体だけ、あればいい。
心なんていらない、と。
そう思っていた、あの頃の自分と同じ。
(……はっ。よく言うぜ。さんざんがっついてくれたよな……)
パチリ、と。
音を立てて携帯を閉じる。
(お前が悪いんだ……バカ真……)
お前が俺を待たせるから……
このままもう来ないんじゃないか、って。不安に……させるから……
こんな風に昔の男の顔がちらつくんだ。
(馬鹿馬鹿バーカ……)
時計の針が、待ち合わせの時間から一時間過ぎて。
すっかり空になったカップを横に、朧は顔を伏せる。
こんな最悪な気分は、久しぶりだ。
もっと早くに見切りをつけて、家に帰ってしまえば良かった。
こんな風にずるずると、もう少ししたらくるかもしれない。あと、少ししたら……なんて思わずに……
(……はぁ。ぜってー、別れる……)
こんなに俺を待たせやがって……
絶対に、許さない。
もう、知らない。あんなヤツ……どうなったって……
「……っ! ごめんっ!!」
その時、だった。
伏せていた朧の肩を、ぐっと掴む手があって。
振り返れば、息を切らした幸村が……
「っ、ご、ごめん!! 本当にごめん!!」
「……お……せーよ……」
「うん、俺が悪い。本当に……ごめん。でも……」
(……なんだよ……ちくしょう……)
「待っててくれて、俺、すっげー嬉しい……っ」
……なんて。
ぜえはあと荒い息で、
この寒い中、汗をかいて真っ赤に上気した顔で、笑うから。
「…………馬鹿……」
直前まで「別れよう」と思っていた気持ちが、雪のように溶けていく。
「……寒い」
「う? うん」
「……のど、かわいた」
「うん」
「チャイティーラテ、な」
お前の奢りだからな、と。小さく言って。
朧は幸村の手をそっと握った。
「……っ!! うん!!」
そうして二人は、持ち帰りでチャイティーラテとホットコーヒーを買って。
駅地下でクリスマス用の総菜やフライドチキン、そして小さなカットケーキを二つ買って。幸村のマンションへと向かった。
「……ところでお前、なんであんなに遅れたんだよ……」
「……う。実はさ……ウチの生徒が部活中に倒れちゃって……」
養護教諭として病院まで付き添い、その生徒の両親に連絡を入れたのだが……
「仕事中だから、って。すぐに来てくれなくってね~……。なんか、切ないよね。クリスマスなのにさ、子供より仕事が大事だって言う親……」
幸村は少し沈んだ顔で、呟く。
「だからってずっとついててやったのか。お前ほんと馬鹿だな」
「ううっ。だって、ほっとけないよ。俺いちおう先生だもん」
「だいたい、クリスマスとか関係ないだろそーいう親は。ま、ウチも似たようなもんだったけど」
朧は物心ついてこの方、家族でクリスマスを祝った経験が無い。
年末のこの時期は、家業の料亭が忙しいのだ。いや、それだけじゃなく……
繁忙期に限らず、朧の母親は子供より家族より仕事をとる人だ。
「朧……」
「……ま、よかったんじゃねえの? そいつ、お前みたいな先生がいて、さ」
「朧……っ!」
「……そのせいで俺は待ちぼうけくらったんだけどな」
「うわあああ……っ。だから、ごめんってー!!」
「とうぶん許さねーから、俺」
しばらくはこのネタで強請ってやる、と。
朧はその美しい顔をにっと笑ませる。
「……はい」
俺が悪かったです、と。
幸村は素直に謝る。だがその殊勝な顔と裏腹に、彼の心は喜びに満ちていた。
電車を降りて、待ち合わせ場所まで走った時。
朧はもう、待ってはいないだろうと思っていた。
朧は待つこと、待たされるのが嫌いだ。だからきっと、すでに怒って帰ってしまっていて。
それでもう、二度と会ってくれないんじゃないかって。
いや、それよりも怖かったのは……
朧が他の男の所へ、行ってしまうこと。
やっと、自分だけのものになってくれたのに。
やっと、自分一人だけを見てくれるようになったのに……
『誰も特別じゃない。それでいいなら遊んでやる』
……なんて。
また昔のように、自分ばかりが想うだけの……体だけの関係に戻ってしまうのかもしれないという、恐怖。
だから、朧の姿のない待ち合わせ場所で。
絶望的な気持ちで、縋るように辺りを見渡した時。
あのコーヒーカフェのガラス越しに、朧を見つけて……
泣きたくなるくらいの安堵と喜びを、覚えた。
(……ありがとう、朧……)
幸村はぎゅっと、荷物を持っていない方の手で朧の手を握る。
朧は一瞬怪訝そうな顔をしたが、振り払うことなく、幸村の好きにさせていた。
「へへっ」
「……気持ち悪ぃな、突然……」
「え~? だって、楽しーもん! クリスマス!!」
街はイルミネーションで輝き。
道行く人は、大切な人のためのプレゼントを手にどこかへ帰っていく。
それを見るだけで、自分の心もほっこりとあったかくなる。
そして……
「あ……!!」
街の灯りに照らされる夜空から舞い降りてきたのは……
まっしろい、粉雪。
「ホワイトクリスマスだ……!!」
「……どーりで、寒いわけだ」
早く帰ろうぜ? と、朧に手を引かれ。
「うんっ」
幸村と朧は二人、マンションへと帰っていった。
買ってきた料理を食べ終え。
ケーキも食べ終わった頃……
「ろーうっ! これ、俺からのクリスマスプレゼントー!!」
幸村が徐に、通勤用の鞄から取り出したのは……
綺麗にラッピングされた、クリスマスプレゼント。
「おう」
朧はそれを受け取ると、しゅるしゅるとリボンを解いて、中身を取り出す。
それは、朧もよく使っている画材屋の箱に入った、瓶詰めのラピスラズリの粉末。
「……これ、で間違いない?」
「ああ。……やっぱ、良い色だな……」
朧は瓶を取り出してかざしながら、ラピスラズリの青に魅入る……
そういえば、と。朧は思った。
この青は、先ほど二人で見上げた夜空の……
街のイルミネーションに照らされた、明るい夜空の色に似ている、と。
「…………ん?」
袋の中に、もう一つ何か入っている。
絵具の箱よりも一回りほど小さいボックス。
中を開ければ……
「……ピアス……?」
「うん! 絵の具だけじゃ物足りないかなぁ~、と思って。これもね、ラピスラズリだよ」
それはシンプルな、青い石のピアス。
「絵の具のね、ラピスラズリが欲しいって言われてから、色々調べてたんだけど……。ラピスラズリって、魔除けとか厄除けの力があるんだって。朧に悪い虫がつきませんよーにっ!! って、ね」
「…………………」
「受け取って……くれる……?」
「真……」
朧はゆっくりと、幸村を見上げた。
幸村はいま、朧の反応をどきどきと見守っている。
その顔には、「喜んでくれる?」とはっきり書いてあった。
「これ、つけて……?」
受け取ったピアスを差し出し。
幸村の手でつけてほしい、と朧は言った。
「朧……?」
「…………お前に、つけてほしい」
「……っ! うん……!!」
幸村はそっと、ボックスの台座からその小さなピアスを外した。
そして、目の前に居る朧の髪を耳にかけて……
「…………」
その白い耳朶に綺麗に開いたピアスホールに、銀でできた針部分をさし、後ろから留め具で留める。
息もかかるほど近い距離で。
ゆっくりと、両耳にその青いピアスをつけ終わると……
「……似合うだろ」
自ら言い切り、朧がにっと笑う。
「うん……!!」
その蒼い石は、朧に良く似合っていた。
「……ちなみに……」
「?」
「俺、お前にプレゼント用意してないんだけど」
「!?」
がーん!! と。
幸村がショックにうなだれる。
い、いやいいんだ……
元々朧はクリスマスに乗り気じゃなかったし。こうして、付き合ってくれるだけで満足なんだ……と自分を慰める幸村。
だけどやっぱりちょっとは!! ちょっとは何か欲しかったかも!!
「……だから、さ」
朧がそっと、項垂れる幸村の肩に手を触れる。
「プレゼント……『俺』じゃ、駄目……?」
頬を少し赤らめ、て。
潤んだ瞳で、誘うように囁く朧。
(あっ、やばいこれ誘惑モード……っ!!)
「今夜は俺のこと、なんでも好きにしていーぜ?」
「っ……!! あーっ!! もう!!」
がばーっ!! と。朧の細い体を抱き締める幸村。
もうほんと、その顔反則だから!!
そんな顔で誘われて、断れるわけないじゃん!!
幸村は衝動のまま、朧を床に押し倒した。
「(にやにや)」
「可愛い!! エロい!! 最高!! 大好き!!」
「うるせー」
耳元でわめくなうっとうしい、と。
床に押し倒される朧はそう毒吐く。
そうして、二人は……
なんだかんだと、甘い聖夜を過ごしたのだった。
翌日有頂天の幸村が、同僚である正宗に惚気まくるくらい甘い一夜、を。

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