電氣アジール日録

2014-07-28 右や左の旦那様

右翼」も「左翼」も変動相場

かつて1980〜90年代当時、「『右翼』『左翼』という言葉死語になる」などと言われたものだった。ところが、21世紀ネット世論では、いまだにこの語句がぽんぽんと大安売りで使われる。

そりゃそうだ、世の中全体がより保守的になっても、より革新的になっても、その中でさらに、「どちらかと言えば保守派/どちらかといえば革新派」というグラデーションが常に生まれるのだから、いつまで経っても「右翼」も「左翼」も死語にならないのである

と、いうわけで、鈴木邦男監修・グループSKIT編『「右翼」と「左翼」の謎がよくわかる本』(isbn:4569819370)が刊行。内容は以下のような感じ。

○序章 右翼左翼真実

(基本編)

・なんで右翼左翼って呼ばれているの?

ファシズム右翼って違うの?

共産主義社会主義ってなにが違うの?

などなど…

○第1章 右翼の謎(右翼雑学事件、人物)

ネトウヨっていつからいるの?

右翼街宣車はどうして黒いの?

大隈重信暗殺未遂事件 右足を失いながらなぜ暗殺者賞賛したのか?

三無事件 戦後初のクーデター「三無」とはどんな意味か?

頭山満 右翼の「怪物」が孫文支援した理由とは?

赤尾敏 なぜ「竹島は爆破してしまえ」と叫んだのか?

などなど…

○第2章 左翼の謎(左翼雑学事件、人物)

日本左翼領土問題のことをどう考えているの?

アメリカにも共産党ってあるの?

日本共産党スパイ査問事件 殺された党員は本当に警察スパイだったのか?

よど号ハイジャック事件 犯人たちはなぜ北朝鮮を目指したのか?

片山潜 スターリンはなぜ日本人左翼の棺をかついだのか?

浅沼稲次郎 左翼指導者は熱烈な天皇崇拝者だった?

などなど…

当方は今回、巻末の鈴木邦男インタビュー……ではなく、おもに序章と第2章を担当、人物編では北一輝磯部浅一赤尾敏幸徳秋水大杉栄難波大助などを執筆

監修の鈴木邦男からは「日本右翼左翼聖地はどこ?」「右翼左翼組織は一度入ったら抜けられないの?」などの有益アイディアをご提供頂いた。

冷戦体制崩壊後の現在では「なんで左翼ってなくならないの? ソ連崩壊社会主義共産主義はいっさい間違ってましたと判明したのに」などと思う人間も少なくないだろう。

しかし、第二次世界大戦後は「なんで右翼ってなくならないの? 日本ドイツファシズム政権敗戦でいっさい間違ってましたと判明したのに」などと思われたはずだ。

要するに、世の中で右派が主流か左派が主流かはシーソーのように時代状況によって変化する、「そのときはそっちが正しい」という話でしかない。

さらに言えば、右派定義左派定義さえ時代状況によって流動する。

現在でこそ保守嫌韓だが、米ソ冷戦時代自民党をはじめ保守派ならソ連ほか共産圏の国々を敵視するのとセットで反共産主義国家韓国を支持するのが当然だった。日本では長らく、右翼天皇支持、左翼天皇制打倒のはずだったが、現在では今上天皇自身平和憲法遵守を掲げているので、右派の方こそ現実天皇とは相性が悪いという事態になっている。

本書ではそのように右翼定義左翼定義が変化してきた点の説明に務めたつもりだ。

ドメスティック左翼インターナショナル右翼

笠井潔白井聡の『日本劣化論』(isbn:4480067876)では、ヨーロッパ左翼運動革命運動マルクス主義以前から存在し、マルクス主義敵対する左翼もいたが、日本では左翼運動マルクス主義ほとんど同時に入ってきたため、マルクス主義崩壊運命を共にしてしまったと指摘されている。(164p)

一個人的には、日本左翼の人気がなくなったのは、この点に加え、左翼普通の日本人男性貧困層放置したまま、女性障害者日本人以外のアジア人など「いわゆる弱者」の権利ばかり唱えて、大杉栄トロツキーみたいな「叛逆する男」のロマンとかヒロイズムをすっかり否定してしまったからではないかという気がしてならない。

http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20070316#p2

一方、笠井白井は、昨今のネトウヨが決して下流層ばかりでなく、外国帰りの上層サラリーマンなども多いと指摘している。(141p)

そりゃ、階層に関わらず持って生まれた「日本人」というプライドだけは共通だからだ。

左翼とは意志的な属性依拠する者、右翼とは先天的属性依拠する者なのである単に「日本人」というだけでなれるのだから右派の方が敷居が低いわけだ。

しかし、明治から大正期には「右翼インターナショナル」という発想もあった。

玄洋社頭山満宮崎滔天らアジア主義者民間右翼は、欧米白人列強に対抗するため清国朝鮮など、アジア諸国明治維新革命を輸出することを考えていたのだ。

これは決しておかしなことではない、欧米なら右翼思想バックボーンキリスト教があるが、日本ではもともと支那から渡来した儒教がそれに当たるからだ。

多くの人が見落としているが、じつは明治維新儒教革命である江戸時代国学神道復興は、儒学者山崎闇斎水戸藩水戸学派によって先鞭がつけられた。

そして、儒教の忠君思想をつきつめると「幕府天皇権力を奪っているのは忠義に反するから正さなければならない」という考え方になる……尊皇攘夷・倒幕のイデオローグとなった吉田松陰横井小楠は、もともと儒学者である。昨今「中韓儒教国家からケシカラン」などとドヤ顔知ったかぶっているのは、それこそニワカの物言いだ。

そういえば、映画革命の子どもたち』では、パレスチナゲリラと行動を共にした重信房子日本赤軍足跡が描かれていた。

http://www.u-picc.com/kakumeinokodomo/

重信の父はアジア主義者の右翼だが、娘とは敵対していない。これは劇中で不思議なことのように語られているが、べつに矛盾はない。1970年代当時、竹中労は、アジア諸国独立支援した玄洋社大陸浪人アラブゲリラ支援した日本赤軍共通性を指摘し、日本赤軍を「アラブ浪人」と呼んでいる。

地方の男・大正

すでにあちこちで指摘されているが、現在放送中の『花子とアン』に登場する、白蓮こと蓮子様と不倫の恋で結ばれた宮本龍一モデル宮崎龍介は、上記の宮崎滔天の息子である

滔天については一昨年にちょっと詳しく述べた。

http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20121231#p2

宮崎龍介は、親父が革命事業のためにつくった借金を背負わされつつ、父と同じく中華民国から逃れてきた革命家を匿ってやったりしていたという。

この龍介も含め『花子とアン』関連人物は、村岡花子自身柳原白蓮も実物の方がいろいろ面白いのだが、脇役ながら目が離せないのが花子の兄・安東太郎だろう史実上の村岡花子は一家離散状態で兄弟消息はあまり伝わっていないというので、たぶんドラマオリジナルの要素が大きいと思われる)

基本的に劇中で主人公花子の周囲は、田舎者なのに西洋かぶれの父親や都会の出版社印刷所の人間など、リベラルで物わかりのよい都市的な近代主義者ばかりの中、あえて軍隊に入って憲兵となった兄の吉太郎は独自の重々しい存在感がある。

だが、当時の農村では「田舎若者軍隊に入る」ということもまた、地方の土着的しがらみを離れ、「近代」に参加することだった。

花子文学翻訳世界に飛び込むことで貧しい農村から自立したように、吉太郎もまた軍服と銃の世界に飛び込むことで貧しい農村から自立したのだ。

農家の子にとって、軍隊に入ることは、軍刀を与えられ「武士」になれることでもあった。

恐らく、吉太郎軍隊に入って初めて洋服を着て革靴を履き、アルミの食器で軍隊食堂カレーライスなどの洋食を食べ、自分の家だけの田畑を耕すのではなく何千何万の同胞の兵員と訓練を共にすることで、狭い田舎村にとどまらない新しい世界が開けたはずだろう。

今後、『花子とアン』では、関東大震災大戦という展開で、憲兵となった吉太郎花子蓮子龍一を追い立てる側になるのかも知れない……。しかし、そのような役回り人間もいることによって支えられてきたのが、日本近代だったのである