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2014年 07月 27日
◎注目の「実戦系人文書」3点 ★ビジネス書売場で売れる人文書、すなわち「ビジネス人文書」のことを何年か前にご紹介したことがありますが、今回ご紹介するのは、ビジネス書、とりわけ自己啓発書の手法を人文書に取り込んだ新刊です。仮に「実戦系人文書」(実践ではなくあくまでも実戦)と呼んでおきます。ビジネス書で見かけるハウツーものと違うのは、書き手がビジネスマンやコンサルタントではなく、まぎれもない職業的な「哲学者」であるということ。彼らが大学という土俵からあえて下りて広い読者層へ向けて発信したもので、読みやすいだけでなく凡百の自己啓発書にはないウイットや深みもあります。情報の洪水の中にあって自分自身の分析力と判断力を磨くために本格派の知がますます求められるようになってきた現代、「ビジネス人文書」のニーズは否応なく高まるものと思われます。人文書がビジネス書売場へ進出する情況と並行して、第一線の哲学者や編集者が従来の人文書より柔らかくかつ尖鋭的で強力な情報発信を開始しています。ビジネス書売場に人文書の陣地をつくる「ビジネス人文書」と、人文書売場にビジネス書に通じる風穴を空ける「実戦系人文書」は表裏一体のもので、売場や分野の違いといった「流通境界」を乗り越える試みとして小売の販売現場に刺激を与えそうです。 千葉雅也『別のしかたで――ツイッター哲学』河出書房新社、2014年7月、本体1,500円、46判上製208頁、ISBN978-4-309-24664-2 東浩紀『弱いつながり――検索ワードを探す旅』幻冬舎、2014年7月、1,300円 4-6変型判168頁 ISBN978-4-344-026070-0 アラン『幸福論』村井章子訳、日経BP社、本体1,800円、4-6判並製ビニールカバー596頁、ISBN978-4-8222-5018-8 ★『別のしかたで――ツイッター哲学』は、話題のデビュー作『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社、2013年10月)に続く待望の第二作。2009年から2014年にかけてツイッターで発信されたつぶやきをまとめた、今までありそうでなかった哲学書です。「あとがき――輪郭論」での表現をお借りすると「風物への感想、思考法・勉強法、行動、生/性について、芸術論、哲学研究のアイデアなど、色々な内容のフラグメント(断片・断章)」を、「時系列ではなく、新しいリズムで提示」したもの。「前著『動きすぎてはいけない』の後半(第五章~)における個体化論の、ひとつの「別のしかたで」なのです」とご自身ではお書きになっていますが、形の上だけでなく前著への実際の言及も含めて、本書は『動きすぎてはいけない』の欄外註もしくは舞台裏として読むことができます。ある意味「千葉雅也のトリセツ」でもあって、千葉さんの思考の広がりと振幅が如実に表れていますから、佐々木敦さんが本書への書評で指摘されたように「『動きすぎてはいけない』が本書の副読本であるとだって言える」のも確かです。 ★むろん、前著に接したことがない読者でも、本書は独立した一冊のアフォリズム(箴言)集として読むことができます。こんなつぶやきがあります。「思考の流れをつくるためには、「流れなければ!」とテンションを高めるよりも、思考のブロックを小石のようにジャラジャラと持っておいて、その順序をいつでも帰られる余裕をもったほうがいい、と思う」(111頁;2011年12月11日13時53分)。本書はまさにその小石が詰まった実に魅力的な宝石箱で、その適度なぶっちゃけ具合と硬軟様々な話題の興味深さにより、前著以上に拡散力があるのではないかと思えます。千葉さんらしいなと思うのは、たとえばこんなつぶやきです。「最近は、ものを書くときに、柔らかい食物をスプーンで口元まで運んであげなくてはならなくなった、とある先輩が言っていましたが、そういう状況が事実である以上、あるていどそれに合わせつつ(でないと読まれませんから)、しかしギリギリの抵抗もしなければならない」(75頁;2010年02月07日03時51分)。「最近、自己啓発ものとか、一般向けのスルスル読めるものをあえて多読してるんですが、勉強になります。ほんと、バカにしちゃいけない。あえて弛緩させたような書き方もレトリックの一つであり、それはそれで「技巧的に凝っている」と見るべきです」(99頁;2012年05月30日00時21分)。 ★またこんなつぶやきもあります。「デリダは哲学と文学のあいだで書いた。ドゥルーズにもそういうところがある。そういうやり方に影響された日本人もかつてはいた。このごろはいなくなった。どうしてだろう。明晰に簡潔にアーギュメントを立てるのもいい。だが、そればかりでいいのか。ジャンル不明の文章を、もう一度加書こうではないか」(120頁;2013年6月11日01時13分)。千葉さんの魅力はガチガチの堅牢な哲学の城よりも、様々な詩情が共存する空間を読者に見せてくれるところです。その意味ではこの『別のしかたで』こそ千葉さんの本領が輝くかたちなのではないかと思います。そしてさらに今後、この「別のしかた」がもっと多方向に広がっていくことが多くの読者によって待たれるようになるのではないかと思います。本書の楽しみ方のひとつはたぶん、読者のそれぞれの誕生日に千葉さんが何をつぶやいていたかを探すことではないかと思います。Twitterは孤独と出会いを両方兼ね備えています。本書の孤独と出会いの続きは@masayachibaでフォローできます。 ★『弱いつながり――検索ワードを探す旅』は、幻冬舎のPR誌「星星峡」2012年12月号から2013年11月号まで連載されていた語り下ろし「検索ワードをさがす旅」を再構成したもの。「はじめに」によれば「かなり手を入れており、雑談部分は大幅にカット」され、「連載時とはほぼ別ものになっているはずです」とのことです。連載時の文章は、cakesにて有料配信されています。版元サイトに目次がないため以下に転記しておきます。 0|はじめに|強いネットと弱いリアル 1|旅に出る|台湾/インド 2|観光客になる|福島 3|モノに触れる|アウシュヴィッツ 4|欲望を作る|チェルノブイリ 5|憐みを感じる|韓国 6|コピーを怖れない|バンコク 7|老いに抵抗する|東京 8|ボーナストラック|観光客の五つの心得 9|おわりに|旅とイメージ ★「本書は自己啓発本のように見えるかもしれません。わざとそのように作りました。けれども自分探しをしたいひとにはこの本は必要ないと思います。/そもそも、自分探しをしたいのなら本を読む必要はないのです。旅に出る必要もない。単純にあなたの親を観察すればいい。あるいは生まれた町や母校や友人。「あなた」はすべてそこにある。人間は環境の産物だからです。/だからこそ、自分を変えるためには、環境を変えるしかない」(「はじめに」6-7頁)。「ぼくたちは環境に規定されている。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。あなたは、あなたの環境から予想されるパラメータの集合でしかない。〔・・・〕しかしそれでも、多くのひとは、たったいちどの人生を、かけがえのないものとして生きたいと願っているはずです。環境から統計的に予測されるだけの人生なんてうんざりだと思っているはずです。/ここにこそ、人間を苦しめる大きな矛盾があります。〔・・・〕その矛盾を乗り越える――少なくとも、乗り越えたようなふりをするために有効な方法は、ただひとつ。/もういちど言いますが、環境を意図的に変えることです。環境を変え、考えること、思いつくこと、欲望することそのものが変わる可能性に賭けること。自分が置かれた環境を、自分の意志で壊し、変えていくこと。自分と環境の一致を自ら壊していくこと。グーグルが与えた検索ワードを意図的に裏切ること。/環境が求める自分のすがたに、定期的にノイズを忍び込ませること。/抽象的な話ではありません。これはじつはビジネス書にも書いてありそうな、実践的な話でもあります」(同、9-11頁)。 ★本書は非常に端的な内容のメッセージに満ちていて、惹きつけられます。「ぼくたちはいま、ネットのおかげで、断ち切ったはずのものにいつまでの付きまとわれるようになっている。強い絆をどんどん強くするネットは、ぼくたちをそのなかに閉じ込める機能も果たす。旅はその絆を切断するチャンスです」(155頁)と東さんは書きます。強い絆をいっそう強くするネットでのカズタマイズされた検索に対し、ノイズに満ちた弱い絆=偶然の出会いをもたらすリアルでの身体の移動=旅の効用が本書で語られており、現代人を取り巻く様々な社会問題への視線がそこに織り込まれています。それは「ネットを離れリアルに戻る旅ではなく、より深くネットに潜るためにリアルを変える旅」(32頁)です。本書について「著者としては、はじめてのタイプの、「哲学とか批評とかに基本的に興味がない読者を想定した本」です。飲み会で人生論でも聞くような気分で、気軽な気分でページをめってくれれば幸いです」(15頁)と書く東さんは本書の最後にこうも綴っておられます。「本書の逆説がみなさんの人生を少しでも豊かにしてくれれば、著者として嬉しく思います」(164頁)。一般読者と歩調を合わせるようにゆっくりと、難解な言い回しを避け丁寧に紡がれた本書は東さんの企図通り、ファンに留まらない広い読者層に波及していく予感がします。東さんの著書でもっとも売れる本となってもおかしくない、とても素敵な本です。 ★旅先で「決定的に重要なのは、ネットには接続すべきですが、日本の人間関係は切断すべきということです」(153頁)と東さんは書きます。周知の通り千葉雅也さんも『動いけ』の「序――切断論」や今回のツイッター本で接続過剰を批判しておられます。これは二人の感性が似ているという以上に、同時代人として抱きうる実感ではないかと思います。『弱いつながり』と『別のしかたで』はどちらもこの時代感覚を掴まえることに成功しているため、「接続と切断」だけでなく相互参照が可能な回路がいくつかあります。東さんにおける旅のススメの話は、千葉さんの本の「勉強」をめぐる次のつぶやきとどこか共鳴するところがある気がします。「勉強が嫌い、というのは、自分を変えたくないということだと思う。そして勉強嫌いが多いのは、今の自分でまあいいかという人が多いからだろう。別人のように変わることは、恐ろしいことなのだろう。勉強することは、変身の恐ろしさのまっただ中にダイブすることだ」(139頁;2013年07月03日20時54分)。旅もまた、変身の過程を内包するものです。 ★『幸福論』は、日経ビジネスオンラインで2012年4月23日から同年9月7日まで土日を除く毎日アップされた連載「毎日読むアラン「幸福論」」の書籍化です。「訳者あとがき」では本書はこう解説されています。「『幸福論』は、プロポ(propos)という形式で書かれています。プロポは「断章」「語録」などと訳されますが、乱暴に言えば一種のエッセーです。アランはこの形式を使って、便箋二枚に自由な発想で書きました。ルーアン新聞でのプロポの連載は当初週一回でしたが、1906年から毎日連載となり、その数は全部で五千編を超えると言われます。その中から幸福に関するものを選んで編んだのが『幸福についてのプロポ』というわけです。年代順ではなくおおまかな題材ごとにまとめられ、編集時に各篇にタイトルが付けられました。〔・・・〕アランはプロポを即興で一気に書き、修正をしなかったと言われています。毎日連載するのですから、きっとそうだったのでしょう。そのせいなのか、あるいは意図的なのか、プロポはぽんとひ訳したり、ひょいと横道にそれたり、ぐるっと回り道をしたりします」。 ★周知の通り『幸福論』は今までも幾度となく訳され、現在でも複数の訳書が入手可能です。有名な古典的名著であり、近年でもNHK「100分de名著」で合田正人さんが同書を取り上げ好評を博しました。こうした中であえて新訳本を出すというのはそれなりに営業サイドでは懐疑的に思われがちなのではないかと思います。しかし結論から言えば、ビジネスマン向けの読みやすい訳文にコズフィッシュの佐藤亜佐美さんによる洒脱な造本で私は迷わず購入しました。ペーパーバックを意識した縦長サイズとこのぶ厚さ、それにかかったビニールカバー、美しい本文レイアウトと平山正尚さんによる味のあるイラスト。よく考えてみると村井さんと佐藤さん、日経BP社さんのお名前が揃うと『機械との競争』にせよ『怒れ!憤れ!』にせよ、とにかく一目惚れして買うことが多いです。ちなみに『幸福論』は帯の異なるヴァージョンがアマゾン・ジャパン限定で発売されています。 ★「私にとってとりわけはっきりしているのは、人は望まない限り幸福にはなれないということである。だから、幸福を欲しなければならない。そして幸福を作りださなければならない」(583頁)。「きちんと目覚めた思考は自ずとおだやかで、ちゃんと厄介ごとから距離を置く。そして不眠症の問題はここにある。眠りたい、眠りたいと念じるあまり、動いてはいけない、何も考えてはいけないと自分に命じる。こうして自分で自分を制御できない状況に陥ると、身体と考えは勝手に動き出し、犬同士の喧嘩を始めてしまう。身体は痙攣し、考えは刺々しくなって、親友でさえ疑い、ありとあらゆるものを悪く解釈し、自分など馬鹿で滑稽だと感じる。〔・・・〕こうしたわけだから、楽観的であるためには誓いを種なければならない。はじめは変だと思っても、ともかくも幸福になることを誓わねばいけない。こうやって飼い主自らの鞭で犬のうなり声をやめさせることだ。そして念には念を入れて、悲観的な考えは必ず自分を陥れると確認しておこう。〔・・・〕自然の働きを助けるようによく眠るコツは、中途半端に考えようとしないことである。本腰を入れて考えを突き詰めるか、でなければまったく何も考えないことだ。自制されない考えは必ず誤る、という経験を生かさなければならない」(589-590頁)。思いこみの罠に注意せよ、とアランは本書で何度も教えます。約百年前の本ですが、こと喜怒哀楽について言えば現代人の生というのは百年前と大して変りがないのではと感じます。時代が移り変わっても人間にとって相変わらず問題でありつづけるもの、今までも今もこれからもずっと立ち向かわなくてはならないこと、その根っこをアランは透視できていたのだろうと思います。 ★気鋭の新人の第二作(『別のしかたで』)を選ぶか、著名識者の初の試み(『弱いつながり』)を選ぶか、安定と造本美の古典(『幸福論』)を選ぶか、という選択肢があるというよりも、三冊とも素晴らしい本なので、ぜひ店頭で手に取っていただきたいと思います。 ◎業界人必読の新刊2点 ★業界人必読、などと書くと大げさに思われるかもしれませんが、実際に類書がほとんどなく、なおかつ私たち出版人が学んでおいて損はない歴史を明かしてくれるのであれば、やはり必読の太鼓判を捺しておくのが妥当かと思います。 安酸敏眞『人文学概論――新しい人文学の地平を求めて』知泉書館、2014年7月、本体2,500円、四六判上製275頁、ISBN978-4-86285-192-5 原田裕『戦後の講談社と東都書房』論創社、2014年8月、本体1,600円、46判並製209頁、ISBN978-4-8460-1338-7 ★『人文学概論』はカバー裏の紹介文によれば「文学や思想、歴史など人文系の学習を始める新入生が、専門分野を超えて最低限の知識、素養として習得すべき内容を簡潔にまとめたもの」。スローターダイク『「人間園」の規則』(御茶の水書房、2000年)における人文学(ヒューマニティーズ)/人文主義(ヒューマニズム)の定義とその終焉をめぐる問題提起に始まり、サイード『人文学と批評の使命』(岩波現代文庫、2013年)における新しい人文学と人文主義をめぐる提言に終わる本書は、そのあいだに古代ギリシアから現代世界まで(主に)西洋文化史の約二千五百年をひもときつつ、文化の意味、言語と表象、聖なるものの諸相、記憶と歴史、原典と翻訳、文献学と解釈学、書籍と図書館、情報とメディアなどのトピックを概観し、教養としての人文学の根幹を教えてくれます。人文書の販売の現場では「そもそも人文とはいかなるジャンルか」を充分に掘り下げないまま仕事をしている場合がほとんどです。「売ること」は「歴史を知ること」と結びついてこそ、使命への覚醒を呼び覚まします。歴史を学ばずに「現在」の激流になぶられるがままになっていても、社会への不信感や自身の虚無感が募るだけです。本書は新入生だけでなく、人文書業界に携わる新入社員にとって有益な本だと思われます。 ★『戦後の講談社と東都書房』は「出版人に聞く」シリーズの第14弾で、まもなく発売です。戦後に講談社をはじめその別働隊である東都書房や第一出版センターで活躍され、定年後は出版芸術社を立ち上げられてこんにちに至る、文芸書編集者であり経営者の原田裕(はらだ・ゆたか:1924-)さんへのインタビューをまとめたものです。原田さんの略歴は出版芸術社の会社案内に詳しいのでそちらをご参照ください。本書では特に原田さんが関わられた推理小説全集やミステリ・シリーズの数々について舞台裏が明かされています。「出版人に聞く」の既刊書に比べ、図版に書影が多数入っているのですが、どれも美しいものばかりで私のような若造ですらノスタルジーを掻き立てられるほどです。懐かしいから美しいのではなく、今では失われてしまったかに見える完成された様式美があるのです。ノスタルジーはそれだけで商売になる爆発力を秘めています。古臭いといって捨てていいものではないわけで、その意味でも先達の歩みにしっかりと学ばねばならないと思います。 ◎注目叢書・新書・単行本 マヤコフスキー『悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー』小笠原豊樹訳、平田俊子序文、土曜社、2014年7月、本体952円、新書判並製96頁、ISBN978-4-907511-02-9 田中康二『本居宣長――文学と思想の巨人』中公新書、2014年7月、本体840円、新書判並製256頁、ISBN978-4-12-102276-9 桑田学『経済的思考の転回――世紀転換期の統治と科学をめぐる知の系譜』以文社、2014年7月、本体3,000円、四六判上製320頁、ISBN978-4-7531-0320-1 ★『悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー』は、『ズボンをはいた雲』に続く「マヤコフスキー叢書」全15巻の第2弾です。土曜社のTさんに教えていただいた話では、『ズボンをはいた雲』はなんと紀伊國屋書店新宿本店で80冊売れたのだとか。廉価な本だとはいえ、ロシア未来派から時間も空間も隔たった日本でそれだけ売れるのはすごいことです。『悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー』は1915年の『ズボン~』公刊より前、1913年に上演されたマヤコフスキーの初期作品で(公刊は翌14年3月、300部)、「悲劇」と銘打たれている通り、戯曲です。戯曲と言ってもそこは破壊的な未来派ですからセリフも筋もあるようなないような(否定的な意味ではなく)、詩的で情熱的な言葉の熱泉の横溢があり、奇怪な登場人物のさなかに主人公のマヤコフスキーが屹立しています(演じたのもマヤコフスキー自身でした)。上演にはパステルナークをはじめ、ペテルブルクの文化人たちが駆け付けたのだそうです。マヤコフスキーはこの戯曲上演の前年に『ぼく!』というたった15頁の詩集で4篇の詩を公表していただけの若造ですから、いかに彼がカリスマ性を早くから獲得していたかが窺われます。巻頭の序文「水を越えて、時を越えて」は作家の平田俊子さんが寄せておられます。 ★『本居宣長』は「はじめに」の文言を借りると「江戸時代の国学者・本居宣長の生涯をたどりながら、その学問研究を文学と思想の両面からとらえて、宣長の全体像を描くもの」です。全七章構成で、第一章で宣長学を概説し、第二章から第七章の各章で、二十歳代から七十歳代までの十年ごとを「学問の出発」「人生の転機」「自省の歳月」「論争の季節」「学問の完成」「鈴屋の行方」といった主題のもと、事跡と著作を関連づけつつ解説しています。著者はこれまで『本居宣長の思考法』(ぺりかん社、2005年)、『本居宣長の大東亜戦争』(ぺりかん社、2009年)、『国学史再考――のぞきからくり本居宣長』(新典社、2012年)などを上梓されており、この三点が本書の議論の基盤となっています。『紫文要領』などで「源氏物語」を注釈した国文学者であり『古事記伝』を著した思想史家でもある宣長の巨大な足跡は、それぞれの専門研究者がいる現在においては全体像を掴みづらいためか、著者にとっては書店に並ぶ既存の宣長本には不満が強かったようです。「おわりに」で著者は、岩田隆『本居宣長の生涯――その学の軌跡』(以文社、1999年)の精神を受け継いで、「文学と思想の両方を対象にすることを目指した」と記しておられます。読者も本書の導きによって一辺倒ではない宣長像へ近づけるのではないでしょうか。 ★『経済的思考の転回』は、桑田学(くわた・まなぶ:1982-)さんが昨年東大に提出され受理された博士論文「エコロジー経済学と自由主義をめぐる思想史的研究――20世紀両大戦間期における社会エネルギー論、ノイラートおよびハイエク」を全面改稿したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文はこうです。「市場経済論のオルタナティヴ。19世紀後半以降の〈熱学思想〉の進展は、ニュートン力学を基礎とする自然認識に抜本的な変革を迫った。その影響を真正面から受け留めたオットー・ノイラートの経済思想を同時代のハイエクの市場理論との比較を通じて明らかにし、資源・エネルギーを含めた人間の生存条件を踏まえた経済学を思考する」。ノイラート(Otto Neurath, 1882-1945)は日本では経済学者というより、ウィーン学団の中心的な哲学者として知られているかと思われます。いわゆる「ノイラートの船」の喩えで知られる論考「プロトコル言明」(『現代哲学基本論文集I』勁草書房、1986年所収)が訳されているほかは翻訳も紹介も少なく、近年グラフィック・デザインの分野で見直されつつあるアイソタイプの発明者としても認知されていますが、彼の経済学関連の業績研究に多くの頁を割いた単行本は日本で初めてになるのではないでしょうか。 ★序文によれば本書は「ハイエクの自由主義的な経済思想を主要な対抗的言説としてにらみつつ、社会エネルギー論やノイラートの「自然経済」をめぐるテクストを読み直し、そこでさまざまに論じられた〈経済〉なるものの諸関係や合理性、またありうべき統治の論理を照射することを試みる。経済思想史のメインストリームにはけっして登場することのなく忘却された、さまざまな思考の可能性を拾い集めることをとおして、「未来の歴史」(ノイラート)への想像力に向けて自由主義やマルクス主義のヴィジョンとは異なる、〈経済〉の一貫したパーステクティブを再構成する」試み(16頁)です。こうしたユニークな研究書の出版を引き受けられた以文社さんの慧眼には瞠目するばかりです。本書をきっかけにノイラート自身の著作の翻訳が再開されていくことを念願したいと思います。なお、同書の出版を記念して以下の公開セミナーが来月行われます。 ◆オイコノミア研究会公開セミナー「経済的思考の転回――桑田学の新著を読む」 日時:2014年8月4日(月)14:00-17:30 場所:立教大学・16号館1F第1会議室(本部の向かい側です) 講師:桑田学(東京大学特任研究員) 討論者:板井広明(東京交通短期大准教授、功利主義研究)、真島一郎(東京外大AA研、人類学・モース研究)、中山智香子(東京外大、社会思想) 司会:西谷修(立教大学、思想史) ※予約不要、入場無料 ■
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