18歳以上のアメリカ国民の33パーセントが、BMI 30以上の肥満体だという。本書によれば、陸軍幹部が公式発表で首都ワシントンの18歳以上の男女が太り過ぎで採用できないと表明。また、カリフォルニア州ロサンゼルスでは、太り過ぎのため帝王切開が困難になり死亡する産婦が増えているという。また痛風患者は全米で800万人にも達するという。
なぜアメリカはかくも肥満大国になってしまったのか。本書はアメリカの加工食品産業の問題点を原材料である、塩、砂糖、脂肪という三点を軸にしながら追及する。
この三つの物質は加工食品になくてはならない物だ。なぜなら、加工食品はその加工という工程において食べ物に、苦味や金属味、渋味といった不順な味を発生させる。また、脂肪分には糖分に存在する「至福ポイント」と呼ばれるものが無いことがわかっている。至福ポイントとは食べ物や飲み物に添加物を加えた際、最も美味しいと感じる最大点の事だ。砂糖の場合はこの至福ポイントを超える量を添加すると甘すぎて食品の魅力が落ちるという。脂肪分には至福ポイントが存在せず、多ければ多いほど、脳は快楽を得る事ができるという。
糖分への渇望は人間が本能的に持っているものだ。生後間もない赤ちゃんに砂糖水を与えると微笑むという。ところで、味覚の問題でよく言われるもので、味覚地図というものがある。甘味は舌先で感じ、左右の端が酸味と苦味などと言われるものだが、これは実は誤りであるという。我々の口内に約1万の味蕾が存在し、そのすべてに甘味を感知する受容体が存在する。
さらに最近の研究では食道から胃、また膵臓で糖に反応する味覚受容体が発見されている。実は糖分や脂肪分を摂取したときに使用される脳の神経回路は麻薬などを摂取したときに使われる神経回路が同じである事が最近になって判明している。
このような消費者の糖分、塩分、脂肪分への渇望を食品会社は熟知している。食品業界は膨大な予算と大量の科学者を抱え、科学的に人々を依存へと導く商品の開発にまい進しているのだ。例えば、社内で「ビリオネア・ブランド」と呼ばれる29種類のブランド商品を持つネスレはローザンヌ、東京、北京、サンティアゴ、ミズーリ州セントルイスなどの施設に化学者350人を含む700人のスタッフを抱えている。彼らは毎年70件以上の臨床実験を行い、200報の学術論文を発表し、80件もの特許を出願している。
このネスレのビリオネア・ブランのひとつ「ホット・ポケット」と呼ばれる冷凍食品は重さ約230グラムの中に飽和脂肪酸10グラム、ナトリウム1500ミリグラムが入っている。これ一つで成人男性が健康的に暮らすために推奨されている一日分の摂取量の上限近くだ。先ほども書いたが、糖や脂質、塩分は麻薬と非常に似た働きを脳内で示す。これらの成分が大量に含まれた商品は食べても、食べても、また食べたくなるという特徴がある。
食べ過ぎを誘う大量の依存物質が入った商品を販売するネスレは一方で過食に苦しむ人々向けの医療栄養食品を扱う企業を2007年に買収し、その分野にも進出しているというのだ。人々に過食を促し、太らす商品を販売する一方で、太り過ぎの人々を治療する食品も販売している。
このような話を聞くと、ネスレがまるで悪の帝国のように思う人もいるかもしれない。だが、ネスレは摂取し過ぎると健康を害する原材料の使用量を抑えるために様々な努力をしている。ただ、塩、砂糖、脂肪を減らした商品は目に見えて売り上げが落ちる。いかにネスレががんばろうとも、売り上げが落ちれば、スーパーの陳列棚を競合他社が占領していくだけである。企業としてそれは看過できる事態ではない。
本書では様々な食品会社がいかにスーパーの陳列棚の占拠を巡り、激しい競争を繰り返しているかが念密に取材されている。アメリカの子供たちの朝食を巡り、ケロッグなどが激しいシリアル市場の攻防戦を繰り返し、ペプシコとコカ・コーラは「コーラ戦争」を戦う。商品の砂糖含有量は見る見る跳ね上がり、成分の70パーセントが砂糖というシリアルまで販売されている。もはや、それを朝食と呼ぶことができるのであろうか。
著者は加工食品の売り上げにおいてマーケティングがいかに重要かに気づきマーケティングの専門家にも多数インタビューを行っている。コカ・コーラ社はユーザーの新規開発と同じくらい重要なものとして、以前からコーラを愛飲しているヘビーユーザーの重要性にいち早く気づいた企業だ。ヘビーユーザーにもっとたくさんのコーラを飲ませる。そして、思い出に残る楽しい場面にコーラが常に存在するように、という点に多くの力を注ぎながら日夜マーケティング戦略を練っている。
食品業界の一部の人々も、高まる健康志向と自己の良心の呵責の末に、塩分、糖分、脂肪分の減少を模索する。しかし、彼ら良心派は常に亜流に止まる。熾烈な競争の中で、いかに利益を上げるか。著者の目は次第に彼らの出資者が集まるウォール街へと向いていく。
本書は食品業界が流通させる、加工食品がいかに健康を害するかを論じた本である。一方で企業の歴史やマーケティング戦略といったビジネスに関する面を、内部資料の分析や業界人へのインタビューで非常に丹念に追っている。そのような視点で読めば、優れたビジネス書として読むこともできる。また、自由主義市場が求める利益が加工食品メーカーの良心を圧殺しているという視点を鋭く指摘している点も見逃せないと思う。
加工食品メーカーは出資者の求める成果を出すために科学者、心理学者、技師、マーケティングの専門家、デザイナーなどがあらゆる能力を駆使し、念密に計算された商品を「設計」しているのだ。
これは肥満という現代の社会問題が個人の意思のみで解決しうるものでないことを如実に表している。我々はまさに味蕾を刺激する地雷に囲まれた日常を生きている。本書を読むことで、真実と情報を手に入れ、賢く懸命に振る舞える消費者になることが、自己と家族の健康を守るゆういつの武器になるではないか。そう思わせる一冊だ。
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