あらゆる「権利」が行使できる社会へ――価値観を共有し、権利の幅を拡張していくために私たちができることとは?

「権利」という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。「『権利』という概念の重要さを、あえて復権したい」。そう語るのは、今年5月に上梓された『未来をつくる権利』(NHK出版)の著者、荻上チキだ。あらゆる「権利」が当然のように行使できる社会を実現するために、私たちはどう考え、どう行動していけばよいのだろう。荻上に話を聞いた。(聞き手・構成/倉住亮多)

 

 

「記憶の継承」を目指して

 

―― ご著書ではさまざまな権利を通して社会問題を議論しています。まずは「権利」をテーマにされた経緯をお聞かせください。

 

この本は、ちょっと変わった本ですね。さまざまなテーマの取材報告、あるいは多分野の統計を紹介しながら、「新しい権利」について語り合うことの重要性を説くというものなのですから。

 

権利に関する議論というのは、一般的には、哲学的・抽象的な議論だと思われがちかもしれません。ただ、権利というのは常に、それを欲する社会運動の現場から生まれたり、不当な侵害と争う中で磨かれたりしてきました。権利を巡る哲学史や法学史のようなほんとはまた別の仕方で、権利を日常のものとして語り、その拡張を検討するというやりかたがあり得るわけです。だから、ルポでも哲学書でもなく、随筆として書きました。

 

『未来をつくる権利』では、さまざまな媒体と仕事する中で取材した社会問題が多く紹介されています。ハンセン病や水俣病など、忘れられてはいけないテーマについて報告する一方で、ストーカー問題や障害福祉機器の発達、スポーツにおける差別など、近年の時事的な問題にも触れています。

 

社会問題を考える上では、誰の権利が、何によって侵害されているのかを考える必要がありますね。そして新しい社会問題は、もしかしたら、新しい権利概念が構想されていないために、あるいは共有されていないために、議論が混乱しているのかもしれない。

 

そんな意識を持ちながら、「権利」という一つのコンセプトを通じて、特に若い読者にさまざまな社会問題を知ってほしかったというのが一つ。そうして問題をリマインドしつつ、新しい未来について考えるために、権利をめぐる議論をリブートしたかったのが一つですね。

 

難しい社会問題ばかりを取り上げているわけではありません。睡眠やウンチなど、日常的な活動の中にも、権利という観点から改善要求できる論点があるとか書いてもいます。「快便権」「快眠権」のくだりですね。僕は特にこの章が好きです。僕は、寝不足と便秘に弱いもので。というか、ウンチに悩んだことがない人なんていないんじゃないでしょうか。

 

たとえば日本の教師という職業が睡眠不足になりがちなこと。男性より女性の方がトイレの混雑率が高くなりがちなこと。そうした問題を改善するために、「こんなもんでしょ、世の中」と吐き捨てる前に、「何かの権利が侵害されていないか」と立ち止まってみる。いまの社会では「わがまま」と切り捨てられてしまうかもしれないものでも、未来では当たり前の権利になっているかもしれないというわけですね。

 

 

未来をつくる権利・表1帯あり

 

 

身近に潜む「社会の穴」を探すことから

 

―― ご著書を出されて、読者からの反応はどうですか?

 

若い人がツイッターで感想をつぶやいてくれたり、ファッション誌などでインタビューを受けたりといったことは、うれしい反応でした。女性ビジネス誌向けには、本には書かなかった「授乳権」について考えてみました。女性が飲食店などで授乳をしていたら、追い出されたという海外事例を例に、誰の何の権利を侵害しやすい社会なのかを考えてみようということですね。

 

日本ではベビーカーを公共機関に乗せるなとか、泣く子を飛行機に乗せるなといった主張もありますが、それはつまり、「育児期間の女性からは、交通アクセス権を制限してもいい」という主張にもなっている。

 

この本は、「新しい法律や法案を作ろう」というような、個別具体の政策提案をしているものではありません。ある種の「風景」を共有するための本ですし、同時にそうした風景を共有するための手続きを踏もうぜ、と呼びかける本でもあったりするわけです。シンプルですが、これをきっかけに、知らなかったことを知ることができたと言ってくれる人が増えればいいですね。

 

運動や事件が何らかの概念を生み、その概念によって社会に埋もれていた新しいニーズが発掘される。そのニーズに注目することで、新しい法律や新しい政策を生む。そういう段階を経て、私たちは未来を構築していく。そんな作業に参加しませんかという説得をしているわけですから。人の暮らしにとって、「社会の落とし穴」はいったいどこに潜んでいるのだろうと探すところからでないと、政治ははじまらないんだという一つの宣言でもあります。

 

わかりやすい「ワンアクション」があるわけではないので、おそらくそのあたりで反応はあがりづらいのかなという気はします。間違いを指摘する本とか、これが正解だと叫ぶ本でもないですからね。ですが、ここに書かれている「発想の仕方」、「寄り添い方」、「テーマ選び」などは、ジャーナリズムを志しているような若い人たちやメディアの中にいる同世代の人たちに響くものがあればいいなと思っていますね。

 

スポンサードリンク

アプリ




1 2 3

vol.152 特集:自殺

・坂口恭平×末井昭×向谷地宣明「カレー、チンして食べたら治りました――スプリング・躁鬱・スーサイド!(前編)」
・岡檀「日本で“最も”自殺の少ない町の話――ゆるやかなつながり、という概念をめぐって」
・末木新「インターネットを利用した「新しい」自殺予防の可能性」
・坂口恭平×末井昭×向谷地宣明「共感できないって大事――スプリング・躁鬱・スーサイド!(後編)」
・岸政彦「もうひとつの沖縄戦後史(7)――共同体の論理」