【第1話から読むのがオススメ】
プルルルルルルル
スマホが鳴った。
慌ててポケットを探りスマホを取り出し、画面を確認する。…彼女だ。
ドチャ
慌てて動いたために引っかかったか何かしてネコがバランスを崩したらしい。トトロおじさんは再度顔面からぬかるみに突っ込んでいた。A男が助け起こそうと近づくと、大丈夫だから電話にでろという手振りをしたので、まずは電話を優先することにした。
「もしもし?」
「ちょっと、なにしてんの?」
間違いなく彼女の声だった。なんだか救われたような気がして、涙目になりながら、今日の一部始終を話した。トトロおじさんに出会い、ここまで運んできてもらった事。全て包み隠さず、ありのままに。精一杯の謝罪と弁明を終え、彼女の答えを待った。
「は?つくならもうちょっとマシな嘘つけば?」
『無』、一瞬、完全な『無』になった。五感は、倒れたトトロおじさんやネコ、ザンザン降りの雨やビュウと木々の隙間を通り過ぎる風の音などを認識しているにもかかわらず、精神はもはやそれらを捉えることが出来ず、見えているのに見えていない、何も考えが浮かばない。まさに無だった。
「ちょっと、聞いてる?」
ハッと我に返り、弁明を続けた。
「ホントなんだって!ホントに、ホントにトトロおじさんはいるんだ!信じてくれよ!」
「……替わりましょうか?」
状況を察したのだろう。立ち上がってフラフラと近づいてきた。
「え?大丈夫ですか?」
コクリと深く頷く。それならばと替わってもらうことにした。
「あーもしもし。はじめましてー。トトロですー。お世話になりますー。」
なぜビジネスマンのような口調なのか。一抹の不安を抱えながらも、見守ることにした。
横転して外れたネコの荷台を逆さまにして置き、そこへひとまず腰掛け、事の成り行きを見守る。
「は?トトロだって言ってるでしょ!トトロ!」
それはそうだ。電話口で流暢に日本語を話す人間を、トトロだなんて信じられるはずもない。というか、直接見たってにわかには信じられない。だがA男は、この人をトトロと認めてもいいのではないかと思い始めていた。
「え?本名?本名はC山士郎ですよ!ええ。これで信用してもらえますね?」
A男はもう二度と人を信じまいと思った。
それにしても、すごい剣幕でやりとりをしている。かえってこじれてしまうだろうなと、半ば諦めかけていた。
「はい?わっかんない人だなー。そんなに言うんだったらね、見たらいいんですよ見たら!そしたらトトロだってわかるんですから!え?いきますよ、行けばいいんでしょ、行けばっ!!!」
その時だった、辺り一帯を青白く強烈な閃光が包んだ。
ドドーーーーン!
次の瞬間、とてつもない衝撃音が鳴り響く。間違いない、落雷だ。
A男は反射的につぶった目を恐る恐る開けた。自分の体を確かめる。特に怪我はしていないようだ。見渡すと、数10m離れた場所にあった木が真っ二つに引き裂かれていた。そして、異変がもう一つ。トトロおじさんが消えていたのだ。先程までトトロおじさんの居た場所には、スマホだけがポツリと落ちていた。
まさか、落雷で吹き飛ばされたのだろうか?
A男は周囲におじさんが倒れていないか見回しながら、スマホを拾い上げた。壊れては居ないようだ。通話が終了していたので、もう一度かけ直す。………しかし、つながらなかった。すぐさま電波受信状況を確認すると、そこには、圏外を示す表示がされていた。変だと思い、高さや場所を変えて、電波が入る所がないか探ってみる。しかし、アンテナが立つ気配はまるでなかった。
一体、どうなっているのか?トトロおじさんはどこへ消えたのか?
ひと通り辺りを探しまわったが、電波もおじさんも、ついに見つかることは無かった。あれだけ降っていた雨も、雷を境に、あっという間に止んでしまった。
…もしかしたら、全て夢だったのかもしれない。雨上がりのムッとした空気が、ぼんやりとそう思わせた。
―――それから、トボトボと歩いている所へ、街までの最終バスが追いつき、それに乗った。そこで電波が届くだろうと取り出したスマホは電池切れ。電車はもう無く、しかたなしに安宿へ泊まり、充電器をセットして、…という所で、その日の記憶は終わった。朝慌てて連絡をした。
「ああ、もう事情はわかったから。ゆっくりでいいからね。」
拍子抜けだった。一体何があったのだろう?
狐につままれたような面持ちで出発の準備を整え、彼女の実家へたどり着いたのは、その日の昼ごろだった。
「おかえり。」
彼女の声を聞き、その顔を見て、ようやく帰って来たのだと実感した。何だかよくわからない昨日一日の出来事は、二人の間の大きなトラブルとはならなかった。そう思うと、途端に肩が軽くなった気がした。
「おかえりなさい。」
奥からヌッと現れたのは、トトロおじさんだった。
「え、ど、え、ど、どどど、どういう、あ、え?ど、」
などとドギマギしていると、彼女が仔細を話してくれた。
どうやら、この変態おじさんが突然電話口から現れ、A男の身に起こったことを説明してくれたらしい。そして、その日に用意された料理やら何やらがもったいないからと、食事にありつき、先ほど起きた奇跡と相まって、酒が進み、家族と仲良くなり、最終的に彼女のボディーガードになる、というわけのわからない結論に居たったらしい。これから彼女の隣には、いつもこの変態が居る事になる。
そう。夢だけど、夢じゃなかった。
「そういうわけですので、これからもよろしくお願いしますね。…A男さん。」
悪夢の始まりだった。
【おしまい―ストウッド】
「あー、梅雨でジメジメするなぁ~」って思ってたけど、よく考えたら今は10月だし、ここは蒸し器の中だし、おれはシュウマイだ。
— 水輪ラテール (@minawa_la_terre) 2014, 7月 21