日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長で元国連事務次長の阿部信泰氏が、今後のエネルギー政策を考える上で日本が迫られている困難な決断の選択肢を考える。
東京電力が、4月17日に発表した工程表に沿って、福島第1原子力発電所の損傷した原子炉を安定化させようと苦闘する中、原子力発電の未来について、さらには総合的なエネルギー供給体制について、国を挙げた議論が始まっている。
東京電力の工程表は、ステップ1では3カ月以内に放射線量の「着実な減少」を目指すとしている。ステップ2では、6カ月から9カ月で放射性物質の放出を管理し、大幅に抑制する計画だ。この工程表は実質的に、避難者が年内に帰宅できる見込みはないと宣告したに等しい。
それでも一部の専門家は、この目標ですら楽観的すぎると指摘する。行く手にはさまざまな障害や不測の事態が待ち受けているだろう。現に東京電力は最近、地震発生時に稼動していた原子炉3基の全てで核燃料の大半がメルトダウンしていたという見方を明らかにした。
事故の収拾作業に取り組む一方で、日本人は困難な選択を強いられよう。政府と電力各社は、安全対策を強化した上で、基本的に原子力路線を継続すべきだと主張する可能性が高い。日々の暮らしを支え経済成長を維持するためには膨大な電力量が必要だが、かといって、化石燃料を燃やして二酸化炭素排出を増大させる手法には戻れないという主張だ。
クリーンエネルギーの選択肢
おそらく、国民の支持を得やすい選択肢は、ドイツ方式を追求することだろう。すなわち、原子力を段階的に廃止する一方で、水力、太陽光、風力などのクリーンエネルギー源に大規模な投資を行う方法だ。日本はまた、潮力エネルギーや地熱エネルギーの開発にも力を注ぐ必要があろう。バイオマス発電も選択肢の一つである。
日本列島は地殻上の複数のプレートの接点に位置するがゆえに、豊かな温泉資源に恵まれ、膨大な地熱エネルギーを埋蔵している。国内にはすでに18カ所の地熱発電所が建設されている。地熱発電も必ずしも容易な手段とはいえないが、日本はすでに、重金属や化学物質を多く含む地中の熱水を取り出す際に、環境公害を防止できるだけの技術を達成している。
バイオマスも、技術革新によって豊かな新エネルギー源の開拓が期待されている分野の一つだ。最近の原油価格の上昇に伴い、世界各国はトウモロコシ、サトウキビ、菜種などを使ったバイオマスエタノールの生産を急いできた。しかし、食用可能な炭化水素をバイオマス燃料の生産に使用すれば、結局は食料をエネルギーに転用することになり、貧しい人々の貴重な食料資源を奪い取るだけだという批判もある。植物の茎や木片などの硬くて食用に適さない炭化水素を分解する技術を開発すれば、新たなエネルギー源を開拓できよう。さらなるメリットも考えられる。政治的に不安定な地域に偏在し、政治目的に利用されがちな石油やガスの代わりとして、信頼できる燃料が手に入ることである。
両者の長所を生かす?
第3の選択肢としては、前述した2つの戦略を組み合わせる現実的なアプローチが考えられる。このアプローチは、クリーンエネルギーを最大限活用する一方、かなりの期間は不足分の電力を従来よりは少ない原子力で補うというものだ。これを実行可能な選択肢とするためには、原子力の安全性を抜本的に改善しなければならない。まずは現行の軽水炉の安全性を強化することがその第一歩となろう。
さらに、より安全な原子炉を開発すべく力を尽くさなければならない。いわゆる第4世代原子炉の開発に向けてすでに国際的な努力が進められている。可能性としては、ウラン燃料の冷却に水ではなくヘリウムガスを使用する高温ガス冷却炉などがある。このタイプの原子炉の安全特性が既存の原子炉より大幅に優れていると実証されれば、世界的に利用が促されよう。
第4世代原子炉開発のもう一つの重要な狙いは、核拡散を防止することである。その最終的な方法の一つとしては、ウランの代わりにトリウムを核燃料に使うことが考えられる。現行のウラン燃料原子炉の大半は濃縮ウランを使用する。このタイプの問題点は、発電用の低濃縮ウランを製造するのと同じ技術を使って、核兵器用の高濃縮ウランを製造できてしまうことだ。ウラン濃縮技術の拡散を阻止しようと国際的な努力が展開されているのはそのためである。トリウムなら核兵器の製造には使用できない。
ただし、今後のシナリオとして最も可能性が高いのは、ウランを燃料とする原子炉が使われ続けるというものだ。私としては、現実的な方針として、高速増殖炉や核融合炉といった将来的な技術を「時間をかけて」開発するよう提言したい。
現在では、世界のウラン供給は十分にあることが知られている。クリーンエネルギーの利用が増えれば、ウランの需要は従来の予想より減少するだろう。ということは、将来的な技術の開発に時間をかける余裕があることを意味する。もちろん将来のことを考えて、技術研究を続けていくことは大切だ。
だが現状からみると、高速増殖炉に使用される反応性の極めて高い冷却用ナトリウムの取り扱い方法の開発は難航しているもようであり、また水素融合によって引き起こされる超高温に耐える材料も発見できていないようだ。そうであれば、開発はゆっくりでもいいのではないか。時間は十分にあるのだし、この先30年、40年たてば、科学の進歩によってこうした原子力技術の開発はより容易になっていくことだろう。
原子力発電のコスト
4月18日付の朝日新聞に掲載された世論調査では、原発事故について「大いに」または「ある程度」不安を感じると答えた回答者が大半(89%)を占めたにもかかわらず、意外にも56%が、原子力発電を「現状程度にとどめる」または「増やす方がよい」と答えた。原子力発電の利用に「賛成」という回答は、2007年の世論調査時の66%から10%減少したことになる。毎日新聞が4月16~17日に実施した別の世論調査では、54%が原子力発電を減らすべき、または全て廃止すべきと回答した一方、40%が日本は原発に頼り続けるしか選択肢がないと答えた。
原子力を支持するにせよ反対するにせよ、状況は今後5年から10年間はそれほど変わっていないかもしれない。現実的には、安全対策が改善されるまで、多くの原子炉は休止状態に置かれざるを得まい。現在、保守点検のために停止中の原子炉を再稼動させることは、どの電力会社にとっても極めて難しいだろう。新たな原発プロジェクトを始動させることはさらに困難となろう。原発のある地元の市町村や県の抵抗が強まることは必至である。
菅直人首相は中部電力に対して、東京から約200キロ南西の活断層の上に位置する浜岡原発の停止を求めた。さらに5月10日、首相は、2030年までに14基の原子炉を新規建設するという政府の計画を放棄すると発表した。政府の原子力安全当局はより厳格な安全基準を導入し、稼動許可を出す前により厳しい安全審査を義務づけるだろう。
しかし、国内の全原発を突然に停止させることに世論の支持はほとんど得られまい。原発なくしては日々の暮らしを維持できず、国民経済がストップしてしまうことを人々は認識している。意思決定プロセスにおいてはコストも大きな要因となろう。
電力中央研究所の試算によると、発電コストは原子力が最も低く(5~6円/kWh)、太陽光が最も高い(49円/kWh)。この計算の正確さには一部から疑問の声が上がっているが、少なくとも一つ明らかなことがある。今回の事故を受けて支払われる巨額の賠償金によって、原子力発電のコストが大幅に膨らむことだ。東電は今後10年間に4兆円の補償義務を負うとされている。これを単純計算すると、東電の原子力発電コストは約4円/kWh増えることになる。その結果、原子力のコストは天然ガス(7~8円/kWh)を上回る。しかもこれには、最悪ケースのシナリオについて人々が日々感じている不安は考慮されていない。
みなさんはどの選択肢を選びますか。
(5月30日 記す、原文英語)
阿部信泰
Abe Nobuyasu1945年秋田県生まれ。1966年東京大学法学部在学中に外交官試験に合格。1967年外務省入省後、米国に留学。1969年米アマースト大学卒業。在ウィーン国際機関担当大使、サウジアラビア駐在大使を経て、国連事務次長(軍縮担当)、スイス兼リヒテンシュタイン駐在大使を歴任。現在、財団法人日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長。