アイドルグループAKB48のメンバーで慶応大1年の内山奈月(なつき)さんは、幼い頃から文章の暗記を特技としている。憲法も覚えていて、たとえば決して短くはない9条をひと息にいうことができる▼彼女を生徒役にして専門家に憲法を講義してもらったらどうか。そんなアイデアを、AKBの育ての親で作詞家の秋元康さんがインタビューで口にした。出版社が乗った。こうして九州大准教授の南野森(みなみのしげる)さんによる講義録が共著のかたちで先ごろ出た。『憲法主義』という▼一読して生徒役の知識と思考力に驚く。国民が選挙で直接選ぶ首相公選制について「人気投票みたいになって、政治が安定しなくなる」と述べる。比例代表制と小選挙区制の違いも理解している。南野さんが「そんなこと誰に聞いたの」と尋ねるほどだ▼講義をしたのは2月。内山さんはまだ高3だった。南野さんが感心するように「いい先生」に教わってきたのだろう。質問も鋭い。結果、ファン向けだけではない、本格的な入門書に仕上がった▼人々が陥りがちな誤解を解きながら話は進む。「憲法は誰を対象にしてるの?」「その国の国民」「ではないのです」「えっ?」。憲法とは国家権力が守るべき決まり事で、国民が守るべき法律とは反対向きだということが説明される▼アイドルへの講義という依頼に南野さんは迷ったという。だが、憲法への無理解が大手を振る現状に危機感を強め、引き受けた。その思いは優れた聞き手を通じ読者に届くに違いない。