カント愛した元院生、存在感薄く 岡山・女児監禁容疑者:朝日新聞デジタル
監禁事件の犯人が、阪大大学院博士課程でカントを中心とした倫理学を専攻していたという報道があり、
当初の報道では「アニメ好き」に焦点が当てられていたこともあり、
ネット上では「カント好きだと犯罪者になるとか報道しないのかね」といった皮肉が多く見られた。
確かに、何か単体のものが犯罪と結びつくという短絡的な発想は戒めなければならない。
「アニメ好き」だろうが「カント好き」だろうが「無職」だろうが、それらを犯罪と結びつける報道はあってはならないだろう。
しかし、現実的に何か複数のものの組み合わせというのが、犯罪と密接な関係を持っているということは認めるべきではないだろうか。
この犯人の場合であれば、「カントなどの倫理学・哲学専攻」の「博士課程に行くも論文かけず、就職失敗」した一方で、「美少女アニメの愛好」という趣味を持つ人物であった。
これらの組み合わせは、明らかに今回の犯罪に結びつく心理的要因の大きな要素だったと言えると思う。
実際、哲学や倫理学というのは、思考や常識の前提に対して疑問を投げかける学問で、かなり危険なのは事実である(「カント危機」という言葉さえあり、クライストはそれで精神を病んだ)
博士課程(しかも阪大)に行って、それなりのプライドを持つに至る一方で、周囲がエリートコースを歩みながら、自分はまともな職を得られないというのは、精神的にきついのは事実である。
美少女アニメというのが、現実のつらさを忘れさせてくれるもので、容易に現実逃避の対象となり、それが現実対処能力を下げうる危険性があるのは事実である。
もちろん、これら単体と犯罪を結びつけるのは戒めなければならない。
いわゆる「カント危機」と称される精神的危機を乗り越えて、独自の哲学や思想を築き上げた哲学者、思想家は枚挙に暇がない。
博士課程に行くも、周りはうまくいく一方で自分は就職に失敗し、生きる気力をなくしてしまうも、その挫折を乗り越え、その後の自分の人生を誇り高く納得して歩んでいる人は数え切れない。
美少女アニメを楽しむことと、現実社会とうまく付き合っていくことを両立させている人は、必ずあなたの周りに一人はいるだろう(隠しているかもしれないが)。
だから、これらを犯罪と結びつけるステレオタイプは排除しなければならない。
しかし、これらの組み合わせが、今回の「少女監禁」という犯罪に至った心理的要因ではなかったかと意見を述べることがタブーであってはならない。
事実として、複数の状況や要素の組み合わせは、共同体の常識や規範を乗り越えさせ、犯罪を犯す要因となるのだ。
僕はあの秋葉原の加藤の供述を読んだときにもそう思っていた。単体要因の「非モテ」でも、「母親との関係」でも、「職場でのトラブル」でもなく、それらの組み合わせが犯罪へと向かわせたのだと。
あるいは、また思ったのだ。「灘・ハーバード・楽天」という組み合わせが悪いのだと。別に、灘や、ハーバードや、楽天が悪い訳ではないと。
どれか一つ、それが「公立高校」であったり、「慶応」であったり、「Google」であったりしたら、こんな女性トラブルを起こさなかったのではないかと。
ある単体の要素と、そこから人物判断をイコールで導き出してしまうのは、単なるステレオタイプである。
しかし、複数の特定の要素や経験の組み合わせというのは、明らかにある種の心理的状況を生む原因となりうる。それは事実である。
ええと、カント+博士課程退学+人生失敗+美少女アニメ が組み合わさると、有為に高い犯罪率がもたらされるってこと? それ一般化出来るの?サンプル一個限りじゃね? 定量化、一般化...