しばらく旅行っぽい事をしていなかったし、最近は少し暇があった。水曜日の夕方、煙草を買いに行ったついでに海辺を散歩している時、原付で四国を一周してやろうと思い立った。四国に住んでもうすぐ4年も経つけど、自分が住んでいる街から出たことは数えるほどしかないのだ。
翌日の10時頃に起床して、借りていたDVDを返却するための処理と部屋の掃除を終えてから、旅行に必要な荷物を簡単にまとめた。出発したのは正午頃だった。ちょうど梅雨もあけて雨が降る心配はなかったけど、真夏の太陽のもとを何時間も延々と走り続けるのにはまた別の厳しさがあった。出発して直ぐに、日焼け止めを持ってこなかったことを後悔した。
高松市街地を抜けて国道11号線を走った。牟礼町のあたりから、国道とJRの線路が並走し始める。時折横を過ぎていくワンマン列車や真っ直ぐに続く赤茶けた線路を眺める。そういえば昔ネットで仲良くしていた人が牟礼町に住んでいた。彼の住む町や彼の通う学校の写真なんかを見せてもらったことがあった。その中の一枚に、今見ている風景を収めたものもあったかも知れない。彼とも今は連絡を取っていない。今頃どうしているのだろうか。まだこの町のどこかで生活しているのだろうか。走っている間暇な頭のなかでそんなようなことを考えた。
さぬき市か東かがわ市のあたりで昼食にうどんを食べた。悪くない味だった。出汁が少し濃いめで、独特の風味があった。麺は柔らかめで、もう少しコシがあるほうが好みだった。
引田の地名を目にしたすぐ後に徳島県に入った。この間飲み会に同席した人に出身を聞くと「香川の引田」と言っていて、わからないから「ふうん」と適当に返していたのだけど、こんな端のほうにあったのだ。ど田舎である。ちょっとしたトンネルをくぐると左手に海が見えた。阿波街道。ここから見える海はまだ瀬戸内海だ。奥の方には白く霞んだ陸地が見える。
先日珍しく邦画を見た。吉田修一『悪人』が原作の作品だ。妻夫木聡が演じるこの作品の主人公は海辺の町に住んでいる。知り合った女との、海辺に住むことについての会話が印象的だった。女は福岡の田舎町に住んでいて、家の直前を走る国道沿いが生活圏の全てだった。それで彼女は男に「海沿いに住むなんて羨ましい、とても開放的だ」というような事を言う。それに対して男は「そんなことはない。目の前に海があると、そこからはもうどこにも行けないような気分になる」というような返しをする。
瀬戸内海は大抵どこからでも海の向こうに島か本州の陸地が見える。そういう景色を臨んでいると、確かに「そこからはもうどこにも行けないような気分」になってくる。本州に渡るのなんて車か電車で橋を渡るか、フェリーで海を渡るかすれば直ぐなのだけど、どうにも彼岸と此岸の間に絶対的な壁が隔たっているような気がしてくる。ただ目の前に海があるだけの眺めよりも、向こう側に陸地が見えることが余計そう感じさせる。
とは言え、海の向こうに陸が見えることが瀬戸内海の良さでもある。その眺めには独特の風情がある。早朝や日没の頃に瀬戸大橋を走るマリンライナーに乗って眺める瀬戸内海の風景はこころに染みる。
鳴門市。渦潮を見に行こうと思ったのだけど、所詮は水が渦を巻いているだけなのでやめた。代わりに近場だった鳴門なんとか公園に立ち寄った。一応これも海だ。
木陰のベンチに寝転がって持参していた文庫本を読んだ。中島らも『水に似た感情』。直ぐに眠気が来て、1時間くらい眠った。潮風が気持ちよかった。
徳島市。吉野川を渡った。良い川だった。まず「吉野川」という名前が好きだ。「よしの」の音の響きにはちょっとした色気がある。よしの。河口が近いということもあるのだけど、川幅がかなり広い。したがって川にかかる橋もそれなりに立派だった。小学3年の春から高校1年の夏にかけて住んでいた家の近くにも割りに大きな川が流れていて、吉野川を眺めているとその川の眺めを思い出した。河川敷の感じもよく似ていた。
徳島市街地は思っていたよりも街で、ビルが立ち並んでいた。駅は立派だった。
駅前には若い人もそれなりにいて、やはり予想よりも活気があった。徳島でもジジババしかいないわけではないのだ。とは言えご年配者の割合は高かった。
Twitterのフォロワーに徳島出身の人がいたから、「面白そうなところか、飯の美味いところ」を尋ねてみた。鳴門市で旨い魚が食べられるところがあるとの事だったのだけど、既に鳴門市は出て徳島市に来ていた。もう一件、徳島市内の「竹庵」という店も教えてもらっていた。これが「面白そうなところ」なのか「飯の美味いところ」なのかわからなかったのだけど、どうやら前者らしかった。以前ダウンタウンの何かの番組で紹介されたとか何とかで、変わり者の名物店主が居るらしかった。
わかりづらいから一箇所にまとめて欲しいけど、これはこれで味があって良いのだ。夕食にはまだ少しはやい時間だったけど客が他に二人いて、不思議なことに二人ともが女性だった。20代後半くらいの会社員と女子高生。二人とも常連という風で、店主と仲よさげに会話していた。意外な層にウケているのかも知れない。結局普通の蕎麦と饂飩セットを頼んで食べた。美味くなかった。この店を教えてくれた彼の友達は、食べて店を出た後すぐ、店先でゲロを吐いたらしい。美味くないで済んで本当に良かった。
かくして一日が終わった。だいぶ飽きてきたからもう後適当に書いて終わろう。
夜は道の駅で野宿。結局蚊がすごくて寝られやしなかった。3時40分くらいまで本を読んで過ごした。他にすることがないから1冊読みきった。いつもの中島らもだった。もう一冊持参していたけど眠気もあって、やはり寝てみようとした。1時間くらい寝られたのだけど、体中に血を吸いにたかる蚊に耐えかねて起きた。4時40分。キレそうだった。蚊に。これ書いてる今も痒い。どうせ起きているなら移動したかったのだけど、ガソリンが切れかかっていたし、先に行くとしばらくはスタンドがなかったから、朝まで待つしかなかった。6時。後30分でガソリンスタンドが空くという時間になって何故か眠ってしまった。不思議と夜が明けると蚊が居なくなっていた。7時に目を覚ましてガソリンを補充し走った。
室戸岬を目指す。しばらくは山道だった。朝という事もあって空気がひんやりとしていた。1時間ほど走ってようやく海が見える道が続くようになった。大きな入江になっているところがあって、水は深い翡翠色をしていた。パリのセーヌ川も似たような色をしていた。だけどセーヌ川の翡翠色とこの入江の翡翠色とでは、どこか決定的な違いがあるように感じた。スマホのバッテリが切れていて写真はない。
室戸岬。空海が行水をしたということになっている池が海のすぐ脇にあって、そこの岩場が遊歩道になっていた。太平洋。完璧な海の青さを湛えていた。止めどなく次々に波が打ち寄せて岩にあたって砕けていた。潮風にあたりながら吸うインドネシア産の丁子煙草はどうしてあんなにも美味いのだろう。
ずんずん走った。途中マクドナルドでiPhoneのバッテリを充電した。ポテトとドリンクを食べ終えて音楽を聴きながら本を読んでいると眠ってしまいそうになった。これではいかんと思って、50%ほど充電が終わるのを待ってまた走った。
ようやく高知市に着く。事前に目星をつけていた銭湯に迷いなく直行して風呂に入った。その間iPhoneは受付に預けて充電してもらっていた。昨日我慢した分もあいまって気持ち良い風呂だった。周りはほとんど爺さんだけだったが、そんなことは関係なく風呂は気持ちよかった。平日の銭湯なんてのはそもそもが爺さんの場所なのであって、若者が居るほうがどちらかと言えばおかしいのだ。体中を隅から隅まで丁寧に洗って、風呂につかりサウナにはいり水で体を冷やしてからまた風呂につかた。極楽である。最後にまた身体を洗って浴場を出た。体重計があったから乗ってみた。久しぶりに計った体重は50キロちょうどだった。去年の夏にも沖縄の風呂で体重計に乗ったが、その時は確か55キロだった。少し痩せたようだ。携帯はすっかり充電されていた。冷房の効いた喫煙所でタバコを吸いながらその後どうするか考えた。昼寝をしようかと思ったけどその時は眠気も覚めていたから、桂浜へ行くことにした。
桂浜。高知市街地から10kmほどだろうか。途中コンビニでクーリッシュを買って、口に加えながら走った。桂浜に入るのに金がかかるとは知らなかった。駐車料金という名目でいくらか取られる。原付の場合はたった50円ぽっちなので気にしなかった。桁がひとつ違えば唾を吐いて帰ったかも知れない。
木陰になっているベンチに腰掛けて一服した。前方からは波の音が、後方からは蝉の鳴く音が聞こえてきた。
晩に読んだ中島らも『水に似た感情』で、音とα波と水のイメージの話が出てきた。ある種の音を聞くと、人間の脳はα波を発し始める。α波と呼ばれる特定の電気信号が脳内に流れ始めると気持ちが落ち着いてきて眠ってしまうこともある。作品内では、α波をもたらす音のイメージが水に似ているという話が出てきた。順序が違うが、むしろこの浜辺で波の音を聴いているとα波が発生しているような気がした。リラックスして、本を読んでいる間に眠りに落ちていた。結局18時前まで寝ていた。何時から眠っていたのか知らないけど、割によく寝た気がする。寝る前にはたくさんいた人も既にまばらになっていて、睨みを効かせていた監視員やアイスクリン屋も帰ってしまっていた。俺も帰ることにした。
再び高知市街地に戻って晩飯を食べることにした。2度目のひろめ市場。中は多くの人でごった返していて活気があった。このひろめ市場をまるまる真似たものが割に最近高松に出来たのだけど、あちらはからっきしである。最初こそ人が来ていたけど、今では悲惨なほどに閑散としている。
前に来た時にも食べた明神丸という店の鰹のたたきを、今回は丼で食べた。驚くほど美味い。その他、鯨肉の竜田揚げとあおさ海苔の天ぷら、味噌汁もいただいた。どれも美味かった。
ようやく四国を半周したところだったのだけど、夜中蚊に刺されまくるのが嫌すぎて結局高松まで帰ってしまった。国道32号線を延々北へ向けて走る。夜の山道は寒いし虫がいるし狭いしなんか寂しいしでろくなものではない。グネグネと曲がった道を速度を緩めずに走り抜けるのはそれなりにスリルがあって楽しかった。3時間の間ほぼ走りっぱなしで自宅についた。案外早いものだ。
四国を一周するつもりが半周で終わってしまった。続きのもう半分もそのうちやりたい。次はテントと蚊取り線香と虫除けスプレーと日焼け止めを忘れないようにしよう。