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くらし☆解説 「完全養殖でウナギの大量生産はできるか?」2014年07月24日 (木)
中村 幸司 解説委員
2014年、7月29日は「土用のうしの日」です。そこで、完全養殖でウナギは大量生産できるか、
考えてみます。
Q:ニホンウナギが、6月、絶滅危惧種に指定されました。将来、ウナギが食べられなくなってしまうのではないかと心配です。
A:確かに、心配です。そこで、注目されているのが、ウナギの完全養殖です。完全養殖は2010年にできるようになりました。
最近は、さらに完全養殖でウナギを大量生産するという研究が動き出しています。
実現すれば、天然のウナギをたくさん獲とらなくても、ウナギが安定供給できるようになるのではないかと期待されています。
Q:まず、ウナギの完全養殖は、普通の養殖とどう違うのでしょうか?
A:私たちが食べている養殖のウナギは、ウナギの子どもである「シラスウナギ」を川などから獲ってきて育てています。養殖ウナギも、元は天然のものなのです。
これに対して、完全養殖のウナギは、シラスウナギを育てて親にして卵を生ませ、それをまたシラスウナギにまで育てて親にする。さらに卵からシラスウナギを育てる…という一連の流れを養殖で実現したものです。
この技術、まだ研究としては「入り口の段階」だということです。難しい課題が数多くあるのです。
Q:完全養殖は具体的に何が難しいのですか?
A:シラスウナギを親ウナギにまで大きくするのは、普通の養殖技術でできますが、卵からシラスウナギに育てるまでの段階が大変なのです。
難しい点は、いろいろあるのですが、ウナギは夜行性なので光を嫌って、すぐ下にもぐろうとします。
この青い部屋は、完全養殖の研究をしている三重県の水産総合研究センターにある飼育施設です。水槽にはシラスウナギになるに前の段階のウナギがいます。体は平べったくて透明で、黒い点は目です。
かつては水槽で飼っていたこの小さなウナギが壁に顔をぶつけて、アゴが損傷してしまっていました。
Q:口が開いたままになってしまっていますね。
A:エサが食べられなくなって死んでしまう例が、後を絶たなかったそうです。
そこで、水の流れを作ることで解決しました。ウナギには、水に逆らって泳ぐ性質があるので、流れを作ると、壁に正面衝突せず、ぶつかっても斜めからになります。アゴを損傷しないようになり、生存率が上がったといいます。
そして、完全養殖で大きなポイントとなるのが、卵からシラスウナギになるまで育てるときのエサです。
Q:このエサの原料は何ですか?
A:サメの卵やほかにもいろいろ混ざっています。長い研究の末、開発されました。
エサをめぐっては、いまも解決できていない問題があります。実は、サメの卵のエサを入れると、
水槽の内側にバクテリアが繁殖して汚れてしまいます。毎日、水槽を取り換えないとウナギが生きていけないのだそうです。
Q:毎日取り換えるというのは、手がかかりますね。
A:さらにやっかいな問題があるのです。
20リットルの水槽を使うと、今の技術ではシラスウナギまで育つのは数十匹です。たくさん育てようと水槽を大きくするのですが、そのようにしても底にたまったエサに集まるためか、結局、同じように数十匹程度しか育たないのだそうです。
Q:それでは、大量生産できないですね。
A:これまでは、そうだったのですが、新たな飼育方法が開発されました。
水産総合研究センターでは、2014年、1000リットルの特殊な水槽で、300匹以上をシラスウナギにまで成長させることに成功しました。
どのような方法なのか、具体的なことは研究上の秘密だということなのですが、水槽を大型にして、育つシラスウナギの数を増やせたことで、大量生産に立ちはだかっていた壁をひとつ越えたということです。
Q:他にも、難しい問題はあるのでしょうか?
A:親ウナギから卵を生ませる段階にもあります。ウナギは、養殖すると多くがオスになってしまいます。
これについては、ホルモンを使うことでメスを作ることはできるようになっています。しかし、天然のウナギのように数多くの質のいい卵や精子を作らせるのが難しいのだそうです。
Q:なぜ研究がうまく進まないのですか?
A:その理由の一つに、見本となるウナギがみつかっていないという点があげられます。
ニホンウナギは、太平洋のマリアナ諸島付近で卵からかえって、海流にのって日本などにたどり着きます。川にのぼるなどして成長します。こうして育った親ウナギが産卵のためにマリアナ諸島に帰ります。
ところが、産卵のために帰る途中のウナギがとれたことがないのです。どのようにしてメスの体の中で卵が大きく成熟していくのかなど、よくわかっていないことが多いのです。
Q:ウナギには謎も多いようですが、完全養殖のウナギを大量生産することは実現できそうですか?
A:水産総合研究センターでは、2年後の平成28年度までに、年間1万匹を生産することを目標に研究を進めています。
日本では、1年間に必要なウナギは1億匹とされていますから、まだまだという印象かもしれませんが、大量生産実現に向け、研究が前進しているということは言えそうです。
Q:ところで、2014年はシラスウナギの漁獲量が増えていると聞きましたが、シラスウナギの数が増えてきているのでしょうか?
A:こちらはシラスウナギの漁獲量です。
50年くらい前をピークに減少し、ここ数年は10トンを下回っています。2013年は5トンでしたが、
2014年は13トン。確かに増えています。
ただ、全体的に減ってきているという傾向が変わったわけではないというのが専門家の見方です。日本にたどり着くシラスウナギの数は、潮の流れなどに左右されるので、2014年に増えたのは、シラスウナギが増えたというより、年による変動ととらえた方がいいということのようです。
Q:楽観的に考えてはいけないのですね。ウナギの減少を抑えるために、今後どうすればいいのでしょうか?
A:完全養殖による大量生産に期待はかかりますが、実現には時間が必要です。
日本だけでなく、ニホンウナギが生息する中国、台湾、韓国なども協力して、獲る量を抑える努力が一層必要になってくると思います。
そして、海や川の環境を良くする取り組みも求められます。海は温暖化の影響を受けますから、
地球規模の対策も必要です。
私たちに身近なところでは川があります。川や河口周辺は、ウナギが親ウナギに育つ上で大切な場所と考えられています。
生物が住みやすい環境をどう作るのか。ウナギを食べる前に、もう一度、考えてみる必要がありそうです。