Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

さよなら夏の日

 強すぎる日射しから逃げるように駆け込んだホームセンター。期待外れの弱いクーラーのおかげで汗がひかない僕を、ビキニ水着のキャンペーンガールがポスターの中から嘲笑う。またサボっているの?とでも言うように。止まらない汗をタオルでふこうとした僕の視界の隅に、あるはずのないものが映った。目を凝らす。間違いない。間違いなくそれは僕の古い知り合いだった。

 

 父はデザイナーだった。蓄音機に耳を傾ける白い犬がロゴマークに描かれていた家電メーカーを辞め、独立した父が手がけたのは、オーディオ、腕時計、雑貨、エトセトラ。それらのプロトタイプや失敗作や断片は子供の頃の僕の玩具がわりだった。父の仕事たちは、父の記憶が落ち着いたものになっていくのと歩調をあわせるように役目を終え、世の中から消えていった。僕はカタログから少しずつ消えていく父の仕事たちと父の姿を重ねてすこし寂しくなったものだ。「プロダクトは消費されることが一番幸せなんだ」と父が言っていたのは十分わかっていたはずなのに。今も実家には世の中から忘れ去られてしまった父の仕事が山のように残されている。

 

 ホームセンターでサボっている最中に、偶然、僕が見つけたのもそうした父の仕事のひとつだった。それは小さな缶入りの車の芳香剤で、僕の記憶より幾分小さく思われたけれど、間違いなく父の仕事だった。父が死んで二十数年。この芳香剤も、他の父の仕事たちと同じように、とっくに商品としての役割を終え、消えていったものだと思っていた。僕は、行方不明になって久しい友人を迎えるようにその小さな缶をひとつ手に取った。掌に置いた小さな金属の器のなかに父が生きているような気がして、僕は少しだけうううっとなってしまう。陳列棚にあったその芳香剤を箱ごと全部買い占めようと僕は手を伸ばした。家族のみんなも喜ぶはず。けれども僕は大人買いをためらってしまう。この絶滅危惧種のように逞しく生き抜いてきた父の仕事たちは、僕の手中なんかよりも広い世界こそがふさわしい。この芳香剤は父だ。父のカケラだ。そのとき僕は本当に小さな芳香剤を父だと思ったのだ。父の芳香剤にはたくさんの人につかってもらって、出来るだけ長生きをしてもらいたい。父の分までも。そうだろう?

 

 店を出て、懐かしい柑橘系の香りで満ちはじめた車の中で軽く目をとじてみる。ボンネットに跳ね散る日射し。セミの鳴き声。僕は一瞬だけ引き戻される。あの三十年前の夏へ。はじめて父が買ったマイカー、白い日産サニー・クーペで過ごした夏へ。今の僕よりも若い父と母が運転席と助手席に座って何か話している。音は一切聞こえず、この柑橘の甘い匂いだけがした。僕は目を開けた。目の前に止まっている車たちにも、あの父の芳香剤の柑橘の香りが充満しているのかもしれない。僕もあの芳香剤と同じように強く、しぶとく、自分を生きられたらどれだけ素敵だろう。それから何回か、目を閉じてみたけれどあの夏には引き戻されないでいる。でもそれでいい。僕はまだ、昔を振り返るほど自分を生きていないから。

 

■「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」

http://kamipro.com/blog/?cat=98

夜の接待してきた。

 今だから告白するが、あのとき、僕は己の巨神兵が既に朽ち果てている現実に安堵しながらも、心のどこかで彼の神兵が甦り、猛々しく咆哮することを祈っていた。さながらニンジャのように感情と気配を消し、その祈りを、あの忌々しい山陰の巫女「きゃりー」に悟られないようにして。

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 一週間ほど山陰地方に出張していた。神の国、山陰。その地で仕事を通じて知り合ったトトロ似とがぶがぶ酒を飲み、アッパーになったところで、座った目をしたトトロから「女の子のいる店に行こう」と提案された。飲み屋ではなかった。仕事ではなく割り勘だよ。これはプライベートだよ。トトロは言う。仕事でないなら…EDだし…、断ろうとする僕の顔色を読んだトトロは「これは仕事ではないけど、仕事なんだよ、課長。いいの?仕事がどうなっても」と破綻しているが説得力だけはあるロジックで僕を陥落させた。

 

 トトロに招かれるまま暖簾街から温泉街へタクシーで移動。艶やかなネオン。乱立する卑猥な看板。なぜ旅館と旅館のあいだにラブホテルがあるのだろうか。大人のおもちゃとは鉄道模型のことだろうか。様々なクエスチョンに頭を抱える僕を尻目に、店を即決したトトロは店内に突進。中ジョッキから口を離してからここまで、彼は、アニメのトトロを忠実に再現しているかのように台詞らしい台詞を一切吐いていない。

 

 色情魔の妄想のような桃色基調の狭い店内。右手の壁一面に没個性的で識別出来ないギャルたちの写真が貼られている。廊下を挟んで左手には粗末なカウンターがあってカーテンがかけられていた。そのカーテンがシャッと開くと、そこにはおばはんが座っていた。おばはんはキース・リチャーズのような髪型をしていた。おばはんは、トトロに「ラッキーねえ。ちょうどナンバーワンの子が空いているわよ」と顔を輝かせて言うや否や、トトロをサティスファクションさせて交渉成立。彼は僕を振り返ることなく暗闇に消えた。

 

 次におばはんは、火葬場の職員のような顔をして「今ちょうど、いい女の子がいなくて…」とネガティブな言い訳をつらつらとはじめると思いきや、突如、あっ!あーっ!と声をあげた。それから「ちょうどいい子がいたわぁ!」と声のトーンを変えると「すごーく【遊び感覚】がわかってる女の子がいたわぁ。三十才だけど。お客さんいくつ?」「四十」「ちょうどいいじゃない。【遊び感覚】で遊ぶにはじゅーぶんよぉぉ。すごく【遊び感覚】がわかってる子だからー」こうして【遊び感覚】がいかなるものか見当がつかないまま話はまとまっていた。

 

 暗闇を抜け、またも全体的に桃色基調の小部屋に通された。左右の壁がベニヤ一枚。粗末な寝台と子猫のようにただずむティッシュ箱とリステリン。床に置かれたプラスチック製のバケツ。耳をすませば、となりのトトロの声がきこえた。悲しかった。

 

【遊び感覚】がわかってるアラサー女がやってきた。その名はきゃりー。ドンキで売られているような安っちいセーラー服(青)を着た彼女の容姿は僕をひどく落胆させた。三十ということだが、よく見ても五十、悪くみれば五十、つまりどこに出しても立派な五十才であったからだ。四半世紀前の美女を想わせる名残と、時の流れを止めようとして厚く塗りたくった化粧に僕は悲しくなるばかりだった。

 

 こんなきゃりーと、ぱみゅぱみゅはできない。もげる。絶対に。千パーセント。僕は正直に意志を伝えた。「僕はED。つまり不能だから貴女とはできない。もちろん金は払う」。強い意志と出来るかぎりの優しさ。きゃりーはただ、突き刺すような強い眼差しで僕を見つめていた。静まり返った部屋にとなりのトトロの、ぉおぅう!という巨神兵のような呻き声だけが響いていた。そこにはピンクに染められた不能とプロのプライドだけが激突せずにただ充満していた。

 

 だが僕は気づいてしまう。となりのトトロの声が漏れ聞こえるのなら、こちらの声も聞こえているというきっつーい現実に。もしかしたら壁にかけられているあの鏡はマジックミラーでトトロはあそこからまん丸な目で僕を観察しビジネスの相手として査定しているのかもしれない。これは仕事なんだ。逃げちゃダメだ。僕はきゃりーに頼んだ。行為してるふりをしてほしいと。あなたなら出来るはずだ、とプライドをくすぐることも忘れない。

 

 きゃりーに導かれるまま、僕は寝台に横たわり、慎重な手つきでズボンとパンツの間に指を差し入れ、ズボンだけをヒザまでおろした。推定五十才のきゃりーの、化粧の浮いた顔からは一切の感情は喪われていてまるで石仮面。きゃりーがセーラー服を脱ごうとするのを僕は首が千切れんばかりに振って思い留まらせた。まな板の上の鯉な気持ちがよくわかった。きゃりーは僕の足の間に正座して、僕の股に手を置いた。耳をすませばとなりのトトロの、巨神兵の咆哮が…聞こえなかった。炎の7日間にしては短すぎる。

 

 きゃりーは僕の股に置いた手をゆっくりと前後にスライドさせた。僕は一生忘れないだろう。スライドに合わせてきゃりーの口から飛び出してきた「フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ」というリズミカルな歌を。フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ。これが【遊び感覚】の正体。きゃりーなりの処世術。

 

 演出なのだろうか、術を施す相手の高ぶりに足並みを合わせるように次第に音階があがっていくのが辛かった。なぜなら僕は全く高ぶっていなかったから。ありがとうED。僕は己の不能にはじめて感謝していた。こんなフゥワッ、フゥワッ、フゥワッで僕の巨神兵が復活したらご先祖様に合わせる顔がない。けれどもここは神の国。巨神兵も神だ。巫女たるきゃりーの歌で奇跡が起こり、巨神兵が復活する危険性はゼロではない。この危険極まりない儀式を早く終わらせなければ。僕はきゃりーのフゥワッ、フゥワッ、フゥワッにシンクロするようにアップ、アップ、アップと口ずさんだ。

 

 尊厳を守るための戦いだ。悲しいライムだ。高まるきゃりーのフゥワッフゥワッになぜか主従逆転で追従する僕のアップアップアップ。「フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ」「アップ、アップ、アップ、アップ」「フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フー!ワーー!」突然絶頂に達したきゃりーに合わせて僕も「アアアッパーッ!」と棒読みで叫んだ。こうして僕の純潔と仕事は守られた。その後店から出てトトロと別れ宿に帰り長淵剛が若者にアドバイスを送るテレビ番組を見てから眠った。

 

 翌朝、目を覚ました僕はベッドの上空1メートルにうつ伏せの姿勢で浮かんでいた。浮遊感はなく透明な板の上に乗っているような感覚。眼下に眠っている僕がいた。酷いイビキ。ここは神の国。何が起こっても不思議ではない。巨神兵も神だ。眠っている僕の身体の中央で、僕の巨神兵は虚空に向け咆哮するがごとく立ちあがっていた。再びベッドの上で目覚めると巨神兵は僕から立ち去っていた。幻だったのかもしれない。でもそれでいい。忌々しい歌でなければ蘇らない巨チン兵など蘇らないほうがずっといいのだ。

 

■「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」

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養子縁組に対する妻のリアクションと僕に求められた資質について

先入観とは恐ろしいもので、当代随一のハリウッドスター、ブラッド・ピット氏の外見、人格、性格、収入、感性、社会的地位、運動神経、それらひとつひとつの要素を、薄皮を剥がすように注意深く取り除いて丸裸にして比較してみると、僕とほとんど差がないことに気付いてしまった。なぜ、このような検証をするに至ったのかというと昨年からの不妊治療がうまくいっておらず、ふと、養子縁組を思い立ち、養子を育てている著名人として頭に浮かんだのが幸か不幸かブラッド・ピッド氏だったわけだ。丸裸にしてごめんブラピ。

 

 

不妊治療に対する不安や焦りがないといえば嘘になる。普段の生活のなかでは表に出さないでいるものの《子供もうダメかも》という重苦しい空気は口には出さずとも僕と妻の頭上に確実に立ち込めていて、たとえば金曜ロードショーで「もののけ姫」をみていても、「シシ神様ですら巨大化するのに…」という僕の不能をぼやく妻の独り言が僕の胸を引き裂き、エンディングを迎えたときには「もののけ姫のラストは理想的な夫婦のあり方かも…」とソフトな別居を提案される有り様。苦しい…求ム…いい不妊治療クリニック…と苦悶している最中に、僕の頭にぽーんと出てきたのが養子縁組。そして沢山の養子を育てているブラピについてインターネットで調べ、不安を払拭する意味も込めて自分と比較検討してみたのだ。

 

 

結果、養子イケル。確信に突き動かされるようにして僕は妻に養子縁組を提案してみた。妻は「欠けたピースを埋めるような考えで養子なんて…」と独特な表現でやんわりと拒んだ。子供が出来ない→養子縁組は妻の中では違うらしい。不妊と養子縁組のあいだには、推進力のような何かが必要で、それが何だかわからないけれどわからないうちは検討することすらとても無理だと妻はいう。「子供好きだろ?」「赤ちゃん好きだよ」「もしかしたらダメかもしれないよ、赤ちゃん。養子の何がダメなの?」「ダメじゃないよ。養子も否定しないよ。全然ありだよ」「じゃあ何でダメなのさ。検討くらい…」と言いかけた僕を遮って妻「だからダメじゃなくて無理。無理なの。だからしばらくは…」「しばらくは?」「しばらくは赤ちゃん役もキミに任せるよ」「…わかった」

 

 

それから僕は赤ちゃん大役を務めるにあたって、妻に、四十才で赤ちゃん役をやるのはギリギリの年齢だ、夫の務めとして、なるべく期待に応えようと思うからキミの赤ちゃんの萌えポイントを教えてよと訊ねた。返答は意外なものであった。「男の子赤ちゃんのアソコの竹の子みたいに先っちょがシュッとしてるところ!」大人の男にはハードルが高すぎる。僕には「OK…(ホォウケイ)」とネイティブな発音で答えて誤魔化すしかなかった。

 

 

不妊治療がうまくいくのか、それとも妻が不妊と養子縁組の間に横たわる何かを見つけ、その意味を発見し養子をもらうことになるのか、未来のことはわからない。もしかしたらいささか寂しいけれど子供そのものを諦めるかもしれない。いずれにせよ今の僕に出来ることは不妊治療を続けること、そして彼女の赤ちゃんになることだ。立派な赤ちゃんになりきることだ。それは僕の役割で、僕だけができる役割だ。そのためなら僕はバブバブしながらパンパースをはいて失禁したって構わないし、先ちょの皮を手術してきのこの山からたけのこの里に戻すことだって厭わない。そんな叛逆の手術をしてくれるブラック・ジャックがいてくれたらいいのだけれど。


■「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」

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【W杯】細かすぎて伝わらない日本対ギリシャ

サッカーをまったく知らない、興味もない妻が、仕事で試合を観られない僕のためにLINEで試合を中継してくれた。手がはなせないので休憩時間にまとめて見るしか出来なかったけれど、本当にありがたい。今日はこの幸せを皆さんにも届けたいと思う。(ルールについては家を出るときにボールがゴールラインを越えたら得点とだけ教えておいた)

 

◾︎試合開始

「ピーッ。」

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「ゴールラインを越えた!まず一点」 ※早々に点が入ったらしい

 

「日本がカードゲット!(^^)」 

 

「イエローがギリシャ人を一人斃した!」※録画しておいた戦隊ものを観はじめたようである。

 

「あちらこちらでズザーッ!」

 

「日本代表11対10でギリシャに勝ってるよ(^^)」  ※勝っているらしい。大味な試合だ。

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「前半終了。ピー!」

 

◾︎前半終了


「今のうちにウンチ(*ノω・*)」

 

◾︎後半開始

 

「蹴りあい」

 

「ギリシャはヒゲがすごい」

友人(@Geheimagent)から「フミコさんとギリシャの2番が似ている」とメールが!

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イケメンすぎる。

 

「大迫君が出るまで、香川君は入れられない」 ※ついにBL趣味が…。

 

「コラマテーという具合にナガトモさんが球を追いかけてる」

 

「内田君は右から小さい人は左からタマを持って揺さぶってる」

 

「ギリシャによる隅から蹴りいれが続いているよ」

 

「《先生 点が欲しい》とテレビが言いはじめた。なんのことやら(^^)」

 

「罵り合いに掴み合い」

 

「タマは持ちあがっているのに全然入らない」

 

「ガチャピンチャレンジ(^^)」

 

「タマを蹴って入れるんだガチャピン!」

 

「ムックいないとダメだそうです」

 

「先生点が欲しいです」 ※ 無駄にエロい。

 

「こっちの手を使える人がハンドしたらギリシャの手を使える人も負けずにハンド」

 

「日本はタマを大事に扱いすぎ」

 

「タマタマタマタマタマタミーリオーン」

 

「ギリシャの人は大きいけどタマの扱いは荒っぽい」 ※真面目に中継してくれ

 

「オイコラー」

 

「日本が左右からタマを入れてます」

 

「なんどタマを入れようとしても入りません」 ※なんかいやらしい。

 

「先生点のためなら何でもします」 ※無駄にエロい。

 

「ガチャピン、チャレンジ失敗」

 

「あじしょなるたいむ」

 

「大丈夫、日本代表11対10でギリシャに勝ってるよ(^^)」

 

「シシュー」

 

「ピッピー!しゅーりょー(^^)」

 

◾︎試合終了

 

「訂正。日本チームの得点は1でした。仕事頑張れ。今夜はイクラ丼だよ」※注)勝ち点

 

<試合結果>日本対ギリシャ、スコアレスで引き分け。夫婦愛があればどんなアクシデントだってのりこえられるはずなのであーる。 

追記。ホントに夕食はイクラ丼だった。いただきます。

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※※※※

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妻がXVIDEOSの真実を知ってしまった。

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 XVIDEOSとXEVIOUSが似ていることに気付いたとき、僕は己の天才を畏れた。 僕は生来独り言が多く、気になっていることが状況に関係なく飛び出すものだから、隠し事が出来ないし不気味に思われるしで難儀してきた。最近は無意識のうちに「エックスビデッ」と口にしてしまうのが悩みだった。
 
  即座に僕は発見を活かした。《xvideosはxevious》と暗示をかけることで僕は独り言による秘密の漏洩を回避しようとしたのだ。爾来、独り言は「ゼビウス!」となり、xvideos鑑賞に備えて気になった女優さんの名をメモ帳に書き留めるときなども次のように記述している。「ゼビウス/峰なゆか」「xevious/mine nayuka」。
 
 
  二カ国語でこのような姑息な隠蔽をしなければならないのは、妻がアダルト動画を忌み嫌っているからだ。理由はわからない。夕暮れ時、台所に立つ妻の背中に訊いたことがある。「僕がアダルト動画を見ていたらどうする?」すると妻は振り返ることもなく「毛を剃ります」と低いテンションで答えた。「頭を剃ったら営業マン失格だよ」「大丈夫よ。アンダーだから」夕陽を跳ね返す包丁がただ眩しく、そこに冗談の余地は見受けられなかった。この文章はそんな僕と妻の間で起こった紛争の記録だ。なお、大人の事情によりこれ以降はxvideosをxeviousと記述させてもらう。各自脳内変換されたし。
 
 
  諸君らが愛してくれたxeviousを、僕も愛してやまない。愛しているからこそ、アップされた動画が無修正の名に反し、モザイクがかけられていたり、通常のイメージビデオだったり、外国産動画によくあるが編集により終始《フラッシュダンスのテーマ》のような音楽が被せられていると、本気で怒り、嘆いた。限られた時間を割いて試聴する動画に裏切られるダメージは甘く切なく、痛いものだ。遠距離恋愛していた恋人に裏切られるようなものだ。僕は時折の裏切りすら含めてxeviousを楽しんでいた。そんな時間は唐突に終わった。鑑賞がバレたのだ。剃毛の危機だ。
 
 
  妻はxeviousの存在に薄々気づいていた。パート先で懇意にしている若い男からxeviousについて吹聴されていたのかもしれない。妻からxeviousとはどういうサービスなのか訊かれたことも何回かある。そのたびに僕は、WOWOW、スカパー!みたいな有料放送サービスの一つだよ、料金を払ってないから僕は見られない、内容はエックススポーツ中継だよ、つって誤魔化してきた。完璧な隠蔽だった。
 
 
  xeviousバレは思わぬところからであった。あのときのことは一生忘れられない。いつものように妻が寝静まったあと。丑三つ時。寝床を抜け出した僕はパソコンを立ち上げxeviousを鑑賞しはじめた。朝5時から17時までの勤務に疲れていたのだろう、僕はいつの間にか寝落ちしていた。そして翌朝、下半身だけ生まれたままの姿をした僕と共にxeviousが妻に発見されたのである。
 
 
  直後の妻による実況検分は地獄そのものだった。非人道的であった。パンツを上げることも許されずにパソコンの前に正座させられた僕の傍らに鎮座した妻は「これは何だ」と刑事のように言った。「エックスビデオです」容疑者Xは答えた。複数形を略したのは最後の抵抗のつもりだった。
 
  妻は僕に命じて僕が見ていた動画を確認した。動画に反応しないEDでよかった。無修正でなくてよかった。あれほど憎んだ忌々しいモザイクが神のように僕には思えた。死にたいほど憧れ求めた無修正動画だったら離婚されていたかもしれない。青い空と海、白い砂浜。峰なゆかさん。南国のビーチが薄暗いマンションの部屋を照らした。銃声のような音とそれに応じるような女性の声が虚ろに響いた。
 
 
  いつもならまばたきをせず血眼になるまで見るはずの動画を直視出来なかった。妻が「こんな粗い画質で…よく…」と呟くのが全人格を否定されたようで悲しかった。これほどの辱めを受けた上でアンダーを剃られるのか。そんな暗黒の絶望が僕の全身を浸していった。
 
 
  「許す」妻の意外な一言だった。「もう一回やったらアウトだからね」。モザイクのおかげか、不能の僕を弄びたいだけなのか、よくわからないが僕は救われた。残機一。まだだ。まだ終わらんよ。
 
 
  僕はパソコンでのxeviousをやめ、布団を被り、その中でiPhoneを使用して鑑賞することにした。目が疲れるが剃毛の危機を回避するためだ。仕方ない。
 
 今夜も丑三つ時になれば僕は最新鋭戦闘爆撃機ソルバルウになってxeviousと戦う。危険を冒し、睡眠時間を削ってまでなぜ戦うのか。そこにxeviousいやxvideosがあるからとしか言えない。戦いとはそういうものだ。でも本当は僕はxeviousではなく妻に向かってブラスターを発射したいのだ。そんな叶わぬ夢と剃毛の恐怖を胸にしまいこんで今夜も僕は戦場に向かう。
 

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追記)id:solidstatesocietyさんよりいただいた画像。かっこいい!

 

 

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