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「クックの開き直りは新たなApple誕生の兆し」『沈みゆく帝国』の著者が語る、イノベーションのジレンマに抗う方法

2014/07/25公開

 

これまで独自路線をひた走っていたAppleの動きが最近、変わってきている。

エンタープライズモビリティ分野でのIBMとの提携や、ヘッドホンメーカーBeatsの買収など、それまでのAppleには見られなかった他社連携の動きが活発化している。

変化は業務提携だけに見られたものではない。今年のWWDCでは、今までCEOのティム・クックが行っていた発表を他者に任せるなど、Appleの中ではゆっくりと、しかし、確実に何かが起きていることがうかがえる。

これらを「新しい“クックのApple”らしさ」と表現するのは、2014年6月に発売された『沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、Appleは偉大な企業でいられるのか』の著者、ケイン岩谷ゆかりさんだ。

元ウォールストリートジャーナルのApple担当記者で、本著の執筆にあたり、実に2年間に渡り、200人への取材を行った彼女は、このAppleの変化に「注目している」と話す。

彼女はなぜこの動きに注目しているのか、本著の出版に合わせ来日していた彼女に聞いた。

“クックのApple”の新しい一歩

来日後は取材やイベント出演で多忙な中、インタビューに応じてくれたケイン岩谷ゆかりさん

来日後は取材やイベント出演で多忙な中、インタビューに応じてくれたケイン岩谷ゆかりさん

―― 他のインタビュー記事を拝見しましたが、ここ2~3か月のティム・クックの動きに注目されているようですね?

私がこの『沈みゆく帝国』を執筆していた2年間は、Appleがスティーブ・ジョブズの亡霊にとらわれているように見えました。ティム・クックがCEOに就いた後、当面は「われわれは変わっていない」と言い張っていましたが、それにまったく説得力がありませんでしたからね。

が、最近の一連の提携・買収劇を見ると、ティムがどこか吹っ切れたように感じられて、やっと“らしさ”が感じられるようになってきました。

―― 御著の中では、ジョブズを「スター」、クックを「舞台監督」と表現されていますが、クックも「スター」に近くなってきたということでしょうか?

いえ、クックはジョブズにはなり得ません。ジョブズは稀有なカリスマ経営者でしたから。ですので、ティムが変わり始めたからといって、「イノベーティブなApple」を再現できるかどうかは分かりません。しかし、「新しいApple」になっていきそうな気配を感じています。

ティムは“実務のプロ”として、彼なりにAppleをどうにかしていこうと変わってきているのでしょう。

Appleですら逃れられない「イノベーションのジレンマ」

―― 流れの速いIT業界で、そもそも1つの企業がイノベーティブであり続けることはあり得るのでしょうか?

一般論として、会社が成功を収めて大きくなっていくと、イノベーティブであることが難しくなります。小さな会社で、創業社長が指揮を執っているうちはリスクを取っていろいろなことに挑戦できますが、本で書いたような成功に縛られた状態になってしまうと、なかなか抜け出せなくなる。

ジョブズのようなカリスマなら、リスクを恐れず新しいことに挑戦できるかもしれませんが、雇われ社長がもし失敗したら、株主やユーザーに批判されるでしょう。

―― 御著の中でも取材されているクレイトン・クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」は、どの会社でも当てはまるものなんでしょうか?

現在Appleに起きている「イノベーションのジレンマ」は、Apple“だから”起こっていることではなく、Apple“ですら”起こっていること、と言っていいでしょう。

つまり、どの企業にも起こり得ることなのです。今までのAppleは、次から次に新しい領域で新しいプロダクトを生み出してきたから免れてきましたが、一度停滞してしまうと、他社も追いついてきます。

そうすると、追い抜かれるリスクも当然高くなります。

―― と、いうことは「イノベーションのジレンマ」は不可避だと?

そう思いますね。クリステンセン氏も、『イノベーションノジレンマ』の発刊後に自著の中でいろんな解決方法を説いていますが、いまいち説得力がないんですよね(笑)。どうしたら防げるか、という絶対的な答えはまだ出ていないと思います。

今回、私は『沈みゆく~』の執筆をするためにマケドニアのアレキサンダー大王を調べていたのですが、そんな大昔から「イノベーションのジレンマ」はあるんです。結局、歴史は繰り返すんでしょうね。

商品開発と同等か、それ以上に重要な「説得力」の有無

―― 本質的には避けられない「イノベーションのジレンマ」に、少しでも抗うには、どうしたらいいのでしょうか?

クリステンセン氏がおっしゃるには、とことんリソースをオープンにしてオープンイノベーションを志向するか、イノベーティブではないビジネスでもお金を稼ぎ続ける必要があります。また、クローズドのエコシステムでやっていくなら次から次へと他社が追いつく前に新しい分野に乗り移っていく必要があります。

ただ、これらの方法にも、限界がありますよね。AppleがiPod、iPhoneを出した時、他のメーカーはあまり反応しませんでした。しかしiPadを出したころくらいから、他社も類似商品を積極的に開発するようになり、彼らが徐々に成功を重ねることで1人勝ちが難しくなりました。

―― かつてのAppleのように、次から次へと新しい分野で成功を重ねるのは理想的なスタイルだとは思いますが、稀有な例だと思います。それを続けていくのに必要な要素はありますか?

一つ言えるのは、ジョブズはメッセージコントロールが圧倒的に上手だったということでしょうね。

―― メッセージコントロール、ですか?

ええ、ジョブズは対外的なメッセージコントロールを徹底していました。彼の現実歪曲観・説得力はAppleの大きな武器だったと思います。

イノベーティブなプロダクトを生み出しても、周囲が「イノベーティブだ!」と思わなければ、世の中は変わりません。日本でも「商品がすばらしいから必ず認めてもらえる」と考えている人がいますが、今は商品開発力だけでは商品の良さが認めてもらえない時代になっています。

自分で試していないにもかかわらず、ネットでの情報のみを鵜呑みにし、知った気になっている人も増えてきているので、プロダクトの魅力を伝える人がかならず必要になる。

―― 確かにそうですね。

スティーブ・ジョブズ氏は納得がいくまで何度もリハーサルを繰り返したという

From Joi
スティーブ・ジョブズ氏は納得がいくまで何度もリハーサルを繰り返したという

ジョブズはプレゼンテーションを徹底的に練習していました。しかし、彼は努力の跡を見せなかった。

彼のリビングルームでプレゼンを受けているかのような感覚に我々が陥ったのも、実は彼が徹底的に練習しているからなんです。彼ほど説得力がある人はいないと思います。

説得力はどんな業種でも必要です。記者でも、文章で人を説得できなければ意味がない。これにはすごく勉強させられました。また、社員を同じ方向に向かせるためにも、説得力は重要ですね。

―― 説得力、とは後天的に身につけられるのでしょうか?

ジョブズ級の「現実歪曲」力は先天的なものだと思います。なので、もしそれを会社として必要だと思えば、社内外にリソースを求めるしかない。

Appleのティム・クックが、今年のWWDCでこの手法を採り始めたのも、そのためでしょう。

―― 岩谷さんから見て、ジョブズ以外に「現実歪曲」力に優れていると感じる経営者はほかにいますか?

やはり創業社長に多いですね。例えば、テスラモーターズのイーロン・マスクなんかがそうです。日本だと、先だって『JINS MEME』をリリースしたジェイアイエヌの田中仁さんが印象的でした。

「クールなApple」を支えていた、コミュニケーションデザインのあり方

Appleが発展してきた背景としてはメッセージを絞る、ということも重要だったのだと思います。今は個人がSNSやブログなどで発信できる時代です。しかし、Appleに関する情報はいつも統一されていました。それは緻密な広報戦略を徹底していたからです。

―― 例えばどのようなものでしょう?

Appleでは社内でのメッセージはいつか社外に出る、という前提で考えられていました。そのため、必要最低限の情報しか社内でも公開しない。社外への広告もすべて同じメッセージで統一されており、スポークスパーソンはジョブズただ1人。余計なことを言うような人は外す、という徹底した戦略で、Appleのストーリーを常に1つに絞り、社会に発信してきました。

マスコミが記事にしたいとAppleにコメントを求めても、ジョブズの過去のコメントからの抜粋しか提供しないという徹底ぶりで、ここまでしている企業はAppleか、任天堂か、くらいじゃないでしょうか。

―― 社内で情報統制することは、一見するとイノベーションを生みにくい環境に見えますが。

岩谷さんは自由に議論できる環境こそイノベーションが生まれやすいと話す

岩谷さんは自由に議論できる環境こそイノベーションが生まれやすいと話す

議論と広報は違います。Apple社内にはその認識がはっきり根付いていました。

情報を外部にリークするような社員は追い出される、ということもはっきりさせることでそのルールを守ってきました。これらのメッセージコントロールによって、ジョブズのAppleはイノベーションを実現してきたんですね。

また、ジョブズの時代のAppleを例に挙げると、実は社内には役職を問わず誰でも自由に発言できる環境がありました。これがイノベーティブを生んでいたのだと思います。

社内の誰もがプロダクトに関する発言をしやすい環境を作り、良い意見はいい、ダメな意見はだめ、と社内でのランク関係なく、評価されていました。

―― なるほど。

ジョブズ存命時のAppleでは、デザイナーとエンジニアが社内で高く評価され、意見も通りやすかったと聞きます。しかし、最近はデータを重視するプロジェクトマネジャーが増え、開発コストなどの判断も開発の早い段階から問われるようになったそうです。

以前のAppleにあった「まずは良いモノを作る、それからいかにコストを削減するかを考える」という優先順位が変わってしまったので、そもそも可能性の追求がしにくくなってしまったのだと思います。

“stay foolish”を体現することの難しさ

―― 不可避だというイノベーションのジレンマですが、岩谷さんから見て、そのジレンマに抗っている企業はありますか?

難しい質問ですが、やっぱりGoogleはいろいろ挑戦していて面白いと思います。

Googleカーなどは、きっと最初にコストなんて考えていないでしょう。あと、日本ではソフトバンクもそうですね。携帯事業に参入した時なんて、突然ボーダフォンを買収して、詳細は後で考える、みたいな感じでしたし。

―― やはり“stay foolish”を実際に体現できる人は少ないんですね。

そうでしょうね。そういう意味ではGoogleは印象戦略に成功していますよね。またGoogleが面白そうなことやってる、みたいな印象を世間に与えていますよね。

もしAppleがGoogle Glassのようなものを作ろうとすると、コストはいくらだ、シェアはとれるのか、など、現実的な質問を株主やユーザーから投げかけられるでしょう。今までAppleは「完璧さ」を提供してきたので、何をやるにもそれを期待されている辛さがあるとも言えます。

―― でが、冒頭でおっしゃっていた“ティム・クックのApple”らしさが出てきていることが、これを打破するきっかけにつながるのでしょうか?

次のイノベーションが、“ティム・クックのApple”から生まれるとは個人的には考えにくいですが、Appleがまた動き出したという意味では良い変化の兆しだとは思います。

―― 貴重なお話、ありがとうございました。

取材・文/佐藤健太(編集部) 撮影/竹井俊晴


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