「外国人の生活保護受給」の是非をめぐって
義務と権利をどう考えるか
では、そもそも外国人を公的扶助の対象とするのは是なのか非なのか。
「『外国人の生活保護』が問題なのではなく、『われわれの共同体をどう考えるか』という問題です。居住している外国人は、一緒に生活し、仕事している共同体の一員です。共同体の一員として、納税義務があり、権利も義務もあります。権利は認めず義務だけというのは、奴隷制度です。それは許されません」(笹沼氏)
そもそも、在住外国人は、どのような人々なのだろうか。
「日本国の主権のもとに、この国に居住しているわけです。一過的な旅行者ではなく、一定期間以上居住しています。外国人であっても、平等な市民として、権利や義務を認められるべきなのです」(笹沼氏)
在住外国人にも、日本国民と平等に、納税の義務はある。
「そうです。平等な市民として権利や義務が認められるべきという前提のもとに、年金制度も外国人に平等に適用するように変わっていきました。他の諸国でも、公的扶助は外国人にも認めています。正規の滞在資格があることに加えて、いくつかの条件はありますが。ただ、生存権を具体化した保護受給権のような権利を認めていない国もあります。たとえば米国は、保護受給権を正面から認めていません」(笹沼氏)
国によるスタンスの違いも、議論を複雑にする。
「義務はあっても権利はない」の
行き着く先は社会不安
少子高齢化が問題となりつづけている日本では、このところ、外国人労働者の受け入れ拡大に関する議論が盛んだ。日本政府は、技能実習生制度を介護・医療へと拡大しようとしている。
「でも、移民として地位を獲得させるわけではありません。労働は提供させるけれども、生活は保障しません。『技能実習終わったら、とっとと帰れ』ということです」(笹沼氏)
「出稼ぎ」以上の何でもない、ということだろうか。
「しかも、『実習』なので、最低賃金の縛りもありません。非常に都合よく使おうとしているわけです。これで、うまくいくのでしょうか? おそらく、『まったくうまくいかない』という現実に直面せざるを得ないと思います」(笹沼氏)
前例はある。
「1990年代に、入管法の改正が行われました。当時は単純労働者が少なく、外国人労働者への需要がありましたから。そして、日系人には定住資格を与えて、単純労働もできることにしました」(笹沼氏)
そしてブラジルなどから、多数の人々が日本に移住してきた。そして、東海地方を中心とした製造業の工場で働きはじめた。