元イェール大学政治学科助教授にして元衆議院議員で、現在は子ども向けの英語塾の経営をしている斉藤淳氏による、子どもと子どもをもつ親のための教育論。
 目次は以下の通りです。
序章 「グローバル時代」に必要な知力とは
第1章 日本の子どもが得意なことと苦手なこと
第2章 「問う」ための環境づくり
第3章 「考える」ための学問の作法
第4章 「表現する」ための読書法
第5章 「学問」として各教科を点検する
第6章 英語を学ぶときに覚えておいてほしいこと

 まず、著者のプロフィールを見て「何この人?」と感じた人もいるでしょう。特に日本の国会議員で「熱心に教育を語る人」には残念な人も多いので、塾を経営している元国会議員というと何かよからぬものを感じる人もいるかもしれません。
 あるいは目次を見て、いわゆる「欧米礼賛」の教育論かと思う人もいるかもしれません。

 けれども、著者の斉藤氏がまず優秀な政治学者であることは保証します。
 以前、著者の『自民党長期政権の政治経済学』をブログで紹介したことがありますが、この本は「自民党の長期政権がなぜ続いたのか?自民党の長期政権が続いたにもかかわらず日本での政治への満足度が低いのはなぜか?」という問題に迫った文句なしに面白い本でした。
 今回、紹介するこの新書は、まずそうした優秀な社会科学の研究者が書いた教育論です。

 また、山形県酒田市出身で高校まで公立校に通い、日本の普通の教育と、イェール大学というアメリカのエリート教育の双方を経験しており、単純な「欧米礼賛」にはなっていません。
 「読み書き、そろばん」に代表される日本の教育の長所を認めつつ、本のタイトルにある「 問い、考え、表現する力」の充実を訴える内容になっています。

 問題にはつねに正解があるわけではありません。事後的にしか正解がわからない問題もありますし、個人の価値判断などが関わる問題に関しては、そもそも「正解」といえるような明解な答えがないケースが多いです。
 そこで、重要になるのが「問う力」です。問題そのものを見つけ出し「問う力」こそが、新しい価値を発見したり、つくり出したりすることができるのです。

 もっとも、こういったお題目は今までもさんざん唱えられており、特に目新しいものではありません。一種の「キレイ事」として消費されているのが現状でしょう。
 しかし、一応教員をやっている身として、「キレイ事」の中には含まれないけれども「その通り!」だと感じたのが第2章にある「質問と間違いは、みんなへの貢献」という次の部分。

 問いかけや間違いは、その数だけ、そこに居合わせた人に新しい視点を与えます。誰かが先生に質問をすれば、同じようなところでつまづいていた同級生が助かりますし、先生にとってみれば、教え方を改善するトレーニングにもなります。
 (中略)
 ペーパーテストに最適化してきた日本の学生はこの逆の環境にいるといえます。誤答して減点されることを恐れ、間違いは一元的に悪いことだと捉えます。問われたことに対して答えることは得意ですが、その能力は紙のうえで、それも自分と試験官・採点者との閉じられた関係のなかだけで発揮されます。その人が持っている知識も、アイデアも、すべては第三者に共有されることなく、その成果は本人ただひとりのものにしかなりません。(89ー90p)

 「問う力とは新しい価値をつくる力だ!」といったようなことをたんに言われても、「そうですね」という感じですが、このように書かれると、「間違った問い」、「どうでもいいような問い」もまた重要であり、「問い」というものが教育に欠かせないパーツであるということが実感できるのではないでしょうか(特に実際に教壇に立ったことのある人には)?
 
 この本を読めば、アメリカの大学、特にイェール大学がこのような「問う力」をどのよう育てているか、引き出しているのか、ということが分かる内容になっています。
 また読書術や、英語の学習法などのハウツー的なものも紹介されており、今から何かを勉強したい大人にとっても得るものがある内容になっています。
 著者はそれほど詳しくはない、理系の研究については最後にイェール大学で活躍している地球科学者の是永淳氏、医学を研究する富田進氏へのインタビューがあり、幅広い意味での「研究という道」への手引にもなるでしょう。

 ただ、全体的に親向けなのか子ども向けなのかはっきりしていないところはあります。
 もちろん、狙いとしては両方なのでしょうけど、例えば、親がこの本を読んで内容に感心し、自分の子どもに読書ノートの取り方を懇切丁寧に指導したりしたら、それはこの本の趣旨と少しずれると思うんですよね。
 「「主体的に行動しなさい」と言われて主体的に行動したら、それはもはや主体的とはいえない」という主体性をめぐるパラドックスがありますが、少しそういったことを感じました(この手の本を買うのは圧倒的に親だと思いますし、中学校くらいまでは教育における親の影響力は圧倒的に強いので、子どもだけをターゲットに据えるのも難しいでしょうけど)。

 けれども、逆に言えば幅広い人にとって得るものがある本です。教育関係者、小学校高学年から中学生くらいの子どもをもつ親、そして進路に悩む高校生あたりにお薦めしたいですね。

10歳から身につく 問い、考え、表現する力―僕がイェール大で学び、教えたいこと (NHK出版新書 439)
斉藤 淳
4140884398