(アイアンドームの概念イメージ)

現在、イスラエル軍がガザ地区へ軍事作戦を展開中です。ガザ地区からはロケット弾攻撃がやまず、23日だけで98発のロケット弾攻撃がありました。イスラム原理主義組織ハマスはこの1カ月ほどですでに1,000発を超えるロケット弾をイスラエルに向けて撃っています。

しかし、現時点でハマスのロケット攻撃によるイスラエル側の民間人の死者は1名のみです。1,000発ものロケット弾を撃たれながら、なぜこれほど犠牲が少ないのでしょうか。その立役者が、ロケット弾や迫撃砲弾を迎撃するシステムである「アイアンドーム」です。


高い迎撃率


2006年、レバノンからヒズボラが4,000〜4,500発のロケット弾を発射し、イスラエルの民間人43名が死亡、75名が重傷を負いました。これを契機にアイアンドームの開発が進められ、2011年から配備が始まりました。

アイアンドームは、ロケット弾が発射されたことをレーダーで探知すると、そのロケット弾が人口密集地域に向かうのかどうかを計算し、国民の生命を脅かす可能性があると判断すれば、迎撃ミサイル「タミール」を発射します。発射から迎撃までは15秒程度とされます。言うまでもなく、砂漠のような無人地帯に向かうロケット弾には迎撃ミサイルを撃ちません。あくまでも4〜70km以内から発射される砲弾やロケット弾を迎撃するためのシステムで、弾道ミサイルを迎撃対象としたものではありません。

2012年、ガザ地区からイスラエル南部へのロケット弾攻撃が激化したことで始まった軍事作戦「Pillar of Defense」の際、ハマスは8日間で1,506発ものロケット弾をイスラエルに向けて発射しました。人口密集地に向かったものは479発で、その他は発射失敗・不発、または砂漠などへ向かいました。アイアンドームはそのうち421発を迎撃し、迎撃率は約88%という実績を残しました(イスラエル国防軍)。

2014年、現在進行中の作戦「Protective Edge」において、最初の9日間でハマスは1,260発以上のロケット弾を発射し、そのうち約985発がイスラエル領内に飛来、人口密集地に向かった数はまだ不明ですが、225発をアイアンドームで迎撃し、迎撃率は86%と報じられています(ジェーン)。


否定論


アイアンドームに対しては否定論もあります。例えば、「アイアンドームが機能しない証拠」と題した論考が先日発表されたばかりです。

The evidence that shows Iron Dome is not working(Bulletin of the Atomic Scientists)
By Theodore A. Postol

著者はミサイル防衛(MD)否定論でお馴染み、マサチューセッツ工科大学のセオドア・ポストル教授です。この名前を見た時点で「ああ…」と思う方も多いかと思われます。ポストル教授は以前からアイアンドームの問題を独自の分析で指摘し、今回も改めて持論を展開しておられます。MDのみならず、アイアンドーム否定派の代表格でもあるポストル教授によるアイアンドームの欠点は以下のとおりです;

  • 「Pillar of Defense」時の迎撃率は過大に報告されており、実際はわずか5%に過ぎない。
  • ロケット弾の被害が少ないのは事実だが、アイアンドームのおかげではなく、早期警戒システムと市民の避難意識の高さ、そしてシェルターの普及がその理由である。10〜20ポンド程度のロケット弾ではシェルターを壊せない。
  • アイアンドームはロケット弾の真正面(ヘッド・オン)で爆破しないと迎撃できない。後ろや横からでは効果はない。アイアンドームの航跡雲の写真を検証すると、ほとんどがロケット弾の後ろもしくは横から追跡している。
  • 写真分析によると、爆発は球状で、これはアイアンドームの爆発であって迎撃時の爆発ではない。また、二度の爆発(迎撃ミサイルの爆発とそれによるロケット弾の爆発)や非対称形状の爆発が見られない。
  • 市民から3,200件の被害報告があり、109個のロケットの破片が降下して来たとの届け出があった。


迎撃された否定論


ポストル教授のこうした主張は今に始まったものではなく、数年前からあるものです。これに対し、昨年イスラエル国家安全保障研究所(INSS)が見解を発表し、ポストル教授をばっさりと斬って捨てています。

How Many Rockets Did Iron Dome Shoot Down?(INSS)

  • アイアンドームの爆破シーケンスなどに関する詳しい情報は公表されていないので、ポストル教授の分析は推論を根拠に行ったものに過ぎない。
  • 映像分析も、YouTubeなどの動画サイトに投稿された一般人がスマートフォンなどで撮影した動画を基にしている。こうした動画から精密で正確な分析を行うのは困難である。近接爆破によるロケット弾頭破壊の爆破は1000分の1秒未満の出来事であるため、スマートフォンの動画で区別することなどできない。
  • 都市部に着弾したロケット弾がすべてアイアンドームの失敗の結果と言うのも語弊がある。全都市を防護するように配備できているわけではない。
  • 警察への被害報告がすべてロケット弾に関するものかどうかは不明。ごく軽微な窓ガラスの損壊なども報告に含まれている可能性があり、そうした内訳をポストル教授が知っているとは疑わしい。かつ、ロケットの破片なのか部品なのか、不発弾なのか、という違いもある。

MDにも共通しますが、アイアンドームは迎撃しても破片が落ちてくるから無意味という主張もありますね。しかし、警報から15〜90秒ほどで市民はシェルターへ避難しますし、そもそも1,506発ものロケットが撃たれて(市街地に向かったものは479発)、破片が109個というのは結構な被害低減効果です。言うまでもなく、迎撃しなければロケット弾頭が生きたまま市街地へ着弾しますから、破片があるから無駄、というのは無理筋です。

費用の面での批判もあります。アイアンドームの1個中隊(指揮・統制車両、レーダー車両、ミサイル発射車両×3で構成され、発射車両は1台につき20発のタミール迎撃ミサイルを装填)のユニットコストは5,000万ドル、迎撃ミサイルは10万ドルです。イスラエル全土を防護するには15個中隊必要との見方がありますが(Global Security)、「Protective Edge」開始時に配備されていたのは7個で(ジェーン)、現在9個目の配備を進めています(Israel Hayom)。ハマスのロケット弾に比べると高価ですが、守るべき国民の生命を前にして安いロケット弾に高い迎撃ミサイルはもったいないから使わない、という話になるはずもありません。

さらに、アイアンドームによる被害低減がなければイスラエルは国内からの強い圧力が発生し、より大規模な地上軍の展開を余儀なくされます。そうなれば、イスラエルとパレスチナ双方にもたらされる人的被害は現在より確実に大きくなるでしょう。

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信頼性の高いデータにアクセスすることなくYouTubeなどの一般人による粗い投稿動画をもとに行われた分析であるという時点で、ポストル教授の報告書の信憑性は疑わしいものと言わざるを得ません。YouTubeを根拠にするなら、迎撃成功を撮影した動画も数え切れないほどあります。





加えて、ポストル教授の論考には今回もcitationやreferenceがないですね。イスラエル側の発表を鵜呑みにするのも危険ですが、反論する際に資料を一切提示しないのでは説得力がありません。MDやアイアンドームの否定論として取り上げられることの多いポストル教授ですが、上記のような理由から広く信用を得ているとはお世辞にも言えません。


【参考サイト】