東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 土曜訪問一覧 > 記事

ここから本文

【土曜訪問】

立場違う人 どう説得 子どもの貧困問題の第一人者 阿部 彩さん(国立社会保障・人口問題研究所部長)

写真

 日本の子どもの六人に一人が貧困状態にある−。こう聞いてどう思われるだろう。初めて子どもの貧困問題が注目されたのが二〇〇八年。五年以上がたった。この間、対策法が成立し月内には具体策を定めた大綱もまとまる。だが、子どもの貧困率は悪化している。警鐘を鳴らし続けてきた国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩(あや)さんを訪ねた。

 取材当日、国が一三年の子どもの貧困率を発表した。平均所得の半分を下回る世帯で暮らす十八歳未満の割合。それが過去最悪の16・3%に達した。それを見て、阿部さんは「以前は皆『どこの国の話?』という反応だった。それに比べれば問題意識は広まったでしょう。でも浸透しているかというと…」

 子どもは生まれる家庭を選べない。貧しい家庭で育てば十分な教育が受けられず、成人後も貧困となる「連鎖」が続く。これが指摘される問題の一端だ。

 阿部さんを訪ねたのには理由がある。世論の関心が高まったころ、社内に取材班ができた。私は子どもたちの学習を支援するグループの元に通い、数カ月間、教えながら取材した。しかし震災を機に中断。グループからは遠のいた。「社会の関心は薄まっているのでは」。そんな指摘を聞くたびに忸怩(じくじ)たる思いがした。

 阿部さんは続けた。「対策法は『子どもを大切にしなければいけない』という理念を定めている。これに文句を言う人はいません。問題はこれからです。理念を政策に移すには予算が必要ですが、今の経済状況で新しい財源の確保は難しい。他にも課題がある中、今まで何かに充てていたお金をカットして持ってくることになる。どれだけ優先的に予算を投じるかは、社会の合意が必要になります」

 阿部さんにとっての五年余はこの「社会的合意」を得るための戦いだった。

 ある時、財務省に呼ばれて講演した。官僚の一人が言った。「具体的にどんな政策を打てば解決するのか。それが分かればお金を付けます」

 だが示せなかった。問題は複雑で多岐にわたる。「魔法みたいな解決策を示せればいい。でもそんなものはない」。悔しい思いを抱き「立場の違う人をどう説得するかずっと考えてきた」。

 だからだろうか、阿部さんの言葉は豊富だ。たとえば問題を自著の中でこうたとえた。「これは、百メートル走で最初からスタートラインを十メートル後ろに引かれているようなものである。たとえ、その子がどんなに速く走る資質をもっていても、勝てる見込みがない」。相手によってはもっと硬派にも言う。「日本の成長を支えてきたのは質の高い人材。それが今、16%の子どもは貧困状態にあり、きちんと教育も受けられない。これでは将来の発展は望めない」

 では、どんな対策が必要なのか。阿部さんが真っ先に挙げたのは、乳幼児を持つひとり親への現金給付だ。貧困の影響が最も強く表れるのが乳幼児期であり、ひとり親世帯の貧困率は50%を超える。つまり、こうした人たちは最も不利な状況に置かれている。

 なるほど。だがこの提案は「実現性は低い」と言う。理由は現金給付への根強い反感。「ギャンブルに使う親」など使途をめぐる批判はよく耳にする。現金給付の有効性は欧米の調査で実証されているというが。

 「子ども手当(当時)導入の際、貧困層は教育費に使わないという批判があった。その議論は本当に偏見に満ちあふれていると思いました。貧困の子どもは生活費自体が充足されていない。家賃も払えない状況なら、それに使うのは当然。家を追い出されない方が重要でしょ。それが『塾に行かせていない』と批判するのは、想像力が働いていない。もし、ギャンブルにだけ使ってしまう親がいれば、そういう親にはむしろ別のケアが必要でしょう。結局、どれくらい貧困層の生活が厳しいか一つ一つデータを示して説得していくしかない」

 英国では九九年、ブレア首相(当時)が子どもの貧困撲滅を公約し、実際に貧困率を改善させている。「きちんと取り組めば改善する。国にどこまで予算を割いて政策を実現する気があるか。世論がどれだけ支えてくれるかだと思います」 (森本智之)

 

この記事を印刷する

PR情報





おすすめサイト

ads by adingo