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視点・論点 「うなぎと日本人」2014年07月17日 (木)
東京大学大気海洋研究所教授 青山 潤
6月12日、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで、ニホンウナギが絶滅危惧IB類に指定されました。これは危機の度合いに応じて3つに分かれる絶滅危惧種のうち2番目のランクにあたります。これまで世界で最も多くウナギを消費してきた我々日本人は、この事実を真摯に受け止め、今一度、足下を見直す必要があります。そこで今日は、改めてウナギの現状について確認し、その管理・保全について考えてみたいと思います。
現在、我々が食べているウナギは、すべてグアム島近くの海でふ化し、半年ほど海流に漂いながら、はるばる日本へやってきた正真正銘の「天然生まれ」です。人工的に卵をとって育てる技術こそ確立しましたが、商業規模での展開には、まだまだ多くの課題が残っています。このため、現在の養鰻業は、沿岸・河口域に辿り着いたシラスウナギと呼ばれる天然の稚魚を採集し、養殖池で育てることにより成立しています。
また、ニホンウナギは日本だけのものではありません。台湾、中国、韓国を含む東アジア一帯に分布しています。外洋の産卵場でふ化したウナギは、サケのように元の場所へ戻るのではなく、親の由来にかかわらず、海流の影響を受けて、分布域へランダムに接岸します。つまり、我々が食べているウナギは、養殖天然、国産外国産を問わず、ニホンウナギであれば、すべて同じ産卵場で産み出された共通の天然資源に由来する訳です。
では、ニホンウナギを護るためには何が必要でしょう? まずは正確な情報を知ることです。ところが、今、正確なニホンウナギ資源の実態に関する情報はどこにも存在しません。IUCNのみならず、我々が参考にできるのは、正規に漁獲された量のみです。これでは実際にウナギが増えたとしても、漁獲されなければ認識できませんし、逆に激減したとしても過度の漁獲努力によって、それほど深刻に見えないという事態が起こり得ます。さらに、決して報告されない密漁が横行していることは周知の事実です。漁獲量がおおよその資源量を示すことに異論はありませんが、今後必要となる正確な資源動態の把握や、様々な保護・保全活動の成果を評価するためには、明らかに精度が不足しています。
資源の管理・保全には、科学的かつ継続的な調査が不可欠ですが、これまで、東アジアのいずれの地域においても、そうした努力が払われたことはありません。
また、海流に強く影響される回遊特性のため、年によって、ある場所には大量のシラスウナギが接岸し、ある場所にはほとんど来ない、といった事態が生じます。このことは、正確な資源動態の把握には、分布域全体にわたる調査が必要であることを意味します。同時に、漁獲規制や河川環境の改善など管理・保全方策についても、一部地域のみでは、ニホンウナギ資源全体への効果は極めて限定的となります。東アジアの共有財産であるニホンウナギを持続的に利用していくためには、関係各国の協調が不可欠なのです。世界最大のウナギ消費国である我が国こそ、ウナギを知り、護るための国際的な活動をリードすべきでしょう。
UCNの決定に先立ち、昨年、環境省のレッドリストが、ニホンウナギを絶滅危惧種に指定しています。ここでは同じ絶滅危惧のランクに、ライチョウ、イヌワシ、クマタカ、アマミノクロウナギなどが上げられています。さらに、国際的なIUCNのリストでは、ジャイアントパンダやインドゾウ、マウンテンゴリラといった顔ぶれすら並んでいます。このことはニホンウナギが単なる食資源ではなく、野生動物であるということを強く印象付けます。例えば、ライチョウやパンダなど希少な動物の料理が町中で売られていたらどうでしょう。違和感を覚えぬ人はいないと思います。しかし不思議なことに、同じ絶滅危惧レベルにあるニホンウナギでは、シラスウナギの豊漁や不漁、蒲焼きの価格動向のみが、あたかも社会的重大事のごとく報道され、夏の土用の丑ともなれば、安値を競う幟の林立する光景が、毎年当たり前のように繰り返されています。こうした我々の意識、感覚のズレが、ウナギの危機を招いた一因であることに間違いはありません。
また、昨今、「蒲焼き文化の継承」を叫ぶ声が大きくなったように感じます。
我が国独自の食文化や産業を守り、継承することは間違いなく重要です。しかし、蒲焼きの継承には、材料であるウナギの存在が不可欠です。1970年代以降、減少傾向が明らかだったニホンウナギの価格は上昇を続けました。80年代になって、安価なヨーロッパのシラスウナギが中国へ持ち込まれ、そこで養殖、蒲焼きにまで加工されて日本へ流れ込むルートが確立しました。こうして「ウナギの蒲焼き」はスーパーの店頭で山積みにされ、我が国は世界の鰻生産の70%以上を消費する“メガマーケット”となったのです。当然、すぐにヨーロッパウナギは減少し、その資源量は1960-70年代のわずか数パーセントにまで落ち込みました。その結果、2007年にはCITES(通称:ワシントン条約)の附属書II、2008年にはIUCNのレッドリストに、最も危機度の高い絶滅危惧種として記載されるに至りました。そして昨今では、ニホンウナギやヨーロッパウナギの替わりに、フィリピンやインドネシアなど、これまで利用されていなかった、熱帯に生息するウナギの商業開発が、急速に進められています。
現在のウナギの価格高騰は、消費者にも大きな負担を強いています。だからといって、自国のみならず他国のウナギ資源まで危機に追いやることが許されるはずはありません。今回のIUCNの発表では、熱帯に生息するウナギの1種について、東アジアでの商業利用を理由に、絶滅危惧評価が1段階引き上げられています。我々のウナギ消費動向が、国際的にも懸念され始めていることに留意すべきでしょう。
こうしてみると、ウナギ資源の危機を招いた根本的な責任は、国内はもとより各国との連携を含めた、資源管理という視点を完全に欠いたまま利用を続けた漁業者、養鰻業者、それを看過してきた行政、安値を追求し続けた加工・販売業界と、ウナギを食べ続けた消費者に行き着かざるを得ません。いずれにせよ、過去30年以上に亘り、悲鳴を上げ続けていたウナギに気がつかなかった、もしくは無視してきた我々全ての責任でしょう。
IUCNによる絶滅危惧種指定に続き、今後、ニホンウナギがワシントン条約による規制対象となる可能性もあります。仮にこのままの状態が続くなら、そうした規制による保護こそ歓迎すべきという意見が正当性を帯びてくるでしょう。単純にニホンウナギを増やすだけならば、まずは全面的な利用禁止から着手すべきです。しかし、生物・生態学的特性のみならず、社会、経済、文化など、様々な要素が複雑に絡み合った今のニホンウナギ資源を、どうすれば効果的に増やし、確実に後世へ引き継ぐことができるのかは、残念ながら今のところ誰にも分かりません。
今回のIUCNの発表は、東アジアのウナギに関する国際的な関心を喚起しました。これから我々がどうウナギとつき合っていくのか、先進国の名に恥じぬ対応が求められています。