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東京から車でおよそ2時間、野栄町は千葉県北東部の九十九里浜に面した人口1万人あまりの温暖で自然豊かな町です。
町の面積の70%あまりが農地で、水稲を中心とした農業が盛んです。また、古くから地引き網漁なども盛んに行われてきました。
モスのピーマン生産者である佐藤利久さんはこの温暖な気候のもと一年を通じてピーマンの栽培をしています。
■モスとの出会い
佐藤さんとの出会いは3年前に遡ります。当時、モスの産地担当者が新しいピーマン産地を探して千葉県中を歩き回っていました。そこで出会ったのが、千葉県旭市の高橋幸治さん(5〜6月にモスにピーマンを出荷しています)でした。しかし、高橋さんの生産量だけではモスへの出荷量が足りないことが判明し、高橋さんより「野栄町にピーマン作りの名人がいる」とのご紹介を受けて訪ねたのが佐藤利久さんでした。
佐藤さんのピーマンを食べて、モスの担当者もすぐにその味が気に入りました。“ピーマン臭さ”と言われる苦味、えぐ味が少なく、甘みすら感じられました。「これならピーマン嫌いの子供でも喜んで食べられる!」とその場で契約を決意したのです。
■佐藤さんの苦悩
佐藤さんは、ピーマン作りを始めて今年で23年の大ベテランです。しかし、その道のりは決して平坦なものでは無かったそうです。
佐藤さんもかつては農薬や化学肥料を当たり前のように使用し、収穫が終わると薬剤土壌消毒を行うという、いわゆる「近代農法」でピーマンを栽培をしていました。
しかし、10年前頃から様相は一変。急に収穫量が落ちてきたそうです。
「毎年、同じ畑でピーマンを作り続けたから連作障害が出たんだと思います。ピーマン栽培を止めようか…と何度も悩みましたね。」と佐藤さんは語ります。
連作障害の解消方法をいろいろと捜し求めていた時、東京に住む奥さんの叔母さんから「EM菌が良いらしいよ」とのアドバイスを受け、藁にもすがる思いで EM菌を試したそうです。EMとは「有用微生物群」の略です。この微生物群を含んだ肥料を自家製で作り畑に入れるようにしたのです。
■奇跡の復活
EM菌を試みてからは、佐藤さんの畑は徐々に復活を始めました。薬剤土壌消毒で微生物を殺していた畑には微生物が戻り始め、ピーマン作りに適する土に変わり始めました。
土は徐々に力を取り戻し、農薬、化学肥料の使用量も自然と減っていったそうです。もちろん、薬剤土壌消毒も必要無くなりました。今では、肥料は全て有機質のものを使用し、農薬も数える程度しか使わなくなりました。
「以前は、少しでも病気や虫がでたら農薬を撒いていましたが、今では土の力、ピーマンの樹の力を信じてなるべく農薬を撒かないようにしています。悪くなっても、樹自体に力があれば自然と回復するんですよ。」と佐藤さんは語ります。
■ピーマンのひみつ
佐藤さんが作るピーマンは「みょうぎ」という品種です。
ピーマンの花は、花びらが5〜7枚付きますが、一番おいしいピーマンがなるのは6枚花のピーマンだそうです。種の量が多く、割ったときに中に水が溜まっているくらいのものが美味しいピーマンです。また、1節ごとに1個のピーマンがなることから、ピーマン農家の腕の見せ所は、いかに節間を短く樹を育てるかにかかっています。順調にいけば、1本の樹から800個以上のピーマンをならせることが出来ます。佐藤さんの畑では、1坪あたり50kgの収穫を目標として取り組んでいるとのことです。単純計算で、1つのハウスから約38tのピーマンを収穫するというのだから驚きです。あと、ちょっとした豆知識ですが、意外と知られていないのが赤ピーマンの正体。実は緑のピーマンを樹にずっと成らせておくと、じきに赤色に変わっていくのです。ちょっとびっくりですよね。
■出荷シーズン到来
10月の中旬頃より、今年もいよいよ佐藤さんの出荷シーズンが始まります。
「今年はハウスのビニールも新品に張替えたから、太陽光線の透過も良くなって良いピーマンが出来るよ。」と佐藤さんも意気込んでいます。また、昨年から取り入れたガスバーナーによる炭酸ガス発生装置もピーマンの生育促進に一役買っています。
ちょっと心配なのが、先日の台風で畑が水浸しになったとのこと。もう回復はしているとのことですが、改めて自然と向き合う農業の難しさを感じます。
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