銀河親爺伝説


 

第一話 邂逅




■  帝国暦485年 3月20日  ヴァフリート星域  旗艦オストファーレン  ラインハルト・フォン・ミューゼル



ヴァフリート星域に反乱軍が集結している。こんな戦い辛い星域に集結する等反乱軍も何を考えているのかと思うがヴァフリートはイゼルローンにも近い、放置しておくことは出来ない。帝国軍総司令官ミュッケンベルガー元帥はヴァフリート星域にて蠢動する反乱軍を撃滅すると作戦会議で宣言した。まあ俺としては武勲を上げる機会が訪れたのだ、悪い事では無い。

帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナで会議が終わった後、グリンメルスハウゼン艦隊旗艦オストファーレンでも作戦会議が開かれた。こちら艦隊は兵力が少ない、つまり火力の絶対数が少ないのだ。正面から何の策も無しにぶつかれば劣勢に追い込まれる事は見えている。

火力の絶対数が不足しているから機動力で補おうと意見を具申した。具体的には砲艦を最左翼の後尾において時期を見て前進、迂回させ敵の右翼に砲撃を集中させるのだ。それほど複雑な艦隊運動を必要とするわけではない、自画自賛するわけではないが良い案だったと思う。

グリンメルスハウゼン司令官も”いい案だ”と褒めてくれた。だが褒めただけだ、結局は採用しなかった。彼が選択した作戦案は彼の経験から生み出した物ー全体でみればこちらのほうが兵力が多いから無理せずに押し切ろうーを提示して作戦会議を終わらせた。

馬鹿げている、低レベルの経験が一体何の役に立つというのか……。俺はこの老人が軍の厄介者である事を知っている。いや、俺だけでは無い、皆が知っているだろう。皇帝フリードリヒ四世と親しい関係に有るから誰も手出し出来ずにいる。今回の戦いも皇帝の“連れて行け”と言う内意が無ければオーディンで留守番だったはずだ。

憤懣を抱きながらキルヒアイスとともに自分の旗艦タンホイザーに戻ろうとした時だった。オストファーレンの廊下を歩いていると
「ミューゼル准将」
と後ろから低い声がした。振り返ると初老の男がいる、アロイス・リュッケルト准将、階級は俺と同じだが年齢は俺の三倍以上、六十歳前後の男だ。俺と同じ分艦隊司令官、但し率いる艦隊は五百隻を超えるはずだ。俺の倍以上の艦隊を率いている。

立ち止まるとリュッケルトはゆっくりと近付いて来た。中肉中背 何処と言って特徴の有る顔立ちではないが右の額から眼の上を通って唇近くにまで達する傷が有る。うっすらと見える一筋の傷だ、若い頃の戦傷だろう。何度も修羅場を経験したと思わせる風貌だ。

六十近い年齢にも関わらず准将という将官としては最下層の地位に有るのはこの老人が士官学校も幼年学校も出ていない、つまり正規の軍事教育を受けていない兵卒上がりだからだ。叩き上げで閣下と呼ばれる地位に上がった。兵卒達にとっては憧れの存在だろう。

「何かな、リュッケルト准将」
俺が答えるとリュッケルトは微かに笑みを浮かべた。
「まあ余りカッカしない事だ」
「……」
「あの御老人に戦争は無理だ。それに誰もこの艦隊が武勲を上げる等と期待してはいない、お前さんにも分かるだろう」

その通りだ、誰も期待していない。何故俺はこんな艦隊に配属されたのか……。それにしても“お前さん”?
「リュッケルト閣下、失礼ですが“お前さん”と言うのは聊か非礼ではありませんか?」
キルヒアイスが咎めるとリュッケルトが肩を竦めた。

「卿と呼ばれたいか? しかしな、ミューゼル准将を卿なんて言う奴に限って陰では“小僧”と罵っとるよ。それでも卿と呼ばれたいかね?」
「……」
キルヒアイスが口籠った。多分、この老人の言う通りなのだろう。

「この艦隊はお荷物の集荷所さ。厄介な荷物は皆まとめて一カ所に、そういう事だな。或いはゴミは散らかすな、かな」
「……」
俺はお荷物じゃないしゴミでもない! あんなボンクラと一緒にされてたまるか! ムッとするとリュッケルトが今度は低く声を出して笑った。

「皇帝の寵姫の弟など誰も部下に欲しがらない。万一戦死でもされてみろ、後々復讐の女神の祟りが怖いだろうが」
「復讐の女神? ……馬鹿な、姉は……」
リュッケルトがまた笑った。
「お前さんがどう思うかは関係ない、伯爵夫人がどう思うかもな。大切なのは周囲はそう見てるって事だ、違うか?」
「……」
「お前さんは厄介者の荷物なんだ、それも特大級のな。少なくとも周囲はそう見てる。分かったか?」
「……」

反論出来なかった。確かに俺には誰も近づかない、話しかけもしない。俺は厄介者の荷物だと見られていたのか……。キルヒアイスに視線を向けたが目を伏せて俺を見ようとしない。キルヒアイスにも否定出来ないのだろう。
「分かったか? 分かったらそんなカッカするんじゃない、お前さんはここに来るべくして来たんだからな」

「……卿はどうなのだ? 卿も厄介者の荷物なのか?」
一矢報いたくて言ってみた。だがリュッケルトは何の反応も示さなかった。
「兵卒上がりの准将など何処に配置しようと誰も気にせんよ」
そう言うと俺達を追い越して歩き去って行った。後ろ姿が少しずつ遠ざかって行く。

「カッカしても仕方ないか……」
「ラインハルト様」
「彼の言う通りだ、なんか馬鹿らしくなってきたな」
「……」
キルヒアイスが心配そうに俺を見ている。俺らしくないんだろうか?
「まあ気楽に行くか……」
「はい……」



■  帝国暦485年 3月27日  ヴァンフリート4=2 旗艦オストファーレン  ラインハルト・フォン・ミューゼル



気に入らない! 不愉快だ! 何故俺があの男の下に付かなければならないのだ。ヘルマン・フォン・リューネブルク、本当に嫌な奴だ! 何であんな奴と……、大体このヴァンフリートⅣ=Ⅱとは何なのだ。何故こんなところに待機を命じられるのか……。

分かっている、分かっているのだ。ヴァンフリート星域の会戦は酷い混戦で終わった。大体この通信の維持が困難な星域で大規模な繞回運動を行なうなど総司令部は一体何を考えているのか! 低能のボンクラ共が! 挙句の果てに混乱して艦隊の座標位置まで分からなくなるとは低能の極みだ。帝国軍が負けなかったのは運が良かったからではない! 反乱軍が帝国軍に負けず劣らずの低能振りを発揮したからに他ならない!

極め付けはグリンメルスハウゼン艦隊はヴァンフリートⅣ=Ⅱで待機だ。戦闘中何の役にも立たず漂っていたグリンメルスハウゼン艦隊にミュッケンベルガー元帥は嫌気がさしたらしい。役立たずのお荷物は引っ込んでいろ、そういう事なのだろう。

だがこのヴァンフリートⅣ=Ⅱには反乱軍の軍事拠点が有った。俺が偵察するべきだと言ったのに司令部の参謀共に拒否された。何故拒絶する? ここはイゼルローン要塞にも近い、放置する事は危険な筈だ。それなのに連中は愚にも付かない理由を述べて偵察を拒否するのだ。おまけにリューネブルクにはそれを許しあまつさえ奴を攻略部隊の指揮官に任命するとは……。何で俺が奴の副将なのだ、全く納得がいかない!

オストファーレンの廊下をキルヒアイスと歩いていると前方に人影が見えた。壁に背を持たせ腕組みをしている。リュッケルトだった。俺を待っていたのかもしれない。そう思うと憂欝になった。嫌いではないが苦手だ。グリンメルスハウゼンの捉えどころの無い雰囲気とは違うがリュッケルトは俺を憂欝にさせる何かを持っている。

無視して通り過ぎようとした時だった。低い声が聞こえた。
「相変わらず不満が有るらしいな」
「……」
「面白い話を聞かせてやる、付き合え」
そう言うと俺達の返事を聞かずに歩きだした、俺達が来た方に。

「聞きたくない、と言ったらどうする」
「いいから来い、為になる話だ、少しは利口になるだろう」
リュッケルトは振り向かない、そのまま歩いている。どうするか? キルヒアイスと顔を合わせたがキルヒアイスも困惑している。
「早くしろ」

面白くなかった、だが後を追った。話しを聞くだけだ、面白くなければ怒鳴りつけてやる。でも多分そんな事は無いだろうとも思った。リュッケルトが案内したのはオストファーレンに有る士官用の部屋だった。だが中は様々なガラクタが置いてある、物置部屋だ。密談には相応しいかもしれない。

「ここは俺の部屋だ」
「卿の? しかしこれは……」
俺もキルヒアイスも混乱した。これがリュッケルトの部屋? どう見ても物置部屋だ。
「司令部が用意してくれたのさ、なかなかだろう。兵卒上がりにはこれで十分というわけだ。適当に座れ」

取りあえず置いてあった椅子に座った。
「抗議しないのか?」
「抗議などすれば奴らを喜ばせるだけだ。せっかく用意してやったのに気に入らないらしいとな。それに俺は自分の旗艦に戻ればちゃんとした部屋が有る、ここを使ったのは今日が初めてだ」
そう言うとリュッケルトも椅子に座った。

不当だと思った。抗議するべきだと思った。だがリュッケルトは気にしていないらしい。
「お前達、昇進で不当な扱いを受けた事が有るか?」
「その、お前と言うのは止めてくれないか」
「気にするな、お前達も俺の事を好きに呼べばいい。それで五分だ」

どうにも困った男だ。さっきから全然調子が出ない。
「じゃあ、……爺さんと呼ぶぞ」
年寄り扱いしてやる、嫌がるだろうと思ったが奴は頷いた。
「良いぜ、気に入らなきゃクソ爺とでも呼ぶんだな。俺もお前らの事を気に入らない時は小僧と呼ぶ」
駄目だ、益々奴のペースだ。

「それでさっきの質問だ、昇進で不当な扱いを受けた事が有るか?」
「いや、俺は無いと思う、キルヒアイス、お前は?」
気が付けば俺と言っていた……。
「私も有りません」
「そうか、そうだろうな……」
爺さんは一人で頷いている。

「爺さんは有るのか?」
「嫌になるほどな、有る。兵卒上がりだ、後ろ盾は無い。武勲なんぞ横取りしたってどこからも苦情は出ない。俺が何か文句を言えば異動させるだけだ」
落ち着いた口調だ、悔しそうなそぶりなど毛ほども見せない。本当にそんな事が有ったのだろうか、そう思った。キルヒアイスも不思議そうな表情をしている。

「兵卒上がりの大佐が准将に昇進する時には適性試験を受ける事になっている。知っているか?」
爺さんの質問に俺とキルヒアイスは頷いた。
「確か筆記試験と口述試験が有ると思ったが……」
「そうだ。正確には武勲を上げ上司の推薦状が必要だ。そして人事局がそれを認めて適性試験になる。容易じゃないよな、武勲を上げるのも大変だが推薦状だって小さな武勲じゃ貰えない。俺は四度目で適性試験に合格した」
「……」

「どう思う? 正直に言え、遠慮するなよ」
「……いや、苦労したのだな、と思った」
俺が答えると爺さんは笑い出した。
「お前は官僚か? 役人みたいな答えだな。遠慮せずに言えと言ったはずだぜ」
「……」

「小僧、お前は幼年学校首席で卒業だろう? 頭の悪い奴、そう思ったんじゃないのか?」
「……いや、まあ、少しは」
俺が口籠りながら答えると爺さんがまた笑い声を上げた。参ったな、小僧と呼ばれても反発できない。
「適性試験はな、一回じゃ合格しないように出来てる。三回目で合格だ」

えっと思った。俺だけじゃない、キルヒアイスも驚いている。
「筆記試験が合格ラインでも口述試験で落とすのさ。まあ好意的に取れば将官になるのはそれだけ大変な事だ、精進しろ、そんなところかな。悪意を持って取ればサル共が人間様の仲間入りなど百年早い、そんなところだ」
「サルは酷いだろう」
爺さんがニヤッと笑った。
「この部屋を見てもそう思うか?」
「……」

反論できなかった。司令部は物置部屋としか思えない部屋を爺さんに用意したのだ。
「あの、四度目で合格と聞きましたが……」
キルヒアイスが質問すると爺さんが無表情に“三回目の時にちょっとしたトラブルが有ってな”と答えた。

「口述試験の時なんだがな、首席審査官はシュターデンという男だった」
「シュターデン? 総司令部の作戦参謀に同じ名前の男が居るが?」
「そいつだよ。そいつがな“三回目か、残念だな”と言ったよ。そしてネチネチとどうでもいいような事を質問してきた。揚げ足とってその度に“所詮は兵卒上がり、この程度で将官になろうとは”、そう言って嘆かわしげに首を振ったよ。厭味ったらしくな。楽しかったんだろう、嬉しそうだったぜ」
シュターデン、弱い立場の人間を弄って喜ぶ、吐き気がするような男だ。

「普通はな、口述試験は三十分から一時間程度で終わる。だが奴は二時間近く俺をいたぶった、うんざりしたぜ。同席していた審査官も顔を顰めてたくらいだ。最後に“まあ仕方ない、合格させてやるか、最低点だがな”そう言ったよ」
シュターデンは合格点を付けた?
「良く分からないな、シュターデンは最低点とはいえ爺さんに合格点を付けたんだろう? 何故落ちたんだ?」

「同じ時にもう一人適性試験を受けた奴が居たんだ。そいつが合格した。但し、そいつは一回目だったがな」
どういう事だ? 何故その男が合格する?
「そいつの上げた武勲ってのが或る門閥貴族の子弟の命を救った事だった。助けられた奴の父親は喜んでな、望みを言えと言った。奴は適性試験に合格したいと言ったんだ。そしてその貴族は必ず望みを叶えてやると請け負った」
「それでか……」
思わず溜息が出た。爺さんが何度も不当な扱いを受けたというはずだ。

「人事局の担当者は奴を准将にするのを渋った。未だ一回目だし口述試験の成績は合格ラインに達していなかったからな。だがその貴族は諦めなかった。俺の試験結果を見て最低ラインだ、こいつを准将にするのなら自分の推す人間を准将にしろと捻じ込んだのさ」
「……」

「二人昇進させるという手も有っただろう。だが人事局の担当者は本来合格するのは一人だからと俺を落した。デスクワークの官僚だからな、前線で武勲を立てるという事がどれだけ大変か分かって無かったんだ。俺は大佐から准将に昇進するまで五年半かかったぜ」
五年半、少なくても十回以上は戦闘が有ったはずだ。

「……その男は如何しているのかな、爺さんの代わりに昇進した男だが」
「分艦隊司令官になったが死んだよ、戦闘中に首の骨を折ってな。二階級昇進で中将だ」
首の骨を折った? 分艦隊司令官が?
「こういう話は直ぐに広まる。汚い手を使って他人を蹴落とした、そう思われたんだろう。きつい任務にばかり当てられたようだ。部下にしてみればたまったもんじゃないさ」

「……では殺されたと?」
質問した声が掠れていた。戦闘中に味方の手で殺された……。
「そうじゃなきゃ首の骨なんか折るか? 奴の乗艦で死んだのは奴だけだったんだ。……奴とはあの後一度会った。向こうから訪ねて来たよ。何度も俺に謝っていたな、こんなつもりじゃなかったと言って泣いてたぜ。もしかすると自分の運命が見えてたのかもしれないな」
「……自業自得かもしれないが哀れだな」
俺がそう言うと爺さんが俺を見た。如何いうわけか悲しそうな眼に見えた。

「俺は奴を責めなかった。奴はな、自分には後二回武勲を立てる自信が無かったと言ったんだ。死ぬ前に一度でいいから閣下と呼ばれてみたいと。悪いとは思ったが貴族に縋ってしまったと……」
爺さんが首を横に振った

「責められねえよ、俺だって同じ立場なら同じ事をしただろう。兵卒の中で大佐まで進むのはほんの僅かだ。そして大佐で三回武勲を上げるのがどれだけ大変か……。兵卒上がりの大佐なら大体は戦艦の艦長だ、しかもボロ船を与えられる。それで誰もが認める武勲を上げなきゃならない、容易じゃないぜ。無理をして大佐で戦死する奴は結構多いんだ。俺には奴を責められなかった……。お前なら責められるか?」
「……」
爺さんが俺を見ている。悲しそうな眼だ。答えられなかった。爺さんの言う通りだ、俺にもその男を責める事は出来ないだろう……。




 

 

第二話 博打




■  帝国暦485年 3月27日  ヴァンフリート4=2 旗艦オストファーレン  ラインハルト・フォン・ミューゼル



俺とキルヒアイスが何も言えずにいると爺さんが話を続けた。
「その後が大変だった。俺が准将に昇進しなかった事で俺の上司が怒ったんだ。そりゃ怒るわな、部下が昇進するのは上司にとっては評価の一つだ。まして兵卒上がりが准将ともなれば勲章ものさ。それを潰されたんだ、人事局の担当者をTV電話で呼び出して怒鳴りつけたぜ」

「担当者は泡食って事情を説明したよ。口述試験の結果が良ければ、とか懸命に弁解してた。俺の上司はシュターデンも呼び出して詰った。責められたシュターデンは仰天してたな、奴は俺が落ちるとは思っていなかったんだ。最後の嫌がらせくらいに思っていたんだろう、必死で自分は関係ない、担当者が悪いんだと言ってたっけ」
爺さんはボソボソと喋った。俺達に話していると分かっているのかな。そんな疑問を持った。

「当然だよな、軍隊じゃ士官よりも兵卒の方が多いんだ。好かれる必要は無いが信頼される必要は有る。准将になる機会を潰したなんて噂が立ったら参謀はともかく艦隊司令官なんてとてもじゃないが務まらない、周囲からそっぽを向かれちまう」
「そうだろうな」
爺さんに代わって昇進した奴の末路を思えばわかる事だ。俺もキルヒアイスも頷いた。

「それで、どうなったのです?」
キルヒアイスが問い掛けると爺さんが肩を竦めた。
「人事局の担当者は辺境の補給基地に飛ばされたよ。人事局から補給基地だぜ? しかも辺境の。二度と浮かび上がることは無いだろう。大体補給基地でだって爪弾きものだろう、何をやったかが分かればな」
キルヒアイスが溜息を吐いている。俺も溜息を吐きたい気分だ。爺さんがそんな俺達を見て小さく笑った。

「俺も覚悟したよ、四度目の武勲なんて上げられそうにねえ、運が無かったと諦めようってな。女房子供だっているんだ、無理せずこのまま大佐で良いさと思った。……ところがだ、それから半年ほど経った時だ。俺は哨戒任務に出て反乱軍の駆逐艦を一隻撃破した。上司は推薦状を書いてくれたよ。驚いたね、駆逐艦一隻だぜ? 普通なら“良くやった”で終わりだ。だが人事局も撥ね付けなかった。直ぐに適性試験を受ける事になった」

「首席審査官はまたシュターデンだった。二時間責められるのかとウンザリしたが詰まらねえ質問を二つばかりして五分とかからず終わったよ。他の審査官も何も言わなかった。ありゃ予め示し合わせてたな、連中は何が何でも俺を昇進させたかったんだ。シュターデンが首席審査官だったのも前回の結果は人事局の不手際で自分は関係ないと表明したつもりなんだろう。馬鹿をやった人事局の奴は辺境に流したしな、これで一件落着ってわけだ」

爺さんは“茶番だよな”と笑った。同感だ、茶番以外の何物でも無い、でも俺には笑えなかった、キルヒアイスも笑っていない。
「准将に昇進した、閣下と呼ばれるようになった。兵卒上がりの士官としてはこれ以上は無い栄誉だ。だがな、俺は少しも喜べなかった。何の感動も無かったよ。むしろこんなものかと思った、こんなもののために大騒ぎしたのかと思った」
事実だろう、爺さんは淡々と話している。

爺さんが俺とキルヒアイスを見た。
「分かるか? 世の中には不当な事なんて幾らでも有るんだ。ちょっとくらい上手く行かなかったからって不満面するんじゃねぇ」
「……」
反論したかったが出来なかった。この爺さんの前じゃ誰だって口を噤むだろう。

「リューネブルクが嫌いか? だがな、お前は奴の何を知ってるんだ? 知った上で不満を持っているのか?」
「……何か有るのか、あの男に」
俺が問い掛けると爺さんは舌打ちして“やっぱり分かってねぇんだな”と言った。

「奴は逆亡命者だ、親に連れられて亡命し自分の意志で戻ってきた。だがな、上の方はそんな奴を信用しなかった。三年間戦場に出さなかったんだ。奴の立場は俺より悪いだろう。少なくとも俺は差別はされても不信感はもたれてねえからな。奴は戦士として男として一番働ける時を無駄飯食いに潰す事になったんだ」
「……」
「好きで食った飯じゃねえぞ、嫌々食った飯だ。辛かっただろうぜ、何故自分を信用しないのか、そう恨んだだろう」
「……」

「今回の出征でようやく戦場に出られると喜んだだろうが配属された所が此処だ。絶望しただろうぜ。何の戦果も無しに戻れば役に立たないと言われかねないんだ。次の出兵なんて有るかどうか……、こんなクズ部隊に押し付けた癖にな」
「そう、だろうな」
俺でさえこの部隊には幻滅している。後の無いリューネブルクにとっては……。

「そんな時にお前が反乱軍がいるかもしれないと言い出したんだ。喜んだだろうな、奴は今三十五の筈だ、装甲擲弾兵として戦場で戦える時間はそれほど長くない。まして装甲擲弾兵が働ける戦場なんて多くないんだ。このチャンスを絶対逃したくない、そう思ったはずだ」
「……」
爺さんが俺を見た。

「分かるか? だから奴はお前を副将にしたんだ」
「どういう事だ?」
思わず問いかけた、キルヒアイスも不思議そうな表情をしている。
「お前が奴の事を嫌いなように奴だってお前の事を嫌いだろうさ。自分が無駄飯食っている間に准将になってるんだ、好きになれるはずが無い」
俺もそう思う、なら何で副将に?

「だがな、奴は昇進したかった。だからお前を副将にしたんだ。自分が功績を上げれば問題は無い。お前が武勲を立てれば自分の作戦指導の宜しきを以て、そう報告することが出来る。そしてお前の上げた武勲を上は無視できない。お前と組めば昇進できる可能性が高い、そう思ったんだ。もちろんリスクも有る、お前が死ねばとんでもない事になる。二度と浮上は出来ないからな。それら全てを考えた上で賭けた、お前なら生き残れる、武勲を上げ昇進できる、賭けに勝てるとな」

「司令部がお前の意見を受け入れずに奴の意見を受け入れた理由が分かっただろう。お前は武勲を上げる場と思ったかもしれねえ、だがな、奴はこれからの人生全てを賭ける場と思ったんだ。いやそれだけじゃねえ、亡命した事を後悔したくない、そう思っただろう。自分の生き様を賭けたんだ。お前とは覚悟が違うんだよ、司令部はその覚悟に説得されたんだ。お前にそこまでの覚悟が有ったか?」
「……いや、無かった」
爺さんが頷いた。

「責めちゃいねえよ。そんな覚悟なんて暑苦しいもんは無い方が良いんだ。生きるのが辛くなるからな」
「……爺さんは如何なんだ?」
「俺か……、今は無いな、昔の事は覚えてねえ。……多分無いか、有っても大したもんじゃなかったんだろう。忘れちまうくらいだからな」
そうかな、と思った。リューネブルクの事が理解できるのは爺さんも同じような思いをしたからじゃないだろうか……。

「分かったら不満顔してねえで仕事しろ。見方を変えればリューネブルクはお前に昇進のチャンスをくれたんだ、そうだろう?」
「……そう、だな」
「リューネブルクを好きになる必要はねえぞ、だが力量は認めて利用しろと言ってるんだ。奴はそれをやっているぜ。それが出来なけりゃお前は我儘なガキだ」
「ああ、そうだな」
爺さんが席を立った。“頑張れよ、小僧。俺はこれから哨戒任務にあたる”と声をかけると部屋を出て行った。小僧か……、違いない、腹も立たなかった。



■  帝国暦485年 6月16日  グリンメルスハウゼン子爵邸  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「何故私が卿に対して弁明せねばならぬ。事情は卿の令夫人が説明なさった通りだ。別に謝辞を求めようとは思わぬが、卿のおっしゃりよう、不快を禁じ得ぬな」
見れば分かるだろう、お前の妻が気分が悪そうにしていたから助けようとしただけだ。だがリューネブルクは妙に青白い顔をして俺に絡んできた。

「それは不快だろう。こういう場でもっとも会いたくない相手に出会ったのだからな」
「下種め、妄想もいい加減にするがいい。このうえ私の善意を曲解し私を貴様の水準にまで引き下げるつもりなら実力をもって貴様に礼節を問うぞ」

「実力をもって問うと? 一対一でか?」
「当たり前だ」
拙いか、とも思ったが止められなかった。前からこの男が気に入らなかった、ぶちのめしてやる。

「お、喧嘩か、楽しそうだな」
声がした方に視線を向けると爺さん、アロイス・リュッケルトがいた。ニヤニヤ笑っている。リューネブルクが顔を顰めた、どうやらこの男も爺さんが苦手らしい。もっともこの老人を苦手に思わない奴が居るのかどうか……。

「リュッケルト少将、口出しは無用に願いたい」
「そうだ、口出しは無用だ」
リューネブルクと俺が言うと爺さんが笑い声を上げた。
「止めたりしねえよ。それよりだ、どうせやるんなら派手にやろうぜ。グリンメルスハウゼン子爵の大将昇進パーティに華を添えるんだ」

何言い出すんだ、このジジイ。俺とリューネブルクが唖然としていると爺さんが勝手に喋り出した。
「賭けようぜ、俺が胴元になる。率は十対一だな、不満そうな顔をするんじゃねえよ、リューネブルク少将。お前さんは白兵戦技の達人だろう、妥当な線だぜ。ん、小僧、お前酔ってるのか、んじゃ十五対一だな。今人を呼んでくる、皆暇を持て余しているからな、喜ぶぜ。勝手に始めるんじゃねえぞ、お前らにも分け前やるからな」

リューネブルクがまた顔を顰めた。“話にならん”と吐き捨てると俺を見て“運が良いな”と言った。そして妻を抱えるようにして出て行った。……どうすればいいのだろう、助けてくれたのだろうか、だとすれば礼を言うべきだろうが爺さんは“終わりか? つまらねえな”と残念そうに呟いている。どう見ても助けてくれたようには見えない。取りあえず爺さんに近付いた。

「爺さんも来てたのか?」
「一応俺も昇進したからな、招待状が来た。まあ大将閣下への最後の御奉公だな」
爺さんがニヤリと笑った。そして“運が良いな”と言った。どうやら俺は助けられたらしい。もっとも礼を言う気にはならなかった。

爺さんの昇進はいち早く反乱軍の接近を察知しグリンメルスハウゼン艦隊に報せた事、そして基地攻略部隊の収容に頭を痛める司令部に自分の艦隊がそれを行うと意見具申して本隊を反乱軍迎撃に向かわせた事が認められての事だった。地味だが献身的な働きをする、そう評価されたらしい。

もっとも現実はかなり違う。爺さんの艦隊は五百隻に過ぎなかった。そこに十万の基地攻略部隊を収容したのだ、艦の中は通路まで人間で溢れかえった。“これじゃ戦闘は無理だな”爺さんの言葉に俺も已むを得ない、そう思った時だった。“まああの御老人の指揮で戦うのは御免だからな、後ろで見物しようぜ”そう言ってニヤッと笑った。俺もリューネブルクも唖然とした。このジジイ、最初からそれが狙いだったらしい。煮ても焼いても喰えない強かさだ。叩き上げというのはこういうものかと思った。

「リューネブルクも辛い立場だな」
「……」
「オフレッサー上級大将に取り入ろうとしたらしいが嫌われたらしい。奴に嫌われては地上戦の指揮官としては出世は難しいだろうな」
そうなのか、と思った。この爺さん、何処からそんな話を仕入れてくるのか……。

「爺さんはあの噂を知っているのか?」
「奴が皇族の血を引いた御落胤だって噂か?」
「ああ、俺は嘘だと思うんだが……」
「嘘だろうさ、奴が御落胤なら反乱軍は奴を陸戦隊の指揮官などにはしない。大事に育てて役立てる事を考えた筈だ、そうは思わないか?」
なるほど、と思った。確かにそれは有るだろう。

「多分、オフレッサーの庇護を得られないと分かって噂を流したんだろう。少しでも自分の立場を強化したい、そう思ったんだろうな。お前さんの事が頭に有ったかもしれん」
「俺の事?」
爺さんが俺を見て頷いた。
「皇帝の寵姫の弟でさえあれだけの影響力が有る、ならば……、そう思ったのさ」

不愉快な話だ、何処に行っても付いて来る。俺が顔を顰めると爺さんが軽く笑った。
「そんな顔をするな、お前さんがグリューネワルト伯爵夫人の弟だって事は事実だ。だからこそ武勲が正しく評価されてもいる。そうだろう?」
「それはそうだが……、面白くは無い」
爺さんがまた笑った。

「爺さんはリューネブルクがどうなると思う?」
「さあな、分からん。だが奴は使っちゃいけない手を使ったんだ、碌な事にはならんだろう。いずれは報いが来るだろうな、報いが来る前に奴がどれだけ大きくなれるか……、それ次第だろうぜ」
使っちゃいけない手か、貴族に縋って准将になった男の事を思い出した。爺さんはリューネブルクの死を予測しているのかもしれない。

「可哀想な奴だ」
「……」
「せめて女房と上手く行っていればな、少しは違うんだろうが……」
「……」
「家の中も、家の外も、気が休まらんのは辛いよな」
そうか、と思った。リューネブルクには安息の地は無いのだ。爺さんが俺を見た。

「お前さんに当たるわけだ」
「俺に?」
「八つ当たりだよ、お前さんに当たっても誰も文句は言わんからな。例えぶちのめされてもお前さんは伯爵夫人に告げ口はせんだろう?」
「……それは、まあ」
俺が答えると爺さんが笑い声を上げた。面白く無かった、俺は八つ当たりの対象か。

一頻り笑った後、爺さんは妙に真面目な表情になった。
「配置転換願いを出した」
「配置転換?」
「ああ、後方に、デスクワークにしてくれと頼んだんだ。少将だからな、もう十分さ」
「……」
この爺さんがデスクワーク? ちょっとイメージが湧かない。それこそ部屋を賭博場にでもしそうな感じの親爺だ。

「次の出征は出ざるを得ないが、その次はもう無いかもな。運が良ければ中将で後方に回れるかもしれない。兵卒上がりでは中将は終着点だが無理をして武勲を上げるつもりはねえ」
「そうか」
俺が答えると爺さんがフッと笑みを漏らした。

「もっとも上層部がどう思うか……。正規の教育を受けてないからな、戦場で使い潰すしか使い道が無い、そう思うかもしれない。そうなればずっと戦場に出る事になるだろう……。そっちの可能性のが高いかもな」
「……」
爺さんはもう戦場に飽きているのかもしれない。それでも戦場に出る事になる……。何と言って良いかのか分からなかった。

「次の戦いじゃお互い三千隻を率いる事になる。頑張れよ、昇進したのは実力だと見せてやれ」
「ああ、そうする」
爺さんは頷くと“じゃあな、俺は帰る”と言って出て行った。


 

 

第三話 臭い




■  帝国暦485年 11月 1日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



「爺さん、俺は出撃するけど爺さんは行かないのか?」
「ああ、行かねえ。この辺で訓練でもしてるよ」
「上から文句言われんじゃねえのか?」
拙い、爺さんの口調がうつってる。出征前に姉上に会った時にも言葉遣いが悪くなったって言われた、気を付けないと……。

「大丈夫だ、訓練してるんだからな。俺は兵卒上がりだから文句は言われねえよ。帝国軍は俺に頼るほど柔じゃねえさ、だろ?」
そう言うと爺さんは片目を瞑ってニヤッと笑った。
「そうか、なら良いけど」
「お前こそ気を付けろ、無理すんじゃねえぞ」
「ああ、分かってる」

「本当に分かってるか? 連中、ヴァンフリートで負けたのに先手を打ってイゼルローン回廊の出口を封鎖しやがった。張り切ってやがるぜ、どうにも嫌な感じだ」
爺さんが顔を顰めた。なるほど、そう言われればそうだな。でも感じ過ぎのような気もする。帝国と反乱軍は三百回も戦っているのだ。こんな事が有ってもおかしくは無い……。
「感じ過ぎじゃないのかな?」
俺の言葉に爺さんはフムと唸った。

「お前、この要塞を落とせるか?」
妙な質問だ、思わずキルヒアイスと視線を交わしたがキルヒアイスも困惑している。
「……どうかな」
どうかな、あまり考えた事は無かったがやりようは有ると思う。だが俺が反乱軍の指揮官ならこのイゼルローン要塞にこだわらずに帝国を攻撃すべきだと考えるだろう。爺さんがまたフムと唸った。

「俺なら要塞攻防戦なんてやらねえ。負ける可能性が滅茶苦茶高いからな。わざわざ好き好んで二連敗する事は無いさ、だろう?」
「……確かにそうだな。爺さん、連中、勝算が有るのかな?」
爺さんが顎に手をやった。

「さあて、俺には分からん。このイゼルローン要塞を落とす方法なんて俺にはさっぱり考えつかんからな。だがな、ミューゼル、負けるのを承知で戦う馬鹿は居ないんじゃねえか?」
「なるほど、確かにそうだな」

つまり勝算が有るという事だ。爺さんの言葉を借りれば反乱軍は張り切っている事になる。キルヒアイスも頷いている。油断は出来ない。
「前回の攻防戦は味方殺しでようやく勝ったんだ。今回だってどうなるか……、イゼルローン要塞は難攻不落なんて浮かれてる奴の気が知れねえよ。だからな、気を付けろよ」
「ああ、そうする」
爺さんがひらひらと手を振って見送ってくれた。

旗艦タンホイザーに向かう途中、キルヒアイスが話しかけてきた。
「妙な方ですね、リュッケルト少将は」
「そうだな」
「あれは何なのでしょう。戦略でも戦術でもありませんが……」
キルヒアイスが首を傾げている。確かに妙だ、何と言えば良いのか……。

「うーん、よく分からないが、……流れ、かな」
「流れ、ですか」
自信が無かったから曖昧に頷いた。キルヒアイスも分かったような分からない様な表情だ。しかし他に適当な表現が有るとも思えない。それとも臭いか? 段々非科学的になって来るな、しかし爺さんの言う事が間違っているとも思えない。

「普通なら武勲を上げるために出撃しそうなものですが……」
「昇進には興味ないみたいだ、後方に下がりたいと言っていた」
「……」
「もう何十年も戦ってきたからな、飽きたのかもしれない。良い思い出よりも嫌な思い出のが多かっただろうし……」
キルヒアイスが頷いた。
「そうですね、……でも、惜しいですね」
「ああ、そうだな」

惜しいと思う。爺さんの用兵家としての力量は決して低くない。俺とキルヒアイスは何度か爺さんとシミュレーションを行った。爺さんの用兵家としての実力を試してみたいと思ったのだ。嫌がるかと思ったが爺さんは“年寄りを苛めるんじゃねえぞ”と笑いながら応じてくれた。五戦ずつしたが俺は全勝、キルヒアイスは四勝一敗だった。

戦績だけ見れば圧倒的に俺達が優位だ。だが実情はちょっと違う、爺さんは嫌になるほどしぶとかった。なかなか崩れないのだ。優勢だが圧倒できない、隙を見せれば逆撃をかけてくる怖さを持っている。実際キルヒアイスの一敗は勝利を確信してほんの少し油断したところを一気に押し返されたものだ。押していただけに自分のミスで押し返されて慌ててしまった、そんな感じだった。

実戦ならもっと手強いだろう。多少不利でも味方の増援が来るまで持ち堪えるはずだ。問題は信頼できる味方が居るか、だな。兵卒上がりだからと言って見殺しにするとは思えないが救援に手を抜く奴はいるかもしれない。爺さん自身、それが分かっているから出撃をしないのではないかと俺は思っている。或いは後方に下がるために戦意不足を装っているのか。どちらも有りそうだ、喰えないジジイだからな。

「妙な爺さんさ。強かで喰えない、でも悪い奴じゃない。リューネブルクなどよりはずっとましだ」
「良いんですか、そんなこと言って。この要塞に居るんですよ」
「構わないさ、リューネブルクだってこっちに好意なんて欠片も持っていないからな」
キルヒアイスが“またそんな事を”と苦笑した。

リューネブルクが今回の出兵に参加している。気になるのはオフレッサーも今回の出兵に参加している事だ。爺さんの話ではあの二人は上手く行っていないらしい。それが一緒に居る……。抑えようというのか、それとも武威を見せつけようというのか……、それとも俺の考え過ぎなのか……。



■  帝国暦485年 12月 1日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



反乱軍の狙いは読めた。本隊を囮として利用しミサイル艇を使っての攻撃か。面白い作戦だ、爺さんの言う通りだ、連中は勝算有りと見てこの要塞に押し寄せたのだ。残念だな、俺がいる限り要塞が落ちることは無い。ミュッケンベルガーに出撃の許可を取りキルヒアイスと旗艦タンホイザーに向かう。後ろから声が聞こえた。

「よう、出撃か、頑張るな」
爺さんだ、俺達に声をかけてくる人間など爺さんくらいしかいない。振り返ると爺さんが近付いて来るところだった。
「俺もこれから出撃だ」
キルヒアイスと顔を見合わせた。爺さんはまだ訓練だけで戦闘はしていない。ようやく出る気になったのか、それとも……。

「上から何か言われたのか?」
「違うよ、どうも嫌な予感がするからな、外に出る事に決めた。中に居るより外の方が安全そうだ。いざとなったら逃げられるからな、足だけは確保しておかねえと」
爺さんが俺達を見てニヤッと笑った。相変わらずだ、とんでもない事を平然と言う。ミュッケンベルガーが聞いたら目を剥くだろう。

「外れじゃ無かったようだ、お前らが出るんならな」
「どういう意味かな?」
「良い事を教えてやる。こういう嫌な予感がする時はな、出来る奴、運の良い奴を見習えって事だ」
「……」

なるほど、と思った。爺さんは反乱軍の狙いを見破ったわけではないらしい。だが何かがおかしいと見て外に出るのだろう。臭いだな、と思った。爺さんは嫌な臭いを嗅いだようだ。可笑しかった、キルヒアイスも可笑しそうな表情をしている。

途中で別れ俺はタンホイザーに爺さんは自分の乗艦エルバーフェルトに向かった。俺はキルヒアイスと一緒だが爺さんは一人だ。爺さんには副官が居ない、なり手が居ないそうだ。兵卒上がりでこの先出世するとも思えない、周囲はそう思って人事局からの打診に辞退しているようだ。爺さんも無理に求めようとはしない。こういう事も爺さんが後方に下がろうとしている一因かもしれない。馬鹿馬鹿しくなったのだろう……。

要塞の外で待機する。反乱軍も帝国軍も要塞主砲トール・ハンマーの射程距離のラインでぎりぎりの駆け引きをしている。反乱軍は帝国軍を引き摺り出そうと、帝国軍は引き摺り込もうと。但し反乱軍の動きは陽動だ、本命のミサイル艦はまだ動いていない。俺は駆け引きには参加せず静かに時を待った。爺さんも動いていない、年寄りは疲れるのは御免だ、そんな事でも考えているのだろう。

暫くの間、反乱軍が動くのを待つ。いい加減焦れて来たころ、そろそろとミサイル艇が動き出した。
「キルヒアイス、来たようだ」
「はい」
念のため全艦に油断するなと命令を出した。もう直ぐ、もう直ぐ反乱軍は動く筈だ……。

五分、……十分、……十五分、……動いた! ミサイル艇が急速接近し要塞めがけてミサイルを放つ! 要塞の外壁が爆発して白い閃光を噴き上げた!
「全艦最大戦速! ミサイル艇を撃破せよ!」
俺の命令とともに艦隊が第二次攻撃をかけようとするミサイル艇に近付く。射程内に入る、そう思った時だった。

「閣下! リュッケルト艦隊が先に」
「何だと?」
オペレーターの声に愕然とした。気が付けば爺さんの艦隊が俺の艦隊の前に出ている。何時の間に? ミサイル艇には俺の方が近かったはずだ。俺よりも先に動いたのか? いや、それよりも何故だ? 爺さんも反乱軍の作戦を見破ったのか? あの時はそんなそぶりは無かった、あれは嘘だったのか? キルヒアイスも愕然としている。

爺さんの艦隊がミサイル艇の側面を攻撃した。防御の弱いミサイル艇はあっという間に爆発していく。艦内のミサイルも誘爆したのだろう、凄まじい火球が両軍の間に出現した、一方的な攻撃だ。爺さんから通信が入ったとオペレーターが報告してきた。正面のスクリーンに爺さんの顔が映った。

『悪いな、ミューゼル少将。獲物は先に頂いた』
「……」
『この先だが並んでは攻撃出来んな』
「ああ、そうだな」
そして爺さんの方が敵に近い。負けた、そう思った。俺だけかと思ったが爺さんも反乱軍の作戦を見破ったのだ。俺と同じ事を考えている。

『お前さんが行け』
「何?」
『俺はここまでだ。この先はお前さんが行け』
「俺に譲るというのか?」
『元々お前さんの獲物だ。元の持ち主に返すだけさ、急げよ』
爺さんはウインクすると通信を切った。

爺さんの艦隊が速度を落としている、冗談ではないようだ。譲られたのは不本意だが反乱軍を撃破する機会を失うわけにはいかない。速度を維持したまま天底方面から反乱軍本隊を攻撃した。
「反乱軍、混乱しています!」

オペレーターの報告に歓声が上がった。反乱軍は効果的な反撃が出来ないのだ。俺を包囲しようと艦隊を動かせば要塞主砲トール・ハンマーの射程距離内に踏み込んでしまう、それを避けるには縦長の陣形で俺と戦わなければならない……。俺の戦力は二千二百隻、反乱軍の戦力は十倍は有るだろう。だが要塞主砲の存在が反乱軍に無理な陣形を強いている……。

少数の兵力でも十分に戦う事が出来る。爺さんはそれも分かっていた、“この先だが並んでは攻撃出来ん”。今心配なのは反乱軍よりも帝国軍だ。反乱軍は無防備な側面を晒している。この側面を突こうと要塞から艦隊が出撃してくるかもしれない、しかしそうなれば反乱軍は予備を投入して混戦状態を作り出すだろう、そして正面の反乱軍は俺を包囲殲滅しようとするはずだ。

三十分ほどの間俺が優位に戦闘を進めていると帝国軍が要塞から出撃してきた。やれやれだ、ミュッケンベルガーは戦争は下手だな、爺さんの方が余程上手い。そう考えているとその爺さんから通信が入った。
『残念だな、ミューゼル少将』
「ああ、ここまでのようだ」
爺さんが頷いた。

『まあ世の中こんなもんだ、そうそう上手くはいかん。混戦状態になったら撤退しろ、飲み込まれる事はねえぞ、援護する』
「分かった」
キルヒアイスが反乱軍が予備を動かしていると報せてくれた。やれやれだ、ミュッケンベルガーは自らの判断で混戦状態を作り出そうとしている。いずれ自分のした事を呪うだろう。第六次イゼルローン要塞攻防戦は第五次イゼルローン要塞攻防戦と同じ展開になりつつある。どうやって収拾するつもりなのか……。


俺の艦隊が撤退した後、戦場は予想通り収拾のつかない混戦状態になっていた。俺と爺さんは巻き込まれないようにしながら遠距離砲撃をするだけだ。殆ど意味は無いだろう、戦闘に参加というより観戦に近い。爺さんとの通信は維持したままだ。思い切って気になっている事を訊いてみた。

「爺さん、爺さんは何時反乱軍の作戦を見破ったんだ?」
『ふむ、正確には俺は反乱軍の作戦を見破った訳じゃねえんだな』
えっ、と思った。スクリーンに映る爺さんは困ったような表情をしていた。どういう事だ? キルヒアイスも訝しげな表情をしている。

『俺はな、お前さんを見ていたんだよ、ミューゼル少将』
「俺?」
爺さんが頷いた。一体爺さんは何を言っているんだ? 俺を見ていた? 訳が分からない、キルヒアイスも困惑している。そんな俺達を見て爺さんが笑い声を上げた。

『他の連中が一生懸命反乱軍を挑発している時、お前さんは全く動きを見せなかった。ボンクラ指揮官ならともかくお前さんがだぜ、有り得ねえ話だ。どう見てもあれは獲物を待ち伏せするトラかライオンの姿だぜ。何かを待っている、そう思ったよ』
「……」

『だから俺も待った。お前さんが何を待っているのか見極めようとしたんだ。そうしたら反乱軍のミサイル艇が妙な動きをするじゃねえか、ピンと来たな、お前さんの狙いはこれだって。つまりお前さんはミサイル艇が攻撃を仕掛けてくる、そう見ているんだって分かったのさ』
「爺さん、あんた……」
爺さんがまた笑い声を上げた。

『そこで初めて反乱軍の狙いが見えたんだ、お前さんの作戦もな。後は競争だ、そしてほんの少しだが俺の方が早かったって事だ。狡いなんて言うなよ、武勲は横取りしていねえ、獲物を先に獲っただけだ』
「……」

信じられない、爺さんは反乱軍じゃなく味方である俺の動きを見ていたのか……。そこから反乱軍の作戦を読んだ……。こんな戦い方が有るなど幼年学校では教わらなかった、実戦でも見た事も無ければ聞いた事も無い。キルヒアイスも呆然としている。臭いだと思った。爺さんは戦場で臭いを嗅いでいる、獲物が何処にいるか臭いを嗅いでいたんだ。

「途中で俺に譲ったのは何故だ? 俺に悪いと思ったのか」
爺さんが苦笑を浮かべた。
『違うよ、戦闘ならば俺よりお前さんの方が上手いと思ったからだ。俺じゃ反乱軍を持てあましちまうがお前さんなら叩き潰せる、そうだろう?』
「……まあ、そうかな」
爺さんが笑った。喰えないジジイだと思った。敵にしたら厄介だし味方にしても油断出来ない、全くもって喰えないジジイだ。




 

 

第四話 真相


■  帝国暦485年 12月 10日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



ミュッケンベルガーが俺の作戦案を受け入れてくれた。但し、反乱軍の後方を遮断する役を俺自らが行うならという条件付きだった。爺さんが俺も手伝うか、と言ってくれたがこの役目は小部隊の方が良い、爺さんも加わっては兵力が大きすぎるだろう、その事を説明して遠慮して貰った。そして出撃前の一時、俺とキルヒアイスと爺さんはイゼルローン要塞に有る談話室で話しをしている……。

「爺さん、リューネブルクの事なんだが、オーディンでも色々と有ったようだ。ここで死んだのは奴にとって救いだったのかもしれない」
俺は爺さんにケスラーから聞いた話、リューネブルクの妻が実兄ハルテンブルク伯爵を殺した事、理由はハルテンベルク伯爵が婚約者のカール・マチアスを謀殺した事が原因だと話した、死に瀕したグリンメルスハウゼン子爵がリューネブルクの妻に真相を教えてケリを付けさせた事も。爺さんは黙って俺の話しを聞いていたが話しが終わると大きく息を吐いた。

「喰えないジジイだな、とんだ食わせ者だぜ、あのクソジジイ」
「?」
「グリンメルスハウゼン子爵の事さ、あのクソジジイ、虫も殺さねえ顔で全部仕組みやがった!」
爺さんが吐き捨てた。顔が歪んでいる、口調から察すれば嫌悪だろう。
「仕組んだ?」
俺が問い掛けると爺さんが頷いた。

「考えてもみろ、おかしな話じゃねえか。なんでわざわざグリンメルスハウゼン子爵はリューネブルクの女房にそんな事を教えるんだ? その女が事実を知ればトラブルになるのは目に見えてるだろう。何だってそんな事をする、親切だとでも思うのか?」
「……いや、それは、彼女にケリを付けさせたとケスラーが……」
爺さんが首を横に振った。

「騙されるんじゃねえ。貴族が一番不名誉に思うのはな、面目を失う事じゃねえ、家を潰される事だ。サイオキシン麻薬に殺人、それに隠蔽工作、こんなのが表に出て見ろ、ハルテンベルク伯爵家もフォルゲン伯爵家も家を潰しかねねえぞ。あのジジイも貴族だ、それが分からなかったはずがねえ、野郎、何を企んだ?」
思わずキルヒアイスと顔を見合わせた。爺さんは腕を組んで宙を睨んでいる。

「奴の狙いは何だ? ハルテンベルク伯爵の命か? 伯爵は死んでいる、だが死なねえ可能性も有った、結果として死んだだけだ。となると違うな、女が騒ぐ事でハルテンベルク、フォルゲンを潰す事が狙いか。しかし何故潰す? あのジジイに何の利益が有る? いや待て、ジジイは死にかけている、となると自分の利益のためじゃねえな」
爺さんが首を捻った。

「報復か? 死ぬ前に恨みを晴らした? しかしな、あのジジイとハルテンベルク、フォルゲンとの間に揉め事が有ったとは聞いた事がねえ。となると……、私利私欲、私怨じゃねえのか、これは」
爺さんが唸り声を上げた。俺もキルヒアイスも爺さんの思考を追って行くだけだ。確かに、爺さんの言う通りかもしれない……。

「誰があのジジイを動かした? 誰のためにあのジジイは動いた? 考えられるのは……、一人だな、あれか、あいつが動かしたのか……、なるほどな、あいつなら潰すだろう、何の遠慮も無くな」
爺さんがウンウンと頷いた。
「誰だ? 爺さん」
俺の問い掛けに爺さんは腕組みを解いて俺を見た。眼が据わっている。余程の相手だろう、俺は爺さんのこんな目は見た事が無い。

「銀河帝国皇帝フリードリヒ四世陛下だ」
「!」
あの皇帝が命令した? まさか……。
「あのクソジジイがそこまで忠誠を尽くす相手はこの帝国に陛下しかいねえだろうが。その事件の内容も陛下がクソジジイに教えたんだろうぜ、そう考えれば納得がいく」
「まさか……」
俺が呟くと爺さんが首を横に振った。

「多分、皇帝の闇の左手が動いたな」
「闇の左手? 爺さん、本当に有るのか、それ?」
名前だけは聞くが何処にも実体が無い幻の組織だ。何か事が起きると噂だけに現れる皇帝直属の秘密組織……。俺は妄想の産物じゃないかと思っていたが違うのだろうか……。

「俺も半信半疑だが有るんだろうな。ハルテンベルク伯爵は内務省の実力者だ、内務省に伯爵を調べさせる事は出来ねえだろう、調べさせればどっかで伯爵に漏れたはずだ。となれば闇の左手が動いたんじゃねえかと思う。案外、クソジジイもその一人かもしれねえな」
「グリンメルスハウゼン子爵が?」
思わず、叫んでいた。キルヒアイスも呆然としている。

「ボケ老人のフリをして犬みてえに周囲の秘密を嗅ぎ回っていたんだろうぜ、あのクソジジイを警戒する様な奴はいねえだろうからな。一体どれだけの秘密を探り出した事か……。今回も善人面してリューネブルクの女房を利用しやがった、クズが!」
「……」
爺さんが俺とキルヒアイスを見た。そしてフッと笑った。

「信じられねえか? だがな、これであの女は兄を殺した大罪人、家を潰した馬鹿女、サイオキシン麻薬の密売人を愛したクズ女と蔑まれる事になる。これが無ければハルテンベルク伯は内務尚書、場合によっちゃ国務尚書にもなれたかもしれねえんだぞ。これでもあのクソジジイが親切心からケリを付けさせたと言えるか?」
「……」
答えられなかった。

「嫌な野郎だよ、使い捨ての紙コップみてえにあの女を利用してクシャクシャにして捨てたんだ、善人面してな。反吐が出るぜ!」
爺さんが顔を歪めて吐き捨てた。俺は未だ信じられずにいる、しかし否定は出来ない。なによりケスラーが持ってきたあの文書、あれは一老人に出来る事だろうか……。

「だが分からねえ、何故潰す必要が有るんだ? ハルテンベルク、フォルゲンは何をやった? ……分からねえ、さっぱりだ。小僧、お前の言う通りだ、リューネブルクは良い時に死んだ。奴が生きていてもこの先は地獄だろう、女房は兄殺しだ、誰からも相手にされねえ、奴は全てを失った。……待てよ、リューネブルク? ……リューネブルクか! 狙いは奴か!」
爺さんが叫ぶと勢いよく立ち上がった、また宙を睨んでいる。“そうか、そうだったのか”と爺さんが呟いた。そして大きく息を吐くとドスンと音を立てて椅子に座った。

「どういう事なのでしょうか、リュッケルト少将」
キルヒアイスが問い掛けると爺さんが左手で頬の傷跡を強く撫でた。
「俺達は間違っていたのかもしれねえよ。リューネブルクには後ろ盾が有ったんだ。いや、俺達だけじゃねえ、リューネブルクもそれに気付いていなかった。だから今回の様な事になったのか……」
疲れた様な声だ、爺さんの傷跡を撫でる仕草は終わらない。予想外の事が有った時の癖なのだろうか? 話の内容にも興味が有ったがそっちの方にも興味が湧いた。

「後ろ盾ってハルテンベルク伯爵の事か?」
「ああ、伯爵は内務省の実力者だ。警察の……、えーっと、何だった?」
爺さんが俺とキルヒアイスを交互に見た。
「警察総局次長です、次期警視総監の最有力候補、いずれは内務尚書になるだろうと言われていました。ハルテンベルク伯爵はまだ若いですから長く務めるのではと……」
爺さんがキルヒアイスの答えに“それだ、それ”と頷いた。

「しかし将来はともかく今は内務省の一官僚でしかない、それが後ろ盾になるのかな?」
「……リューネブルクが大将に昇進するまで何年かかると思う?」
ボソッとした口調だった。また妙な事を言う、キルヒアイスと俺は顔を見合わせた。
「分からないな、戦争は毎年二回有るが地上戦は……」
俺が口籠るとキルヒアイスも頷いた。

「よし、じゃあ仮に六年かかったとしよう。その時、ハルテンベルク伯爵はどうなっている?」
爺さんが俺達の顔を覗き込んだ。
「警視総監にはなっているだろうな。もしかすると内務尚書になっているかもしれない……、そうか、そういう事か、爺さん……」
愕然とした、俺だけじゃない、キルヒアイスも愕然としている。爺さんは傷跡を撫でるのを止めていた。

「俺はリューネブルクはこれから下り坂に入ると思っていた、三十五歳だからな。リューネブルクも大分焦っていたからそう思っていたんだと思う。お前もそう思ったんじゃないか?」
「ああ、そう思っていた」

「見誤ったぜ、ハルテンベルク伯爵はこれからが登り坂なんだ。内務尚書だぞ、内務尚書。省の中の省、内務省の親玉だ。あそこは警察、地方行政を握っている。治安維持局もだ。そんな奴を簡単に敵に回せるか?」
「……いや、それは難しいと思う」
俺が答えると爺さんが頷いた。

「オフレッサーは気付いていたな。奴はリューネブルクを嫌ったんじゃない、リューネブルクを恐れていたんだ。いずれは自分にとって代わろうとするってな」
「……」
「六年後には帝国軍大将と内務尚書だ。そしてオフレッサーも老い始めている。ハルテンベルク伯が軍務尚書に義弟を装甲擲弾兵総監にと申し入れたらどうなる? 断ると思うか?」

爺さんの質問に俺は首を横に振った。オフレッサーは必ずしも周囲から好まれてはいない、指揮官としては二流以下、ただ人を殴り殺す事で出世してきたのだ、その血生臭さを好きになる奴等居ないだろう。軍務尚書がそんな奴を庇って内務尚書を敵に回すとは思えない。俺がその事を爺さんに言うと爺さんも“俺もそう思う”と言って頷いた。

「リューネブルクを好んでいた奴が居るとは思えねえ。だが奴を潰す事は出来なかった。妙な真似をすればいずれは内務尚書になったハルテンベルク伯から報復を受ける恐れが有った。不愉快でも見守るしかなかったんだ。精々出来る事は武勲を上げる場を与えない事、そのくらいだろう。奴がグリンメルスハウゼン艦隊に配属された訳さ」
「……」

「小細工をする必要は無かったんだ。それをあの馬鹿、自分は御落胤だなどと詰らねえ噂を流しちまった……」
「それが陛下を怒らせたと?」
爺さんが頷いた。そして俺達に顔を寄せ小声で囁いた。

「陛下も俺達と同じ事を考えたんじゃねえのか、六年後をな。いやもしかすると自分の死後の事を考えたかもしれねえ。その時、御落胤の噂が生きていたらどうなるかってな」
爺さんが俺を見詰めていた。暗い眼だ、爺さんの目に映る六年後、フリードリヒ四世の死後が俺にも想像出来た。

「爺さんはリューネブルクが皇位継承に絡んでくるというのか……、しかし、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯がそれを許すとは……」
「ハルテンベルク伯は内務尚書だぞ、連中の弱みの一つや二つ探りだせないと思うのか?」
「……確かにそうですが、……リューネブルク少将が皇位継承なんて本当に陛下は御考えになったのでしょうか?」
キルヒアイスが爺さんに問い掛けた、俺も同感だ。気が付けば俺達も小声で囁いていた。

「奴が皇位に就く事が可能かどうかは俺にも分からねえ。だがな、皇帝陛下は帝国がそれで混乱するんじゃねえかと怖れたんじゃねえかと思う。後継者が決まっていない時にそんな噂を流した事を怒ったのかもしれねえ。どちらにしろリューネブルクの奴を危険だと判断した。だからリューネブルクの後ろ盾、ハルテンベルク伯を潰す事に決めたんだ。浮上出来ねえようにな」
「……」

「リューネブルク少将を潰すのではなく、ですか?」
「下手にリューネブルクを潰すと御落胤の噂に真実味が出かねない、奴本人よりもハルテンベルク伯を潰す方が変な疑いを抱かせない、そう思ったんじゃないのか?」
キルヒアイスと爺さんの遣り取りになるほどと思った。

「御落胤の噂が流れたのが六月頃だ。その頃から闇の左手はハルテンベルク伯の弱みを探し続けたのだろう。そしてどの時期かは分からないが秘密を探り当てた。この時期に仕掛けたのはリューネブルクがオーディンに居ない方が、奴が戦場に居た方が都合が良いと思ったからだろうぜ」
「……」

「狙い通りさ、後ろ盾を失ったリューネブルクはあっという間に戦場で切り捨てられた。見事過ぎて溜息しか出ねえよ」
「確かに……」
リューネブルクは使っちゃいけない手を使った、その報いを受けた。爺さんはどれだけ大きくなるかで報いが変わると言っていたが大きくなる前に潰された、いや皇帝は大きくなる事を許さなかった……。少しの間、沈黙が部屋を支配した。

爺さんが太い息を吐いた。
「ミューゼル少将、そろそろ時間だ、行った方が良い」
「ああ」
席を立った俺とキルヒアイスに爺さんが“待て”と声をかけた。

「余計な事は考えるな、先ずは勝つ事、でかくなる事を考えるんだ。他の事はでかくなってから考えればいい。詰らねえ小細工はするんじゃねえぞ。お前らも敵は多いんだ、お前らが潰される時は伯爵夫人も潰されると思え」
爺さんの言う通りだ、しっかりと頷いた。

「分かった、気を付けるよ、爺さん。いやリュッケルト少将」
「上手くやれよ、期待してるぜ」
「ああ」
爺さんが立ち上がった。姿勢を正す、俺とキルヒアイスも正した。

「幸運を祈る、ミューゼル少将」
「感謝する、リュッケルト少将」
お互いに礼を交わした。爺さんが何処まで俺達の想いに気付いているのかは知らない。全部知っているような気もするし何も知らないような気もする。

だが爺さんの言う通りだ、先ずは大きくなる。そのためにもこの作戦、失敗は出来ない。
「行こう、キルヒアイス」
「はい、ラインハルト様」
俺達は必ず勝つ!

 

 

第五話 誓い




■  帝国暦486年 2月 3日  ティアマト 総旗艦ヴィルヘルミナ  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「ミューゼル中将、卿の思うところは如何に?」
宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥が俺に問いかけると作戦会議の参加者達の視線が俺に刺さった。そのほとんどが敵意と嘲笑に溢れたものだ。皆、俺の存在を快くは思っていない。

茶番だな、と思った。大体俺の意見を聞くくらいなら、それだけ重視しているなら今回の戦いで俺を後方に置いたりはしない筈だ。何を考えているのかは分からんがまともに答えるのは控えた方が良いだろう。
「意見と申されましても、特に有りません。元帥閣下の御遠謀は私ごとき弱輩者の考え及ぶところではございません」

俺が精一杯礼節を守って答えるとミュッケンベルガーは満足そうに頷いた。そして会議の参集者を見渡す。
「では、他に意見も無い様だし戦勝の前祝いとしてシャンペンをあけ、陛下の栄光と帝国の隆盛を卿らとともに祈る事としよう」
勝つための努力が祈る事か……。

ミュッケンベルガーの言葉に拍手と歓声が上がった。シャンペンが用意され皆がグラスを高く掲げる。
「皇帝陛下のために……」
ミュッケンベルガーが重々しく宣言すると皆が和した。
「皇帝陛下のために……」
やはり茶番だ……。

旗艦タンホイザーに戻ろうとキルヒアイスと総旗艦ヴィルヘルミナの廊下を歩いていると前を歩く爺さんの姿が見えた。此処で爺さんと呼びかけるのは拙いな。
「リュッケルト中将」
俺が名を呼ぶと爺さんが足を止めて俺を見た。

「なんだ、お前らか。相変わらず二人だけか」
「俺とキルヒアイスに声をかけて来る奴なんていないよ、爺さんを除けばな。爺さんも一人じゃないか」
俺が言い返すと爺さんがニヤッと笑った。
「話しの合わない連中とつるんでもしょうがねえだろう、違うか?」
キルヒアイスと顔を見合わせ、苦笑した。爺さんは相変わらずだ。

「爺さんも俺達も嫌われているらしいな、一緒に後方で待機組だ」
「一緒にするな、俺はお前らほど嫌われちゃいねえよ。ただ相手にされてねえだけだ」
思わず噴き出してしまった。キルヒアイスも咳こんでいる。爺さんは“笑うな。こいつはえらい違いだぜ”と言ったが爺さん自身が笑っていた。

「どっちが酷いのか判断が付け辛いな」
「そうかな?」
「そうだとも」
「どっちもどっちか。まあお前は後ろに回されて不満かもしれねえが訳も分からずに突っ込めと言われるよりは遥かにましだろう」

キルヒアイスと顔を見合わせた。爺さんは妙に鋭い、勘が働く。
「それはそうだけど……、爺さんは何か気がかりな事でも有るのかな?」
「ふむ、……上は大分お前の事を気にしてるぞ、わざわざ最後にお前に質問したからな。普通なら有り得ん事だ」
「……」
爺さんもあれはおかしいと思ったようだ。

「イゼルローンではちと、目立ち過ぎたな。メルカッツ提督ほどではないがミュッケンベルガー元帥に目障りな奴と思われたのかもしれん」
「しかし、あのままでは損害が大きくなるだけだった」
俺が抗議すると爺さんも頷いた。

「その通りだがな、だからこそ面白くない、そう思った可能性は有るさ。お前みたいな小僧に助けられて元帥が有難がると思うか?」
「……」
それは分からないでもないが、小僧は無いだろう。

「元帥閣下はかなり焦っている様だ。前に話したことを覚えているだろう、どうやら図星の様だぜ」
「……」
前に話した事か……、爺さんの言う通りかもしれない……。思わずキルヒアイスと顔を見合わせた。

前回の第六次イゼルローン要塞攻防戦の武勲により俺と爺さんは中将に昇進した。俺は一万隻の艦隊を率いる事になり満足しているが爺さんにとっては聊か不本意な昇進になったと言って良い。先ず後方への配置転換願いは却下された。そして爺さんの率いる艦隊は五千隻、俺の半分でしかない。正規の軍事教育を受けていない所為で兵力を少なくされたのだ。

だがそれ以上に爺さんにとっては不本意な事が有る。爺さんの艦隊はミュッケンベルガーの直属部隊という事になった。分艦隊司令官では無い、俺のように独立した艦隊司令官でもない、丁度その中間の存在だ。極めて不自然な存在だ、理由としては独立した艦隊司令官として扱うには不安が有るからとなっている。ここでも兵卒上がりだという事を理由にされた。能力を信用できないという事らしい。

馬鹿げている、爺さんの実力は確かなものだ。その事はイゼルローン要塞攻防戦で分かったはずだ。少なくとも訳の分からない混戦状態を作り出したミュッケンベルガーよりもずっと上だろう。それなのに能力を信用できない等、一体何を考えているのか……。

もっとも爺さんの見方はちょっと違う。爺さんは能力云々は建前で内実はミュッケンベルガーの意志が強く働いていると見ている。前回のイゼルローン、前々回のヴァンフリート、いずれもミュッケンベルガーにとっては勝ったとはいえ不本意な結果だった。ミュッケンベルガーの司令長官としての力量に疑問符を持つ人間も多いだろうというのだ。

“ミューゼル、イゼルローンでお前さんがやった反乱軍の後方に出る作戦だが本当ならミュッケンベルガー元帥はお前さんに許可を出すんじゃなくて自分の息のかかった部下に遣らせたかったのかもしれねえよ。自分が混戦状態を打破した、そういう形にしたかったのさ。そうすれば誰も元帥の力量に不満は持たねえ”
“じゃあ爺さん、何故元帥はそれを遣らなかったんだ?”

“遣らなかったんじゃなくて出来なかったとは考えられねえか? あの作戦は危険が大きかった。反乱軍に叩き潰されるかもしれねえしトール・ハンマーの巻き添えを喰うかもしれねえ、死ぬ確率は高かった。お前さんは出来たが他の奴なら出来たかどうか……、俺なら御免だな”
“ミュッケンベルガー元帥は自分の部下に命じる事が出来なかった、そういう事か……”

“その通りだ。或いは遣らせようとして部下に無理だと反対された可能性も有る。だからミュッケンベルガー元帥は俺を直属にしたのさ。無茶な命令で潰しても惜しくねえ俺をな。おまけに潰してもどっからも苦情は出ねえ、おあつらえ向きだよ”
“……”

“まあ考えすぎかもしれねえよ。しかしミュッケンベルガー元帥の立場は盤石とは言えねえ事は事実だ。メルカッツ提督の方が司令長官には相応しいなんて声も出てるし焦っているとも考えられる。無茶をしなけりゃ良いんだが……、首筋の寒い話だぜ”

俺もキルヒアイスも爺さんの考えを否定する事は出来なかった。イゼルローンではメルカッツ大将も参戦していた。俺の後方攪乱が上手く行ったのもメルカッツ大将が反乱軍を上手くあしらってくれた事が一因としてある、本来なら昇進してもいい。しかし、大将のまま据え置かれている。ミュッケンベルガーが故意に彼の働きを過小評価した可能性は否定できない。

そして今回の一件、やはり爺さんの考えが当たっているのかもしれない。ミュッケンベルガーは自分の地位を守るのに汲汲としているように見える……。
「俺に武勲を立てさせたくないと思っているという事か……」
「まあそこまで露骨ではないかもな。ちょっとぐらい武勲を上げたからといって良い気になるな、お前なんかいなくても勝てる、黙って後ろで見ていろ、そんなところかもしれん」

馬鹿げている、そう思った。俺と爺さんの戦力だけで一万五千隻になる。それを遊兵化させるとは……。
「そんな不満そうな顔をするな。見方を変えれば俺達は予備だ、出番は有るかもしれんさ」
「まあそうだけど、上に使う気が無いんじゃ……」

俺が呟くと爺さんが苦笑を漏らした。
「始まる前から悲観してどうする、嘆くのは終わってからでいい。使う気は無かったが使わずに負けるよりはまし、予備を使うってのは大体がそういうもんだろう」
「まあ」
爺さんの言う通りだな。負けるよりはましか……。慰めかな、あるいはミュッケンベルガーが苦戦すると見ているのか、確かに未だ戦闘は始まっていない、くよくよするのは早いか……。



■  帝国暦486年 2月 3日  ティアマト 旗艦タンホイザー  ラインハルト・フォン・ミューゼル



目の前のスクリーンには帝国軍が混乱する様子が映っていた。反乱軍の一部隊が戦場を無秩序に動いて帝国軍を攻撃しているのだ。そして帝国軍はそれに対応できずに徒に混乱している……。馬鹿げている、後退して反乱軍の疲労を待てばよいのだ。

多分、退けないのだ。俺を後ろに置いた所為でミュッケンベルガーは部隊を下げる事が出来ずにいる。ミュッケンベルガーの弱点だな、勝ちに徹すればよいのに何処かで他人の目を気にしている。その事が彼の用兵に冷徹さを欠かせている……。

哀れだな、そう思った。前線で混乱している連中の中には後退したがっている者もいるはずだ。“訳も分からずに突っ込めと言われるよりは遥かにましだろう” 全くだ、爺さん、あんたの言う通りだよ。俺達は後方に置かれて幸いだ。どうやら最終局面は俺と爺さんが反乱軍を攻撃して逆転勝利という事になるだろう。

逆だったな、ミュッケンベルガーは俺と爺さんを前線に出し自分達の部隊を後方に温存した方が良かった。そうなれば多分最終局面では俺と爺さんをミュッケンベルガーが救う形になっただろう。周囲の人間も流石は司令長官と感嘆したかもしれない。

「敵が接近してきます。対処しないのですか、司令官」
参謀長のノルデン少将だった。この男がまるで頼りにならない、軍事的にも人間的にもだ。参謀としては無能、おまけにこちらに敵意を持ち隠そうとしない。何でこんな馬鹿が参謀長なのか……。まじまじとノルデンを見ているとキルヒアイスが話しかけてきた。

「閣下、今少し艦列を前方に出して応戦いたしますか?」
「……いや、まだ早い。さらに後退せよ。キルヒアイス少佐、焦る必要は無い。今一歩で敵の攻勢は限界に達する。攻勢をかけるのはその瞬間だ」
「はい、閣下。出過ぎた事を申しました」

済まないな、キルヒアイス。俺がこの馬鹿を怒鳴り付けないように気を遣ってくれる。それにしてもこの馬鹿、反乱軍の動きに気を取られてキルヒアイスの気遣いをまるで分っていない。スクリーンを怯えた様な表情で見ている。味方が欲しいな、俺を助けてくれる参謀、そして実戦指揮官……。爺さんの艦隊を見た、艦隊は無理せずに後退している。爺さんはミュッケンベルガーの指揮の拙さに呆れているだろう。

爺さんは俺に協力してくれるだろうか? 戦場には飽きた様な事を言っていた。だがあれは報われないからではないだろうか、俺なら爺さんを差別したりしない。士官学校を卒業したからといって実戦で役に立つとは限らない。軍事教育など受けなくても用兵上手は居るのだ。爺さんと目の前の参謀長を見ればそれが良く分かる。

「何をしているのか、一体!」
スクリーンに映る惨状に思わず叫び声が出た。馬鹿げている、何時まで反乱軍のあの馬鹿げた艦隊運動に付き合っているのだ! 帝国軍はまるで野獣に追い回される臆病な家畜のような醜態をさらしている。だが反乱軍のあの無秩序な運動もそろそろ終幕の筈だ。

「キルヒアイス、攻撃は短距離砲戦で行おうと思う」
「その方が宜しいかと思います」
「全艦隊に準備を命じてくれ」
俺とキルヒアイスが話をしているとノルデンが落ち着きを欠いた声で割り込んできた。

「司令官閣下、もはや大勢は決したように思われます。損害を被らぬうちに退却なさるべきでしょう」
馬鹿か! お前は! 今まで何を聞いていた。大体無傷の予備が一万五千隻も有るのだ、その意味が分かっていないのか?
「敵の攻勢は終末点に近付いている。無限の運動など有り得ぬ。終末点に達したその瞬間に敵中枢に火力を集中すれば一撃で潰え去る。何故逃げねばならぬ」

「それは机上の御思案、そのような物に囚われずに後退なさい」
「黙れ! 臆病者が! 味方の敗北を口にするすら許し難くあるのに司令官の指揮権にまで口をはさむか!」
俺がノルデンを怒鳴り付けるとキルヒアイスが“反乱軍の動きが止まりました”と声を上げた。準備は出来ているというようにキルヒアイスが俺に頷く。

「全艦に命令、主砲斉射三連! 撃て!」
俺が命じた時、爺さんの艦隊が主砲斉射を行うのが見えた。また先を越された! この馬鹿参謀長の所為だ、やはり味方が必要だ、俺を助けてくれる有能な味方が……。呆けたように戦場を見ているノルデンを睨み据えながら思った……。



■  帝国暦486年 3月 18日  オーディン  ジークフリード・キルヒアイス



第三次ティアマト会戦の功績によりラインハルト様は大将に昇進した。そして驚いたことにリュッケルト中将も大将に昇進した。オーディンでは皆が驚いている。兵卒上がりの将官が大将に昇進するのは初めての事だ。もっとも武勲はそれに相応しいものだ、第三次ティアマト会戦はリュッケルト大将とラインハルト様の主砲斉射で勝つ事が出来たのだから。

“軍上層部もようやく爺さんの実力に気付いたらしい”、ラインハルト様はリュッケルト大将の昇進を自分が昇進した事以上に喜んだ。リュッケルト大将に直接御祝いの言葉を言いたいと大将の自宅を訪ねたのだが……。
「驚いたか?」
「ああ、ちょっと」
ラインハルト様の答えに同感だ、私も驚いた。応接室に通されたが未だに驚きが醒めない。娘のような奥さんと孫のような娘さんが迎えてくれたのだ。

「女房とは十年前に出会って結婚した。俺が五十で相手は二十六の時だ。俺は初婚だが女房は一度結婚していてな、戦争未亡人だった」
「そうか」
「娘は未だ八歳だ。おかげで俺の家は親子というより爺と娘と孫の三世代家族みたいになっちまってる」
「なるほど」

リュッケルト大将が”困ったもんだよな”と言って片目を瞑った。
「だから後方に移りたいと?」
「まあそんなところだ、あいつらを置いて死にたくないと思ったのさ」
「でも今回の昇進を見れば上層部は爺さんの実力を認めたんじゃないかな」

ラインハルト様の言葉にリュッケルト大将が“フム”と声を出した。
「そうじゃねえな、上の連中は俺の実力を認めたわけじゃねえ。他に狙いが有る、俺はそう思っている」
「他に狙い?」
「お前も大将に昇進した、だから気付いていないようだな」

ラインハルト様が困惑した様な表情で私を見た。私にもよく分からない、一体何が有るのだろう。
「この前の戦いではほんの少しだが俺の攻撃が早かった。だが俺の艦隊は兵力が少ない、勝敗を決めたのはお前の艦隊の一撃だ。あれで勝負は決まった、俺の見るところ武勲第一位はお前だろう」

ラインハルト様がまた困ったような表情を見せた。あの戦いはラインハルト様にとっては不本意な戦いだった。ノルデン少将との遣り取りでほんの少し攻撃が遅れた、そういう思いが有る。
「否定できるか?」
「……まあそうかもしれない」

「上はそれを認めたくないのさ。だから俺を大将に昇進させたんだと思っている」
「閣下、それはどういう意味でしょう?」
私が問い掛けるとリュッケルト大将がラインハルト様と私を見て”分からねえか”と呟いた。

「いいか、同じ大将昇進でも俺とミューゼルじゃ意味が違うんだ。本来なら俺は昇進できない筈だ、兵卒上がりだからな。それが昇進した、つまり上の連中は武勲第一位はお前じゃなく俺だって言ってるのさ。それもかなり差が有ると言っている。俺の力で帝国軍は勝ったと言ってるんだ」

ラインハルト様の表情が強張った。
「ミュッケンベルガー元帥は自分の直属部隊が武勲を上げた事にしたかった、俺の武勲を小さいものにしたかった、そういう事か……」
「そういう事だ。ほんの少し俺の攻撃が早かったからな、お前は俺に続いただけ、大した事は無い、そういう事にしたいんだろう」
「……」

「おそらく、皆が俺の噂をするはずだ。お前の事は殆ど話題にもならんだろうな。”ミューゼル? そう言えば昇進してたな”、そんな感じだ」
「姑息な!」
ラインハルト様が吐き捨てた。身体が小刻みに震えている。そんなラインハルト様をみてリュッケルト大将が首を横に振った。

「怒ってる場合じゃねえぞ、ミューゼル。そんな暇はねえ」
「どういう意味だ?」
「今回の昇進の一件、ミュッケンベルガーだけじゃねえ、エーレンベルク軍務尚書も絡んでいる。或いはシュタインホフ統帥本部総長も絡んでいるかもしれん」

ラインハルト様と顔を見合わせた。確かにそうだ、人事は軍務尚書の管轄、リュッケルト大将を昇進させるにはエーレンベルク元帥の同意が要る。武勲を上げたからでは無くラインハルト様を抑えるために昇進させようとミュッケンベルガー元帥は持ちかけたのかもしれない。

「今回の勝利でお前は目障りな存在だと思われているんだ、もっと露骨に言えば自分達の地位を脅かす危険な存在だと思われている。メルカッツ大将を見れば分かるだろう?」
「……ああ」
「こんなのは序の口だぜ。これからは露骨にお前を潰しに来るだろう。それに負ければお前はお終いだ」
「……」
ラインハルト様が強く唇をかんだ。

「味方を作れ、お前を助ける有能な味方を」
リュッケルト大将の言葉にラインハルト様が大将に視線を向けた。でも大将は首を横に振った。味方にはならない?
「馬鹿、俺じゃねえ、もっと他の奴だ。士官学校、幼年学校出の出来る奴。そいつをお前の味方にするんだ。そうなれば周囲のお前を見る目も変わってくるはずだ」
「俺を見る目……」

ラインハルト様が呟くとリュッケルト大将が頷いた。
「そうだ、あの男が味方に付いたという事はミューゼルってのは姉のおかげで出世したわけじゃないらしい、そう周囲に思わせるんだ。そういうのも力の一つなんだ。そう思われるようになればお前の能力も自然と周囲に受け入れられるし味方になる奴も増えてくる」
なるほど、私にも分かるような気がする、影響力を付けろという事だろう。確かにメルカッツ提督は実力は有るが影響力はあまり感じられない。

「今のお前は未だ生意気な小僧としか思われていない。いや、上の方はそういう風に持って行こうとしている。お前の立場を強くしたくねえんだ。こいつは戦争だぜ、ミューゼル。勝てば上に行ける、負ければ良い様に使われて御終いだ、メルカッツ大将のようにな」
ラインハルト様がギリッと唇をかんだ。

「そうはさせない、必ず勝つさ、そして上に行く。爺さん、その時には爺さんにも俺の味方になってもらう」
リュッケルト大将が笑い出した。
「味方? 部下になってやるよ、それが出来たらな」
「必ずだぞ、忘れるなよ」
「ああ、約束だ」

ラインハルト様が私を見て頷いた。こんなところで負けるわけにはいかない、必ず勝つ、ラインハルト様はそう言っている。その通りだ、負けるわけにはいかない、私達は必ず勝つ!