ISISはどのように力をつけてきたか

その戦略とイラク情勢の見通し


世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

世界の流れは、時々刻々専門家によって分析考察されています。それらを紹介し、もう一度岡崎研究所の目、日本の目で分析考察するコラム。

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6月14日付ニューヨーク・タイムズ紙で、Tim Arango同紙バグダット支局長及びKareem Fahim同紙中東担当記者が連名で記事を書き、ISISは長年に渡ってイスラム国家建設のための戦略を実行してきた、と報じています。

 すなわち、たった数千人の兵士によるモスルとその南部の電撃的な制圧は、イラクとアメリカの政府を驚かせた。しかしこの成果は、実際のところ、ISISが公然と進めてきた何年にもわたる国家建設の戦略の実現である。

 ISISは、イラクとシリアにカリフ国家を建設するという明確な目標を設定している。

 指導者であるアブ・バクル・アル・バグダディの下で、ISISは宗教的な目標を達成しようとする純粋主義者となったが、一方で同盟を組んだり領土を獲得、譲渡したりすることには冷酷にプラグマティックであった。

 2007年にISISが発行したパンフレットでは、普遍的価値観を説き、領土が絶対であると言う近代的概念に反するコーランの教えについて論じている。

 彼らのビジョンによれば、最も重要なものは宗教である。また、彼らが負う最重要の義務の1つは、スンニ派の監獄からの解放である。

 米戦争学研究所のアレックス・ビルガーは、ISISはテロリスト集団というよりも軍隊として機能している、と分析している。

 ISISはイラクでアメリカとの戦闘を開始したが、その成功はアメリカ政府によって見逃されたか、軽視された。2012年中盤、国連のデータがイラクでの市民の犠牲者が増加していると示していたころ、バイデン米副大統領の補佐官のアントニー・ブリンケンは、イラクでの暴力は「歴史的に低い水準」と述べた。

 2006年に始まった宗派戦争の間、スンニ派のジハーディストは彼らの残虐性とイスラム法を強制したために大衆から敵視され、アメリカからの訓練を受けた戦闘員に敗北し、イラク西部からモスル周辺への退却を余儀なくされた。

 しかし、3年前のシリア国境での内戦勃発で、ISISは新たな成長の機会を得た。

 シリアにおいて、彼らは、政府勢力との長引く戦闘を避ける一方で、油田、武器の隠し場所などを獲得する為の戦略的攻撃を展開する二股のアプローチを取ることで、より強力になった。

 ISISは今年すでに、公式にアルカイダから拒絶されている。この分裂は両者間に激しい対抗意識をもたらし、ISISは国際的なジハーディストコミュニティにおける資源や地位を巡ってアルカイダと競うことになった。

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