社会

性犯罪 再犯繰り返す加害者、求められる対策は

 後を絶たない性犯罪。再犯率は窃盗や薬物犯罪などに比べて低いとされるが、被害者への影響はあまりに重大だ。一方で、自分を抑えられず再犯を繰り返し、罪の意識に苦しむ「性依存症」の加害者は少なくない。新たな被害の“芽”を摘むため、加害者対策の充実が求められている。

◇「加害者対策が手薄」

 その青いジャンパーも、歯止めにはならなかった。5月、横浜市内にある警察署の接見室。有罪判決を受けた50代の男性はうなだれ、胸の内を吐露した。

 「ジャンパーを着ればやめられると思っていた。でも、どうしても、どうしても我慢できませんでした」

 男性は昨年12月、同市内の公園で小学1年の女児2人にわいせつな行為をした。年明け、女児の1人が同じ公園で男性を見つけ、保護者が通報。逮捕の決め手になったのは、犯行時に着ていた青いジャンパーだった。

 28歳で初めて逮捕され、同種事件で前科5犯。2012年6月に出所後は性依存症の治療を受け、外出時には赤色か青色の服を着るように言われていた。「万一、事件を起こしても被害者があなたのことを覚えているから」。誰も望んでいなかった“予言”が、当たってしまった。

 昨年12月の犯行時、男性は生活保護を受けながら、回復を目指していた。治療を受け、性依存症の自助グループの活動にも参加。朝や昼間に性衝動が起きると自覚し、子どもが集まる公園には近づかないというルールを自らに課す一方、横浜港で釣りをして、気を紛らわせた。

 天秤-。男性は犯行時の心境をこう表現する。「やりたい」。一方で「やめたい」。相反する感情の間で揺れ動く。「我慢、我慢の毎日。生きていることがつらい」

 つらさを忘れることができるのは、夢中で何かをしている時だけだ。冬になって魚が釣れず、公園に足が向くようになった。もう、二度としない-。その誓いを破ってしまった。

 判決は懲役4年6月。検察側は「犯罪傾向は根深い」と指摘し、判決も「常習性は顕著」と認定。ともに被害女児の健全な成長への悪影響を懸念した。法廷は再犯の危険性を認識し、被害者に寄り添った。ただ、新たな被害者を生まないため、矯正教育以上の再犯を防ぐ具体的な手だては、示されなかった。

 「被害者には、本当に申し訳ありません」。接見室で男性は何度も何度も頭を下げた。一方で、「女の子の気持ちになるのが難しい。どうしても自己中心的に考えてしまう」とも。前回の服役中に約10カ月間、再発防止教育を受けたといい、「今回はもっと長く(教育に)参加できるようにしてほしい。出所後も治療を続けたい」と訴えた。

 「より早い時期に適切な対応を受けていれば、ここまでの累犯はなかったのではないか」。男性の弁護人を務めた宮沢広幸弁護士はそう指摘し、問い掛ける。「加害者対策が手薄な社会は性犯罪を許している。言い過ぎでしょうか」

◇自助グループ 回復のよりどころに

 首都圏に住む50代男性は性犯罪を重ねてきた。中学時代に父親の異なる妹に、高校時代には遠戚の男児にわいせつな行為をした。20代になると男児への執着が強まり、違法な児童ポルノを収集。海外まで男児の買春に行ったこともある。罪悪感を抱えながらも止められない。「このままでは駄目だ」と葛藤していた十数年前、男児への強制わいせつ未遂事件で逮捕されたことが転機となった。

 性依存症は認知度が低く、本人が自覚していない場合も多い。男性は当時、「小児性愛は自分だけの問題」と孤独を感じ、性癖だと自己正当化し、「解決策はない」と絶望感にさいなまれていた。だが勾留中、小児性愛者による回復の手記と、性犯罪者の再発防止に取り組む専門家の論文を読んだことで「自分が性依存症だと認識し、他の依存症のように出口があることを知り、希望が見えた」。

 一方で性犯罪被害者の手記も読み、「がくぜんとした」。昨年、発達障害だと診断されて納得したことだが、幼いころから周囲になじめないと感じていた。いじめられ、母親から言葉の暴力を受けて育った。「子どもにひどいことをする大人にはならない。子ども心にそう思ったが、真逆の大人になっていた」。被害者の痛みと初めて正面から向き合い、回復を誓った。

 30代男性は20歳と23歳の時、電車内での痴漢行為で逮捕された。妻と離婚。酒に走り、“矛先”は見知らぬ女性に向かった。自己中心的な考えに流され、「女はみんな悪い。何をやっても構わない」。一方で、誰にも相談できず孤独感を抱え、「自分なんかいなくてもいい。逮捕されても構わない」と自暴自棄に。仕事をサボり、電車内で痴漢を繰り返した。

 男性の転機もまた、数年前の痴漢行為での逮捕だった。専門病院で性依存症と診断された。初めて聞く疾患に当初は反発したが、別の依存症関連の本を読んだことが性依存症を受け入れる一歩となった。

 性依存症からの回復に向け、専門家による治療とともに大きな役割を果たすのが患者同士でつくる自助グループだ。2人は今、同じ自助グループで活動する。

 30代男性は自助グループに参加し、あることに気付いた。他の依存症も含め、多くの患者に共通するのが、両親の不仲や虐待、いじめなど心に傷を抱えていることだ。

 自助グループでは性行動に問題を持つ人々が匿名で思いや苦しみを打ち明け、体験を話し合う。性衝動を抑える成功例を分かち合い、再犯しそうになったら仲間に電話やメールで助けを求める。「同じ問題を抱える仲間が回復に向けて一緒に歩んでくれる。励みになり、生きづらさがなくなった」と50代男性。30代男性も人間不信が解消されたといい、「参加していなければ、今ごろは刑務所にいるか、自殺していた。グループは命綱」と話す。

 2人は回復を実感し、性衝動を抑えて問題行動を起こすこともなく、安定している。自助グループは回復のよりどころだ。

◆性依存症

 薬物やアルコールなど他の依存症と同じく、強迫的な性行動が抑えられず、身体的・精神的な平常を保てない状態。不特定多数との性的関係や風俗店通い、過度な自慰行為など多様なケースがある。多くは犯罪行為とは関係のない範囲の性行動だが、強制わいせつや痴漢、盗撮、買春、児童ポルノなど法令に違反する場合もある。男女ともに見られ、早い段階で治療すれば、より効果があるとされる。

○「居場所」と「出番」確保を

 法務省は2006年から、刑務所などで性犯罪者の更生プログラムを導入した。感情をコントロールする方法などを身に付ける再犯防止策だ。同省が12年に公表した検証結果によると、刑務所を出所後の性犯罪の再犯率は受講者が12.8%。非受講者(15.4%)より低かったものの「効果は実証できなかった」という。

 龍谷大学法科大学院の浜井浩一教授(犯罪学)は「更生は、矯正施設の中だけでは完結しない」と指摘する。社会に出ても「性犯罪者」というレッテルから逃れられず、排除され、自己評価が低下し、自分はどうなっても構わないと感じる。浜井教授は「社会の中で孤独を感じてストレスになり、プログラムの効果が薄れる。社会に出てからの継続的なアフターケアが不可欠」と強調する。

 再犯防止に効果的なのが就労だ。浜井教授は「特に日本では、就労は社会で認められ、自身の存在価値を実感できる基盤になる。社会の一員だとアイデンティティーを持つことができれば再犯のブレーキになる」と指摘する。生活の糧でもあり、性依存症からの回復を目指す男性は「生活が成り立たなければストレスを感じ、性衝動を抑えられなくなる可能性もある。生活の安定が再犯の歯止めになる」と訴える。

 性犯罪者が矯正施設を退所後に暮らすのは地域社会だ。特に性依存症は一生向き合う疾患とされ、「周囲の見守りが大切」と浜井教授。「本人や公的機関だけでなく、『居場所』と『出番』を確保できるよう社会全体で更生を支える体制が重要」と話している。

【神奈川新聞】