彼女の魅力

 

 

 

*****

 

 

深夜のとあるバー。

カウンターで静かに酒を飲む若い男ふたり。

ひとりは、吉澤さん。職業、執事。

そして、藤本美貴。職業、会社員。

ふたりは学生時代からの友人だった。

縁あって、現在でも良好な関係を保ち続けている。

 

「今日、休みだったんだな」

「ああ。絵里お嬢様がさ、”よしざわさん休んでいいよぉ”って。 マジ可愛い。さすがおれの絵里」

「相変わらずなお嬢様だ。てか、いつからてめえのモノになったんだ」

「彼女、今日朝からボーイフレンドの家に遊びに行くっつって」

「ボーイフレンド。彼氏か?」

「もちろん」

「あれか。あの、弁護士事務所のお坊ちゃま?」

「違う。普通の…フッツーの高校生だよ。まだ毛も生えてなさそうな」

「へぇ。絵里ちゃんらしいね。なんか」

「くそっ。あんなどこの馬の骨かわからんやつに絵里を渡せるかっ」

吉澤さんは、ぐいっとウォッカをあおった。

渋い顔をして、美貴を見る。美貴は苦笑した。

 

「ま、まあ、上には幸いお坊ちゃまがおられる。

きっと社長も、絵里お嬢様には自由な恋愛を望んでる、と思う」

「そうかな。旦那様の考えは誰も読めないからわかんねえぞ」

「そうなんだよなぁ…変わってるから…あのオヤジ」

おっとっと。社長をオヤジ呼ばわりしてしまった。

「でも、その彼氏。早いうちに手を打っとかないと、後々あれじゃない?」

美貴は、氷だけになったグラスを目の前のバーテンダーに差し出す。

同じものを、と頼んで、吉澤さんを見る。

「最近の高校生は、すぐヤッちゃうから。マジで気をつけないと」

「…」

「ま、まさかもう、絵里ちゃん…」

「ああ。このおれの反応で察してくれ」

「おまえ…絵里ちゃんに聞いたのか?」

「んなわけ!そんなことするわけないじゃん。コレから聞いたんだよコレから」

コレ。吉澤さんは右手の小指を立てて美貴に示した。

「あー、あの、どーしようもないお嬢様か」

「どーしようもないとか言うなこの平サラリーマンめ」

「ちょ、ボク、一応来年度から課長ですけど」

「…マジで?」

「マジマジ」

「おめえいつからそんなに出世したんだよ」

「まあ。一生に一度の大恋愛が終わってからかな…」

「美貴!」 吉澤さんはガバッと美貴を抱きしめた。

「さあ、おれの胸で泣け。気がすむまで泣け!」

「ちょ、よっちゃん…キモチワルイって」

ぎゅうぎゅう抱きしめる、吉澤さん。

必死に彼を引き剥がそうとする美貴だが、無駄に力が強くて敵わない。

「も、もういいから…離せ馬鹿…コロスぞ」

低い声でそう言い放つと、やっと解放された。

「そんな物騒なこと言うなよ美貴ぃ…焦るじゃん」

「てめえが馬鹿なことするからだろ」

「こえー。そんなんでよく営業やってけるな」

「まあ、表の顔は相当良いですから。そんなの、よっちゃんだって」

「そっかぁHAHAHA!」

「うるせえ」 顔をしかめて笑いながら、新しいグラスに口をつける美貴。

 

「あのどーしようもないお嬢様は、元気?」

「うん。チョー元気。あ、そうだ」

「ん?」

「今日、彼女と行って来たんだよ」

「どこに?」

「松浦グループの、お食事会」

ピタリと美貴の動きが止まる。わかりやすいほどに。

 

「…なんでよっちゃんそんな場所まで付いて行ってんの?」

「いやぁ、それがさ。向こうのお母さんがぜひって」

「気に入られてるんだ」

「かなりね。むしろお母さんの食いつきの方が良いかもしれない」

「んな馬鹿な」

「彼女とお母さんでおれの奪い合い?みたいなHAHA」

「で?」

「あ、うん。やっぱ、なんか。おれが美貴側だからこんなこと 思っちゃうんだろうけど…

むかついてくるくらい、幸せそうだった」

「…そっか」

「おめでたなんだって。来年の五月に産まれるとさ」

「……はは」

 

カランカラン。

美貴はグラスを揺らしながら、力なく笑った。

彼の横顔を、吉澤さんは複雑な表情で見つめていた。

 

 

*****

 

 

ピースカンパニー。日本でも有数の大企業。

美貴は、その中の、営業部門の中心でがんばっている。

周りの社員たちから仕事の虫と言われながら、毎日遅くまで働いている。

働きすぎなほど働いているのに理由があるなんて、彼らは夢にも思わない。

まさか、失恋の傷を癒すためだなんて、これっぽっちも。

 

「ほどほどにな、藤本」

「はい。お疲れ様です」

「お疲れ」

 

営業部で残っているのは、美貴ただひとり。

今日も今日とて、美貴は残業していた。

ノートPCに向かってカタカタ作業。

家に帰ったって、どうせ何もすることはない。

料理を作って、待っていてくれる人なんて、誰もいない。

それなら、会社で少しでも仕事を。

 

「はぁ…」

溜め息をつき、大きく深呼吸。

イスの背もたれが折れるほど背伸びする。 す

ると、ハイヒールの足音が聞こえてきた。

ちらりと入り口の方を見れば、誰か立っていた。

美貴は身体を起こし、立ち上がる。

 

「梨華ちゃん?」

「よっ」

笑顔で手を振る、突然の訪問者。

人事部のアイドル。美貴とは同期入社の梨華ちゃんだ。

 

「どうしたの?」

美貴は作業を一旦止めて、彼女の方へ歩み寄った。

「電気点いてたから、今日もまだやってんのかなって」

「そういう梨華ちゃんもね」

「うん」

えへへと微笑む、梨華ちゃん。

彼女は美貴の数少ない気心知れた友人のひとりでもある。

 

「まだ仕事残ってるの?」

「うん。でも、別に急ぎではない」

「じゃあ、今から飲みに行かない?」

「いいけど」

 

突然のお誘いに少し疑問を抱くが、美貴は頷く。

彼女と二人で飲むなんて、いつ以来だろう。

美貴は自分のデスクに戻って、荷物をまとめはじめた。

 

 

*****

 

 

とある居酒屋にやってきた二人。

座敷に向かい合って座り、とりあえず生で乾杯。

 

「最近、どう?」

「んー、まあ。ぼちぼちかな」

唇についたビールの泡を舐めたあと、梨華ちゃんが答えた。

「美貴ちゃんは、順調そうじゃない。社内でウワサになってるよ」

「そう?自分じゃわかんないけど」

「課長になるんでしょ。すごいじゃん」

「ただの、努力の成果だよ」

「でもあたし、美貴ちゃんは出世するって思ってた」

「ウソ言え」

「ホントだよ。この人は絶対将来偉くなるって」

面と向かって大絶賛されると照れるな。

美貴は苦笑し、人差し指で鼻の頭をかいた。

彼女のこの真っ直ぐさは相変わらずだ。 出会ったときから、変わらない。

 

「今日はどうしたの。いきなり」

料理が次々と運ばれてくるなか、美貴は梨華ちゃんに尋ねた。

彼女は、うん、と頷いて、俯いた。

「…なんか美貴ちゃんと飲みたくなって」

「そう。いや、なんかあったのかなとか思った」

「…」

「梨華ちゃん?」

「さ、今日はガンガン飲みまくりましょー」

 

さっきの一瞬の間はなんだったんだろう。

はしゃぐ梨華ちゃんをよそに、美貴の心配は募っていく。

 

「うちの部長ってさぁ、ホント小言が多いの。もうやんなっちゃうくらい」

「へぇ」

「化粧が濃いだの、髪の色が明るすぎるだの、うるせぇっつんだよ」

ジョッキ三杯目にさしかかったころ、梨華ちゃんは仕事の不満を愚痴り始めた。

その話している内容と、可愛らしいアニメ声がアンバランスだ。

色々日頃のうっぷんが溜まっているのだろうか。彼女の話は止まらない。

 

「今年入ってきた子達も、もう、どーしようもないのばっか」

「どーしようもない?」 美貴の頭に、ふと吉澤さんの恋人の顔が浮かぶ。

「うん。パソコンとかコピーとか、機械は扱えるけど、人の扱い方を知らないのよね。

人間は機械じゃないんだぞって、言いたいけど」

「言えばいいじゃん」

「それがさ、先輩のアドバイス、聞いてるようで全然聞いてないの。どう思う?」

「最悪じゃん」

「でしょ?最悪なの。もぉ、美貴ちゃんどうにかしてよぉ」

「はは」

「笑ってないでさ。あたしもう疲れちゃった。仕事辞めたい」

そう言えば、去年も同じようなことを口走ってたなこの人。

美貴は笑って酒を飲む。ちなみに、焼酎。

 

「結婚するまでの辛抱じゃん。頑張ろうよ」

確か去年もこのセリフで慰めた気が。

んで、そうだよねそうだよねと彼女が頷いて、早く彼氏と結婚するぞ!って…

 

「結婚なんて…出来ないよ」

「え?あの、ずっと付き合ってた公務員は?」

「別れたの!」

「うそ。いつ?」

「先週…」

みるみるうちに梨華ちゃんの顔が渋くなる。 さらには涙がぽろぽろと。

美貴は慌てておしぼりを彼女へ差し出す。

「ちょ、別れたの?なんで」

「…ふられたの」

「原因は?」

「もう…付き合ってらんないって…他に好きな人ができたって…」

眉毛と唇をへの字にして、梨華ちゃんが泣く。

肩を震わせ、おしぼりで涙を拭う。 酒が入ってるからか、まるで本当の子供みたいだ。

 

「あたしも仕事が忙しいとか言って…放っておいたのは悪いと思ってるけどぉ…」

「このまま結婚するかと思ってたのに…」

「あたしも思ってたよ…向こうもてっきりそのつもりだと思ってたし…」

「油断したね梨華ちゃん」

「フェーン」

 

人目も気にせず、大泣き梨華ちゃん。

美貴は、なんだか安心している自分に気づく。

それはなぜなのか。よくわからないけど。

 

 

*****

 

 

「ちょ、大丈夫?」

 

美貴は、ふらふらの梨華ちゃんを抱えながら、道を歩く。

タクシーを探しているんだけども、なかなか現れない。

 

「もう一軒行くぞぉ!」

「は?いやいや。明日も仕事でしょ」

「行くったら行くのぉ。来いっ」

ぐいっと美貴の腕を掴み、逆方向へ歩き出す梨華ちゃん。

「そっちにはもう店無いって。行くならバー行こう。バー」

こうなったのも、何かの運命だ。 今夜はとことん付き合おうじゃないか。

美貴は、ちょうど通りかかったタクシーを止めた。

 

 

*****

 

 

吉澤さんとよく来るバー。

足元のおぼつかない梨華ちゃんをカウンター席に座らせ、 その隣に美貴は腰を下ろした。

顔なじみのバーテンダーに、適当な酒を頼む。

 

「ねぇ、美貴ちゃん。あたしって、そんな魅力無いかなぁ?」

唐突な梨華ちゃんのセリフに、思わず彼女を見る。

梨華ちゃんは、両手でグラスを持ち、どこかをじっと見つめている。

バーの照明のせいだろうが、居酒屋の時とは、まるで別人に見えた。

横顔に色気があった。大人の女の、艶かしさがあった。

美貴の胸が、ふいに高鳴る。

今までも、ひょんなことで彼女にドキッとすることはあった。 無邪気な笑顔や、真剣な顔。

女性らしい仕草や、スタイル。 魅力が無いなんてとんでもない。

彼女には、男を振り向かせる魅力が溢れている。

 

「美貴ちゃんは、どうなの?あの大学生の子と、上手くいってる?」

「あぁ、梨華ちゃんには言ってなかったっけ…」

「何?」 「別れた」

「うそ。いつ?」

「去年の夏」

「もうだいぶ前じゃん」

「うん。ごめん」

「今は?誰も良い人いないの?」

「いない」

今も、そしてこれからもきっと。美貴は今夜までそう思ってきた。

 

「彼女さ、松浦グループの娘さんだったんだ」

「…へ?」

梨華ちゃんが驚くのも無理は無い。 松浦グループと言えば、日本で一二を争う大金持ち。

ピースカンパニーも、そこそこ大きな会社だが、それよりもっと大きい。

多分梨華ちゃんは、わかってくれる。 美貴の一生に一度の大恋愛が終わってしまった、悲しいわけを。

 

「おれも最初それ知ったときは焦ったよ。 このまま付き合ってていいのか、悩んだ時期もあった。

でも、いずれは結婚して、子供たくさん作って、幸せになろうねって」

「じゃあどうして別れたの?」

「いきなり、彼女に婚約者が現れた。それもまたいいとこのお坊ちゃまで…」

時間をかけて育んできたものを、一瞬で、さらっと奪われた。

今でもあの光景は忘れられない。彼女の父親から、別れてくれと。

 

「彼女は今年の六月、そいつと結婚した。来年の五月に子供が産まれるんだってさ」

「……」

美貴は、強い酒を飲み干し、大きく溜め息をついた。

「そら仕事人間になりますて。他にすることないんだもん」

「美貴ちゃん…だから人が変わったみたいに真面目に」

「ちょ…なんかおれが真面目じゃないみたいな言い方じゃない?」

「入社式で居眠りしてたのどこの誰ですかぁ」

「すいませぇんボクですぅ」

乾いた笑い声が二人を包む。

 

「じゃあ、今、お互いフリー?」

梨華ちゃんが、微笑みながら冗談ぽく言った。

「そうだね」 美貴も答えて笑った。

「そっかぁ…美貴ちゃんも大変だったんだね…」

「梨華ちゃんだって。ホントに結婚するって思ってたのに」

「ホント。それあたしが言いたいよ…貯金だって…してたのに」

「また誰か良い奴現れるって」

「もう無理だよぉ…出逢い無いもん…合コンにも誘われなくなったし」

愚痴っぽく梨華ちゃんは言って、酒を飲んだ。

「美貴ちゃんはモテるでしょ。出世頭だし」

「えぇ?モテるわけないじゃん」

「あたしの後輩、みんな言ってるよ。藤本さんと仲良くなりたいぃって」

「ホントかよ」

「はぁ…周りはどんどん結婚していくのに…なんか取り残されてる気分」

「まだまだじゃん。三十路きてから言えよ」

「あっと言う間にくるよ。三十路なんて」

梨華ちゃんは、美貴を睨んだ。

「いいじゃん。梨華ちゃん美人なんだから。肌も綺麗だし」

「…そうかなぁ」

「そうだよ。おれの周りは梨華ちゃんのこと良い良いって言ってるよ?」

「…ホントに?」

「うん。誰か紹介しようか?年上が良い?年下?」

「…タメが良い」

「タメかぁ…誰かいたっけな…あ、三好は?」

「あぁ。あれはやだ」

「ぶはっ。ひでえ。即答じゃん」

「あんなエロいの、絶対やだ」

エロいとか!美貴は思わず大爆笑した。

梨華ちゃんの口からそんな言葉が出てくるとか思ってもみなかった。

下ネタ大嫌いなのに。酔ってるからかな。

 

「梨華ちゃん。男はみんなエロいんだよ?」

「…」

気まずそうに目を伏せる梨華ちゃん。 その反応にピン、とくる美貴。

「もしかしてさぁ…彼氏に振られた理由の中に…ヤラせてくれなかったっての、入ってる?」

言った瞬間、キッと睨んでくる、梨華ちゃん。

その顔は今まで見たことのないくらい恐ろしい、鬼のような顔で。 聞くなそんなこと。視線でそう言っていた。

 

「まさかまだ処女なわけ(ry」

「美貴ちゃん!!!!!!!!」

梨華ちゃんが物凄い勢いで襲い掛かってきた。

あばばばばば。と美貴は必死でそれを宥め、彼女を座らせた。

彼女は、般若みたいな顔になっている。一言、怖い。

なんか本当に梨華ちゃんが処(ryに見えてきた美貴。

いや、でも。彼女の身体から湧き出る色気は本物だ。 これで(ryとか、信じられない。

そして美貴は、恐ろしい梨華ちゃんに睨まれて、嫌じゃない自分にふと気づく。

むしろ、もっと彼女を怒らせたい。もっと睨まれたい。 おかしいな今夜は少し飲み過ぎたかな。

 

「学生のときも、彼氏とかいたんでしょ?」

「…まぁ」

「じゃあ処女なわけ…ないよ……ね」

みるみるうちに大魔王みたいな顔になってゆく梨華ちゃん。

…やばっ。美貴がそう思った、直後だった。

 

「最っ……低!」

バチコーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

梨華ちゃんは、右手を物凄い勢いで振りかぶり、美貴の頬を打った。

それはもう見事なビンタ。 間近で見ていたバーテンダーは目をパチクリさせ、惚れ惚れとしていた。

 

「イテテテテ…」

想定外の激痛に、美貴は左頬を押さえた。

なんかジンジンするんですけど。冗談でなく痛いんですけど。

 

「もうあたし、帰る」

バッグを乱暴に掴み、立ち上がる梨華ちゃん。

「え、あ、ま、待って!」

ハイヒールをカツカツ言わせながら、彼女は店から出て行こうとしていた。

慌てた美貴は、バーテンさんに「今度払いますからっ!」と叫んで、彼女の後を追った。

 

 

*****

 

 

「待ってって!ちょ、おい!待てよ!」

頭の中にキムタクのモノマネをするお笑い芸人が浮かぶなか、美貴は必死に走った。

何気に全速力で走っている梨華ちゃんを、美貴も本気を出して追いかける。

学生時代はサッカー、社会人になってからはフットサルで足腰を鍛えてきたが、 やはりもう若くない。

無理して走ると、息が切れる。

 

気が付けば、右手に臨海公園。

美貴はようやく梨華ちゃんに追いつき、その腕を掴む。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

お互い、ぜえぜえはあはあ状態。 肩で息をして、少し咳き込んだりしている。

「ちょ…梨華ちゃん足速すぎ…」

彼女から手を離し、近くのベンチにどかっと腰を下ろす。

 

「ごめん。謝るから。処女とか言って、ごめん」

「また言ってる」

「あ」 がしがし、と美貴は頭を乱暴にかいて、俯いた。

「もう、みんな酒のせいだよ。ね、梨華ちゃん」

「……」

「処女とか口走ったのも、みんな酒が悪いんだって」

「……」

「シラフだったら、絶対処女とか言わないし」

「……」

「梨華ちゃん。金輪際、処女だって言わないから。ねっ、この通り」

 

両手を合わせて拝む美貴。 これで許してもらおうとは思っていないが、少しは機嫌を直して欲しい。

おそるおそる顔を上げると、梨華ちゃんは、仁王立ちで彼を見下ろしていた。

 

「てめえ何回処女言ったら気が済むんだよ!!!!!!あぁ?」

ドカッ!!!!!!!!!!!!!

梨華ちゃんは、力任せにハイヒールの先で美貴の左肩を蹴った。

「ぐはっ」 うめきながらベンチから落っこちて、美貴は後ろの芝生に埋もれた。

なななななに今のスケバンみたいな声。 ていうかハイヒールのかかとで蹴るなマジ痛い…。

初めて見る、梨華ちゃんの姿に、美貴は寒気に襲われた。

 

「さむっ」

 

冷静になってみれば、外、寒い。

いつの間にか季節は夏から秋へと変わってしまっている。

時間は、知らないうちにどんどん過ぎていく。

美貴が思うよりずっと早く。残酷なほど、あっさりと。

新しい季節が来るのが、楽しみで仕方が無かったあの頃は、もう遠くに。

 

「クシュン」

美貴は、冷えた芝生の中でくしゃみをした。

丸まって倒れている美貴は、はたから見れば死んでいるようだ。

そう。あの時から美貴は死んだのと同じ。

彼女から別れを告げられたあの時から、美貴はもう希望も何もかも失ったのだ。

彼女と愛し合っていることが、美貴の生きる希望だった。

いつか一緒になって、子供を作って、穏やかな老後を過ごす。

そんな夢を見ていたのも、彼女が側にいてくれたから。

しかし、それも一瞬で砕け散った。ガラスのように、簡単に。

あの顔と家柄だけが取り柄の男に彼女が抱かれているかと思うと、今でも気が狂いそうになる。

来年の五月に子供が産まれるなんて、考えただけでおかしくなりそうだ。

吉澤さんには、笑って誤魔化したけど、笑ってなんかいられない。

はらわたが煮えくり返って煮えくり返って、今すぐにでも彼女を奪い返しに行きたいくらい。

でもそんなことしない。出来ない。だって美貴はもう、大人なんだから。

 

「いつまで寝てんのよ」

 

ハッとして顔を上げれば、ベンチに座っている梨華ちゃん。

脚を組み、美貴を冷たい視線で見下ろしている。

完全に美貴に対してキレている。態度がハンパでなく、でかい。

 

美貴は身体を起こした。 さっき蹴られた肩がまだ痛む。ついでにビンタされた頬も。

「……」

「なんか言うことないわけ?」

一気に現実に引き戻される。

感傷にどっぷり浸っていた美貴は、もう一度くしゃみをした。 ずずずっと、鼻水をすする。

 

「すいませんでした」

 

美貴は正座をして、額を芝生に埋めた。つまり、土下座した。

こうすることしか思いつかなかった。これが、美貴にとって最大限の謝罪だった。

 

「別に、今すぐ訴えてもいいんだよ?あたし、弁護士の知り合いいるんだから」

「はい。すいません」

「あたしの心がどれだけ傷つけられたか、あんたにわかる?わかんないよね」

「梨華ちゃんを傷つけてしまったことは謝ります。すいませんでした」

「あんた、何回言った?バーで二回。ここで四回。計六回」

「はい」

「六回もあたしを傷つけといて、ただの土下座で済ませるつもり?」

「いいえ」

「あんた誠意って言葉も知らないわけ?何年営業やってんの?」

髪をつかまれ、無理矢理顔を上げさせられた美貴は、

梨華ちゃんのまるで氷のような眼差しに、なぜかゾクゾクとした。

二人はじっと見つめあう。 梨華ちゃんは美貴を睨んでいる。

その怒りは沸点に達したまま、冷めようとしない。

美貴はというと、そんな梨華ちゃんに見とれていた。

 

「クシュン」

「ちょ、汚い」

「ねぇ梨華ちゃん。ちょっとさ、ここ寒くない?」

「話逸らすつもり?」

「いいや。おれもさ、この通り鼻水ダラダラだし、梨華ちゃん風邪引いたら困るし、

話の続きはもっと暖かいところでした方がいいと思うんだよね」

 

なんと幸運なことに、目と鼻の先にラブホテルが見える。

車と言う足が無い今、あそこへ逃げ込むしか、寒さをしのぐ方法は無い。

 

「とりあえずさ、移動しない?そっからたっぷり話の続きしようよ。ね?」

 

 

*****

 

 

場所は変わって、ラブホテル『バリバリ教室』。

確かここ、学校の教室風になってるって吉澤さん言ってたっけ。

あのどーしようもないお嬢様と、先生生徒プレイに明け暮れたとか何とか。

それでも次の日の朝には、真面目な顔して絵里ちゃんの前に現れて、

「絵里お嬢様、おはようございます」だからな。まったく敵わない。

吉澤さんにも、彼に付き合うあのお嬢様にも。

そんなことを思いながら、美貴はドアを開け梨華ちゃんを先に通した。

 

「何だこれ」

 

美貴は、立ち尽くしている梨華ちゃんの後ろから部屋を見渡して、驚いた。

保健室だ。これはどこからどう見ても、保健室だ。

ベッドがあの、よくある白いパイプベッド。 他にも、よくある薬品棚に、よくある診察台。

よくある先生のデスクに、よくあるソファ。 壁には白衣が一着かけられてあって、その隣には体操服が…。

アチャー。ちょっと部屋選びを間違えてしまったようだ。

しかし、こんな違和感ありまくりの空間ほど、なぜか興奮してくるもので。

ふいにアソコが立った美貴は、慌てて両手で押さえた。

なんでこんな時に元気になる。 一年ほど前にあの子と別れてから、一切女断ちしたのに。

梨華ちゃんの後姿を見ているだけで、妙に心臓の鼓動が早くなる。

 

梨華ちゃんは先生用デスクの角に座り、脚を組んだ。

じろっと睨まれ、思わず美貴は床に正座して背筋を伸ばす。

 

「で、あんたはあたしに、どうやって誠意を見せてくれるわけ?」

 

二人の距離、約2b。

美貴は、梨華ちゃんの組んだ脚のその隙間に、目を奪われていた。

魅惑の三角地帯。中が見えそうで見えない、男の浪漫。

彼女のスカートは短すぎる。これでセクハラするなというのも無理な話だ。

すらりと伸びた脚。健康的な太もも。細い足首。

かねてから脚フェチを公言していた美貴は、梨華ちゃんの綺麗な脚に、釘付けだった。

 

「言っとくけどあたし一回怒ったらなかなか許さない性質だからね」

これまで、彼女のアニメ声は、美貴にとってからかう対象だった。 だ

けど、なんだか今はその声に興奮してくる。 よし。今度吉澤さんに、自分は声フェチでもあった、と報告しよう。

こんな変な空間にいるせいか、美貴の思考回路はだんだん、おかしくなっていた。

 

美貴は立ち上がって(アソコもすでに立っている)、梨華ちゃんの前へ。

誠意を見せろ、ということなので、顔はもちろん超真面目。

取引先との大事な打ち合わせの時より、さらに真剣な眼差しで。

 

「な、なによぉ」

「本当に、申し訳ございませんでした…」

「んっ」

最大限の誠意を込めて、美貴は梨華ちゃんに、口づけた。

強ばる梨華ちゃんの唇に無理矢理舌を入れ、こじ開ける。

強引に梨華ちゃんの舌と絡め、めちゃくちゃなキスをする。

きっと、何やってんだ藤本、とお思いになる方がほとんどだろう。

しかし美貴は今、必死だったのだ。

謝った。土下座もした。でも許してもらえなかった。

慰謝料なんて払うつもりもないし、他にどうすればいいかわからなかった。

彼女の怒りを冷まし、かつ失恋したばかりの彼女を慰める方法と言えば、

こうすることくらいしか思いつかなかったのだ。

こんなホテルに彼女を連れ込んだのも、恐らく心のどこかで思っていたのだろう。

彼女と、梨華ちゃんとヤリたいって。

 

 

無理矢理キスを続けて、一分ほど経過したときだった。

美貴は、梨華ちゃんの吐息がなんだか甘くなっているのに、気づいてしまった。

自分だけが絡めていたと思っていた舌は、彼女のと絡まり合っている。

いつの間にか、彼女の手は美貴の首筋を撫でている。

美貴の舌を自ら求め、強く吸ったり、舐めたり。

つまり二人は今、お互い求め合って、夢中でキスを。

そう意識したら、もう止まらなかった。 生々しい音を立てながら、舌をぶつけ合う。

彼女の指は、美貴の髪をぐしゃぐしゃにかき乱し、 美貴は手を彼女の太ももへと滑らせる。

かと思ったら、その瞬間ペシン!とその手を払われて、キスが止まった。

 

「…どこ触ってんのよ…ていうか、何キスしてんのよ」

 

ドスのきいた、低い声。でもアニメ声。

「え……」

いやいや。梨華ちゃんだって美貴の髪めっちゃ触ってたやん。

それに、あなた今めちゃくちゃ舌入れてきたやん。 理不尽な言葉に、美貴が不貞腐れる。

「何その顔。言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ」

「……」

「ほら。言いたいことあるんでしょ?」

梨華ちゃんは美貴に聞こえるくらいのあからさまな溜め息をついた。

彼女がイライラしているのは、明らかだ。

 

「梨華ちゃんは…処女なの?」

あえて、彼女がキレることをわかっていて、美貴は尋ねた。

彼女の機嫌を直そうとしてる人間の言うセリフでは無かった。

でも、美貴は聞きたかった。はっきりとさせておきたかったのだ。 二人の間に、沈黙が流れる。

梨華ちゃんは、ナイフのように鋭い眼差しで美貴を睨んだまま、黙り込んでいる。

美貴のアソコは、もう、立ちっぱなしだった。

 

「美貴ちゃんは、どう思ってるの?」

「え?」

突然彼女の声色が変わって、美貴は拍子抜けした。

「梨華ちゃんが、処女かどうかってこと?」

「うん」

「処女なわけ…ないでしょ?」

もし仕事で、こんなに自信の無い答えをしたら、きっと取引きは失敗するだろう。

いつもは自信満々で態度の大きい美貴だが、今はオドオドとしていた。

本当は、処女だろてめえ、と笑い飛ばしてギャグに昇華させたかったけれど、 そういう雰囲気では、全く無かった。

美貴は常に空気を読む男。イッツ・クール・ガイ。 美貴の答えを聞いた梨華ちゃんは、いきなり、笑い始めた。

 

「わかってんじゃん」

「あ、当たり前じゃん…」

「当たり前のことだったら聞くなっつうの!」

ドカッ!!!!!!!!

「ぐふぉっ」

 

今度は、みぞおち。 だからその尖ったハイヒールで蹴られるとマジで痛いんですけど。

美貴は、か弱い女の子のごとき体勢で床に倒れた。 梨華ちゃんは腕組みをして、美貴の前に立ちはだかる。

この角度からだと、スカートの中が見えそうだ。美貴は思わずそちらに視線が。

 

「この年で処女なわけないでしょ。処女は17の夏に捨てたわよ」

「…はい」

「美貴ちゃんは?いつ童貞卒業したの」

「え、それは言わないといけない?」

「は?」

「あ、18のときです」

「相手は?」

「だから…あの松浦グループの…」

せっかく今、梨華ちゃんに夢中だったのに。

美貴は、元恋人の話題になれば、わかりやすいほど凹むのだ。

 

「何ちょっとテンション落ちてんの?」

「いやだって…」

「未練がましいんだけど」

「…いいじゃん別に」

「まだ、そんなに好きなの?その子のこと」

「好きだよ…悪いか」

「だって、その子はもう結婚して、子供産まれるんでしょ?

美貴ちゃんがそんなに思ってたって、一生報われないんだよ?」

「んなこと…わかってるよ」

「新しい人見つけようとか、そういう前向きな発想は無いわけ?」

「ねーよ…もう、恋とかそういうの、絶対しないって決めてんだよ」

 

床の上に寝転んで、美貴は天井を見上げた。 天

井まで保健室っぽいことに気づくが、ツッコむ気にはなれない。

 

「美貴ちゃんって……馬鹿?」

 

急に視界が暗くなる。 美貴の上に梨華ちゃんがまたいで立ったのだ。

彼女は、美貴をあざ笑うように見下ろしていた。

笑いたければ笑えばいい。美貴は彼女の、スカートの中を見つめる。

「どこ見てんのよ変態」

「そこに立つあんたが悪い」

梨華ちゃんは、ぷいっと首を背けて、美貴の上から退いた。

美貴は、身体を起こす。 もう、こんなやりとりするのが面倒くさくなってきた。

梨華ちゃんからどうこう言われようが、吉澤さんから色んな女を紹介されようが、

まだ好きなものは好きなんだ。変わらない。それだけは絶対に変わらない。

 

「馬鹿だよ…ホントに」

「いいじゃん。梨華ちゃんには関係ねーだろ」

「じゃあ聞くけど、一生結婚しないの?その子のことずっと思って、

美貴ちゃんは一人で死んでくの?子供とか欲しくないの?欲しいでしょ?」

「…あいつの子供なら…今すぐにでも欲しい」

「はぁ……」

深い溜め息をつく梨華ちゃん。その表情には呆れが見える。

美貴も小さく溜め息。いくら聞いたって無駄だという態度を見せる。 す

ると、梨華ちゃんは美貴に背を向け、スーツのジャケットを脱ぎ捨てた。

 

「ちょ…何をされてるんですか?」

 

慌てて美貴は梨華ちゃんに言う。 梨華ちゃんは、振り返った。

出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでる、素晴らしい彼女のスタイル。

さっきのやりとりで美貴の心は萎んだが、アソコはまだ元気いっぱいで。

今も梨華ちゃんに見とれてしまい、その場から動けない。

梨華ちゃんは、床に座る美貴の前にしゃがみ込んだ。

 

「あたしが忘れさせてあげる」

「…」 梨華ちゃんに手を引っ張られ、立ち上がる美貴。 そのままベッドへ連れて行かれる。

真っ白な、ベッド。 美貴は彼女に身体を押され、その上に腰を下ろした。

上着を脱がされ、ネクタイを解かれる。

 

「梨華ちゃん…本気?」

無言でハイヒールを脱ぐ梨華ちゃんに、美貴は尋ねた。

彼女は真顔で答える。

「あたしはいつも本気だよ」

ぐいっと首を引き寄せられ、梨華ちゃんからキスされる。

大胆な彼女の魅力に、美貴はクラクラとした。

 

梨華ちゃんとのキス。少しお酒臭い。

でもものすごく激しくて、エッチで、気持ちが良い。

 

美貴はベッドに押し倒されてもなお、梨華ちゃんと口づけを交わしていた。

彼女が美貴の白いYシャツのボタンを外し始めても、構わずキス。

こんなキスは生まれて初めてだった。背筋がゾクゾクして、頭の中が真っ白になって。

自分じゃなく、相手が優位に立っている。ペースを握られている。

今まで経験してきたようなひどい甘ったるさは、一切無い。 一切無い代わりに、ムラムラとしてくる。

自分の中に眠っている何かが目を覚ますんじゃないか、なんていう予感がする。

 

唇を離し、至近距離で見つめあう。少し息を切らして、目は虚ろで。

舌をぺろっと出して、梨華ちゃんは美貴の鼻のてっぺんを舐めた。

そして、眉間へ向かって、なぞった。流れるように、おでことまぶたにキスを落とす。

「大人しいね…美貴ちゃん…」

静かに笑った梨華ちゃんの吐息が、美貴の顔を撫でる。

ふたたび、梨華ちゃんが舌を入れてきた。やっぱり大人しく受け入れる美貴。

ボタンを外され、前が全開の状態のYシャツの中に、彼女の手のひらが滑る。

ゆっくりと肌を撫でられて、美貴は声にならない声を出した。

キスを止めた梨華ちゃんは、そのまま美貴のあごのラインを唇でなぞり、 首筋に吸い付いた。

美貴のうなじから、耳の裏、のど仏まで、丁寧に舌で愛撫する。

同時に、彼の乳首を親指で弾く。何度も、いやらしく。

そんな場所に触られたことが無かった美貴は、思わず深い溜め息をついた。

 

「美貴ちゃん…感じてるの?」

感じてるよ。ビンビンに。美貴は心の中で呟いた。

口に出すのはなんか嫌だった。悔しくて。

「可愛い…美貴ちゃん」

微笑んで、Yシャツをさらにはだけさせる梨華ちゃん。

唇で美貴の胸に触れ、平らな胸板にチュッチュッ、と音を立ててキスをする。

それから硬くなった乳首に吸い付く。美貴は思わず背中を少し丸めた。

美貴のその敏感な場所を、梨華ちゃんは舌で転がしたり、吸ったりして。

まるで美貴の反応を面白がるような感じで、彼の顔を見ながら、愛撫する。

「ここ…アザになってる…」

「おっ…ちょ、痛い」

梨華ちゃんが触れているのは、さきほど自分が蹴った美貴の腹部。

ちょっとカワイソウなくらいの痛々しいアザになっていた。

彼の左肩も見てみれば、同じくアザが。

 

「ごめん…」

「…いや…悪いのはこっちだし」

「そうだね」

即答。 あ、あんだけ強く蹴っておいて……ク゛スン。

痛いしムカつくし何か文句言いたかったのに、美貴は何も言えなかった。

すぅっと、梨華ちゃんの指が美貴の下半身に向かって移動する。

美貴の股間は、明らかに膨らんでいる。梨華ちゃんもそれに気づいている。

次はソコを…と期待した美貴だが、そんな上手くいくわけない。

梨華ちゃんは、ベッドの上で、意地悪になるみたいだ。

 

「靴下取るね」

「ん…」

美貴の上から退いた梨華ちゃんは、彼の靴を脱がせ靴下を引っ張った。

そして、あろうことか、その匂いを嗅ぎ始めた。

「…やばいよ美貴ちゃん…オヤジの匂いがする」

「…うっさい…って…あぁ」

美貴は顔をしかめた。梨華ちゃんから、足の指を咥えられたのだ。

ペロペロキャンディを舐めるように、ちゅぱちゅぱ音を立てて。

しかも、自分でも臭いと認識している、足だ。

恥ずかしいなんて感じる年齢でもないのに、美貴は妙に恥ずかしかった。

そして思った。梨華ちゃんは結構、変態なんだと。

 

梨華ちゃんは、足全体、さらには足首辺りまで、ひたすら舐めていた。

そんなに美味しいかソコ?ってツッコミたくなるくらい、ずっと。

それがまた焦らされてるようで、美貴はひとり唇を噛み締める。

アソコが疼いて仕方が無い。ここ一年ほど、大事に仕舞ってきた、アソコが。

 

「美貴ちゃん…大丈夫?」

「うぇっ?」

「なんか、ボーっとしてる」

「…そう?」

「やっぱりあたしじゃ、力不足かなぁ…」

しゅん、となって、梨華ちゃんは美貴の足を手放した。

とぼとぼと歩き、近くのソファへ倒れこむ。

 

「どうせ…美貴ちゃんは…こういうこと元カノからされたいって思ってるんでしょ?」

 

ベッドに居る美貴に向かって、寝そべったまま、梨華ちゃんは尋ねた。

少し離れた所に居る美貴は何も答えない。答えられない。

あの子ともう一度できるなら、したい。

けど出来るわけないし、もしも、万が一出来ることになっても、しない。

だってもう、あの子は自分以外の男に抱かれ、子供を作った。

そんなの嫌だ。考えたくも無い。だからもう考えない。考えない。考えない…

 

美貴は身体を起こし、シャツをはだけさせたまま、ベッドから下りた。

「梨華ちゃん…さっき言ったよね」

「え?」

「…」

ソファに横たわる梨華ちゃんを見つめる。

むき出しになった綺麗な脚に、服の上からでもわかる豊かな胸、 そしてその、魅力的な眼差し。

美貴だって男だ。 こんな良い女に誘われて、なびかない方がおかしいじゃないか。

いくら、他に忘れられない女がいたとしても、身体は正直だ。

美貴の身体は、今、梨華ちゃんをとても欲しがっている。

「忘れさせてくれる、って」

「…言ったけど…そんな気、ないんでしょ?」

美貴を見上げ、梨華ちゃんは言った。 今度は美貴が彼女の前に跪く。

 

「忘れさせてよ」

「でも…」

「忘れたいんだ…もう…全部」

「美貴ちゃん…」

ぎゅうっと、美貴は抱きしめられた。

美貴もしっかりと抱きしめ返して、彼女の首筋に顔を埋める。

 

「梨華ちゃんだって…色々忘れたいでしょ?」

「…そうだね」

フフ、と梨華ちゃんは笑った。美貴も笑う。 抱き合ったまま、ソファへ沈む二人。

 

「…こういうソファ、学校になかった?」

「あった。すごいよね。どうやって探してくるんだろう、こういうの」

「あのベッドだって」

「面白いよね。この部屋」

「…」

ふいに、美貴は真剣な顔で梨華ちゃんを見つめた。 梨華ちゃんも、表情を引き締める。

 

二人は磁石が引き合うように、自然にキスを交わした。

中途半端なYシャツを、自ら脱ぐ美貴。 するとまた梨華ちゃんが、その胸板を手のひらで撫で始める。

ゆっくりとしたその手つきに、美貴は堪らなくなる。でもその動きが、彼女の指先が美しくて、見とれている。

しばらくすると、梨華ちゃんは身体を起こし、美貴の上に覆いかぶさってきた。

そして再開。今度は舌で、美貴の胸を。

そこが美貴の弱い場所だと気づいている梨華ちゃんは、しつこいくらい、責めてくる。

美貴はまるで、初めての女の子みたいに、悶えていた。

声が出そうだった。男のくせに、変な声が出そうだった。

 

そういえば。美貴はぼんやりとした頭で思う。

あの子に、こんな姿、見せたことが無い。

あの子の身体ばかり求めて、自分の身体なんかそっちのけ。

欲求もストレートにぶつけていた。したいだけ、していた。

今考えれば、あの子は少なからず不満を感じていたかもしれない。

だから、もっと愛し合う時間があれば。もっと、あの子と一緒に居られれば。

あの時、背を向けて歩き出すあの子を、力ずくでも止めていれば。

後悔はいくらしても足りないほどで、美貴を今でも苦しめる。

今さらそんなの。いくら考えたってあの子はこの腕の中に戻ってこない。

全部わかってる。わかってるけど。わかってるんだけど。

 

「梨華ちゃん……ハァ…」

一生懸命、上半身を愛撫している梨華ちゃんの髪を、美貴は撫でる。

すると梨華ちゃんはハッとして顔を上げた。 美貴は目を細め、苦しそうに、梨華ちゃんを見つめた。

「忘れたいんだよ…マジで」

「…うん」

「でもダメだ……今でもあいつのこと考えてる。

諦めなくちゃいけないのに…忘れなくちゃいけないのに…」

「焦らなくていいよ…あたしだって、すぐには忘れられないんだから」

微笑む梨華ちゃん。

「一緒に忘れよう?一人より二人の方が、なんか心強いじゃん」

 

ベッドまで、何度もキスして移動する。

その間、美貴は梨華ちゃんのシャツのボタンを外し、それを剥ぎ取った。

梨華ちゃんが、ベッドに美貴を押し倒す。 背中に手を回し、自らブラジャーを取る。そしてまたキスを。

「梨華ちゃん…」

少し離れ、見つめあう。

「今からは…梨華って呼んで」

梨華ちゃんは美貴にそう囁いて、彼の首筋に顔を埋めた。

 

丁寧に丁寧に、美貴の性感帯を探り、唇や舌で刺激する。

気持ち良い。美貴は彼女を大人しく受け止めていた。 体勢を替えて、今度は美貴が上になる。

梨華ちゃんの胸の膨らみに、初めて触れる。

「やわらかい」

「もっと触って…」

誘うように、梨華ちゃんの腕が美貴の頭に伸びてくる。

美貴は迷わず、彼女の谷間に、顔を埋めた。

 

すぐ側で、梨華ちゃんの色っぽい声が聞こえる。

美貴は予想以上の興奮を抱きながら、彼女の乳房を愛撫していた。

手のひらに余りあるほど豊かな膨らみを両手で掴み、乱暴に揉む。

尖った先端を、音を立てながら吸う。舐める。

梨華ちゃんは美貴の髪をくしゃくしゃに乱しながら感じている。

彼女もここが弱い場所らしい。こっそり美貴はニヤつく。

 

再度、交替する。 梨華ちゃんが美貴のベルトをゆっくりと外していく。

「…やさしくしてね」

ズボンを脱がせてもらいながら、おどけて美貴は言った。

彼女を笑わせようとして言ったのに、顔を上げた彼女は、無表情だった。

「やさしくなんかしないよ?」

「アッ」 下着の上から、思いきりソコを握られ、美貴は思わず妙な声を出した。

「やさしくなんて、するわけないじゃん」

「ハァン」 次は優しく撫でられる。優しいじゃん今!手!優しい!

 

「何キモチワルイ声出してんのよ」

「…いいじゃん…ていうかキショイ梨華ちゃんに言われたくない」

「は?」

「キ゛ャフン」 容赦なく、美貴のソコを下着の上からニギニギする梨華ちゃん。

「キ゛ャフンとか…けっ」

「ちょぉ…梨華ちゃぁん…」

涙目の美貴。 ニギニギする手を止めず、梨華ちゃんは美貴の横に寝そべった。

そして耳元で、セクシーに囁く。 「梨華、でしょ?」

素直にそれに頷くと、彼女の手つきがまた緩やかに。

「……ちょぉぉぉぉ…やばいってやばいってやばいって!」

お願いだからそんなに優しく撫でないで。 美貴は首を振り回しながら、脚をバタつかせた。

 

「動くな」

耳元で命令。美貴はフリーズ。 動けば今この場で射殺されそうな雰囲気だった。

そうすれば、美貴は即死。本当に逝っちゃうわけだ。アハハハ…ハハ。

 

「動いたら、どうなるか…わかってるよね?」

「え?」

美貴は梨華ちゃんの不気味な笑みを見つめた。

どうなるか。肩と腹を蹴られ、足を舐められた美貴は必死に考えた。

なんかもう、彼女に女王様っ気があるということは重々身をもって体験していたので、きっと何をされても驚かないだろう。

まさかそのスカートの中にヨーヨーとか隠し持ってる(スケバン!)わけではあるまいし。

でも…ヨーヨープレイか……うん。悪くは無いな。 思わず顔がニヤついてしまい、美貴はハッと我に返る。

 

「わからないの?」

梨華ちゃんの鋭い視線を、間近で受ける。

「わかるよ…いわゆる…アレでしょ?」

「そのアレの内容を聞いてるんだけど」

「アレだよ…おれが失神するまで、エンドレスで…」

「セックス?」

「ぶはっ」

ちょ!そんなハッキリとした単語!

せっかく美貴が語尾を曖昧にして誤魔化そうとしたのに、台無し。

美貴は恨めしそうに梨華ちゃんを睨むが、当の彼女は微笑んでいて。

その笑顔が妙に母性溢れてて、何も言えなくなる。

この人に、なんでこんなに弱いんだろう。全くわからない。 頭をかいて、美貴は複雑な顔をした。

 

「失神するまで、ね」

「えっ、ちょ…」

梨華ちゃんが美貴のブリーフパンツを引っ張って脱がせた。

見事に天井を向くアソコを、二人で凝視する。

自分で見るのはいいけど、梨華ちゃんに見られるのはちょっと。

「あ…あんま見ないで?」

言いながら、両手で隠す。何恥ずかしがってんだ自分。キモイぞ。

「だって、今、美貴ちゃん頭かいた。動いたじゃん」

「え、うそ」

「思い出してみて?」

「…かきました」

「今夜は失神するまで、エンドレスだね」

「あぁ…ハハ」

「よし。ストッキング脱いじゃおう」

 

楽しそうに梨華ちゃんはベッドの端に座って、ストッキングを脱ぎ始めた。

美貴は、顔を引きつらせながら、笑うしかなかった。

 

「あの公務員と別れたホントの理由はさ…」

スカートやパンティも一緒に脱ぎながら、梨華ちゃんは言う。

「自分で言うのもなんなんだけど…相性が悪かったからなの」

「相性?」

うん。頷いて、美貴に覆いかぶさる。

「カラダの、相性がね」

「あっ…ハァ」 アソコを、握られる。 無意識に美貴の眉間にシワが寄った。

「どっちも上になりたい人で…どっちも譲らない人だった」

「あぁ…」

先っぽを、優しく親指で撫でられる。 梨華ちゃんは、美貴の恍惚の表情を見つめ、微笑んだ。

 

「思い出すだけでおっかしい…エッチの途中に何回も喧嘩になって」

「…ハァ」

「こうやってても、絶対文句言ってくるの…下手だ下手だって」

「……ァ」

「あたしもあたしで、されてるとき同じこと言ってるんだけどね」

「………」

「ホントに全然集中出来なくてさ、結局いつも不完全燃焼で…」

「……ちょい…やばいかも」

しゃべってる最中も、ずっと美貴を指で愛撫していた梨華ちゃん。

そのスピードは次第に速くなっていて、美貴は我慢できそうも無かった。

「まだダメ…」

彼女の動きが止まる。

「ダメって…もう…こっちがダメだよ」

「じゃあ…起きて」 手を引っ張られ、美貴は起こされる。

すると梨華ちゃんが跨るように座ってきて、緩く抱き合う姿勢になる。

 

「…なんか意外だけど」

「ん?」

「あたしたち、結構相性いいかもね…」

 

美貴がボーっとしている間に、梨華ちゃんは彼のソレを自分の穴にあてがい、

一気に腰を落とした。あっけなく、二人は繋がる。

「ちょ…梨華ちゃん…」

何も着けてないし!リアルにガチで生だよ!

でも、上から乗られている美貴は、すでに腰を動かし始めてみだれ始めた 梨華ちゃんを止めることが出来ない。

止める気も、実は無かった。

 

「だからぁ…んっ…梨華だって言ってるじゃん」

「梨華ぁぁぁぁぁ……」

「あっあっ」

アニメ声で色っぽく喘がれると、すっごい困る。

美貴は、一緒になって腰を突き上げながら、大胆すぎる彼女に見とれてしまった。

薄っすらと汗ばんだ首筋が、半開きの唇が、そしてその声が、エロス。

対面座位で、二人は交わる。 美貴は、梨華ちゃんとエッチしてる今この状況が信じられなかった。

元はと言えば、今夜は居酒屋でバイバイするはずで。

バーまで行ったのはまだいいとしても、こんな、妙なラブホテルまで来てしまい、

果てにはベッドでひとつになっちゃってる。ありえない。

 

「あっあっ美貴っ」

 

自分で動いて、美貴から突かれてエッチな声を出しているこの人は確か、

先週、何年か知らないけど真面目に付き合ってた公務員と別れたばかりだ。

そういう美貴も、高3の時から去年まで、長い間付き合っていた女の子を、

未練たらしく今日までずっと想っていたのに、このザマだ。

人間は性欲には勝てない。睡眠欲にも食欲にも勝てないけど、性欲にも勝てない。

 

激しく上下する、ひとつになった二人の身体。

梨華ちゃんがふと呟いた、相性いいかもね、って。

本当にそうかもしれない。

美貴は、まさに失神しそうな快感に包まれながら、彼女の中で、果てた。

 

 

*****

 

 

「ぷはー」

 

お湯の中からこんばんは。

美貴は髪を全部後ろに上げ、手のひらで顔を拭った。

こらそこ。デコ広いとかハゲとか言わない。まあ、事実ですけど。

 

「…ふぅ」

ひとりのバスルーム。 ホントは梨華ちゃんと二人で入りたかったんだけど、

てめえは先に入ってろよ、と脅されたので仕方なく美貴はひとりで入ったのだ。

ほら。ヤッちゃった後だし、しかも生でヤッちゃったんだし、

もっとこう、まったりお風呂でいちゃいちゃとかちょっとしたかったのに、

梨華ちゃんは終わるとなんだか冷たくて。まあ、その前からも結構冷たいですけど。

 

このまま、梨華ちゃんと付き合うんだろうか。

一回ヤッちゃった後、こんなこと考えるなんておかしいけど、美貴は首をかしげた。

だいたい、梨華ちゃんは美貴のこと、好きなんだろうか。

あんだけ激しくヤッちゃった後、こんなこと考えるなんておかしいけど(ry

それから、それ以前に美貴は梨華ちゃんのこと…好きなん(ry

 

「……いやぁ〜」

息を吐くように言いながら、渋い顔で美貴は首をかしげた。

そりゃないわ。うん。ないない。 嫌いじゃないけどそんな、彼氏彼女の関係になんて、なれっこないはずだ。

だって、二人は同期の同僚。ただそれだけなんだから。

ちょっと他の奴らより話して、たまに食事に行く程度の、仲の良い友人なだけ。

 

しかし。しかしだ。ここ重要。

梨華ちゃんとのチョメチョメは、冗談抜きで、最っ高に気持ち良かった……

 

「うわビックリした」

気配を感じてバスルームの入り口を見れば、そこに梨華ちゃんが。

美貴と目が合った梨華ちゃんは、えへへと笑った。 つい、美貴もつられて笑う。

「あたしも入っていい?」

「どうぞ?」

「真っ白。中見えないね。すごい」

「うん。でも、ここは普通だね」

メインの部屋は保健室チックだが、バスルームは至って普通だった。

ここまで学校ぽく造られていたら、それはそれで面白かったんだけど。

 

丸いバスタブの中、向かい合う二人。

梨華ちゃんは美貴をじっと見つめ、美貴は真っ白なお湯の中を見つめていた。

目を凝らしても、彼女の身体は見えてこない。

ということは今、美貴が再びおっきくなってるということも、わからない。

 

「ねぇ」

「ん?」

呼びかけられ、美貴は梨華ちゃんを見た。

「もう、すっかり酔い醒めちゃった…」

「おれも」

見つめ合って、微笑み合う。 なにこの超良いムード。

うちら恋人です、とか言っても全然不思議じゃない雰囲気じゃん。

なんだかちょっとテンション上がった美貴は、梨華ちゃんに背を向け、 彼女へ身体を倒した。

後ろから、抱っこしてもらう。

 

「なぁに…どうしたの?」

梨華ちゃんの両手が、美貴のおへその前にまわる。

美貴は、彼女を背もたれにして、気持ち良さそうに笑った。

「別に…どうもしないけど」

「もぉ、甘えん坊」

耳元で、梨華ちゃんからそっと囁かれる。

そして二人でクスクス笑い合う。 めちゃくちゃ良い感じやん。

美貴はもう、このまま突っ走ってもいい気がした。

梨華ちゃんとなら、いいんじゃないか、なんて。

 

「ちょ…どこ触って…」

「また硬くなってる…」

 

お風呂のお湯は真っ白で、何をしているか見えない。

けど、梨華ちゃんは美貴のアソコを握り、上下に擦っていた。

 

「…梨華」

美貴は首を後ろに向けて、彼女にキスを求める。

するとすぐに舌が入ってきて、吸って、絡ませる。

お湯が静かに波打つ。梨華ちゃんが手を動かしているから。

美貴は梨華ちゃんの太ももに掴まって、その快感に耐える。

「ふぅ…」 唇を離して、梨華ちゃんは一息ついた。

「美貴…欲しい」

可愛い声で、小さく囁かれる。 そんなことされると、イキそうになる美貴。

だが、なんとか我慢して、梨華ちゃんから身体を離した。

 

「…どうしたらいい?」

向かい合い、美貴は尋ねる。 梨華ちゃんは、すうっと美貴の腕の中に移動してきた。

つまり、そういうことだ。 美貴はソレに手を添えて、梨華ちゃんの中へ挿入する。

スムースに繋がる、二人の身体。 そしてそれは、ゆっくり揺れ始める。

キスをしながら、美貴は梨華ちゃんの中を突く。 梨華ちゃんもそれに負けないように、腰を動かして。

張り合ってるつもりなんてないのに、キスも両方、激しくなる。

 

しばらくすると、梨華ちゃんが動くのを突然止めた。

何事かと思いきや、美貴は手を引っ張られ、立ち上がる。

ぼけっとしている美貴の頬を掴み、口づけてくる梨華ちゃん。

立ったまま、濃厚なキス。

梨華ちゃんは美貴を自分の首筋に誘う。

促されるまま美貴はそこにかぶりつき、彼女は色っぽい声を上げた。

梨華ちゃんが、身体を反転させる。 美貴の唇もそれに従って梨華ちゃんの肩、背中へ。

力いっぱい、美貴は彼女を後ろから抱きしめる。

それから、腕を解き、梨華ちゃんのおっぱいを揉む。 その形がわからなくなるくらい、強く。

硬い乳首を指で押す。つまんで、コリコリする。 梨華ちゃんは身体をくねらせて感じていた。

やっぱりここが弱い場所。美貴はニヤリと。

 

「もっと触って…アン」

梨華ちゃんの手が、美貴の太ももを行ったり来たりして、なぞっている。

そんなとこも撫でられたことが無かった美貴は、密かに感じていた。

「あぁ…美貴ぃ…」

なんてセクシーなんだろう。 いつもはキショイだの何だの言って、からかってるのに。

今だけはすごい、なんかすごい、良い女じゃん。

 

梨華ちゃんが少し屈んで、バスタブの縁を掴んだ。

美貴は、彼女の尻を両手で覆い、揉みはじめる。

なんて良いケツしてるんだ。美貴は跪く。

背中から唇を滑らせて、最終的にそこへ口づける。

割れ目に舌を入れ、もう一つの穴を。

「そんなとこ…」

さすがに梨華ちゃんもソコを責められるのはアレらしい。

美貴は怒らせたくなかったので尻から顔を離した。

彼女を怒らせれば、次何されるか。

 

「…入れるよ」

アソコの先っぽを梨華ちゃんの入り口へ擦り付けた。

すっかりやわらかいその場所は、まるでソレを飲み込むように。

後ろから、美貴は梨華ちゃんと交わる。

ソレを出し入れしたり、彼女の奥を突っつくようにしたり、 ひたすら夢中で腰を振っていた。

梨華ちゃんも、気持ち良さそうに、ただ喘いでいた。

 

先にイッたのは、今度は梨華ちゃんの方だった。

美貴はそれにつられて。二回目も、梨華ちゃんの中で。

 

「ハァ…ごめん…また中で」

「……はぁ」

 

二人とも、肩で息をしている。 しばらく無言で、行為の余韻に浸っていた。

 

 

*****

 

 

バスルームから先に出て、美貴は愕然とした。 着るものが、無い。

 

「マジかよ…」

 

美貴は壁にかかった白衣と体操服を見つめる。

選択肢は、この、たった二つ。 ここホテルなんだからバスローブとか普通あんじゃん?無いの。

しかもあるのはよりによって白衣と体操服なの。

もしかしたら、教室風な部屋は、せせせせ制服とか、あるんじゃないんですか。

よし。今度吉澤さんに聞いてみよう。

 

白いタオルを腰に巻いたまま、美貴は黒い診察台の上に腰かけた。

梨華ちゃんが浴びているシャワーの音が聞こえる。

さきほどの、エッチな光景が、リアルに蘇ってくる。 身体はダルいんだけど、まだイケそうな気分だった。

もう一回くらい、したい。美貴は股間に触れた。

 

「はぁ〜さっぱりしたぁ」

 

笑顔で梨華ちゃんが戻ってきた。胴体に白いタオルを巻いている。

美貴は、梨華ちゃんの細いシルエットを見つめた。

呆れるくらい良いカラダしてやがる。

 

「あれ?何か着るもの…」

「うん。あれしかないっぽい」

「えぇ…」

「白衣着れば?」

気が進まない様子だったけど、梨華ちゃんは白衣を手に取った。

美貴が見ている前で、タオルを外し、白衣を羽織る。

「どう?似合う?」

「…うん」

 

てか前!丸見え! でもツッコめない。

あまりに梨華ちゃんの裸が、素敵すぎて。

裸に白衣。エプロンより刺激的でいいじゃん。

 

「白衣なんて着るの初めて」

うれしそうに微笑みながら、梨華ちゃんは美貴の隣に座った。

「面白いよね。このホテル」

「うん」

「美貴ちゃんも、体操服、着れば?」

「…やだ」

「えぇ〜着てよぉ」

「あれ着るくらいなら裸でいい」

「そう」

 

梨華ちゃんが、美貴の方へ身体を倒す。 ぴったり寄り添って、彼の二の腕を撫でる。

「な、なに?」

「いや……なんか不思議だなぁと思って」

「何が?」

「なんであたしたち、エッチしたんだろ」

 

それは、当然の疑問だった。

美貴だって、ずっと考えていた。

 

「ここに来た時はもう、あたし酔い醒めてた。 だから、酔った勢いなんかじゃ、絶対ないの」

「…うん」

「あたしも別れたばっかりだったし…お互い、寂しかったのかな」

梨華ちゃんの頭が、美貴の肩に。

 

「ねぇ…」

「ん?」

「これからも…こうやって一緒に居られないかな?」

「……」

 

二人の間に訪れる沈黙。 梨華ちゃんは美貴の答えを待っていた。

 

「松浦グループの娘さんのこと、ずっと好きなら、それでいい。

でも、そのせいで美貴ちゃんがずっとひとりぼっちっていうのは、許せない」

「梨華ちゃん…」

「美貴ちゃんがそれでいい、って言っても、やだ。

あたしは、美貴ちゃんがずっと辛い思いしてるの、黙って見てらんないの」

「なんで…なんで梨華ちゃんがそんなにおれのこと」

美貴は笑った。 だって二人は、ついさっきまでただの同僚だったのだ。

少しは親しい関係だったけれど、そんなに心配される筋合いは、無い。

 

梨華ちゃんが身体を離し、美貴を見た。

「なんで?そんなのわかんないよ」

「じゃあ」

「わかんないけど…放っとけないの」

そっと、抱き寄せられる。 美貴は梨華ちゃんの温もりに包まれて、急に泣きそうになる。

「…放っといてよ…おれはもう…誰も好きになんか」

「いいよ。あたしはそれでいい」 ぎゅうっと、強く抱きしめられる。

いいって。それでいいって。 つまりそれは、これから美貴と、そういう関係になりたいってことで。

 

「いいわけないじゃん…」

「どうして?」

「梨華ちゃんにはもっと、おれなんかより良い相手がいるでしょ」

「どこに?」

「それは…」

「いないでしょ?」

「…」

「だから、いいの」

「…本気?」

すると、梨華ちゃんが腕を緩め、美貴の顔を覗き込んだ。 そして呆れた顔で、答える。

 

「あたしはいつも本気だって。何回言わせんの?」

 

そっとキスされる。ただの、触れ合うキス。

美貴はただポカーンとして、梨華ちゃんを見つめていた。

えへへ、と微笑んでる梨華ちゃん。 この人には敵わないと、美貴は思った。

もう誰も好きになんかならない。もう恋なんてしない。

とあの時から必死に張ってきたバリアーが、なんか、ぶち壊された感じ。

しかも、無理矢理、力ずくで強行突破されたような。

頭の後ろの方をかいて、力なく美貴も笑う。

でも、そうやって誰かに引っ張り出されないと、 自分は一生、

なんか変な殻に閉じこもったまま、出てこないんだろう。

今までは、ずっと閉じこもったままでいい、そう思っていたけれど、

梨華ちゃんと話していたら、なんだか身体がウズウズしてくる。

この際一気に飛び出してしまいたい。

美貴の心は、今夜だけですっかり、変わってしまっていた。

 

診察台に横たわった美貴と、その上に跨る梨華ちゃん。

元々着てないようなものだった白衣を脱ぎ、彼女は裸になった。

美貴の手を取り、自分の乳房へと導く。

「揉んで…」

そうお願いされ、美貴の指が動き始める。

美貴の手に重ね、梨華ちゃんも揉んでいる。

気持ち良さそうに少し微笑みながら、美貴を見下ろしている。

その淫らな姿と、さっきの真剣な姿のギャップは計り知れないものがある。

梨華ちゃんが身体を前に倒して、美貴に口づけてきた。

美貴も、彼女の背中に腕をまわしてそれに応える。 積極的に舌を入れてくる梨華ちゃん。

すごいエッチ。 すごいエッチすぎて、みるみるうちに復活してくる。

 

目の前に、梨華ちゃんのアソコ。 そして美貴のアソコは、梨華ちゃんの目の前に。

こんなハレンチな体勢、ありえないよ。いいの?こんなカッコ。

戸惑いながらも、梨華ちゃんからアソコの先っちょに口づけられ、 美貴は何とも知れない声を上げた。

 

「ん…ん…」 アソコを咥えて、顔を上下させ、無言でジュボジュボさせる梨華ちゃん。

やべえすっげえキモチイイ。 そして、舌先で丁寧に弄られる。敏感な部分も、全部。

「あぁぁ……」

情けない声が、口から飛び出してくる。

「美貴も…して…」

「ん」

妖しく光るソコに、顔を埋める。 溢れるものを、力いっぱい吸い込む。

梨華ちゃんは艶かしく腰をくねらせて悶えた。

 

夢中になって、お互い快感を与え合う。 いやらしい音が部屋じゅうに響いている。

ふっと、梨華ちゃんの動きが止まり、美貴も止まった。 でも、すぐに再開する。

梨華ちゃんがイクまで、むしゃぶりついた。

 

息の荒い梨華ちゃんはそのまま、また美貴の方を向いた。

そして、美貴の思った通りアソコを握り、自分の穴に挿入する。

「…はぁ」

一旦、一息ついて、梨華ちゃんは美貴を見下ろした。

微笑んでから、腰を振り始める。

 

診察台の上。騎乗位で、交わる。 まだまだイケる。どんどんイこう。イッちゃおう。

快感に耐える美貴の顔を見て、満足そうな梨華ちゃんは、 激しく腰を動かして、自らも快感に喘いでいた。

エッチって、こんなに気持ちが良いもんだったっけ。

もしかして相手が梨華ちゃんだから、こんなに。 わかんないけど、細かいことはもういいや。

美貴もガンガン腰を振る。 何もかも全て忘れて、梨華ちゃんと…

 

「あ…もう……」

「いっしょに……いっしょにイこう」

「ハァ…」

「あっ」

次の瞬間、梨華ちゃんが背中を仰け反らせた。 少しの時間差で美貴も果てた。

三回目も、やっぱり、梨華ちゃんの中で。

 

 

*****

 

 

「松浦グループの娘さんって、どんな子?」

ベッドの上。 美貴が梨華ちゃんに腕枕して、髪を撫でていたら突然そんな質問が。

「どんな子って…可愛いくて、頭が良くて…わがままで、マイペースで」

「高校が同じだったんだっけ」

「そう。初めて会ったのが、向こうの入学式だった。 おれ、ちょうど生徒会の役員かなんかで、出席しててさ」

「生徒会とか…」

「そこツッコむ?」

「真面目な高校生だったんだね」

「ちょ、あんたどういうイメージ持ってるわけ」

梨華ちゃんがクスクス笑う。 その振動が美貴にも伝わってきて、自然と笑顔になる。

 

「初めて話したとき、もう、運命だって思った。

すぐ連絡先教え合って、それから付き合うまで、一週間もなかった」

「すごいね」

「うん。で、それから何年だ…五年くらい、付き合って」

「童貞も捨てて」

「そう。でも、おれもどうしていいかわかんなかったからさ、

今考えると、ちゃんと気持ち良い思いさせてあげられてたのかなって思ったり」

「…好きな人とするエッチが気持ち良くないわけないじゃん」

上目遣いで、梨華ちゃんは美貴を見た。

「彼女だって、きっと同じ風に思ってると思うよ」

「そうかな…そうだったらいいけど」

「そうだよ。自分が好きになった人は、ちゃんと信じないと」

「うん。梨華ちゃんは?初恋とかいつだったの」

「中学のとき。あたしも運命だ、って思ったよ」

「相手、どんな人?」

「すっごいカッコイイ人。年下だったんだけどね。 背が高くて、色白で。やさしくて、すごいモテる人だった」

「完全無欠だ」

「そう」

「付き合ったの?」

「付き合ってない。お互い、意識し合ってるのは薄々わかってたんだけど、

向こうが家の事情で引っ越しちゃって。それから連絡も取れなくなって」

「そっか」

「しょせん、運命の相手とは結ばれないんだよ」

「なんだそれ」

「幸せになるには、妥協も必要だってこと」

「ちょ、妥協って…」

「美貴ちゃん、これから、幸せになろうよ」

「…」

「美貴ちゃんは、幸せになんなきゃいけないの」

「…は?」

「松浦グループの娘さんも、きっとそう思ってる」

「いやいや。それはない」

「いいから。黙ってあたしと一緒にいればいいの」

「えぇぇぇ。命令形?」

「うっさい」

「ちょ!もう…無理だって……アン」

 

 

*****

 

 

ピースカンパニー本社ビルの前。

さっきから腕時計をチラチラ見て、時間を気にしている男が一人。

 

「美貴ちゃん」

 

後ろから梨華ちゃんに肩を叩かれて、美貴は振り返った。

 

「遅いよ」

 

そう言われても。梨華ちゃんは苦笑い。

付き合い始めてから、美貴は残業なんてしなくなった。 今までの働きぶりがウソのよう。

 

「さ、メシ行こうメシ」

「うん」

 

歩きながら、梨華ちゃんが美貴に腕を絡める。

寄り添う二人の姿は、恋人同士そのもの。

そう。美貴は結局あれから梨華ちゃんと付き合い始めたのだ。

 

二ヵ月後、梨華ちゃんのおめでたが発覚しちゃうだなんて、

彼女の魅力にメロメロな美貴はこれっぽっちも思っていなかったとさ。

 

 

 

おわり