「暴力の応酬」って言うな! - 世界人権宣言とガザの屠殺の不条理

世界人権宣言には次のように書かれている。「第3条、すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。第5条、何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。第6条、すべて人は、いかなる場所においても、法の下において、人として認められる権利を有する。第7条、すべての人は、法の下において平等であり、また、いかなる差別もなしに法の平等な保護を受ける権利を有する」。いつも思うのは、どうして世界の中で、パレスチナに住む人々だけが、この高尚な宣言の例外に置かれているかということだ。1948年の第3回国連総会で採択され、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」として、いわば世界の憲法として尊重され遵守されているはずのこの人権宣言の適用と効力から、どうしてパレスチナだけが除外されるのかということだ。そしてまさに、この私の素朴な疑問への痛烈な回答と言うべきか、第2条にはこうも念入りに書いている。「(すべて人は)、個人の属する国又は地域が独立国であると、信託統治地域であると、非自治地域であると、又は他の何らかの主権制限の下にあるとを問わず、その国又は地域の政治上、管轄上又は国際上の地位に基づくいかなる差別もしてはならない」。何という壮大なスケールのブラックジョークだろうか。安保理でガザ問題を討議するときは、これらの条文を太字でパネルにしたものを、あの丸テーブルの中央に置くべきだ。

精神が萎れる痛快な国連の諧謔は続く。宣言の前文にはこう書いてある。「人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権保護することが肝要である」から、「この世界人権宣言を公布する」のだと。この世界人権宣言の目的が書かれてある。本当に、この世界人権宣言というのは、パレスチナの不条理をくっきりと際立たせ、国連がいかに欺瞞と偽善に満ちたものかを証明づけるためにあるようなものだ。この前文の一節を読んで誰もが思うのは、あのハマスのミサイル攻撃ではないか。オモチャのような、悉く撃墜されて地上の標的に命中することのない、弱者の抵抗の象徴でしかない惨めな「武力」。しかし、他に手段がないから、ハマスはあのミサイル発射を続け、ガザを統治する武装勢力たる面目を保っているのである。ガザの正統な統治主体としての存在証明を、国際社会に向けて懸命にデモンストレーションしているのだ。パレスチナが独立国家であって、自分たちは国家主権を守る軍隊なのだと、イスラエルの侵略戦争に対して武力で反撃しているのだと、自衛権を発動しているのだと必死で訴えているのである。欧米の政府と報道がテロだと決めつけて貶めるハマスのミサイル攻撃こそ、まさに、世界人権宣言が前文で言うところの「圧迫に対する最後の手段として反逆に訴える」姿であり、ガザがこうした「反逆」をせずに済むよう、国連は「人権保護」をする義務があるのではないのか。

何の罪もない子どもが、イスラエルの空爆で次々と殺される。ミサイルで爆撃され、白リン弾で焼き殺される。それを世界中の人間がテレビで無表情に見ている。朝日の7/12の紙面(1面)に、ガザで記者が現場ルポした記事があり、新築した家を空爆されて破壊された47歳の男の言葉が載っている。「何の警告もなかった。この状況で、恨まない人がいると思うか」と。ガザは幅6-10キロ、長さ40キロの細長い土地で、東京都23区よりも狭い面積に160万人が住んでいる。周囲を閉ざされた牢獄だ。そこに住む無抵抗の市民に対して、無差別にイスラエル軍が攻撃して殺戮を繰り返している。この地獄の現実に対して、外から見ている者が、それを「暴力の応酬」「暴力の連鎖」の語で表現することが、どれほど愚かな錯誤であり、冷血な鉄面皮であり、パレスチナに対する不当な差別と侮辱であることか。欧米と日本のマスコミは、殺戮されるガザの住民に対して申し訳程度の同情を示しつつ、それは、ガザを実効支配する過激派ハマスが無謀にもイスラエルをミサイル攻撃した代償なのだと言い、お前たちの無分別が招いた自業自得なのだと冷酷に切り捨てている。ハマスの暴力に原因と責任があり、ガザの住民がハマスを拒絶してその支配から離脱すれば、こんな酷い目に遭わなくて済むのだと、そう報道して視聴者を説得している。まるで、ガザの人々が東京の人間と同じ自由な暮らしをして、平和な環境で自由な政治選択ができるかのような言い方だ。

相変わらず、「暴力の応酬」の言葉が無造作に無反省に使われる。前回、2008年の年末の空爆と侵攻のときは、日本のマスコミ報道は、今回と較べれば少しはまとな感性が残っていて、「圧倒的な非対称」の語を説明に頻繁に用い、イスラエルに対して若干の批判的な視線を送る者もいた。今回はいない。「暴力の応酬」の語を無造作に口にするということ、「暴力の応酬」の表象でこの事実を定義づけるということは、イスラエルがガザの牢獄の子どもたちを虐殺し、死体の山を築いていくのを、無造作に肯定し黙認しているのと同じだ。意味は同じだ。ガザの160万人は何なのか。人間なのか、凶悪犯罪を犯した死刑囚なのか、虫けらなのか。判官贔屓の心性を言われ、それを自他共に認める日本人が、こんな非情な報道をマスコミにさせ、何の痛痒も感じることなく平然としていることが、私にはどうにも我慢ができず、心が苛まれて神経衰弱にさせられる。日本人は、飼い主に捨てられたイヌが保健所で殺処分されるのにも、涙を流して惻隠し、両手を合わせて瞑目し、小さな命を守る運動に奔走したりする。小保方晴子に無駄に切り刻まれて、理研のゴミ箱で死骸となったネズミたちに憐憫する。それなのに、同じ人間の、何の罪もない子どもたちが、生まれてこの方、生活も、教育も、何もかも、イスラエルの嗜虐のために不自由で苦しい思いを強いられて生きてきただけの子どもたちが、爆殺され焼殺され、処刑され屠殺されてゆくのを、当然の政治情景だと正当視して看過している。

テレビのガザ報道で登場する現地の記者たちは、どれもイスラエル国内からレポートをしている。まさか立入禁止なのだろうかと思っていたら、田中龍作がガザに入って記事を書いていた。朝日の国際面の記事も、ガザから記者が発信している。しかし、テレビのニュースはイスラエルからの報告のみで、イスラエル目線のものばかりだ。何で、日本のテレビ局の記者はガザに入らないのか。特に、7/14の報ステの荒木基の現地報道はひどかった。イスラエル側の代弁そのもので、ガザ攻撃を正当化する言い分を記者の立場で日本の視聴者に刷り込んでいる。NHKではなく、テレ朝がこんなことをやっている。7/14の映像では、イスラエル軍の報道官にインタビューしている最中に、恰も偶然に、ハマスのミサイルを迎撃するイスラエル軍のアイアンドームが発射された。だが、おそらく、あれはヤラセだ。事前にイスラエル軍の報道官と打ち合わせし、偶然に見せかけて、意図的にあの場面を撮影している。イスラエルの宣伝のためであり、ハマスのミサイルを百発百中で撃ち落としている戦果を強調する狙いの絵だ。イスラエルの戦争プロパガンダにテレ朝が協力している。こんな異常な偏向は、これまでの日本の報道ではなかった。2008年のガザ侵攻の前までは、イスラエルの苛烈な占領政策によって窮迫し悲鳴を上げるガザの様子を、テレ朝の鳥越俊太郎やTBSの筑紫哲也などが、ガザの民衆に内在して伝えていた。

NHKでも、道傳愛子が海外ネットワークを放送していたときは、ガザの惨状と抵抗に気配りするジャーナリストの目線があった。推測するに、きっと、この変化と傾向は、日本だけでなく、他の先進諸国でも同じなのだろう。11年前の2003年、米国の23歳の平和活動家が、ガザでイスラエル軍のブルドーザーに轢き殺された事件があった。欧州のマスコミは、この事件を大きく取り上げてイスラエルを非難していたものだ。当時と現在とを較べると、全く論調が変わってしまっている。2011年のエジプト革命とその後に誕生したムルシ政権は、パレスチナの人々にとって希望の曙光だったが、それがクーデターによって潰され、再びガザは国際支援なき孤児に戻った。エジプトのクーデターとラファ検問所と地下トンネルの封鎖の後、ガザへの包囲と圧力は強まり、イスラエルは虎視眈々と空爆と侵攻の機会を窺っていた。ハマスを殲滅するために。今回、とても気になるのは、イスラム世界、特にアラブ世界で、反イスラエルのデモの規模が小さいことだ。地上侵攻があれば、もっと大きな抗議の声が上がるかもしれないが、2008年のときや、2006年のレバノン侵攻のときは、もっと激しい反イスラエルのデモがあった。特にカイロで、そしてパキスタンの諸都市で、巨大な反米・反イスラエルの街頭行動があり、治安の警官隊と衝突する場面があった。カイロでのデモが報道されないのは、やはりムスリム同胞団がシーシ政権の弾圧によって壊滅的な打撃を受けたからだろうか。

パレスチナとガザの問題は、世界の人権状況の水準を示すインジケーターなのであり、ガザの抵抗力が弱くなっていること、瀕死で抵抗するガザへの世界からの支持と共感が小さくなっていること、ガザ発の良識のジャーナリズムが減少していること、ガザのイメージのプラスシンボルの度が縮小していることは、世界の市民の平均的な人権レベルが低下していることとパラレルな関係なのだ。米国とイスラエルのイデオロギーが世界の多数の感化に成功し、ジェノサイドの悪魔であるはずのイスラエルが、「正義」の表象を獲得しつつあることを意味する。それは、10年前と較べて、5年前と較べて、世界から理性の力が衰えていることを示す徴表でもある。最後に、蛇足ながら、世界人権宣言に纏わるとっておきの悪い冗談を付け加えておこう。アムネスティのHPには、世界人権宣言というのは、ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺と日本によるアジア諸国の侵略と虐殺の惨禍の歴史を踏まえたものだと説明されている。歴史の常識ではあるけれど、何とも、二重の意味での皮肉が眼前に立ち現れるではないか。前者(ナチス)の皮肉については誰でも肯首するところだろう。後者(日本軍国主義)の皮肉というのは、今、この国でイスラエルのガザ攻撃を非難する論陣の先頭に立ち、その暴虐を糾弾するエバンジェストとして活躍しているフィフィが、南京大虐殺は幻であると言い、従軍慰安婦は捏造であると言い張る右翼の一味であり、中韓を罵倒して日本のファナティシズムを鼓吹している扇動家だからだ。

だから、フィフィの主張には全く説得力がなく、その言葉は人の心に響くことがないのだ。日本で極右が、欧州でネオナチが台頭していることと、ガザ発の正義と良識のジャーナリズムが衰退していることは、無関係な出来事ではないと私は思う。



by yoniumuhibi | 2014-07-16 23:30 | Trackback | Comments(3)
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Commented by 長坂 at 2014-07-17 01:31 x
いつもの事ですが、ここは日本の良心。本当に救われます。
Operation Protective Edgeとは?アメリカがイラクを侵略した時の"Shock and Awe"の様な、白人の俺様が圧倒的な軍事力で無差別攻撃し、徹底的に破壊し尽くしてアラブ人を恐怖のどん底に突き落とす、戦慄の作戦なんですね。こんなイスラエルと防衛(?)分野での協力強化を約束してしまった日本。イスラエル寄りの報道をしないと、官邸から恫喝、土下座泣いてお詫びになるのでしょう。
イギリスでは、パレスチナの歴史を無視した偏向放送をしたBBCに抗議して、各地で大規模デモが起こっているそうです。
やらせのアイアンドームもよくわかりました。あの女性の淀みなく話す米語、やっぱりね、でした。
村上春樹さん、卵の出番です。ガザを助けて。
Commented by 桜坂 at 2014-07-17 06:47 x
1980年9月に始まったイ・イ戦争(湾岸戦争)がTVで放送されるのを見ながら「私達はいったい何を見てるんだ・・・」と、表現できない感覚、感情になったのを今でも鮮明に覚えています。
あの時なんというか・・・人としてのまっとうな感覚に強い麻酔薬を打たれている様な、何とも言えない不可思議で不気味な感覚になりました。
お笑い番組や企業のCMと一緒に並べられた戦争・殺戮。
感情のどこか中枢部に麻酔科麻薬を撃ち込まれ、神経衰弱、思考マヒ、思考停止に無理やり持っていかれるような。

戦場カメラマンと呼ばれる命がけのジャーナリスト達の1枚の写真が、戦争の悲惨さ、残酷さを訴えた時代がかつてはあり、人の心を突き動かすジャーナリズムがありました。それは今でも脈々と続いているとは思いますが
「突き動かされる側」に麻痺が起こっている気がしています。

絶望的な気持ちになりますが、大きなことはできなくてもそれでも、名もなき一人の人間としてせめて自分の子供達だけでもどんな理由があっても「戦争はいけない」といい続けたいと思い、子供達には「お母さんは家庭内九条の会」と呼ばれています。

ブログ主の言葉にはいつも、心を強くさせていただきます。
Commented at 2014-07-19 02:00 x
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