なぜ絶滅寸前になってしまったのか。サクラソウの生態に関する研究は進んでおり、だいたいその理由は解明されています。今日はこのことをご紹介します。 トラマルハナバチの巣作りは、冬眠から目覚めた一匹の女王バチによって始まります。冬眠から目覚めたばかりの女王バチは腹ぺこです。エサを探しに行くと、春一番に咲くサクラソウが、うまい具合に準備されています。女王バチは心置きなく、産卵と子育てに専念できるのです。 サクラソウの花筒とトラマルハナバチの口の長さの一致、女王バチの営巣時期とサクラソウの開花の一致などの事実から、トラマルハナバチがサクラソウの唯一のポリネーターであることが明らかになりました。ポリネーターとは、花粉を運んで受粉する役割を担う虫のことです。 トラマルハナバチが近くに住んでいてくれなくては、サクラソウは子孫を残すことができません。トラマルハナバチも、サクラソウが近くに咲いていてくれなくては、巣作りができないのです。両者は強固な共生関係にあるのです。 さて、サクラソウは春を過ぎると花を落としますが、トラマルハナバチはその後も生きていきます。子供たちが大きくなると、みな蜜集めを手伝うようになります。女王バチは、さらに産卵を繰り返して、大家族を形成していきます。この間、彼らを支えるのは、サクラソウの後に続いて咲く、さまざまな種類の花たちです。 秋になると、数匹の新女王バチと雄バチが誕生し、交尾をします。役目を終えたハチたちは死に絶え、交尾をした新女王バチたちだけが生き残ります。新女王バチたちは、冬眠するためにそれぞれの巣穴を探しに飛び立ちます。 このように、サクラソウが生きていくためには、実にたくさんの生物が必要でした。特にトラマルハナバチは、ポリネーターとして重要なパートナーです。むろん、トラマルハナバチが近くに住むようになるためには、サクラソウだけがいればよいというわけではありません。サクラソウの花が終わった後にも、トラマルハナバチの大家族を支えるたくさんの種類の花々が咲き続ける場所でなければなりません。 さらに、トラマルハナバチが営巣するにはノネズミの古巣が必要です。トラマルハナバチの冬眠前まで、ノネズミが近くに住んでいてくれなければなりません。そういう環境がちゃんと準備されていたので、サクラソウは毎年春先に見事な花を咲かせていたのです。 ところが近年、人間によってノネズミが駆除されました。20年ほど前までは、用水路やドブ川などにノネズミがちょろちょろと走っていましたが、感染症の媒体になるという理由から徹底的に駆除が行われました。 その結果、トラマルハナバチも生活の場を失いました。そして、唯一のポリネーターを失ったサクラソウも、絶滅を待つばかりとなってしまったのです。 我々の身に起こるかもしれない感染症の予防には、ノネズミの駆除は大きな成果をおさめました。しかし、その代償としてサクラソウを巡る生態系は大きく乱されてしまったのです。 私は、「だから人間は清潔になってはいけない、自然に帰れ」とか、「科学技術を放棄するべきだ」などというような「自然保護原理主義」の立場はとりません。未完成にしろ、現在の科学技術を最大限に駆使して、清潔かつ自然にも優しい道を模索するべきだと考えます。より根本的には、人類のパラダイムシフトによって新しい科学を誕生させることです。 いずれにせよ、「自然を守ろう」と軽々しく唱える自然保護活動は無責任だと言いたいです。自然を守ると一口で言っても、それは極めて難しいことだと分かっていただきたいです。そんなに軽々しく言えるような、簡単なことではないのです。 例えば、サクラソウの保護を考えるならば、サクラソウだけを野山に植えればよいというわけではありません。トラマルハナバチやノネズミ、夏から秋にかけて咲き乱れる花々……、こういうものがそろった環境をごっそりと準備しなくてはなりません。 自然界は「有機的に一体化した存在」です。複雑に絡み合っています。その仕組みを丸ごと解明できなければ、完全な自然保護活動はできません。 |
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生物多様性
なるほど! 驚いた! の記事が満載です。 サイエンスな視点からの、神様の創造のすばらしさをいっぱい紹介していました。 目白押し!です。 以下の記事では、昨今、騒がれ、そして名古屋で国際会議に開催されるという「生物多様性」について考えさせられました。 単に生物を保護すればよいとかの保全観点では生物多様性を実現できないと感じました。 サクラソウの悲劇 自然界は「有機的に一体化した存在」です。複雑に絡み合っています。その仕組みを丸ごと解明できなければ、完全な自然保護活動はできません。 同感です。 ...続きを見る |
日々訓読生活 2009/08/01 07:36 |
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