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父子の関係 DNAより法律優先

7月18日 19時35分

佐々木一峰記者

父親と子どもの間に血縁関係がないことがDNA鑑定で分かった場合、法律上の親子関係を取り消すことができるかが争われた裁判で、最高裁判所は「生物学上の親子関係がなくても子どもの身分の安定を維持する必要があるので、親子関係を取り消すことはできない」などという初めての判断を示しました。
父親と子どもの関係について、血縁よりも法律上のつながりを優先するという内容です。今回の判決について社会部の佐々木一峰記者が解説します。

父子関係決める「嫡出推定」

今回の裁判で最大の争点になったのは、法律上の父と子の関係を決める民法の「嫡出推定」という規定をDNA鑑定の結果によって覆せるかどうかでした。
この「嫡出推定」は明治31年に定められたもので、「結婚している妻が妊娠した場合、子どもの法律上の父親は夫と推定する」というものです。

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母と子の関係が出産によって明らかになる一方、父と子の関係の証明は難しいため、こうした規定を設けることで父子関係を確定させ、子どもの法的な立場を早期に安定させるのが目的でした。
しかし、離婚や再婚も増えて家族関係が多様化しているうえ、DNA鑑定という科学技術が進歩するなかで、今回の裁判では、「推定」をすることなく親子関係を決めることができるのではないかということが問われました。

裁判になった親子とは

裁判では、北海道と関西、それに四国の3組の夫婦や元夫婦が争いました。
このうち北海道と関西の2つのケースは、いずれも妻側が夫側に親子関係を取り消すよう訴えを起こしていました。
北海道のケースは夫婦はすでに離婚し、元妻は子どもと共に、DNA鑑定で血縁上の父親とされた男性と暮らしています。
元妻側が元夫に対して親子関係を取り消すよう求める訴えを起こしていましたが、元夫は「嫡出推定」の規定があることなどから「子どもの父親は自分だ」と主張していました。

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元夫は取材に応じ、子どもが生まれてから1歳2か月になるまで一緒に暮らしたことを挙げて、「子どもをお風呂に入れたり遊んだりするのが楽しくてしかたなかった。生まれて間もない1年2か月はものすごく濃い時間で、愛情がどんどん湧いた。親子を決めるのは血縁ではなく愛情で、今も変わっていない」と話していました。
これに対して元妻側は、「すでに子どもの血縁上の父親である男性と再婚し、子どもも『パパ』と呼んでいる。親子で暮らしている現状を子どものためにも法的に反映してほしい」と述べていました。
1審と2審は、DNA鑑定の結果に加えて子どもがすでに血縁上の父親と生活していることを重く見て、いずれも元妻側の訴えを認めて親子関係の取り消しを認めていました。
関西のケースでも北海道のケースと同様に、親子関係の取り消しが認められていました。
一方、3件のうち四国のケースだけは、夫側が妻側に対して親子関係の取り消しを求めていました。
このケースでもすでに離婚が成立していますが、元夫が行ったDNA鑑定で、幼い子どもと血縁関係がないことが明らかになりました。
その結果を踏まえて、元夫側が「血のつながりがないのに、養育や、将来起こりうる相続などの法的な親子関係を強制されるのはおかしい」と主張して、訴えを起こしました。
元妻側は「DNA鑑定は誤りで、子どもは元夫の子どもだ」と反論していました。

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この裁判での1審と2審はいずれも「一定期間親子として生活した事実は軽視できない。いったん確定した親子関係を覆すことは、子どものためにも許されない」などとして、元夫の訴えを退け、北海道などのケースとは逆に親子関係の取り消しを認めませんでした。

最高裁 僅差の判断

これについて最高裁判所第1小法廷は17日、「夫と子どもの間に生物学上の親子関係がないことが科学的証拠により明らかで、子どもが妻と血縁関係にある父親のもとで順調に成長しているという事情があっても子どもの身分の法的安定を維持する必要がなくなるわけではないので、『嫡出推定』が及ばなくなるとは言えず、親子関係を取り消すことはできない」という初めての判断を示しました。
そのうえで3件について、いずれも子どもと血縁関係のない夫や元夫を法律上の父親とする判決を確定させました。

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これは、父親と子どもの関係について、血縁よりも法律上のつながりを優先するという内容で、DNA鑑定の結果が明らかでも「嫡出推定」は否定されないと判断したのです。
しかし、5人の裁判官のうち2人が反対するなど裁判官の中でも判断が分かれ、この問題の難しさを改めて浮き彫りにしました。
反対の意見を書いた裁判官の1人は、「生物学上の父親と生活しているのに法律上の父親が別にいるという状況が、果たして自然の状態だろうか」と疑問を呈しました。
そのうえで「DNA鑑定などの科学的証拠だけで親子関係を決めるのはよくないが、夫婦関係がすでに破綻し、生物学上の父親との関係を確保できるのであれば、例外的に法律上の父子関係の取り消しを認めてもよい」などと述べ、北海道のケースのようにすでに子どもが血縁上の父親と生活を送っている場合には、「嫡出推定」の例外を認めるべきだとしました。

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さらに判決の結論に賛成した裁判官の1人も「親子関係を速やかに確定することで子どもの利益を図るという『嫡出推定』の機能には現段階でも一定の意義がある」としつつ、「DNA鑑定技術の目覚ましい進歩を考慮すると、一部の例外を除いて親子関係を覆せないことには疑問も感じる」という補足意見を述べていました。
親子関係は誰もが関わる問題だけに、裁判官の間で激しい議論が交わされた様子がうかがえます。

残された課題

そのうえで判決の中では、反対と賛成の個別の意見を書いた4人の裁判官全員が、家族関係を考える際にDNA鑑定をどう扱うのかなどについて、「法律の規定が実情に合わないのであれば立法政策として検討すべきだ」などと、国会での法整備の必要性を指摘しました。
日本で行われる血縁を明らかにするためのDNA鑑定は、技術の進歩もあって急激に増えています。
取材した東京のDNA鑑定会社によりますと、血縁鑑定の件数は十数年の間に4倍から5倍に増えたと言います。

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DNA鑑定は、検査方法によっては血縁の有無を明らかにする究極的な方法といえる高い精度になりますが、日本ではDNA鑑定を規制する法律がなく、中には鑑定の精度に問題がある業者もあるといいます。
また、事実と違う鑑定結果を使って、親子関係の有無を突きつけるなどの悪用のおそれもあります。
海外では、DNA鑑定の結果だけでいったん確定した親子関係を取り消すことは、子どもの法的立場を不安定にするとの考えから、裁判所の命令以外での私的なDNA鑑定を禁止するなど、DNA鑑定の乱用を防ぐための法律整備が進んでいる国もあります。
そのため専門家からは、今後、DNA鑑定を親子関係を決める際に使うことを検討するのであれば、DNA鑑定を巡るルール作りが欠かせないとの指摘も出されています。
離婚や再婚が増え、民法が制定された明治時代とは家族観が大きく変わってきているなかで、家族関係をどう規定するのか。
いずれにしても、最も守らなければならないのは子どもの立場です。
子どもにとってどういう制度が最もよいのか、改めて考える時期に来ていると思います。


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