糖質制限ダイエットの誤り

炭水化物制限食(高蛋白高脂肪食)は高インスリン血症を招く

『ターザン(Tarzan)』(No.612, 11/10 2012) に「糖質制限が体型と常識を変える」として「正しい糖質制限ダイエット」が特集されていました。「糖質制限バッシングに提唱者が理論的に答えます!」と高雄病院理事長の江部康二先生と東海大学の大櫛陽一先生が登場しておられます。

『ターザン』は健康志向の強い男性に人気の高い雑誌ですから、読者がお二方の主張を信じて糖質制限を実行するかも知れません。危険です。以下にその誤りを指摘しましょう。

炭水化物を摂ると血糖値が上がってインスリンが分泌されることは間違いのない事実です。しかし困ったことに、一般の人だけでなく糖尿病の専門家という人たちも、炭水化物の多い食事によってインスリンの必要量(=分泌量)が増えると思っています。真実は正反対です。炭水化物が多く蛋白質と脂肪が少ない穀物中心の食事をしていると、あまりたくさんのインスリンを必要としません。インスリンの働き(効き目)がよくなるからです。昔は少量のインスリンで十分だったのですが(日本人のインスリン分泌能は欧米人の半分程度)、炭水化物の少ない食事を摂っている今どきの日本人ではその必要量が増えてしまいました。最近の日本人の膵臓は疲れています。限度いっぱいにインスリンを分泌してなんとかやりくりしますが、やがて膵臓が破綻してしまう人もいます。これが日本人の糖尿病です。日本人がさほどの肥満体でなくても糖尿病になりやすいのは、日本人のインスリン分泌能力が低いからです。

インスリンは肥満ホルモンです。穀物(炭水化物)中心の食事をして身体をよく動かしていた昔の日本人に肥満者はほとんどいませんでしたが、最近はまるまると太った日本人を見かけるようになりました。インスリンの働きが悪くなったためにその分泌が増えたのです。インスリンの働きは、炭水化物を多くするだけでもよくなりますが、これに身体活動が加わるとさらによくなります。体重のほぼ半分を占める筋肉が、少しのインスリンで、血液中のグルコースを効率よく取り込んで使うようになるからです。

『ターザン』の特集に次のような文章があります(斜体文字が引用)。

欧米では太った人が糖尿病になるが、日本人は太っていなくても糖尿病になりやすい。その理由としては「糖質の摂取が問題なのではなく、血糖値を下げるインスリンの分泌力が日本人は欧米人より低いから、それほど太らなくても糖尿病になりやすい」という説明を聞く。でも大櫛先生は「それはとんでもない誤りだ!」と言う。

「多くの専門家が日本人はインスリン分泌能が欧米人より低いと言っています。その根拠はたった一つのグラフ(上参照)ですが、このグラフが大間違いなのです」

上のグラフを見るとアメリカの白人より日本人の方がインスリン分泌機能は低いように解釈できそうだが。


「アメリカ人のデータは、絶食後に100gの糖質を摂取してインスリンの分泌量を調べたもの。日本人のデータは絶食後に75gの糖質を摂って同様に調べたものです。摂った糖質の絶対量が増えるとインスリン分泌が増えるのは当然。糖質量を補正するとアメリカ人と日本人のインスリン分泌能に違いはなくなります」

大櫛先生が「大間違い」という図のアメリカ人データは「インスリン抵抗性症候群」(日本ではメタボリック症候群あるいは内蔵脂肪症候群)の提唱者デフロンゾ教授が1988年に報告したものです*1。この原図を下に示します。大櫛先生はこの図に日本人のデータがつけ加えたのです。そもそも、日本人とアメリカ人の比較のためにインスリン濃度が測られたわけではありませんから、これらの数値を比べることは適切ではありません。測定方法によって数値が異なるからです。デフロンゾ教授はインスリン濃度の絶対値を問題にしたのではなく、糖尿病が重くなるとインスリン分泌がどうなるかを示すためにこの図を描いたのです。
*1
DeFronzo RA. Lilly Lecture 1987. The triumvirate: β-cell, muscle, liver. a collusion responsible for NIDDM. Diabetes 37, 667-687, 1988.

糖負荷試験では一般に、先ず空腹時(ブドウ糖液を飲む前)の血糖値と血漿インスリン濃度、次いでブドウ糖液を飲んでからの血糖値とインスリン濃度が測られます。デフロンゾ教授の原図には、横軸に糖尿病の重症度の指標である空腹時血糖値、縦軸に糖負荷後の血漿インスリン濃度が目盛られています。この図を見ると、アメリカ人では空腹時血糖値が120mg/dlまで膵臓が頑張ってインスリン濃度を高めるが、それを超えるとインスリン分泌が悪くなり、200mg/dlになると糖負荷によるインスリンの追加分泌がほとんど起こらないことがわかります。(この図は同時に、アメリカ人の空腹時のインスリン濃度が20μU/mlであることを示しています)。

一方、大櫛先生が提示なさった図によると、日本人のインスリン分泌は、空腹時血糖が100mg/dlのところでピークに達しています。つまり、日本人は、アメリカ人に比べて、20mg/dlも低いところでインスリン分泌の限界がきてしまうのです。日本人のインスリン分泌能力が低いことを示す貴重なデータです。「日本人のデータは75g糖負荷によるもの。100gのアメリカ人データに比べて、日本人インスリン濃度が低いのは当然である」などという話はデータの読み誤りです。

短期間の間に、日本人の膵臓は昔に比べて過重な働きを求められるようになりました。かつての日本人は炭水化物が多く蛋白質と脂肪の少ない食事を摂っていました。戦後間もなくの1946(昭和21)年の国民栄養調査によると、日本人の炭水化物の摂取割合は80.5%、脂肪7.1%でした。それが次第に脂肪の多いアメリカ型の食生活に変わってきたのです。1970(昭和41)年には炭水化物と脂肪がそれぞれ67.1%と19.2%、2000(平成12)年には57.5%と27.5%になりました。食生活が低炭水化物/高脂肪食になったために、日本人の身体が大量のインスリンを要求するようになったのです。さらに、日本人があまり身体を動かさなくなったことがこの傾向に拍車をかけました。

食生活がアメリカ型になると日本人のインスリン分泌量が増えることを、なんと、炭水化物制限食の主唱者である江部康二先生ご自身のブログで述べておられます。

ドクター江部の糖尿病徒然日記(2011年05月10日)
日系米国人と広島の日本人のインスリン分泌量・糖尿病

広島大学が1970(昭和45)年から継続している「ハワイ・ロサンゼルス・広島医学調査」によって、日本人がロサンゼルスやハワイに渡って炭水化物が少なくて脂肪の多い現地の食生活を取り入れると、遺伝的に同じでありながら日本人のインスリン分泌が増えることがわかりました。この研究が始まった頃の日本人の食事は、炭水化物と脂肪がそれぞれ67.2%と19.2%で、アメリカの42.4%と36.9%比べると、炭水化物が非常に多いものでした。江部先生も、生活習慣や環境が変われば、日本人のインスリン分泌能も上昇することを認めておられるのです。

江部先生がご自身のブログで紹介なさっている広島大学の研究とは次のようなものです*2。広島県在住の日本人7,334人とハワイ在住の日系米国人3,367人に75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)行ってインスリン分泌量を比較したところ、日系米国人の空腹時および負荷後30分、60分、120分のインスリン濃度が広島の日本人の約2倍以上でした(下図:この図は、簡単のため、空腹時と糖負荷後2時間のインスリン濃度だけを示しています)。日系米国人では、広島の日本人に比べて、インスリンの基礎分泌と追加分泌がともにアメリカ人並みに高かったのです。広島県人の空腹時インスリン濃度(基礎分泌の指標)は10μU/ml以下ですが、日系米国人では20μU/mlにもなっています。
*2
原 均.日本人2型糖尿病の不均一性 - インスリン分泌不全と抵抗性 - . 糖尿病 41 (Supplement 2), A21-A25, 1998.

このことは、一定の耐糖能(血糖処理能力)を維持するために、日系米国人は一般の日本人比べて、多量のインスリンを分泌していることを意味します。日本人は、食生活がアメリカ型の高蛋白脂肪食(低炭水化物食)に移行すると、短期間で(ハワイ移民が始まったのは約150年前)、たくさんのインスリンを分泌しなければ生きていけないようになってしまうのです(インスリン抵抗性)。さらに、40歳以上の広島県在住日本人(1,144人)と日系米国人(1,566人)の追跡調査から、広島の糖尿病発症率が5.2%であったのに対してハワイでは10.8%と、アメリカ型の食生活を受け入れた日系米国人には糖尿病が高率に発症することもわかりました。すでにおわかりいただいたと思いますが、遺伝的にインスリン分泌能力の低い日本人は、欧米型の炭水化物の少ない食事に移行すると、糖尿病になりやすくなります。低炭水化物食が膵臓にストレスを与え続けるからです。

インスリンの分泌が多くなると困ったことが起こります。1990年頃、肥満、糖尿病、脂質異常、高血圧が重なると心筋梗塞(動脈硬化)をおこしやすいという「死の四重奏」「シンドロームX」「メタボリックシンドローム」「インスリン抵抗性症候群」というアメリカ発の考え方が紹介されて話題になりました。その根底に高インスリン血症(インスリン抵抗性)が存在しています。デフロンゾ教授が「インスリン抵抗性症候群」の提唱者*3であることは先に述べました。インスリンの高い状態が続いていると、血管の内膜が肥厚し、血管平滑筋細胞が増殖して動脈硬化を起こすと言われています。
*3DeFronzo RA, Ferrannini E. Insulin resistance. A multifaceted syndrome responsible for NIDDM, obesity, hypertension, dyslipidemia, and atherosclerotic cardiovascular disease. Diabetes Care 14, 173-194, 1991.

スーパー炭水化物制限食は、その提唱者によると、炭水化物12%、タンパク質32%、脂質56%というものです。「スーパー制限食に切りかえたらみるみる体重が落ちた。嘘だと思うならやってみろ」などという方がいます。嘘だとは思いません。このような食事で体重が減るのは当たり前です。ときには、ガリガリに痩せてしまうこともあります。体重を維持するほどのエネルギーを摂ることができないからです。こんな食事をつづけていると、階段をのぼることすら大儀になってしまいます。炭水化物制限食は「先のことはどうでもよい! とにかく体重を減らしたい」という方に限りおすすめのダイエットです。

典型的なスーパー炭水化物制限食として、肉野菜炒めを取りあげます()。豚かた脂身つき200g、キャベツ100g、大豆もやし100g、にら100g、ピーマン100gを植物油・大さじ1を炒めて、塩胡椒で味をととのえます。香りづけに少量のウスターソースあるいは醤油を用いることにします。

この肉野菜炒めは、総エネルギーが612kcalで、炭水化物18g(エネルギー割合12%)、蛋白質45g(30%)、脂肪40g(58%)となりますから、スーパー低炭水化物食として合格です。総重量で600gですから普通のレストランでは3人前です。たいした量ではありませんが、この肉野菜炒めを中高年者が平らげるのは大変です。試みに、食べ盛りの高校生に食べてもらいました。第一声は「うめえ」、続いて「脂っこい。ごはん食いてえ」、そして3分の1ほどを残して「もう食えねえ」。かつ丼(800kcal)を一気に平らげる元気な高校生がごはんなしの600kcalの肉野菜炒めを食べられなかったのです。くり返しますが、炭水化物の少ない食事で体重が落ちるのは体重を維持できるほどのエネルギーを摂っていないからです。炭水化物を摂らないということは絶食と同じです。食を断てば体重が減るのは当たり前です。ただし、絶食は長くは続きませんね。

もともと、スーパー炭水化物制限食は2型糖尿病者の食事法として提唱されました(江部康二『糖質制限食のすすめ・主食を抜けば糖尿病は良くなる!』東洋経済新報社、2006年)。多くの糖尿病者がこれを試み、やがて耐えられなくなって脱落していきます。「挑んでは跳ね返される」の繰り返しです。このような食事は、本来、人間の食事ではありませんから、「こんなことをしていてほんとうに大丈夫なのか」と実践者は不安でなりません。毎日まいにち、ネット情報を探しては、その内容に一喜一憂することになります。こうなるとほとんど病気です。糖尿病以外に炭水化物恐怖症という病気に陥ってしまったのです。

かつて、大正から昭和の日本で、糖尿病患者に厳重食餌(極端な炭水化物制限食)が処方されていたことがあります()。炭水化物が12%ですから、大正・昭和の厳重食餌はまさしく江部先生のスーパー炭水化物制限食です。炭水化物が5%以下の野菜は食べてもよいという江部先生の主張もかつての厳重食餌に似ています。

当時は、入院患者が耐えられなくなるまで、このような食事が与えられていました。炭水化物が高度の過血糖を起こし、膵臓のランゲルハンス島に過重な負担を強いると信じられていたからです。このような食事は人間の忍耐を超えています。そのうちに、多量の蛋白質の弊害が明らかとり、毎食一杯程度の米飯(150g)を与えたほうがよいということになって、やがて厳重食餌は廃れました。

糖尿病は先の長い病気です。現在2型糖尿病で食事療法を行っている方々はこれから数十年も元気に過ごさなくてはなりません。糖尿病治療のエンドポイントは健康寿命の延長です。血糖が下がっても、健康を害してしまっては元も子もありません。食事療法を行っている方々はあまりにも短期の血糖の変動にこだわり過ぎています。「スーパー炭水化物制限食を始めたらヘモグロビンA1cが2%も下がった」などと大喜びするひとがいます。でも、こんな食事を10年も続けられるのはスーパーマンだけです。普通のひとには耐えられません。

2型糖尿病は、インスリンは多少とも分泌されているが、その働きが低下しているという状態です(インスリン感受性が落ちているとか、インスリン抵抗性が増しているなどといわれます)。先に登場したデフロンゾ教授*1は、2型糖尿病者と正常のひとについて、内蔵、脂肪組織、筋肉のグルコースの代謝(インスリン感受性)を測定しました()。その結果、糖尿病者でインスリンの働きが悪くなっているのは、身体で最大の容積を占める筋肉のインスリンに対する感受性が落ちているからであることがわかったのです。糖尿病であっても、脳のグルコース代謝は健康人とまったく変わりがありません。

ヒムスワースというイギリスの偉大な糖尿病研究者が、今から70年も前に、炭水化物をたくさん食べているとインスリン感受性が非常によくなることを発見しました。*4

ヒムスワースはインスリンを注射して、炭水化物の摂取カロリーが80%の人と10%の人でインスリンの効き目を比べました(上図)。炭水化物の多い食事をしていた人ではインスリンによって血糖値が速やかにしかも高度に低下しました。しかし、炭水化物の少ない食事をしていた人に同じ量のインスリンを注射しても、血糖値の下がりがわずかでその低下速度はゆるやかでした。つまり、炭水化物をたくさん食べていると、インスリンの効き目が著しくよくなるのです。
*4Himsworth HP. The dietetic factor determining the glucose tolerance and sensitivity to insulin of healthy men. Clinical Science 2: 67-94, 1935.

2型糖尿病の治療の要(かなめ)は筋肉のインスリン感受性を高めることにあります。運動によって筋肉量を増やし、炭水化物によって筋肉のインスリン感受性はたかめなければなりません。炭水化物を摂って身体(筋肉)をよく動かすことが最良の治療法です。筋肉のインスリン感受性をたかまって、少ないインスリンで活躍できるようになります。人体で最大の筋肉は太もものも筋肉(大腿4頭筋)です。ごはんを食べて歩くことが糖尿病の最良の予防であり治療でもあります。

人類は穀物を食べて人間になった!

江部康二先生は、「400万年の歴史をもつ人類は本来肉食(蛋白質と脂肪)で炭水化物を食べるようになったのは農耕が始まった1万年前からのことに過ぎない。400万年のうち399万年は肉食であった」ことをご自身の「糖質制限食のすすめ」の最大の根拠にしておられます。「人類はもともと肉食動物であるから炭水化物(糖質)は食べないほうがよい」というのが江部先生の基本的なスタンスです。本当でしょうか。

身近にいる、祖先が肉食動物の典型は犬です。犬の犬歯は牙(きば)と呼ばれるほどに強力です。私たち人間の犬歯は犬の牙のように鋭くありませし、32本中20本は植物をすりつぶすのに便利な臼歯です。さらに、人間の手足の爪は平爪(ひらづめ)で、犬のように鉤爪(かぎづめ)ではありません。これでは獲物を捕らえられませんね。犬の摂食行動を見ていると2、3回口を動かすだけでほとんど丸呑みです。さらにまた、人間では、膵液だけでなく唾液にもアミラーゼ(デンプン分解酵素)が含まれています。このことは、「ヒトは植物から活動に必要なエネルギー源(炭水化物)を補給するように進化してきた動物である」ことの一つの証拠であると考えられます。

たとえ仮に、人類の399万年は肉食であったという江部仮説を認めたとしても、その後の1万年はとてつもなく長い期間で、人類が穀物中心の食べものに適応するのに十分な年月です。上で述べたように、ハワイに移住した広島の日本人は、わずか150年足らずで、インスリン抵抗性状態に陥ってしまったのです。

地球上の動物は血糖値を上げるのに懸命です。動物は長い進化の過程で血糖を維持することに腐心してきました。動物の生命の根源はグルコースです。血糖が低くては獲物を追いかけられないし、逃げることもできません。低血糖は死に直結するのです。動物は、低血糖に備えるために、グルカゴン、エピネフリン(アドレナリン)、糖質コルチコイド、成長ホルモンなどを用意しています。あるときはグリコーゲンの分解を促し、あるときは筋肉のグルコース取り込みを抑え、またあるときは筋肉の蛋白質からグルコースを合成(糖新生)して、血糖の維持に努めているのです。

アフリカの草原の野生動物の生態がテレビで放映されていますね。ヌーやシマウマなどの草食動物は眠っている時以外は草を食べています。血糖を維持するためです。草食動物はいつも草を探して口を動かしていないと血糖を維持できないのです。ライオンなどの肉食動物は大変です。いつでも獲物を口にできるわけではありません。食えるときに腹いっぱい食ってエネルギーを貯えておくのです。獲物の動物の肉や内蔵には炭水化物がごくわずかしかありませんから、炭水化物制限食の主唱者がおっしゃるように、ライオンの血糖値は高くなりません。それでも、その太くてたくましい四肢の筋肉を動かすのはグルコースです。彼らは蛋白質からグルコースを作ってグリコーゲンを筋肉に貯えます。このグリコーゲンは極めて貴重なエネルギー源ですから、いざというとき以外はつかえません。ライオンが狩りなどで動き回るのは一日のうち4時間ほどです。あとは寝そべってグリコーゲンの消耗を抑えています。ライオンは獲物を追いかけているときでもそんなに長くは走れません。筋肉のグリコーゲンが燃え尽きてしまうからです。瞬発力はあってもその力は持続しないのです。

穀物を食べることによって、人間は血糖維持が容易になりました。餌を探しまわってはいつも口を動かしている必要がなくなったのです。穀物が人間に余裕の時間を与えました。一回の食事でだいたい5-6時間は大脳が活動できるほどに血糖が維持されます。霊長類ヒト科のホモ・サピエンスは穀物を食べることによって複雑な文明を築くことができたのです。

穀物(炭水化物)と体力

最後にこの文章を書く動機となった『ターザン』は体力向上を目指す雑誌ですから、穀物と体力に関する挿話を二つ掲げることにします。いずれも『米と糖尿病―日本人は炭水化物(糖質)を制限してはならない』(2010年7月)に掲載されている内容です。

エルウィン・フォン・ベルツ(Erwin von Baerz)は、1876(明治9)年にドイツから招かれ、東京医学校(のちの東京大学医学部)の教師となりました。1902年に退職したあとは、宮内省侍医を務め、1905年に帰国しました。日本滞在中は、西洋医学の紹介に努める一方、寄生虫病、脚気、公衆衛生、伝染病予防、温泉医学など種々の研究を行ないました。ベルツは、「肉食は瞬間的な大仕事には適しているが、それを継続する段になると植物性食物に及ばない」と述べています。肉食と運動によって筋肉は肥大しますが、その増量した筋肉に仕事をさせるのはグリコーゲンです。グリコーゲンは主として植物デンプンから作られます。肉食は継続する大仕事(たとえばマラソンや長距離水泳)には適していないのです。

以下に、島田彰夫氏の『食と健康を地理からみると−地域・食性・食文化−』(農山漁村文化協会・人間選書1998)から現代語訳の文章を引用します。( )内筆者。

「ベルツが1901年のベルリンの医学会において発表した内容が、同じ年の『中外医事新報』に紹介されている*4。それによると、22歳と25歳の人力車夫を雇い、その飲食物を調べながら、80キロの男子を人力車に乗せて、3週間の間、1日40キロずつ走らせたのである。食物は彼らが日常食べていた、米、大麦、ジャガイモ、栗、百合根などで脂肪含量はフォイト(高蛋白・高脂肪食の重要性を強調したドイツの栄養学者)の説の半分以下、炭水化物は60から80パーセントで、炭水化物が非常に多いものであった。2週間後の体重測定の結果、一人は不変、他の一人は半ポンド増加していた。そこでフォイトの説に合わせて肉類を加え、蛋白質で炭水化物の一部を補おうと試みたが、疲労が激しく走れなかったので、3日でやめて元の食事に戻したところ、また前のように走れるようになったというものである」

「これに続けて、東京から日光までの110キロの道を、馬車で走ったときは、馬を6回取り替えて14時間かかったが、同じ道を54キロの男子を乗せた人力車は、車夫一人で14時間半で走ったというエピソードを紹介し、日本の植物性の食物が素晴らしい能力を発揮させることを述べている」
*4ベルツ「植物食ノ多衆營養ト其堪能平均トニ就キテ」中外醫事新報第五百十六號1247-1249、明治三十四年九月二十日發行)

古橋広之進・元日本水泳連盟会長(1928-2009)は、敗戦直後の日本人を勇気づけた偉大な水泳選手でした。第二次世界大戦後の初めてのオリンピックは1948(昭和23)年の7月末にロンドンで開かれました。その前年、世界記録に近い成績を上げていた古橋広之進・橋爪四郎らの日本水泳陣は、ロンドン・オリンピックへの参加を熱望していました。しかし、敵国であった日本とドイツは招待されませんでした。日本が参加しなかったこのオリンピックの水泳ではアメリカが圧勝しました。日本図書センター刊行(1997年)の古橋広之進著『古橋広之進―力泳30年』(人間の記録20)から引用して紹介します。

「日本水連の田畑政治会長はロンドン・オリンピックの水泳日程に合わせて日本選手権大会を神宮プールで開いた。オリンピックは世界選手権でもある。日本選手権の成績がロンドン大会の記録よりすぐれていれば、真の世界王者はオリンピック優勝者にあらずして日本選手権大会の勝者であるという意気込みであった」

「8月6日の1500メートル自由形で、古橋は18分37秒0、橋爪は18分37秒8というともに世界新記録を樹立した。ちなみに、ロンドン・オリンピックの1500メートル自由形優勝者はアメリカのマクレーンで記録は19分18秒5であった。なお、8月8日に行われた400メートル自由形で、古橋は4分33秒4の世界新記録で再び優勝した。オリンピック優勝者アメリカのスミスの記録は4分41秒0であった。敗戦国日本が戦勝国アメリカを破ったのだ! しかも世界新記録で! 日本中が興奮で沸き返った」

「日本水泳界が国際水泳連盟に復帰したのは1949年(昭和24)年6月14日であった。古橋らはこの年の8月16日からロサンゼルスで開かれる全米水泳選手権に招待された。古橋の胸は躍った。古橋の今までの世界最高記録は未公認記録であった。日本の時計は進むのが遅いのではないかと半信半疑に思っていたアメリカ人もいたかも知れない。国際水泳連盟承認の国際舞台で記録を出せば公認される。日本人ばかりか世界が注目した」

「8月16日の午後2時半、1500メートル自由形の予選が始まった。予選A組に登場した橋爪は他を200メートルも引き離して1着でゴールした。記録は18分35秒7の世界新記録。古橋の未公認世界記録を1.3秒上回る記録であった。並みいるアメリカの観客もこの初っぱなの大記録に驚いた。日本の強さはやはり本物だった。古橋は予選B組に出場した。記録は18分19秒0。橋爪の世界新記録の30分後の大記録であった。翌日に行われた1500メートル決勝で古橋は優勝した(記録は18分29秒9、橋爪は18分32秒6で準優勝)。1500メートルでの驚異的な世界記録を目の当たりにしたアメリカの新聞記者は古橋を「フジヤマのトビウオ」と命名した。大会第三日目に行われた400メートル自由形決勝でも古橋が優勝し、日本勢は1位から4位までを独占した。つづいて行われた800メートルリレーでも、日本チームは、アメリカチームが前年ロンドンで作った世界記録8分46秒0を上回る8分45秒4で優勝した。古橋は大会最終日の800メートル自由形にも9分35秒5で優勝した」

ロサンゼルスの全米選手権大会で圧倒的な強さを見せつけた21歳の古橋は、ヘルシンキ・オリンピックが開かれた1952(昭和27)年には24歳になっていました。日本人はみんな「古橋の優勝は間違いなし」と思っていましたが、古橋は1500メートル自由形に出場しませんでした。第8のコースで400メートル自由形の決勝に臨んだ古橋は8位でした。

古橋は、その著書で、もう一つどうしても紹介したいことがあるとして次のように記しています。

「青春時代を慢性飢餓状態で過ごしたかたならお判りいただけるだろうし、今日、スポーツ栄養学を学ぼうとされている若い女性の皆さんにも、あるいは参考になるかもしれない。日米対抗に出発する前の合宿のメニューである。マネージャー原秀夫さんの手記によって、合宿中の献立を示すと次のようになる。
(朝) 米1合7勺  玉子1個 味噌汁他1品
(昼) 米1合8勺  2品 肉類を主としたもの、野菜を主としたもの
(夜) 米2合    2品 肉類を主としたもの、果物
甘味の補完としては栄太楼のウメボシ飴のようなものを時々使った」

古橋は練習合宿で1日に5合5勺(約800g)の米を食べていました。5合5勺の米は2700kcalで、50gの蛋白質を含んでいます。古橋が「スポーツ栄養学を学ぶ人の参考になるかもしれない」とメニューを紹介した意図は「強くなるにはごはんを食べなさい」ということではなかったでしょうか。日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会会長などの要職にあった古橋の「ごはん=体力」は今でも日本選手に伝わっていると思います。

詳しくは炭水化物と糖尿病をご覧ください。


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