July 18, 2014
小麦の栽培は人類を文明の興隆へと導いたが、代表的品種であるパンコムギのゲノム(全遺伝子情報)が、米英独仏日などが参加する国際コンソーシアムによって解読された。
複雑で巨大なコムギゲノムは、塩基配列の特定が特に困難だったという。作成された遺伝子地図からは、生命の糧であるパンの原料の進化について予想外の結果が導き出されたという。
プロジェクトリーダーの1人で、ヘルムホルツ協会ミュンヘンセンター、植物ゲノム・システム生物学グループのゲノム解析ディレクター、クラウス・マイヤー(Klaus Mayer)氏は、「ゲノムの数が多くても、生物が複雑になるとは限らない。いつも驚きを感じる点だ」と話す。
パンコムギのゲノムには約10万個の遺伝子が含まれている一方、ヒトゲノムの遺伝子は約2万個。「生物の複雑さを決めるのは・・・
複雑で巨大なコムギゲノムは、塩基配列の特定が特に困難だったという。作成された遺伝子地図からは、生命の糧であるパンの原料の進化について予想外の結果が導き出されたという。
プロジェクトリーダーの1人で、ヘルムホルツ協会ミュンヘンセンター、植物ゲノム・システム生物学グループのゲノム解析ディレクター、クラウス・マイヤー(Klaus Mayer)氏は、「ゲノムの数が多くても、生物が複雑になるとは限らない。いつも驚きを感じる点だ」と話す。
パンコムギのゲノムには約10万個の遺伝子が含まれている一方、ヒトゲノムの遺伝子は約2万個。「生物の複雑さを決めるのは、遺伝子の絶対数ではない。遺伝子が活性化されるタイミングやその課程、遺伝子と組織の間の相互作用に依存する」とマイヤー氏は語る。
巨大なコムギゲノムは、古代の3つの近縁種まで直接たどることができる。この3種が「倍数化」という交配プロセスを経て、マカロニやパンの原料となる小麦へ進化した。倍数化の課程では、複数の種による交配の結果、染色体の数が倍になって子孫に受け継がれる。つまり、コムギは3種の植物が1つの遺伝子パッケージ(ゲノム)にまとめられたものと言える。高等植物では比較的一般的なプロセスだが(動物ではめずらしい)、倍数化が2回起きたコムギは非常に特異な植物と言える。
倍数化は次のような仕組みで発現する。植物のゲノムには通常、両親から1組ずつ受け継いだ2組のDNAのコピーが含まれているが、極めてまれに雌雄の生殖細胞(花粉と卵細胞)の両方が2組ずつコピーを受け継いでいる場合がある。両者が受精すると、その子は4組のコピーを持つ「4倍体」になる。
コムギでは数十万年前に倍数化が1度起こり、トリティクム・ウラルツ(Triticum urartu)とクサビコムギ(Aegilops speltoides)の野生2種から4倍体のエンマーコムギが誕生した。主にコシのあるパスタの材料として使われていた古代種だ。その後、エンマーコムギはタルホコムギ(Aegilops tauschii)という野生種と再び交雑し、6倍体のパンコムギが誕生することになる。実の胚乳部分に含まれるグルテンタンパク質は、柔らかいパンに最適な性質を備えていた。
パンコムギの3組のサブゲノムは、それぞれが元の野生種の約3万5000個の遺伝子を表している。ゲノムの80~90%は、1万2000~1万5000個の塩基対の反復的な長いシーケンスで構成されおり、従来のシーケンシング手法による解析を阻んでいた。
「ゲノムのサイズと複雑さがボトルネックだった」とマイヤー氏は話す。コメゲノムは2002年、トウモロコシゲノムは2009年に公開されたが、パンコムギの解読開始は2011年まで待たなければならなかった。
◆進化的な“遊び場”
コムギゲノムのマッピングは労力のかかる作業だったという。すべての遺伝子が各染色体に沿って正しい順序で解釈されたが、遺伝子の方向と遺伝子間の領域の配列が未解明の「ドラフト版」シーケンスに留まっている。
マイヤー氏が驚いたのは、他の倍数体の植物とは異なり、3つのサブゲノムすべてで同じ機能を果たす、表面的には冗長な遺伝子が保持されていることだった。また、個々の染色体の中には、重複した遺伝子が他の穀類よりも多く含まれているようだ。冗長性の理由は不明だが、「複数の遺伝子のコピーが、新しい形質の発生にとって進化的な“遊び場”の役割を果たした可能性がある」とマイヤー氏は述べている。
パンコムギのゲノム解明は、育種家にとって興味深い遺伝子の特定や分離のスピードアップにつながると期待されている。例えば、暑さやストレス、害虫、病気などに耐性を持つ遺伝子だ。
従来は1つの遺伝子を分離するのに10年ほどかかっていた。「他の植物でもゲノム配列が公開された後にプロセスが加速した。コムギにも弾みがつくだろう」とマイヤー氏は期待している。
今回の研究は「Sciience」誌に7月17日付けで発表された。
Photograph by Jim Richardson / National Geographic Creative