●2014年某月某日 「氏、かく語りき」
・・・
「そういえばあねかわさん、近々姉帯の方へ行かれる予定があるんですよね?」
・・・ええ。
今度のゴールデンウィークあたりに、宮守と一緒に巡ってくる予定ですよ。
「羨ましいです・・・。ところであねかわさん。浄法寺って場所はご存知でしょうか?」
浄法寺・・・
確か「姉帯」姓が集中しているって所ですよね?
以前、ブログのコメントで教えてもらったんで存じております。
「以前、浄法寺の旧家小田島家の家紋が梅紋だという言及をネットで見掛けたことがあるんです。
で、あねかわさんもご存知の通り、浄法寺と言えば姉帯姓のメッカ。
これを六曜につなげられないかなー、と思いまして。」
おだじま・・・け・・・?
うめ・・・もん・・・?
「梅紋の中でも、特に星梅鉢は六曜紋と見分けが付かないほどそっくりなので、どうにかコジツケられないかと。
でも、ソースが知恵袋という頼りないもので、それ以外には文献も見つからないんですよね・・・。」
えーと・・・
ちょ、ちょっと整理させて下さい。
まず、浄法寺には小田島家という有名な一族がある、と。
そして、その小田島家は梅紋という紋様を家紋としていたらしい・・・、と。
梅紋っていうのは、こんな感じの紋様ですかね。
![umemon](http://megalodon.jp/get_contents/172538669)
んで、これが問題の「星梅鉢」・・・。
![星梅鉢と六曜紋](http://megalodon.jp/get_contents/172538670)
あー・・・。確かに似てますね・・・。
違いと言えば真ん中の丸の大きさくらいで、ぱっと見はどっちがどっちだか分からないですね、これは。
「そうですよね? で、浄法寺にある天台寺ってお寺の近くに歴史民俗資料館という資料館があるんですよ。
そこには小田島家ゆかりの諸々が納められているらしいので、行って直接確かめよう!
・・・って思ってたんですが、ちょうど冬期休館中で叶いませんでした・・・。」
あらら・・・。調べてみたら12月頭から3月末までお休みなんですね。それは災難というか、残念というか・・・。
「ここは二戸以外にも、旧南部藩の資料を扱ってると思われるので、梅紋以外にも何かあねたい村ヒントに繋がる展示がある・・・かもしれません。」
う~ん、確かにあねたい村に関係する資料が見つかるかも・・・、ってのは魅力ですね。
地図で見ると、元々行く予定だった「姉帯製菓」さんからも近いみたいですし・・・。
![浄法寺MAP](http://megalodon.jp/get_contents/172538671)
折角だから、ついでに見てきましょうか??
「え!? 本当に宜しいんですか??」
まぁバイク移動なんで、これくらいの距離なら何てことないですよ。
「それならば! 姉帯製菓さんのついでで結構ですので、ちょろっと見てきて頂けたら嬉しいです!」
・・・
あとあと冷静に考えてみれば、この資料館で小田島家の家紋が判明する確率・・・、それが梅紋である確率・・・、更にそれが姉帯家の家紋・そして六曜に繋がる確率。全てが良い方向へ転がるとは到底思えない。
どう考えても分が悪い賭けだ。
でもなぜか、私は確信していた。
そこに訪れれば、必ず手掛かりが見つかる。
間違いない。
●2014年5月4日 「二戸市浄法寺地区にて」
八戸自動車道の浄法寺インターチェンジを降りると、そこは二戸市の浄法寺地区。天台寺というお寺の門前町として栄え、漆の産地としても知られた場所だ。
今では二戸市の一部であるが、2006年までは浄法寺町という自治体だった。
前段にて情報を提供してくれた氏(仮にT氏と呼ばせて頂く)の言葉を借りると、「ちょっと特殊な感じ」のする地域・・・との事だ。
まずは第一目的であった姉帯製菓へ向かう。
![姉帯菓子店](http://megalodon.jp/get_contents/172538678)
ほどなく、姉帯菓子店に到着
なるほど・・・。T氏が「特殊な感じ」と例えた意味が分かった。
世間はゴールデンウィーク真っ最中なのだが、そんな事を微塵も感じさせない、ゆるやかで停滞した空気。昭和中期に迷い込んだかのような、独特だけどすごく懐かしいような、そんな風景。
真新しい自動販売機だけが、今の年号が「平成」である事を辛うじて示しているが、強烈な違和感は拭い去れない。
・・・あいにく、この日は店舗がお休みだった。
記念に何か買っていこうかと思っていたのだが・・・、残念だ。
・・・
さて。
非常に興味深く、まだまだ滞在したかった浄法寺地区。
しかし、この後も予定が詰まっている。次の目的地へ向かおう。
そう、浄法寺歴史民俗資料館だ。
●同日正午 「浄法寺歴史民俗資料館にて」
この日の翌日は天台寺・春の例大祭の日。本来であれば参拝客で賑わっているであろう界隈も、今日は閑散としている。
勿論この資料館も例外ではなく、おおよそ人の気配は感じられなかった。
![しりょうかん](http://megalodon.jp/get_contents/172538679)
ここで軽く深呼吸。意を決して、薄暗い館内に立ち入る。
先客は一組の老夫婦のみだった。そして老夫婦に寄り添うように、何か会話をしている女性が一人。どうやらここの職員の方のようだ。
まずは入館料を支払うべく受付へ向かったのだが、
・・・反応が無い。
カウンターから奥の事務室の様子を窺ったが、人の気配が全く無い。見える範囲で館内を見渡したが、先程の老夫婦と女性職員の他には誰も居なかった。
会話が途切れるタイミングを見計らって、女性職員に声をかけてようやく入館する。おおよそ3分の足止めだった。
・・・館内は思っていたよりも奥行きが狭い。
部屋は全部で三部屋。真ん中にリビングのある2LDKのような間取りだ。
そして、展示されている物品も大きく分けて三つ。
―― (浄法寺の特産品である)漆に関する品々
漆塗りの椀や盆といった完成品から、漆を精製する為に使用されていた道具の数々。
漆を蓄えていたと思われる桶や、(どう持つのかすら皆目検討もつかない)鎌のような器具が展示されている。
―― 「昔」の人々が使用していた、生活に関する品々
恐らく江戸~明治の時代に人々の暮らしを支えていたと思われる、農具や機織道具といった器具の数々。
―― 天台寺および土着信仰などの、信仰に関する品々
天台寺関連の様々な資料や、「オシラサマ」「子安様」などの土着信仰に関する資料の数々。
中には、二戸市指定文化財である「田山暦」の展示もあった。
・・・ひとまずは館内をぐるっと一回りし、展示の内容をチェックする。時間は10分とかからなかった。
幾つかの展示物の説明書きに「小田島」の文字を確認することは出来たが、小田島家の詳細や家紋については記載を見つける事が出来なかった。中には小田島家所有のものと思われる椀が展示されており、そこには家紋らしき紋様が描かれていたが、説明書きの記載だけでは圧倒的に情報が不足していた。
さてさて、どうしたものか・・・。
しばし考慮した後、私は職員の方に質問してみる事にした。
・・・少し離れた所から様子を窺っていたのだが、職員の方はまだ先の老夫婦と話しこんでいた。勿論、来客者への応対の一環として説明を行うのは職員としての業務であり意義でもあるのだが、彼女からは「仕事をしている」とか「これが使命である」といった堅苦しさをまるで感じなかった。しかし言葉遣いは丁寧で、必要十分な礼儀正しさを兼ね備えていた。
恐らく、自分の持っている知識をアウトプットする・・・という行為に達成感や充足感を感じるタイプなのだろう。その表情や声のトーンは至って平静であるのだが、どことなく嬉しそうなのだ。
・・・そんな彼女の言葉を遮ることも出来ず、私は館内を廻りつつ待つしか無かった。
相変わらず、館内には他に誰も居ない。どうやら休日であっても、この資料館を訪れる見学者は稀なようだ。だからこそ、来訪者に対してあれだけ丁重な対応をしているのかな・・・と、そんな事を考えつつ館内を二廻りした頃、老夫婦が入口の下駄箱に向かっていくのが見えた。どうやら彼女の案内は終わったようだ。
●同日午後0時30分 「表と裏」
彼女はまた展示物のコーナーに居た。前の老夫婦から間髪入れず、立て続けに説明を求めるのは少々酷かな・・・と思い、少し間を置いて彼女に話しかける。
私は小田島家の事について調べているのだが、小田島家で使われていた家紋についてご存知ないだろうか?
彼女は表情一つ変えなかったが、その受け答えには明らかに動揺の色が見えた。どこからどう見ても歴史や民俗学に興味があるとは思えない風体の旅行者から、この地域の旧家「小田島家」の名前が出てきた事に対する戸惑いだろう。
しかし、質問の意図を把握した彼女はすぐさま平静さを取り戻し、説明を開始した。
「小田島家の家紋は、そうですねぇ・・・。こちらの提灯に描かれている模様がオモテモンですね」
そう言って彼女が指差した方向には、以下のような紋が塗られた提灯が飾られていた。
![小の字菱](http://megalodon.jp/get_contents/172538680)
ふむ・・・。菱形の家紋は何種類か見た事はあるが、このような形は見た事が無かった。
「オモテモン」という気になる単語が出てきたが、恐らくは「表紋」と書くのだろう。漢字にすると何となく意味が推測できる。
そして「表」があるという事は・・・
「そしてウラモンなんですが・・・確かウメバチだったと記憶しています」
物事、表があれば裏もある。やはり「裏紋」もあった。
![umebachi](http://megalodon.jp/get_contents/172538681)
これがウメバチ。漢字で書くと「梅鉢」。
梅鉢とは、植物の梅を幾何学的に表した模様であり、文字通り梅紋の一種だ。
正式な家紋である表紋ではないが、T氏がネット上で見つけてきた「小田島家の家紋が梅紋である 」という情報は真実だった・・・!
この時点で、私はある種の達成感のようなものを感じていた。少なくとも、今回の依頼主であり情報元でもあるT氏には良い報告ができそうだ。だがしかし、小田島家の家紋だけで姉帯豊音の六曜にどう結びつくというのだろうか・・・?
それとも、T氏の中では既に六曜に辿りつけるだけの論法が組まれており、あとは「梅紋」という実弾を込めれば完成するというのか・・・?
私の頭では、これだけの情報で仮説から結論に辿りつく道筋を見出せなかった。
それならば・・・と、私は次の質問を職員の方に投げかけた。最初の質問よりもストレートな質問だ。
実は、私が知りたいのは姉帯家の家紋である。
もし分かるようであれば、姉帯家の家紋についてもお教え頂けないだろうか?
「『姉帯家』・・・、の家紋ですか??」
彼女の表情が、幾分険しくなった。
●同日午後0時40分 「ナカムラさんと、姉帯さんとの電話」
「さぁ、こちらへどうぞ。」
・・・私が通されたのは、この資料館の事務室だった。
広さ10畳ほどの、それほど大きくない事務室。置いてある事務用品のレイアウトや色合いがどことなく学校の職員室を連想させた。
「えーと・・・、申し遅れました。私、浄法寺歴史民俗資料館・職員のナカムラと申します。」
そういって、ナカムラさんは名刺を差し出してきた。所属や氏名・電話番号などが記されている、ごくごく一般的な名刺。本来であればこちらも名刺なりで正式なご挨拶を返すべき場面なのだが、あいにく名刺は持ち合わせていなかったし、会社の名刺をお渡ししてもそれは役に立つどころか後々不都合なことになりかねない。失礼かとは思いつつも、自己紹介のみに留めた。
お互いの紹介が終わった後、ナカムラさんは書架に並べられた本の中から何冊かを取り出した。どうやら「南部藩士」の歴史について書かれている本で、家系図やら使われている家紋などが載っているらしい。
「恐らく・・・、この辺りの本に載っているはずなのですが・・・」
しかし、数多くの武家の情報を取り纏めた本だけに、その冊数はかなりの数になっているようで捜索は難航しているようだ。その間にも、こちらから気になっていたことを質問してみた。
小田島家と姉帯家は、何かしらの関連性があるのか?
・・・答えはノーだった。少なくとも、ナカムラさんはそんな話を聞いたことがない、と。
小田島家は江戸・元禄の頃に秋田県から移ってきた一族。一方、姉帯家は九戸の乱の後に一戸町姉帯から浄法寺へ移ってきた一族。それぞれの家に接点らしきものは無かった。
この間にも、ナカムラさんは書架から何冊も本を引っ張り出しては頁をめくって内容を確認し続けていた。この資料館内にはインターネットを利用できる環境がなく、当然蔵書のデータベースなどという便利なものは利用できない。あるのは、昔ながらのシンプルな整理術とメモ書きのノート。時間がかかるのは当然で、仕方の無いことだ。
・・・ナカムラさんはしばし考慮したのち、電話を手に取った。
「同じ二戸市内の別の資料館に、「姉帯」さんって職員の方が居るんですよ。
もしその方とお話すれば、実際にお家で使われている家紋の事とか分かるかも知れないです・・・!」
本当に実在する、いわばリアル姉帯さんに電話して聞いてみる。余所者の私には思いも寄らなかった方法だ・・・。そして、この調査が第三者を巻き込んでの大掛かりな調査になることも確定した。正直、これだけの労力を割いていただく事に対して非常に申し訳なく思ったが、実際の姉帯さんから情報が頂ける・・・という機会はたまらなく魅力的であった。少なくとも、私一人の力では絶対にたどり着けない情報だ。
・・・ナカムラさんが姉帯さんを呼び出している間、不意にナカムラさんが問いかける。
「そういえば、現在お調べになっている姉帯家って、下の名前とかはあるのでしょうか?」
下の名前・・・、この場合は名字に対する名前のことだ。そして姉帯、の下の名前。名前は・・・
・・・ここで一瞬思考がフリーズする。
待て、これは罠だ。
頭の中に浮かんだ「トヨネ」という文字を一旦崩し、「いえ、特に下の名前とかはありません。」と冷静を装って答える。下手にここで実在しない「トヨネ」なんて名前を出しても、調査の妨げになるだろうし、最悪元ネタがばれたら調べてもらえなくなる可能性すらある。
ここは何も生まないのが吉、だ。
・・・そんな人知れず訪れた危機的状況を人知れず回避している間に、電話の相手は姉帯さんに変わったようだ。咲-Saki-という作品を知らない、第三者の口から「姉帯さん」という単語を聞くのは妙な感覚だな、と思った。
・・・電話の結果を待つ間、少し手持ち無沙汰になって周囲を見渡す。
館内には相変わらず、ナカムラさんと私以外に誰も居ない。建物周辺を通る車も無く、辺りは不自然なくらいの静寂に包まれていた。聞こえるのはナカムラさんの声、そして壁に掛けられた時計の秒針の音、くらいだ。
「ちょっとお尋ねしたいんですけれど・・・。姉帯さんとこの家紋、って何を使われてますか?」
ナカムラさんが本題を切り出す。
しばしの沈黙。
ずっと時を刻んでいた時計の秒針も、一瞬だけぴたりとその音を止めた。まるで質問の答えを待つかのように。
そして、その沈黙を破ってナカムラさんが口を開く。
「・・・『梅鉢』ですか?」
時計の秒針の音が、かちりと響いた。
(後編に続く)
・・・
「そういえばあねかわさん、近々姉帯の方へ行かれる予定があるんですよね?」
・・・ええ。
今度のゴールデンウィークあたりに、宮守と一緒に巡ってくる予定ですよ。
「羨ましいです・・・。ところであねかわさん。浄法寺って場所はご存知でしょうか?」
浄法寺・・・
確か「姉帯」姓が集中しているって所ですよね?
以前、ブログのコメントで教えてもらったんで存じております。
「以前、浄法寺の旧家小田島家の家紋が梅紋だという言及をネットで見掛けたことがあるんです。
で、あねかわさんもご存知の通り、浄法寺と言えば姉帯姓のメッカ。
これを六曜につなげられないかなー、と思いまして。」
おだじま・・・け・・・?
うめ・・・もん・・・?
「梅紋の中でも、特に星梅鉢は六曜紋と見分けが付かないほどそっくりなので、どうにかコジツケられないかと。
でも、ソースが知恵袋という頼りないもので、それ以外には文献も見つからないんですよね・・・。」
えーと・・・
ちょ、ちょっと整理させて下さい。
まず、浄法寺には小田島家という有名な一族がある、と。
そして、その小田島家は梅紋という紋様を家紋としていたらしい・・・、と。
梅紋っていうのは、こんな感じの紋様ですかね。
んで、これが問題の「星梅鉢」・・・。
あー・・・。確かに似てますね・・・。
違いと言えば真ん中の丸の大きさくらいで、ぱっと見はどっちがどっちだか分からないですね、これは。
「そうですよね? で、浄法寺にある天台寺ってお寺の近くに歴史民俗資料館という資料館があるんですよ。
そこには小田島家ゆかりの諸々が納められているらしいので、行って直接確かめよう!
・・・って思ってたんですが、ちょうど冬期休館中で叶いませんでした・・・。」
あらら・・・。調べてみたら12月頭から3月末までお休みなんですね。それは災難というか、残念というか・・・。
「ここは二戸以外にも、旧南部藩の資料を扱ってると思われるので、梅紋以外にも何かあねたい村ヒントに繋がる展示がある・・・かもしれません。」
う~ん、確かにあねたい村に関係する資料が見つかるかも・・・、ってのは魅力ですね。
地図で見ると、元々行く予定だった「姉帯製菓」さんからも近いみたいですし・・・。
折角だから、ついでに見てきましょうか??
「え!? 本当に宜しいんですか??」
まぁバイク移動なんで、これくらいの距離なら何てことないですよ。
「それならば! 姉帯製菓さんのついでで結構ですので、ちょろっと見てきて頂けたら嬉しいです!」
・・・
あとあと冷静に考えてみれば、この資料館で小田島家の家紋が判明する確率・・・、それが梅紋である確率・・・、更にそれが姉帯家の家紋・そして六曜に繋がる確率。全てが良い方向へ転がるとは到底思えない。
どう考えても分が悪い賭けだ。
でもなぜか、私は確信していた。
そこに訪れれば、必ず手掛かりが見つかる。
間違いない。
●2014年5月4日 「二戸市浄法寺地区にて」
八戸自動車道の浄法寺インターチェンジを降りると、そこは二戸市の浄法寺地区。天台寺というお寺の門前町として栄え、漆の産地としても知られた場所だ。
今では二戸市の一部であるが、2006年までは浄法寺町という自治体だった。
前段にて情報を提供してくれた氏(仮にT氏と呼ばせて頂く)の言葉を借りると、「ちょっと特殊な感じ」のする地域・・・との事だ。
まずは第一目的であった姉帯製菓へ向かう。
ほどなく、姉帯菓子店に到着
なるほど・・・。T氏が「特殊な感じ」と例えた意味が分かった。
世間はゴールデンウィーク真っ最中なのだが、そんな事を微塵も感じさせない、ゆるやかで停滞した空気。昭和中期に迷い込んだかのような、独特だけどすごく懐かしいような、そんな風景。
真新しい自動販売機だけが、今の年号が「平成」である事を辛うじて示しているが、強烈な違和感は拭い去れない。
・・・あいにく、この日は店舗がお休みだった。
記念に何か買っていこうかと思っていたのだが・・・、残念だ。
・・・
さて。
非常に興味深く、まだまだ滞在したかった浄法寺地区。
しかし、この後も予定が詰まっている。次の目的地へ向かおう。
そう、浄法寺歴史民俗資料館だ。
●同日正午 「浄法寺歴史民俗資料館にて」
この日の翌日は天台寺・春の例大祭の日。本来であれば参拝客で賑わっているであろう界隈も、今日は閑散としている。
勿論この資料館も例外ではなく、おおよそ人の気配は感じられなかった。
ここで軽く深呼吸。意を決して、薄暗い館内に立ち入る。
先客は一組の老夫婦のみだった。そして老夫婦に寄り添うように、何か会話をしている女性が一人。どうやらここの職員の方のようだ。
まずは入館料を支払うべく受付へ向かったのだが、
・・・反応が無い。
カウンターから奥の事務室の様子を窺ったが、人の気配が全く無い。見える範囲で館内を見渡したが、先程の老夫婦と女性職員の他には誰も居なかった。
会話が途切れるタイミングを見計らって、女性職員に声をかけてようやく入館する。おおよそ3分の足止めだった。
・・・館内は思っていたよりも奥行きが狭い。
部屋は全部で三部屋。真ん中にリビングのある2LDKのような間取りだ。
そして、展示されている物品も大きく分けて三つ。
―― (浄法寺の特産品である)漆に関する品々
漆塗りの椀や盆といった完成品から、漆を精製する為に使用されていた道具の数々。
漆を蓄えていたと思われる桶や、(どう持つのかすら皆目検討もつかない)鎌のような器具が展示されている。
―― 「昔」の人々が使用していた、生活に関する品々
恐らく江戸~明治の時代に人々の暮らしを支えていたと思われる、農具や機織道具といった器具の数々。
―― 天台寺および土着信仰などの、信仰に関する品々
天台寺関連の様々な資料や、「オシラサマ」「子安様」などの土着信仰に関する資料の数々。
中には、二戸市指定文化財である「田山暦」の展示もあった。
・・・ひとまずは館内をぐるっと一回りし、展示の内容をチェックする。時間は10分とかからなかった。
幾つかの展示物の説明書きに「小田島」の文字を確認することは出来たが、小田島家の詳細や家紋については記載を見つける事が出来なかった。中には小田島家所有のものと思われる椀が展示されており、そこには家紋らしき紋様が描かれていたが、説明書きの記載だけでは圧倒的に情報が不足していた。
さてさて、どうしたものか・・・。
しばし考慮した後、私は職員の方に質問してみる事にした。
・・・少し離れた所から様子を窺っていたのだが、職員の方はまだ先の老夫婦と話しこんでいた。勿論、来客者への応対の一環として説明を行うのは職員としての業務であり意義でもあるのだが、彼女からは「仕事をしている」とか「これが使命である」といった堅苦しさをまるで感じなかった。しかし言葉遣いは丁寧で、必要十分な礼儀正しさを兼ね備えていた。
恐らく、自分の持っている知識をアウトプットする・・・という行為に達成感や充足感を感じるタイプなのだろう。その表情や声のトーンは至って平静であるのだが、どことなく嬉しそうなのだ。
・・・そんな彼女の言葉を遮ることも出来ず、私は館内を廻りつつ待つしか無かった。
相変わらず、館内には他に誰も居ない。どうやら休日であっても、この資料館を訪れる見学者は稀なようだ。だからこそ、来訪者に対してあれだけ丁重な対応をしているのかな・・・と、そんな事を考えつつ館内を二廻りした頃、老夫婦が入口の下駄箱に向かっていくのが見えた。どうやら彼女の案内は終わったようだ。
●同日午後0時30分 「表と裏」
彼女はまた展示物のコーナーに居た。前の老夫婦から間髪入れず、立て続けに説明を求めるのは少々酷かな・・・と思い、少し間を置いて彼女に話しかける。
私は小田島家の事について調べているのだが、小田島家で使われていた家紋についてご存知ないだろうか?
彼女は表情一つ変えなかったが、その受け答えには明らかに動揺の色が見えた。どこからどう見ても歴史や民俗学に興味があるとは思えない風体の旅行者から、この地域の旧家「小田島家」の名前が出てきた事に対する戸惑いだろう。
しかし、質問の意図を把握した彼女はすぐさま平静さを取り戻し、説明を開始した。
「小田島家の家紋は、そうですねぇ・・・。こちらの提灯に描かれている模様がオモテモンですね」
そう言って彼女が指差した方向には、以下のような紋が塗られた提灯が飾られていた。
ふむ・・・。菱形の家紋は何種類か見た事はあるが、このような形は見た事が無かった。
「オモテモン」という気になる単語が出てきたが、恐らくは「表紋」と書くのだろう。漢字にすると何となく意味が推測できる。
そして「表」があるという事は・・・
「そしてウラモンなんですが・・・確かウメバチだったと記憶しています」
物事、表があれば裏もある。やはり「裏紋」もあった。
これがウメバチ。漢字で書くと「梅鉢」。
梅鉢とは、植物の梅を幾何学的に表した模様であり、文字通り梅紋の一種だ。
正式な家紋である表紋ではないが、T氏がネット上で見つけてきた「小田島家の家紋が梅紋である 」という情報は真実だった・・・!
この時点で、私はある種の達成感のようなものを感じていた。少なくとも、今回の依頼主であり情報元でもあるT氏には良い報告ができそうだ。だがしかし、小田島家の家紋だけで姉帯豊音の六曜にどう結びつくというのだろうか・・・?
それとも、T氏の中では既に六曜に辿りつけるだけの論法が組まれており、あとは「梅紋」という実弾を込めれば完成するというのか・・・?
私の頭では、これだけの情報で仮説から結論に辿りつく道筋を見出せなかった。
それならば・・・と、私は次の質問を職員の方に投げかけた。最初の質問よりもストレートな質問だ。
実は、私が知りたいのは姉帯家の家紋である。
もし分かるようであれば、姉帯家の家紋についてもお教え頂けないだろうか?
「『姉帯家』・・・、の家紋ですか??」
彼女の表情が、幾分険しくなった。
●同日午後0時40分 「ナカムラさんと、姉帯さんとの電話」
「さぁ、こちらへどうぞ。」
・・・私が通されたのは、この資料館の事務室だった。
広さ10畳ほどの、それほど大きくない事務室。置いてある事務用品のレイアウトや色合いがどことなく学校の職員室を連想させた。
「えーと・・・、申し遅れました。私、浄法寺歴史民俗資料館・職員のナカムラと申します。」
そういって、ナカムラさんは名刺を差し出してきた。所属や氏名・電話番号などが記されている、ごくごく一般的な名刺。本来であればこちらも名刺なりで正式なご挨拶を返すべき場面なのだが、あいにく名刺は持ち合わせていなかったし、会社の名刺をお渡ししてもそれは役に立つどころか後々不都合なことになりかねない。失礼かとは思いつつも、自己紹介のみに留めた。
お互いの紹介が終わった後、ナカムラさんは書架に並べられた本の中から何冊かを取り出した。どうやら「南部藩士」の歴史について書かれている本で、家系図やら使われている家紋などが載っているらしい。
「恐らく・・・、この辺りの本に載っているはずなのですが・・・」
しかし、数多くの武家の情報を取り纏めた本だけに、その冊数はかなりの数になっているようで捜索は難航しているようだ。その間にも、こちらから気になっていたことを質問してみた。
小田島家と姉帯家は、何かしらの関連性があるのか?
・・・答えはノーだった。少なくとも、ナカムラさんはそんな話を聞いたことがない、と。
小田島家は江戸・元禄の頃に秋田県から移ってきた一族。一方、姉帯家は九戸の乱の後に一戸町姉帯から浄法寺へ移ってきた一族。それぞれの家に接点らしきものは無かった。
この間にも、ナカムラさんは書架から何冊も本を引っ張り出しては頁をめくって内容を確認し続けていた。この資料館内にはインターネットを利用できる環境がなく、当然蔵書のデータベースなどという便利なものは利用できない。あるのは、昔ながらのシンプルな整理術とメモ書きのノート。時間がかかるのは当然で、仕方の無いことだ。
・・・ナカムラさんはしばし考慮したのち、電話を手に取った。
「同じ二戸市内の別の資料館に、「姉帯」さんって職員の方が居るんですよ。
もしその方とお話すれば、実際にお家で使われている家紋の事とか分かるかも知れないです・・・!」
本当に実在する、いわばリアル姉帯さんに電話して聞いてみる。余所者の私には思いも寄らなかった方法だ・・・。そして、この調査が第三者を巻き込んでの大掛かりな調査になることも確定した。正直、これだけの労力を割いていただく事に対して非常に申し訳なく思ったが、実際の姉帯さんから情報が頂ける・・・という機会はたまらなく魅力的であった。少なくとも、私一人の力では絶対にたどり着けない情報だ。
・・・ナカムラさんが姉帯さんを呼び出している間、不意にナカムラさんが問いかける。
「そういえば、現在お調べになっている姉帯家って、下の名前とかはあるのでしょうか?」
下の名前・・・、この場合は名字に対する名前のことだ。そして姉帯、の下の名前。名前は・・・
・・・ここで一瞬思考がフリーズする。
待て、これは罠だ。
頭の中に浮かんだ「トヨネ」という文字を一旦崩し、「いえ、特に下の名前とかはありません。」と冷静を装って答える。下手にここで実在しない「トヨネ」なんて名前を出しても、調査の妨げになるだろうし、最悪元ネタがばれたら調べてもらえなくなる可能性すらある。
ここは何も生まないのが吉、だ。
・・・そんな人知れず訪れた危機的状況を人知れず回避している間に、電話の相手は姉帯さんに変わったようだ。咲-Saki-という作品を知らない、第三者の口から「姉帯さん」という単語を聞くのは妙な感覚だな、と思った。
・・・電話の結果を待つ間、少し手持ち無沙汰になって周囲を見渡す。
館内には相変わらず、ナカムラさんと私以外に誰も居ない。建物周辺を通る車も無く、辺りは不自然なくらいの静寂に包まれていた。聞こえるのはナカムラさんの声、そして壁に掛けられた時計の秒針の音、くらいだ。
「ちょっとお尋ねしたいんですけれど・・・。姉帯さんとこの家紋、って何を使われてますか?」
ナカムラさんが本題を切り出す。
しばしの沈黙。
ずっと時を刻んでいた時計の秒針も、一瞬だけぴたりとその音を止めた。まるで質問の答えを待つかのように。
そして、その沈黙を破ってナカムラさんが口を開く。
「・・・『梅鉢』ですか?」
時計の秒針の音が、かちりと響いた。
(後編に続く)