故森光子さんの二千回を超す舞台となった自伝的小説「放浪記」の作者、林芙美子(一九〇三〜五一)は、広島県尾道市で十代の多くを過ごした。放浪記の「海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海はなつかしい」の一節は有名だ。
生まれは北九州市門司区(山口県下関市との説も)だが、下関市や長崎市、鹿児島市などを転々として十二歳になって尾道に落ち着く。尋常小学校の教師に作文と絵画の才能を認められて高等女学校に進み、地元新聞に投稿を始めたのが作家となる一歩となった。
卒業後、恋人を頼って上京。カフェー店員などさまざまな職業や、いくつかの恋を重ねながら、作家の夢を果たしていく姿は放浪記に重なる。
放浪記が世に出た一九三〇年から新宿区落合に住み始める。借家生活を経て四一年に下落合に土地を得て、自ら建物の細部にこだわって数寄屋風の住宅を新築、亡くなるまで住んだ。現在、旧居は新宿区立林芙美子記念館としてほぼ当時のまま維持保存されている。
所管する新宿歴史博物館学芸員、佐藤泉さんは「作家の住居がそのまま保存されている例は少ないと思う。放浪記から奔放のイメージが強いが、住居は隅々までこまやかな気配りがされ、しっかりした生活意識を持った人だと分かる」と話す。
今月十七日から新宿歴史博物館で「生誕一一〇年 林芙美子展」を開催している。芙美子ゆかりの北九州市立文学館、尾道市、かごしま近代文学館との協働企画展となった。会場には自筆原稿や自筆肖像画、交友のあった川端康成、壺井栄、画家の中川一政らとの書簡、半年に及んだパリでの生活、戦時中の従軍記者の写真なども展示されている。同展は来年一月二十六日まで。
佐藤さんは「放浪記があまりに強調されているが、芙美子の真価はその後の『骨』『浮雲』などの作品にあると思う。そんな芙美子の姿を見てほしい」と言う。
瀬戸内海に臨む尾道市のJR尾道駅前の商店街入り口に、旅装の林芙美子の像がある。商店街の一角に旧居があった。
母校の高等女学校は現在、県立尾道東高校となり、正門わきに芙美子の文学碑が立つ。
尾道の旧市街では、芙美子の自由な生き方が長らく、敬遠された面があったという。
今夏、同市でも生誕一一〇年の協働企画展を開いた。市教育委員会文化振興課の水馬宏昌さん(49)は「今でも微妙な意識を持つ人はいる。しかし、尾道が生んだ文学者としてもっと正当な評価が必要だと思う」と話す。
高台にある「おのみち文学の館」文学記念室には尾道ゆかりの代表的な作家の一人として林芙美子が紹介されている。
<新宿区立林芙美子記念館> 東京都新宿区中井2の20の1。原則月曜休館。入館料は一般150円ほか。電03(5996)9207。
<生誕110年 林芙美子展> 新宿区三栄町22、新宿区立新宿歴史博物館地下1階企画展示室。一般300円、中学生以下無料。電03(3359)2131。
<おのみち文学の館> 文学記念室は尾道市東土堂町13の28。ほかに志賀直哉旧居、中村憲吉旧居がある。問い合わせは尾道市教委文化振興課=電0848(25)7366。
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