父は毎晩アルコール漬けになって暴れて、母を殴る蹴るするような人だった。
なんとベタな、と思われるかもしれないが、この点は疑いようのない事実だからしょうがない。
母は私と2人きりになればいつでも父の事を話した。
昨夜も暴れて大変だった、泥酔して部屋の中がめちゃくちゃになった、今度こそ警察を呼ぼうと思った。
母はいつも頭に十円玉くらいの禿げがあったし、時折顔や腕にアザが出来ていたから、幼心に父が本当に恐ろしいモンスターのようだと思っていた。
母の話の〆はいつもこうだ。
「お父さんが早く死ねば良いのに」
このセリフはもう何百回、何千回と聞いたと思う。
そして先日、本当に父が死んだ。
聞いた瞬間、やったと思った。
これで遂に母の願いが叶った、母はもう今日から自由の身なのだと心底喜んだ。
ところが電話口の母の様子が明らかにおかしい。泣いている。おとうさん、おとうさん、とうわ言のように呟いて泣いている。
最初は嬉し泣きかと思った、でもすぐに違うと気づいた。
母は父の死を心底悲しんでいた。
思い切り頭を殴られたようなショック、虚しさ、裏切られたと言う気持ち。
あんなに父の死を望んでいたはずなのに、母はいざそうなったらみっともなく泣いて悲しんでいる。
私の気持ちは宙ぶらりんで、底抜けに晴れやかな気持ちと、吐きそうなほどの絶望感との間で発狂しそうだった。
小さな頃から父を恐れ、母に従い、母の幸せを願い、父の死を願っていた。
これでみんな幸せになれるはずだったのに、どうして私も父も母も不幸になってしまったのか。
消化しようにもあまりに長い年月をかけて積もった感情はちっともうまく消化できない。
もしかしたらもうずっと前に私の頭はすっかりおかしくなっていたのかもしれない。
そもそも誰かの死を望んで幸せになんてなれるはずもなかったのだ。