ふたりのデザイナーが語る、ガジェットに求められるプロダクトデザインとは?
かっこいい、かわいい、だけじゃないんです。
あなたがガジェットを選ぶ際に、何を重要視しますか? 価格や機能といったスペックを重視する人も多いと思いますが、実は「デザイン」で選ぶことが多いのではないでしょうか。
製品のデザインは、一般的に「プロダクトデザイン」と呼ばれています。そして、製品にとってプロダクトデザインはとても重要なもの。
そこで今回は、プロダクトデザインについて、外付けHDDなどの周辺機器の開発・販売を行うロジテックのプロダクトデザインを手がけるデザイナー、83designの矢野宏治さんと、メディアクリエイターでモノ選びの達人・ハイロックさんにご登場いただき、プロダクトデザインについて大いに語っていただきました。
普段僕らが使っているガジェットは、どんな想いでデザインされているのか。そして、プロダクトデザインの本質とはどういったものなのでしょうか。
どういう表情を持つべきかを一番大事にしている
●矢野宏治(やのこうじ)
83design代表。武蔵野美術大学卒。ロジテック株式会社に入社し、製品全般のプロダクトデザインを担当。現在は83designとしてロジテック製品全般のデザインのほか、電化製品、生活用品、雑貨など幅広い分野で活躍中。父はプロダクトデザイナーの矢野宏史氏。
――矢野さんがプロダクトデザインで気を付けていらっしゃることはなんでしょうか。
矢野 自分がデザインをしているものがどういう表情を持つべきか、ということを一番大事にしています。もし、僕がこの製品だったら、どんな風に思われたいのかということを考えてますね。クライアントのなかでの製品の位置付け、競合他社と比較した際の位置付けといったことも考えています。クライアントが親とすると、製品は子どものようなもの。「この親から生まれてくる子どもだったらどういう子どもになるのだろう」ということが大切だと感じています。
――製品を人間だと思ってデザインをしていると。擬人化のようですね。
矢野 そうすると気持ちが入りやすいというか。企業もひとつの人格で、製品はそのなかで一番ユーザに近い位置のもの。その製品で企業がどう見られるか決まると思うので。例えば、機能的な部分で好かれたいのか、所有することで満足する“いわゆる高級路線”なのか、そういうところも含めてのコントロールは意識しています。
●ハイロック
メディアクリエイター。アパレルブランド「A BATHING APE®」のグラフィックデザインを経て2011年独立。表現の場を選ばないメディアクリエイターとしてのキャリアをスタート。2014年、渋谷にLIL’RIRE CAFEをオープン。カフェでの新しいメディア表現を企画。block.fm「イルマリ & ハイロックのミッドナイトニッポン」の企画構成、出演。著書に『I LOVE FND ボクがコレを選ぶ理由』。Fresh News Delivery管理人でもある。
ハイロック 僕はグラフィックデザインをやっているので、プロダクトデザインとは方向性が違うんですが、プロダクトデザインならでは苦労というものがあると思うんです。
ハイロック 例えば、このDVDドライブ(AndroidにCDを直接取り込めるDVDドライブのLDV-PMH8U2RBKシリーズ)などをデザインする場合は、どのあたりから考えるんでしょうか。
矢野 これは前モデルが安定して売れていたんです。そのイメージを残しつつ、新しいデザインにしなければならないというので、すごく難しかった記憶があります。こういうドライブ類は、中に入る機械の寸法が決まっているので、サイズが必然的に決まってくる。だから、あまりできることはないんです。
ハイロック 一番小さい製品を作ろうと思ってやっているんですか?
矢野 僕は意識しないようにしています。スペックだけでの勝負は営業さんにとっては売りやすいと思うんですが。実際、こういう製品を購入するとき、大きさは考えますか?
ハイロック 最近はDVDドライブを持ち歩く人ってあんまりいないと思うんですよね。だからそこまで大きさは関係ないと思ってます。
矢野 だから、パソコンの周りに置いてしっくりくるようなデザインということを考えてやっていますね。ロジテックさんの仕事は、ある意味すごいストイックなんです。遊べるところがほとんどないので。
クライアントの目線を少しでも遠くする
――遊びの要素を入れようという意識はあるんですか?
矢野 提案は毎回少しずつしています。ハイロックさんもご経験があるかと思うんですが、クライアントさんが見ている未来と、デザイナーが見ている未来の距離感には、違いがあると思うんです。クライアントさんが1年先を見ているけれど、デザイナーは10年先を見ているといったような。そこで、わざとぶっ飛んだものを提案して、クライアントさんの目線をできるだけ遠くにするといったことは、あえてやっていたりしますね。そうしないと、いつまでもデザインが進化しない。デザイナーとしてよい方向にもっていけないと思っているので。これはロジテックさんに限らず、全般的なことなんですが。
ハイロック それは、お互いが長い間一緒に組んで仕事をしていこうという前提があっての話ですよね。単発で頼まれる仕事とは違います。矢野さんは、ロジテックさんのプロダクトとほとんど手がけているわけですから、そういったことも意識してやっていかなければならないですよね。僕の場合は、飲食店やセレクトショップのトータルデザインの仕事もあるのですが、お店全体でプロデュースを任されたほうがいいですね。看板だけ作ってと言われるよりも、メニューもやってグラフィックもやってというように、全部パッケージでやったほうが、自分の思った方向に持って行きやすい。
矢野 結果が出たときの喜びも大きいですよね。
プロダクトデザインはコストとの戦い
ハイロック デザイナーは、好き勝手できない場合が多いじゃないですか。プロダクトデザインの場合、どんな制約がありますか?
矢野 ロジテックさんの場合は、機械ありきなので基板の構成などは変えられない場合が多いんです。例えば、HDDの場合は前面に電源ボタンがあったほうがいいんですけど、時間の関係などでできないこともあります。でも、どうしても必要な場合は、基板の一部を変更してもらうといったことはありますね。あとはコスト。メーカー側からはコスト削減を求められます。
ハイロック コスト計算ってデザイナーでもできない場合がありますよね。それは最終的に計算してもらうんですか?
矢野 開発のマネージャーの方と相談しながらやることもあります。
ハイロック その場合、最初はコスト関係なく一番いいものを提案して、そこからコストを下げていくという感じなのでしょうか。
矢野 割とそうですね。このHDDケース(LHR-EGEU3Fシリーズ)も最初は塗装があったんですが。コスト的に合わなくてやめています。この製品は2、3年前なので、そこまでお金をかけても売り上げは伸びなかったと思うんですが。このモバイルHDD(LHD-PBMU3シリーズ)に関しては、2コートの塗装を行っています。最初は絶対コストが合わないと言われまくったんですが、塗料メーカーもこちらで指定して、絶対2コートでやってくれとお願いしました。結果的にこのHDDはロジテックダイレクトのヒット商品になりました。価格でなくデザインで売れた。ロジテックだから実現できた製品だと思います。
ハイロック これ(LHD-PBMU3シリーズ)、いいですよね。ずっと手に持っていたくなる。手触りがいい。僕はこれ、気に入りました。2コートというのはどういう感じなんですか?
矢野 下地に地の色を入れるんです。その上に質感を出すための透明な塗装をしています。塗装ひとつとっても、お金が絡んでくるので、コストとの兼ね合いというところがかなり大きいですね。自分の経験上、このくらいの売価だったらこのくらいまではできるなというのは、だいたいわかります。
ハイロック コストに関しては、わからないほうがよいということもありますよね。頭を回し過ぎちゃって、デザインが小さくなってしまうとか。でも、意外とそういうことを考えないで工場に出したら、できあがってきたりすることもありますよね。工場の人達もちゃんとした方なら、工夫してできるようにしてくれますし。
矢野 工場の職人さんたちは、そういうことを喜びとしているところもありますよね。そこを刺激したいとは思っています。
ハイロック 僕の場合だと、Tシャツをプリントする職人さんですごい人がいるんですよ。わざとできなさそうなデザインとか、細かいデザインを出すと、燃えるっていう人が(笑)。だから、自然とその人に発注してしまいますよね。
――Tシャツの印刷職人さんという方がいるんですね。
ハイロック 刷り師って自分では言っていますね。機械プリントもあるんですが、やはり手刷りのほうが風合いがいいということもあって。すごい上手な職人さんがいるんです。色の出し方もそうだし、デザインを出して注文すれば、ノウハウがわかっているからラクなんです。Tシャツプリントの場合、襟下から何cmに印刷するとか、この大きさのデザインはこのくらいにすればかっこいいとか、ワンポイントの場合は首のこの縫い目の直線上に置いたほうがかっこいいとか。それを外したりするのが遊びなんですよね。でも、基本を知らないと遊べないじゃないですか。それを知っている職人さんに発注するのはラクですよ。発注書とか書かないですもん。グラフィックだけ渡せば、いいものが上がってきますから。
デザインはだるまに目を入れること
――デザインというのは、おふたりはどういうものだとお考えですか?
矢野 あえて言うなら、だるまに目を入れるということなのかなと。命を与えるというか。製品に表情を与えるのがデザイナーの役目だと思っています。もののデザインがあることで、人との距離が近くなる。その距離感をコントロールする人がデザイナーです。
ハイロック グラフィックデザインは、目的を達成させるためのひとつの手段だと思っています。コーヒーショップのロゴマークなら、ここにおいしいコーヒー屋さんがあるから、来てくださいという目的があって、そこにお客さんを連れて行くという手段なんです。それをなるべく最短で行わせるのがいいデザインだと思っています。その機能を果たした上で、ちょっと自分なりのエッセンスが出ているのがブランドということですから。柳宗理さんだったり、マーク・ニューソンを見ていると、わかりますね。矢野さんの場合は、ロジテックの製品をデザインすることで、ロジテックを表現しているわけですよね。
矢野 ロジテックはこうあるべきじゃないかという思いでデザインしています。競合他社が国内外にあって、そのなかでのロジテックの位置付けをどうするか。ロジテックは量販店ではほとんど売られていません。ロジテックダイレクトで売られるのなら、どうするべきなのかを考えます。実際にものを見せられないというのは不利なんです。このモバイルHDD(LHD-PBMU3シリーズ)のときは、かなりワガママを言いました。塗装にとことんこだわったという、Web上の文字と写真だけでも伝わるような価値をつくり、それをユーザにきちんと伝える必要があると思ったんです。
究極のプロダクトデザインは「家」
ハイロック 矢野さんはロジテックの製品以外にも、前職でやっていた家具とか急須とか、いろいろなプロダクトのデザインをされていますが、どういうものを作るのが楽しいですか?
矢野 家電系は独特の難しさはあるんですが、基本的に手に触れないものじゃないですか。急須などの生活用品は、実際に使うシーンを想定しなくてはならない。急須だったら裏漏れとか考えなくてはいけないし、手の大きさなども考慮する。調理家電とか生活用品は、すごく経験値の必要なデザインだと思います。
ハイロック 表面上のデザインでいったら簡単なのかもしれないけれど、実際に生活になじむものにするというのは奥が深いですね。
矢野 とてもむずかしいですね。僕はやかんのデザインがしたくてプロダクトデザイナーを目指したんですけれど(笑)。1リットルとか2リットルといった水が入るからけっこう重くなるので、持ち手が重要なんです。また、水位と口の高さの関係性もすごく重要で。やかんって意外と制約が多いんですよ。だからこそデザインすると楽しそうなんですけどね。
ハイロック 僕が最近考えているのが、自分の家を作ることなんです。父親が住んでいた家を建て直そうと思っていて。頭のなかで組み立てる作業がとても楽しいんですよ。
矢野 僕も実は家を建てたいと思っていて(笑)。この事務所も自分で内装をリフォームしたんですが、それも家を建てたいという欲求から来てるのかもしれませんね。
ハイロック 僕はものをセレクトするのがすごい好きで。仕事としてもやっているんですが、家は究極のものセレクトだと考えているんです。こういうドアを付けて、こういう蛇口を付けて、壁はこういうものにしてというセレクトの集大成が家だと思っているんです。現時点での構想では、平屋でコの字になっている家にしようかと思っていて。中庭があって。僕はプロダクトデザインの究極が家じゃないかなと思っているんです。
矢野 スケールが違うだけですからね。家には、生活に関するすべてのものが入っているので、そう言ってもいいと思います。
ロジテック製品のこだわりは矢野さんのこだわり
今回は、ロジテックの製品をメインにお話を伺ったわけですが、ガジェットをデザインするというのは、僕らの想像する以上にいろいろな想いや要素が含まれているということがわかりました。
ロジテックは、「こだわり」を明確にした製品が多いのが特長。そのこだわりは、矢野さんのこだわりでもあるのです。
普段何気なく見たり使ったりしているガジェット類も、ロジテックの製品と同じようにこだわりや想いがつまったデザインがされていると思うと、扱い方が変わってきそうですね。
矢野さん、ハイロックさん、ありがとうございました。
なお、ロジテックでは製品デザイン案や製品企画案を幅広く募集しています。「こんなポータブルDVDドライブが欲しい」「この外付けHDDのここがこうだったらいいのにな」といったアイデアがあれば、ぜひロジテックさんまでお知らせください。もしかしたら、あなたのアイデアが製品化されるかもしれませんよ!
source: Logitec , LDV-PMH8U2R , LHR-EGEU3F , LHD-PBMU3
(三浦一紀)