余録:「ララバイ・エフェクト」−−訳せば…

毎日新聞 2014年07月17日 01時24分(最終更新 07月17日 01時29分)

 「ララバイ・エフェクト」−−訳せば「子守歌効果」という言葉がある。たとえば自動車の事故防止装置が進歩すると、それが子守歌のように運転者を安心させてまどろみをもたらす。結果、かえって危険が大きくなるような場合を指している▲こと原発では住民に「安心して、安心して」と子守歌のように繰り返しているうちに、リスク管理を担う自分たちまで眠ってしまったのではないか。産業心理学者の芳賀繁さんは「事故がなくならない理由」(PHP新書)で電力会社や原子力行政をそう評している▲当然にも福島第1原発事故の教訓をふまえ安全対策が強化された原発の新規制基準である。原子力規制委員会は全国の原発で初めてその新基準に九州電力川内(せんだい)原発1、2号機が合格したとの審査書案を了承した。今後地元の同意を経て、秋にも再稼働の見通しらしい▲ではその「世界最高の水準」という新基準は住民を事故から守れるのか。だが聞けば新基準の対象は原発の設備面のみで、住民避難などの防災計画はそもそも対象外だという。そちらの方は一切自治体まかせで、避難計画の実効性は誰にもチェックされぬままである▲国際原子力機関(IAEA)は原発の安全について5層の多重安全防護策を定め、他の層の防護が破られて放射性物質が漏出した時の防災計画を5層目の防護としている。新基準もこの「深層防護」の考え方にもとづいているのに、住民の被害を防ぐ策は置き去りだ▲こう見てくれば、「想定外の事態」の痛恨の経験はどこへ消えたのか。新基準で安全が高まったと聞けば聞くほど、またもや子守歌めいて耳に響く。

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