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長谷川幸洋×宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)VOL.1―民族主義の台頭によって世界のバランスが崩れはじめた

『現代ビジネスブレイブ イノベーションマガジン』---「長谷川幸洋がキーマンに聞く」より

2014年07月17日(木) 長谷川幸洋×宮家邦彦
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クリミア問題は暴力的なナショナリズムの幕開け

長谷川: 今年の世界情勢をみるとロシアではクリミア問題があって、一方で中国も南シナ海の南沙諸島でいろいろ乱暴なことをしているわけです。私の理解ではこれはロシアと中国の双方が互いに刺激し合いながらやっていることで、それを概念的に言えば、力を背景にした現状変更ということになるでしょう。

こうした試みは、1995年にアメリカがフィリピンとの合同軍事演習を最後にフィリピンから手を引いた間隙を縫って、中国がミスチーフ礁の実効支配に乗り出した辺りから始まったのではないか、と私は見ています。まず、このロシアと中国の振る舞いをどのように見たらよいか、という点からうかがいたいと思います。

宮家: 私はいつも世界情勢については、戦略的な部分と戦術的な部分に分けて話をしているんです。ロシアと中国で戦略レベルで何が起きているかというと、大きな流れで言えば、冷戦時代に封印された各国の醜く不健全な暴力的ナショナリズム、これがまた復活してきているということですね。クリミア問題は、その始まりだと思います。

ロシアの場合は民主化に失敗して民族主義に傾斜していった。中国の場合は1990年代に天安門事件の結果、民主化しないまま民族主義化していった。長い目で見ると、1945年以降の冷戦構造、さらにもっと大きな枠組みで言えば、ロシア革命以降の共産主義対自由民主主義というインターナショナリズム同士の戦いが遂に終焉し冷戦時代が終わることによって、各地の醜い民族主義の封印が解けたわけです。

そしてポスト冷戦の時代には、民族主義の復活を押しとどめるために、たとえばヨーロッパでは「ロシアという大きな熊をどうやって檻に入れておくか」ということでNATOを拡大してみたりEUを拡大してみたりしたわけですね。

クリミアやウクライナについて言えば、「ブダペスト覚書」という枠組みを作って「クリミア半島の領有を承認する代わりにウクライナは核拡散防止条約(NPT)に入って非核化する。そうすればロシアはウクライナに対する領土的野心を持たない、武力行使をしない」という約束をしたんですね。これが1994年12月5日のことでした。

そういういろいろな仕掛けをして、ロシアの民族主義の復活を押しとどめる、もしくは延期せせる努力をしたんですが、そのすべての努力が失敗した結果がクリミア問題です。

民族主義激化のきっかけは中東での失敗

長谷川: クリミア問題以前にはブダペスト覚書という枠組みがあったわけですね。

宮家: そうです。欧米人はウクライナ問題では必ずその話から始めます。ロシアはそれを強引に踏みにじったということなんですね。そして、中国もロシアが陸でやっていることを海でやっているわけなんです。ただ、それも社会主義や共産主義のイデオロギーによるものでも何でもなくて、要するに中国の民族主義の表れなんですよ。

それはつまり、世界はもうインターナショナリズムの時代が終わって、新たなナショナリズムの時代に入っているということなんです。だからヨーロッパでは今、極右勢力が台頭している。イギリスではスコットランドが独立すると言い出したし、イギリス自身もEUから離脱すると言い出した。ハンガリーでは極右の政党が台頭してきた。ウクライナの問題もその一環で、これはみんな一つのことを示している。それは冷戦構造という封印が解けたことで新たな民族主義が台頭してきたということです。

これは戦略的なレベルの話です。当然ながら旧帝国国家である中華帝国やロシア帝国、場合によってはペルシャ帝国やオスマン帝国のトルコでも同じことが起こるかもしれません。そういった旧帝国国家で新たに復活しつつある民族主義的な機運の連続上で、ロシアでも中国でも昔日の栄光を取り戻そうとするナショナリスティックな動きが起きているわけです。

その引き金となったのは、アメリカの中東における失敗とその後の停滞だろうと私は思っています。それがヨーロッパでも中東でもアジアでも起きているというのが戦略レベルの話です。

ポイント・オブ・ノーリターンを超える確率が高い米中の対立

宮家: 最近の動きでみると、元々は1991年にフィリピンで起きたピナトゥボ火山の噴火で米軍の基地機能が低下して、11月には両国間の軍事協定の期限が切れて米軍が出て行くわけですね。

そうすると、その数カ月後の1992年に中国は領海法を作って「南シナ海と東シナ海の島は全部俺たちのものだ」と言い始めるわけですよ。その力の空白が南シナ海における問題のすべてです。

そして、今年の4月28、29日にようやくオバマ大統領がマニラに行って新たな軍事協定を結ぶ。ローテーションという形ではあるけれども、米海軍と米空軍が南シナ海に帰ってくる、これをフィリピンとアメリカの大統領が共同で発表したわけです。まさにその4日後の5月2日、中国はベトナム中部沖合の西沙諸島に石油掘削装置(オイルリグ)を持ってくるわけです。

中国にしてみれば「アメリカはいまさら何を言っているのか。彼らは22年もの長い間南シナ海を放置しておいたじゃないか。その間にここはわれわれの海になったんだから、自分の海で掘削して何が悪い」という言い分なんですね。だからこのタイミングでオイルリグを持ってきたわけです。

それに対してベトナム側も「フィリピンが上手くやって用心棒のアメリカが帰ってきた。だったらこちらも少し強気に出よう」ということ、すべては1991年のフィリピン撤退の失敗が響いているわけです。ベトナムも米軍が帰ってきたことで少し元気になって、こういう事態になっているということですね。だから、これも大きな流れで言えば、米中の対立の激化というコンテクストで見るべきです。

アメリカはそれに対して何をしているかというと、上海の人民解放軍サイバー部隊の将校を5人起訴するわけです。突然そんなことをしたわけではなくて、1年前の6月に習近平をカリフォルニアに呼んでサミットを開いたでしょう。あのときの最大のテーマはサイバー攻撃の問題だったんですね。

それから米国は1年間待っても中国は何もしなかったわけです。アメリカはそれに対する答えとしてわざわざ西沙諸島でベトナムと中国がぶつかった直後に、指名手配の写真まで配ってサイバー部隊の将校を起訴するわけですね。これはもう1年越しの米中のジャブの応酬だと私は見ています。おそらく米中関係はこのままいくとポイント・オブ・ノーリターンを越えてしまうだろうと思いますよ。・・・・・・この続きは『現代ビジネスブレイブ イノベーションマガジン』vol084(2014年7月9日号)に収録しています。

宮家邦彦(みやけ・くにひこ)---キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、外交政策研究所代表、立命館大学客員教授、/1953年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。77年台湾師範大学語学留学。78年外務省入省。日米安全保障条約課長、中東アフリカ局参事官などを経て2005年退官。
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