第7話 おかしな平民
「今日は新たな仲間がこの砦にやってきた……魔法学院からの研修生という事だが、彼らは既に狂山羊を相手にその実力と勇気を示している。料理長からの伝言だが、今日はそんな彼らに対する歓迎会も兼ねて、夕食はいつもより豪華にしたとのことだ。腹いっぱい食って英気を養え! 魔物どもから国を守れ! 乾杯!」
大勢の砦の兵士たちで賑わう食堂の中、夕食の席で上座に立ち、そう言ってジョッキを掲げたのは砦の最高責任者であるロレンツォ・モスカ准将の声が響いた。
その直後、その場にいる兵士たち全員がジョッキを合わせる音が部屋を満たし、食事が始まった。
俺達、魔法学院生は基本的に研修生と言う立場であり、そうである以上、この砦の兵士たちは全員、俺たちの上司に当たる立場になるのであるから、俺達の席はてっきり一番下座に用意されるものかと思っていた。
けれど現実位には俺たちの席はかなり上座に近い位置にとられており、俺達よりも上座の席に座っているのは大隊長以上の階級の者たちと、ケルケイロたちだけである。
同じテーブルを囲む者たちは中隊長に当たる者たちと、エリスであり、俺たちの扱いの良さがよく分かる。
なぜなのか、とちょうどよく同じテーブルについているエリスに聞いてみれば、
「あんたたちの立場は微妙だから……いずれ、エリートとしてどんどん出世して言って、ここにいる奴らほぼ全員の階級を抜き去っていくことが確定しているんだからね。つまりはそういう奴らを下座にはおけないし、かと言って砦の責任者よりも上位に置くっていう訳にもいかないだろう? だから大体この辺だろう、っていう微妙な気遣いだよ。分かっておいておくれ」
と言われた。
実際に俺たちがどこまで出世するかは分からない。
准将まではいけない者が多いだろうが、中隊長までならおそらくほぼ全員が辿り着くだろう。
魔法が使える知識階級と言うのはそれだけ重視されており、また現実としてかなり有用な戦力なのだ。
そう考えると、この席はちょうどいいような気もする。
ただ、そんな気遣いをさせてしまったことを心苦しく感じないでもないが、軍と言うのは良くも悪くも階級社会なのである。
こういうことは日常茶飯事で、慣れていくべきかのかもしれなかった。
「ま、それに、席なんて最初だけだからね。そのうちみんな歩き始めて好き勝手な席に座り始めるから、大して問題じゃないさ。流石に大隊長以上の階級の者が座っているテーブルにまで勝手に座るってことはないが……ほら」
そう言ってエリスが指差した方向を見てみると、確かに兵士たちはもう自らに与えられた席を立ったり、椅子を移動したりしながら好き勝手座っている。
そして確かに俺たちの座っているテーブルを境界にして上座側に行くことは無い。
これが、この砦に流儀なのだろう、ということが分かって、なんとなく気が抜けた。
堅苦しく食事をしなければならないのかもしれないと思っていたからだ。
しかしそんなことは全くなさそうなので、俺はもう何も気にしないで目の前に置かれた食事を貪ることにした。
もし量が足りないときは、しっかりお代わりが出来るように部屋の中央に大皿がいくつも盛られているのでどれだけ食べても良さそうだ。
周りを見れば、魔法学院生たちはみな、同じようにばくばくと食べており、そこにあまりマナー、というものは感じられない。
そもそもが田舎の出である俺達タロス村の者たち。トリスとフィーは比較的行儀よく食べているが、ノールは俺達と変わらない。
兵士たちの食べ方もそんなに美しくもないし、別にこれでも問題なさそうである。
気にせずがちゃがちゃと食べることにした。
ふと、気になってケルケイロたちのテーブルを見てみれば、大隊長以上の者たちと和やかにマナーよく食べている。
彼の隣に座っている貴族らしき少年もまた、同様である。
食堂に二人で入って来たとき、ケルケイロにこの時期、友人がいたのかと少し驚くも、耳を澄ませて聞いてみるとケルケイロはその少年のことを「フランダ」と呼んでおり、納得した。
確か、過去、ケルケイロにいたらしい友人らしき人、のうちの一人の名前がそんな名だったような覚えがある。
何か問題があって友人でなくなってしまった、ということだったのを覚えているが、なんだったか。
しかし今、フランダを見ている限り、何か問題がありそうな少年には見えない。
仲も良さそうで、しっかり友達であるように思えるのだが……。
そこまで考えて、けれどここで俺が悩んだからって答えの出る問題ではないかと考えるのはやめることにした。
もし何かあったなら、いつか分かることだろうとも思ったのもある。
それからしばらく、俺は食事に没頭していたのだが、ふと手元が翳ったので振り返ると、そこにはケルケイロ――と、フランダが立ってこちらを見つめていた。
「……?」
見ているだけで何も言わないので、俺は首を傾げる。
すると、ケルケイロが言った。
「あのなぁ……ジョン、話があるんだが――俺、フェニックス家の……公爵家の跡取り息子なんだ」
一体何を言う気なのだろう、と思って身構えていたら、そんなことを言われた。
なんだ、そんなことか。初めから分かってるぞ、と言おうと思ったが、しかし言うわけにはいかないのだと気づき、別の事を口にすることにする。
「……あぁ、そうでしたか。そうとは知らず、ご無礼を働き……その、誠に申し訳――」
ございません、まで言おうとしたら、なぜかケルケイロは顔を歪めてがっかりとした顔でこちらを見つめ、それから食堂の入口へと向かって歩き出す。
なんだ、どうした、らしくないな、と言いかけたが、ここは人前である。
あの戦時中なら、もしくは同じ身分であった平兵士時代ならともかく、今この場は流石に貴族相手に敬語無しで話しかけて許されるような環境ではない。
だからこそ、そういう訳にはいかなかったのだが――とそこまで考えて、もしかして、と俺はふと思った。
今のは、客観的に見たら、俺がケルケイロが公爵家の跡取りだと聞いた途端に敬語を使って遜りだしたように見えるのではないか、と。
そうであるならば、きっと彼はショックを受けたのかもしれない。
あの歪んだ表情が意味することは、そういうことなのだろう、と。
俺は慌ててケルケイロを追いかけるべく、立ち上がる。
「どうした?」
エリスに尋ねられ、俺は言った。
「いや、ちょっと誤解を解きに」
そう言うと不思議そうな顔をされたが、特に止められもしなかったので、そのまま俺は食堂を出て行った。
◆◇◆◇◆
しかし、食堂を出たは良いが、一体ケルケイロはどこにいったのだろうか。
自室に戻ったのだろうか。
ケルケイロの部屋は確か俺たちの部屋とは正反対の方角にあったと思うが……。
そう考えながら、ケルケイロの部屋のある方向へと走ったのだが、途中、屋上へと昇る階段の手前にフランダが立っているのが見えた。
彼なら、ケルケイロの行き先を知っているかもしれない。
そう思った俺は、彼に話しかけて尋ねてみることにする。
フランダは勿論貴族であるところ、敬語で話しかけなければならない。
失礼にならないように、俺は彼に尋ねる。
「申し訳ありません……つかぬ事をお伺いしますが、ケルケイロ様はどこにいらっしゃるでしょうか?」
そんな俺の声に気づいたフランダは機嫌悪そうに振り返り、そして俺の顔を見て更に顔をしかめて、それから不機嫌な声で言った。
「なぜ僕が貴様にそんなことを教えなければならない」
「それは……」
なぜ、と聞かれると答えにくいのだが、俺が何かを言う前にフランダが畳み掛けるように言った。
「ケルケイロ様はな、貴様と話したことを楽しそうに僕に語ってくれたのだ……」
「はぁ……」
「それを貴様は、先ほどの食堂での会話で台無しにしてくれた……そんな貴様になぜ、僕がケルケイロ様の居場所を教えなければならないのだ? 答えてみろ」
つまり、フランダはケルケイロを気遣って、さらに彼を傷つけるようなことにならないように、俺にはその居場所を教えたくない、とそう言っているということだ。
俺はその言葉に意外なものを感じる。
彼と話していてふと思い出したのだが、確か、フランダ、というのは前世において、ケルケイロと友人関係にあったものの、それはケルケイロの父親にフランダの父親が借金をしていたがゆえに、嫌々付き合っていたという者だったはずだ。
それならばケルケイロが傷つこうがなんだろうが、それほど気にすることではあるまいに、意外にも真実友人として気遣っているのだ。
俺はそれを理解して、彼にはその場しのぎの台詞を言うわけにはいかないと、深呼吸してから言った。
「ケルケイロ様は……貴族でしょう?」
「あぁ」
不機嫌そうな声で明後日の方向を見ながら相槌を打つフランダ。
こっちを見ろと言いたくなる態度である。
しかし相槌を打っているという事はしっかり聞いてくれているという事だろうと安心し、俺は続ける。
「だからさきほど、私は、人前で不敬な態度を取ればケルケイロ様の不利に働くと考え、ああいった態度で会話しました」
そう言った俺に、フランダは顔を上げて、どことなく不思議そうな目で俺を見つめてきた。
そして少し考えてから、彼は言った。
「待て……それはつまり、あれか。お前は、ああいった場でなければ、ケルケイロ様に対して別の対応をしたということか?」
「そういうことになりますね」
「それは……どういう態度だ?」
「どういう……と言われましても、なんと言いますか、同年代の友人に接するような態度、でございましょうか」
そう言ったときの彼の顔は見物だった。
まるでどこかの秘境で極彩色の珍獣を目にしたかのような顔をしていて、俺は笑い出しそうになる。
しかしここで笑っては色々台無しだろうと思って、俺は耐えた。
けれど、そんな努力をしても俺の顔は明らかに笑いだす寸前に見えたようだ。
フランダが、責めるように口をとがらせて言う。
「……別に笑いたくば笑え。……ふん、そうか。お前は、ケルケイロ様にそんな態度をとるつもりだったか……この不敬な平民め」
しかし、選んだ単語とは裏腹に、彼の口調にはそれほど強い感情が込められていない。
むしろ、優しげで、柔らかな口調だった。
俺はそれを、ケルケイロに対してそういう態度をとることを、許容してくれたのだと解釈する。
だからそれを実行に移すため、聞いた。
「不敬でも構いませんよ。……彼が、ケルケイロ様が求めているのは、そういう平民だと思いますから。フランダ様。ケルケイロ様の居場所を教えて頂けますか?」
俺の言葉に、フランダはため息をついて言う。
「……まぁ、いいだろう。しかし一つ条件がある」
まさかそんなものがつけられるとは思わず、俺は少し驚く。
しかし、割と思いやり深い性格をしていることの見て取れる少年だ。
そんなに無茶は言わないだろうと思い、俺は頷いた。
するとフランダは言った。
「ケルケイロ様に敬語を使わずに、僕に対して使う、と言うのではおかしいだろう。人前ではともかく、僕に対しても、ケルケイロ様に対するように話せ。それが条件だ」
「……それは、よろしいので?」
まさかこの時代の貴族にそんなことを要求されるとは思わなかった俺は、おそらく客観的に見たら狐につままれたような妙な表情をしていることだろう。
フランダは笑って、
「ふっ……仕返しができたようだな。僕ばかり驚かされていては対等ではない……」
「……私は担がれたのですか?」
「あぁ……少し驚かせてやろうと思った。だが、俺に対する態度については先ほど言った通りにしてくれ。ケルケイロ様に敬語を使わず、俺に対して敬語、などと言うのは問題だ……分かったな……ジョン」
呼ばれて、そう言えばフランダは俺の名前をケルケイロからしっかり聞いていたのだな、と思い出す。
俺は彼の名前を知っているが、盗み聞きしたことだ。
本人に名乗ってもらった方がいいと思い、敬語を使わずに尋ねてみることにした。
「……あぁ、分かった。それで、あんたの名前は?」
自分で言ったことなのに、本当に対等の口調で言葉を発した俺に驚いたらしい。
フランダは目を見開きつつも、しかし自分で言ったことだからか頷いて言った。
「あ、あぁ……なんだ、本当に全く躊躇しないのだな。ケルケイロ様の言った通り、面白い奴だ……僕は、僕の名前はフランダ・クレメンティ。クレメンティ子爵家の長子だ。ケルケイロ様の……友人でもある。ケルケイロ様は屋上にいる……あの方は多分落ち込んでおられるからな。頼んだぞ、ジョン」
「あぁ、分かった。じゃあ、また後でな、フランダ」
そう言って、俺はその場を後にする。
フランダは階段を登っていく俺を見つめていたが、自分が登ってくることは無かった。
ただその場を立ち去る気配も無かったから、そこで他の者が来ないか見張っていてくれる気なのだろう。
気が利く奴だ、と思いながら、俺は屋上へ、ケルケイロの下へと急いだ。

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