書き殴りですが…

〈十二国記パロ兎虎〉


*王バニー×黒麒麟虎徹さんです。
とりあえず書きたい所だけ書きました




世界の中央に、黄海と呼ばれる場所がある。
海と名は付いてもそこに海はなく、ただ時と風のみが流れ、果てのない砂漠、樹海、岩山、沼地がただ一面に続いている。
そんな人間を寄せ付けない地の更に中央に、五山と呼ばれる険しい山々があった。
頂きは雲海の遥か上にあり、緑と水、岩がただ複雑な山肌を作りながら、ただ風だけが峰の間を吹き抜けて行く。
その五山の一つ、蓬山と呼ばれる、奇岩のひときわ多い山。
その中腹、雲海の下に蓬廬宮と呼ばれる宮殿がある。
唯一五山の中で人の住まうこの宮殿は、麒麟と呼ばれる神獣の為に存在する宮殿である。
住まう者も長の天仙玉女碧霞玄君を始めとして皆女仙で、宮殿の主たる麒麟の為にある者たちだ。
麒麟とは、一国に一頭しかいない最高位の神獣であり、王を唯一選ぶ事の出来る尊い存在だ。
この世界は天帝によって作られた十二の国があり、各々が麒麟によって選ばれた王によって統治されている。
麒麟の本性は獣で、人と獣の二つの姿を持っており、獣の姿になる転変、あるいは人型を取る転化によって自在にその姿を変える。
額には真珠色の角を持ち、その性質は情に厚く、また慈悲深く、血を嫌い争いを厭う。
人や動物がことごとく白い木から生まれるこの世界において、麒麟だけは唯一蓬山の奥にある【捨身木】と呼ばれる木からしか生まれない。
その麒麟に選ばれる事でしか、王は生まれない。
故に蓬山は聖地とされ、麒麟を主とする宮殿を女仙たちが手厚く守っているのである。

今、その蓬廬宮には、ただ一人麒麟がいる。
麒麟は名を、虎徹、という。本名は延麒虎徹と言って、列記とした雁国の麒麟だ。
しかも珍しい黒麒麟で、生まれた際には吉兆の証である七色の瑞雲が頭上一面に広がり、大層喜ばれたものだった。
だが、生まれてから既に30と7年。
とっくに王を選んでいてもおかしくはない上に、王を選んでいない麒麟の寿命は30年余りと言われている中、虎徹は余りにも異質だった。

だが、その麒麟は――――ひどく、芳しくない状態にあった。
「…いつまでそうやって、じっと耐えているつもり?」
美しい形の爪をやすりで削りながら、虎徹の女怪、ネイサンがじっと主を見る。
女怪とは麒麟の親代わりとなり、運命を共にする妖のことだ。
麒麟が生まれる前に捨身木の根元に実り、麒麟が生まれた後は親代わりに、王を選び下った後はその使令となり、麒麟が死ねば共に死ぬ定めだ。
そのネイサンの問いに、寝台に横たわっていた虎徹がゆっくりと首を巡らせる。
転変すればたてがみとなる漆黒の髪は萎れ、やつれた頬には血色が全くない。
なにより、金色の目はその輝きを失っていた。
かつては五山を奔放に駆け回り、黄海をまるで庭のように飛び回り、妖魔をまるで遊びのように折伏しながら暮らしていたというのに、今は見るかげもない。
麒麟と言っても今の姿では誰が信じるだろう。
「…うるせえんだよ。あっち行ってろ…」
「―――令艮門が開いて、既に半月。昇山を望み、門をくぐっていればもうそろそろ此処に辿り着いてもいい頃なのに、今年の昇山者の中に彼はいない。…あの子が成人して、もう4年。その間にアンタはみるみる弱り、転変はおろか蓬廬宮から出れもしなくなった」
虎徹は答えず、ネイサンから視線を外した。
「はっきり言うわ。…もう、アンタは王を選ばない限り、この冬を越せない」
ぎゅっと目を瞑り、虎徹は枕に顔を埋める。
「ほんっと強情なんだから。…たった一人に懸想して、王を選ばないで死ぬ麒麟なんて聞いた事ないわ」
「~~っ、王は!俺の王は、あいつしかいねえ!」
存外に強い声が出た。
「待っていてくださいって、文にだって、だから、俺」
「…ああ、はいはい分かったわよ。だから、落ち着いて」
虎徹を宥め、ネイサンは深く溜息をついた。
「でもね、あの子が本当に来る保証なんて何処にもないのよ?門をくぐっても、中には妖魔や妖獣が跋扈してる。それを越えて辿り着けるかどうかなんて―――」
「失礼します!」
コンコンと扉を叩く音と共に、息を切らした女仙の気配が現れた。
「…なあに?どうしたの?」
「さ、さきほど、牌門の所に、…最後の、昇山者が…」
「…それが?」
「それが、あの、黄金色の髪に、翠玉の目で…延麒様が、来たら伝えるように言われていた方と、同じ姿かたちだったものですから…」
言うが早いか虎徹は何処にそんな力があったのか、布を払いのけて跳ね起きた。
見る間にネイサンの目の前で転変し、漆黒の麒麟になると窓から風のように飛び出して行く。
芥子の花がざあ、と一斉に吹き散る。
「…全くもう…!女怪のアタシが置いて行かれるなんて!」
とはいえ、ネイサンの表情は先ほどとは打って変って明るい。
女仙に丹桂宮の準備をさせるように伝えると、ネイサンもその後を追った。

虎徹は最期の力を振り絞り、矢のように蓬廬宮を駆けた。
もう頭の中には己の王の事しかない。
そうだ、この王気だ。
赤と金とに燃えたつ、他の誰も持ちえない王気。
何処に居ようと虎徹には分かる。
牌門を抜けた先、蓬廬宮の外にある麒麟が昇山者と面会する建物、甫渡宮。
そこは広場となっていて、既に大勢の昇山者が集まっていたが、虎徹の金色の目は一目で探し人を見つけた。
「―――麒麟だ!」
集まった昇山者たちが一斉に、空を降りてきた虎徹を見た。
だが虎徹は、その中のただ一人の元へと降りて行く。
中空で解けるように人型へと転化したはいいが、長く臥せっていたために足がもつれて体勢を崩してしまう。
「危ない!」
たっと飛び出して、それを抱えたのは黄金色の髪の青年だった。
「っ」
さっと頬を染めた虎徹を、翠玉の目をやさしく細めて青年は抱き寄せる。
その途端、身の内に流れ込んでくる王気に虎徹は叫びそうになった。
寿命寸前だった体が回復し、みるみる元気になっていくのが分かる。
「無理はいけませんよ」
そっと地面に下ろされて、虎徹ははっと我に返った。
慌てて地面に跪き、深く首を垂れる。
「お待ち…お待ちしておりました…王よ…」
「…いいえ。いいえ、僕こそ、長く貴方をお待たせしました」
そっと手を取られて、顔を上げた虎徹の目の前で、青年は艶やかに微笑む。
「……僕の、麒麟……」
声が出ない。
制約しますと、御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓います、と言わなくてはならないのに、胸が一杯で顔をぐしゃぐしゃにするしか出来なかった。
自分の王は彼しかいない。
彼しかいないと思うからこそ、彼が長じるまで待って待って、寿命を擦り減らしてもこんなになるまで待った。
だから、約束を守ってくれた彼の為にも、王を選ばなくては。
それが麒麟たる己の使命だ。
「…公」
ざわ、と周囲の人々の表情が一変した。
そこへ駆けつけてきたネイサンの目の前で、虎徹は何処か誇らしげに、己の王に額づいた。
「貴方の御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、ここに誓約します」
万感の思いで告げると、きつく抱き締められた。
彼の香りを全身で感じながら、虎徹は目を閉じて幸福に浸る。

「…俺の、バニー…」

それは、幼いころの彼の愛称。
虎徹の王、雁州国の王、延王の名を、バーナビーと言った。

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