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@stellaSSL はる@ゴネクあ25
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世界の中央に、黄海と呼ばれる場所がある。
海と名は付いてもそこに海はなく、ただ時と風のみが流れ、果てのない砂漠、樹海、岩山、沼地がただ一面に続いている。
そんな人間を寄せ付けない地の更に中央に、五山と呼ばれる険しい山々があった。
頂きは雲海の遥か上にあり、緑と水、岩がただ複雑な山肌を作りながら、ただ風だけが峰の間を吹き抜けて行く。
その五山の一つ、蓬山と呼ばれる、奇岩のひときわ多い山。
その中腹、雲海の下に蓬廬宮と呼ばれる宮殿がある。
唯一五山の中で人の住まうこの宮殿は、麒麟と呼ばれる神獣の為に存在する宮殿である。
住まう者も長の天仙玉女碧霞玄君を始めとして皆女仙で、宮殿の主たる麒麟の為にある者たちだ。
麒麟とは、一国に一頭しかいない最高位の神獣であり、王を唯一選ぶ事の出来る尊い存在だ。
この世界は天帝によって作られた十二の国があり、各々が麒麟によって選ばれた王によって統治されている。
麒麟の本性は獣で、人と獣の二つの姿を持っており、獣の姿になる転変、あるいは人型を取る転化によって自在にその姿を変える。
額には真珠色の角を持ち、その性質は情に厚く、また慈悲深く、血を嫌い争いを厭う。
人や動物がことごとく白い木から生まれるこの世界において、麒麟だけは唯一蓬山の奥にある【捨身木】と呼ばれる木からしか生まれない。
その麒麟に選ばれる事でしか、王は生まれない。
故に蓬山は聖地とされ、麒麟を主とする宮殿を女仙たちが手厚く守っているのである。

今、その蓬廬宮には、ただ一人麒麟がいる。
麒麟は名を、虎徹、という。本名は延麒虎徹と言って、列記とした雁国の麒麟だ。
麒というのは雄を示し、延というのは雁国の国氏である。
虎徹は非常に珍しい黒麒麟で、生まれた際には吉兆の証である七色の瑞雲が頭上一面に広がり、大層喜ばれたものだった。
だが、生まれてから既に30と7年。
とっくに王を選んでいてもおかしくはない上に、王を選んでいない麒麟の寿命は30年余りと言われている中、虎徹は余りにも異質だった。

だが、その麒麟は――――ひどく、芳しくない状態にあった。
「…いつまでそうやって、じっと耐えているつもり?」
美しい形の爪をやすりで削りながら、虎徹の女怪、ネイサンがじっと主を見る。
布を幾重にも敷いた飾り椅子の上が、この部屋での彼女の定位置だ。
女怪とは麒麟の親代わりとなり、運命を共にする妖のことだ。
麒麟が生まれる前に捨身木の根元に実り、麒麟が生まれた後は親代わりに、王を選び下った後はその使令となり、麒麟が死ねば共に死ぬ定めだ。
ネイサンは麒麟よりも十月先に生まれ、麒麟の入った金の果実を見守り、生まれてからもずっとその傍にいる。
そのネイサンの問いに、寝台に横たわっていた虎徹がゆっくりと首を巡らせた。
転変すれば銀と雲母を散らしたように美しいたてがみとなる漆黒の髪は萎れ、やつれた頬には血色が全くない。
目の下には隈も濃く、唇も渇いてかさついている。
なにより、金色の目はその輝きを失っていた。
かつては五山を奔放に駆け回り、黄海をまるで庭のように飛び回り、妖魔をまるで遊びのように折伏しながら暮らしていたというのに、今は見るかげもない。
こんな萎れ切った、しかも30歳を越えた麒麟など誰がそうと信じるだろう。
「…うるせえんだよ。あっち行ってろ…」
声にもまるで覇気がない。
虎徹に生気がないということは、ネイサンも同じ状態にあるということだが、彼女は少なくとも表向きは絶対にそんな姿など見せなかった。
「―――令艮門が開いて、既に半月。昇山を望み、門をくぐっていればもうそろそろ此処に辿り着いてもいい頃なのに、離宮の外に集う今年の昇山者の中に彼はいない。…あの子が成人して、もう4年。その間にアンタはみるみる弱り、転変はおろか蓬廬宮から出れもしなくなった」
虎徹は答えず、ネイサンから視線を外した。
「はっきり言うわ。…もう、アンタは王を選ばない限り、この冬を越せない」
ぎゅっと目を瞑り、虎徹は枕に顔を埋める。
それは言われるまでもなく、自分が一番よく分かっている。
これでも王を選ばない麒麟の中ではかなり長く保った方だろう。けれど、天に決められた寿命だけは麒麟の力をもってしても覆す事は出来ない。
永らえるにはただひとつ。己の持つ名に負う雁国の民の中から、王を選ぶしかない。
けれど、虎徹にはもう、心に決めた人がいる。
―――虎徹が17歳、相手に至ってはわずか4歳の時に出会い、その瞬間、自分の王はこの子だと決めていた。
その時は自分が成獣になっていなかったのと、余りにも相手が小さすぎたせいで、虎徹は自ら待つ事を選んだ。
それからもう20年。
虎徹はずっとただ一人を心に描き、他の誰も選ばずにずっとずっと彼を待っている。
貴方にふさわしい王に。長く共にいられるよう、王としての器を身に付ける為に。
時折届く文には彼の努力の様が書いてあって、恋い焦がれると同時に虎徹は一日千秋の思いで彼の昇山を待ち侘びていた。
…それも、今年一杯が限界だろう。それでも、待たないなんて選択肢は虎徹にはない。
「ほんっと強情なんだから。…たった一人に懸想して、王を選ばないで死ぬ麒麟なんて聞いた事ないわ」
「~~っ、王は!俺の王は、あいつしかいねえ!」
存外に強い声が出た。
「待っていてくださいって、文にだって、だから、俺」
「…ああ、はいはい分かったわよ。だから、落ち着いて」
虎徹を宥め、ネイサンは深く溜息をついた。
「でもね、あの子が本当に来る保証なんて何処にもないのよ?門をくぐっても、中には妖魔や妖獣が跋扈してる。それを越えて辿り着けるかどうかなんて―――」
「失礼します!」
コンコンと扉を叩く音と共に、扉の向こうに息を切らした女仙の気配が現れた。
「…なあに?どうしたの?」
「さ、さきほど、牌門の所に、…最後の、昇山者が…」
「…それが?」
「それが、あの、黄金色の髪に、翠玉の目で…延麒様が、来たら伝えるように言われていた方と、同じ姿かたちだったものですから…」
言うが早いか虎徹は何処にそんな力が残っていたのか、布を払いのけて跳ね起きた。
見る間にネイサンの目の前で転変し、漆黒の麒麟になると窓から風を纏って飛び出して行く。
窓の外に咲いていた芥子の花がざあ、と一斉に吹き散る。
「…全くもう…!女怪のアタシが置いて行かれるなんて!」
とはいえ、ネイサンの表情は先ほどとは打って変わって明るい。
「さあ、丹桂宮を開いて。風を入れるのよ」
丹桂宮とは、麒麟に選ばれた王が、天勅を得る吉日まで逗留する宮だ。
女仙にその準備をさせるように伝えると、ネイサンもその後を追った。


虎徹は最期の力を振り絞り、矢のように蓬廬宮を駆けた。
自分の尽きようとしている寿命の事などもう考えもしない。
頭の中には正しく己の王の事しかなく、脈動する王気を感じて、嬉しくて涙が零れそうになる。
そうだ、この王気だ。
赤と金とに燃え立つ、他の誰も持ちえない清廉で眩しい王気。
何処に居ようと虎徹には分かる。
牌門を抜けた先、蓬廬宮の外にある麒麟が昇山者と面会する建物、甫渡宮。
そこは広場となっていて、既に数日前から大勢の昇山者が集まっている。
けれど、虎徹の金色の目は一目で思い人を探し当てた。
「―――麒麟だ!」
集まった昇山者たちが一斉に、空を駆け降りてきた虎徹を目にした。
遂に王が選ばれるのかとざわめく名だたる武将や豪傑、文人たちの中で、虎徹はその中のただ一人の元へと降りて行く。
甫渡宮の赤い朱塗りの屋根にさしかかり、中空で解けるように人型へと転化したはいいが、長く臥せっていたために足がもつれて体勢を崩してしまう。
「危ない!」
声と共に飛び出して、落ちてきた麒麟を鮮やかに抱えたのはまさしく黄金色の髪の青年だった。
「っ」
さっと頬を染めた虎徹を、翠玉の目をやさしく細めて青年は抱き寄せる。
その途端、身の内に流れ込んでくる王気に虎徹は叫びそうになった。
寿命寸前だった体が回復し、細胞のひとつひとつが活性化していく。
砂漠に水が染み込むように、花が水を吸い上げるように、あるいは蝶が蜜を吸い上げるように、王気を受け入れていくのが分かる。
「無理はいけませんよ」
そっと地面に下ろされて、虎徹ははっと我に返った。
慌てて地面に跪き、深く首を垂れる。
「ずっと…ずっと、お待ちしておりました……」
「…いいえ。いいえ、僕こそ、長く貴方を待たせてしまいました」
そっと手を取られて、顔を上げた虎徹の目の前で、青年は艶やかに微笑む。
「……僕の、麒麟……」
声が出ない。
他の人間たちにしてみれば、なんと不遜な言葉と取られただろう。けれどそれは二人の間では紛れもなく真実だった。
じわりと今度こそ強く涙が込み上げた。
制約しますと、御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓います、と言わなくてはならないのに、胸が一杯で顔をぐしゃぐしゃにするしか出来なかった。
自分の王は彼しかいない。
彼しかいないと思うからこそ、彼が長じるまで待って待って、寿命を擦り減らしてもこんなになるまで待った。
だから、約束を守ってくれた彼の為にも、王を選ばなくては。
それが麒麟たる己の使命だ。
「…公」
ざわ、と周囲の人々の表情が一変した。
そこへ駆けつけてきたネイサンの目の前で、虎徹は何処か誇らしげに、己の王に額づいた。
「貴方の御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、ここに誓約します」
万感の思いで告げると、膝をついた青年に引き寄せられ、きつく抱き締められた。
「…成獣もすっかり過ぎた、こんなおじさん麒麟でもよかったら、…そばに…」
「貴方がいいんです。貴方でなければ、他には何の意味もない」
人目もはばからず、青年は虎徹の頬をやさしく撫でた。
「…許します。ずっと、ずっと僕の傍にいて。千年の幸福を、貴方に…」
彼の香りを全身で感じながら、虎徹は目を閉じて幸福に浸る。
王の誕生ね、とネイサンが発すると共に、歓喜の声が四方八方から上がった。

「…俺の、バニー…」

ぽつりと呟かれたそれは、幼いころの彼の愛称。
虎徹の王、雁州国の王、延王の名を、バーナビーと言った。


「ネイサンや」
瑠璃を削って作った扇をひらひらとさせて、梨を絞った水を飲んでいたネイサンの前に、いつの間にか一人の女仙が姿を見せた。
「…王を選んだのが、貴方にも分かったようね。玄君」
雪柳のすだれがそよそよと揺らめき、茉莉花の香りがふんわりと外から漂ってくる。
「ほんにその扇は、そなたによく似合う。…延麒が、否、延台輔が下山の暁には、これも共に持っていくがよい。己と台輔、そして王のよき助けとなろう」
「喜んで賜ります。…それにしても」
ネイサンは首を巡らせて、四阿の外を見た。
季節のない五山にあって、蓬廬宮の全てがまるで春のように一層鮮やかに色づいている。
これは明らかに蓬廬宮の主である虎徹の余波だ。
20年待ってようやく王を得た麒麟がその喜びを抑えきれず、また、王気に満たされて周囲が物理的に活性化しているのだ。
今二人がいる丹桂宮とは、麒麟に選ばれた王が、天勅を得る吉日まで逗留する宮である。
来るべき日が来れば、蓬廬宮の北にある雲梯宮の奥から雲海を抜け、蓬山の頂へと王と共に昇り、天命を得る。
そして虎徹はバーナビーと共に、バーナビーの生国である雁国へ玄武の背に乗って下り、雁国の王宮である玄英宮へと入り、二人で国を治めて行くのだ。
「…随分と、春めいてること」
「愛欲は否定せぬが、下山してからだと王はちゃんと誓を守っておるようじゃの。…じゃが、肝心の延台輔が全くもって我慢がきかぬようで」
ころころと笑う玄君に、ネイサンも表情を和らげた。
「女仙たちも見て見ぬふりをしてくれているようだし、少しくらいは許されるでしょう?…それで少しでも早く、王気によって回復するならば大歓迎よ」
「では、今暫しこのまま延台輔の好きにさせておやり」
「言われなくとも」
2人が上げた視線の先には、花に包まれて輝く丹桂宮があった。


やわらかく布が引かれた丹桂宮の中で、虎徹はバーナビーから離れずにずっと寄り添っていた。
時折二人で桃や杏子を食べる以外は、寝台か長椅子に腰掛けてずっとたてがみを梳いたり撫でたりしてもらっている。
傍にいるだけで王気が寿命を擦り減らした虎徹を癒し、包んでくれる。
けれど、虎徹にとってバーナビーは己の王である以上に、ずっと恋しくてたまらなかった存在だ。
もっと触れて欲しくて強請れば、自然に唇が重なった。
すりとお互いの唇を擦り合わせ、花が開くようにゆっくりと開いた所を舌先で優しくこじ開けられて、虎徹の腰が揺れた。
麒麟といえど生き物だから、そういう欲と無縁な訳がない。
他の麒麟はどうか知らないが、虎徹は己の事をかなり俗物的な麒麟だと思っている。
それを玄君などは素直だと言うが、ネイサンはその無鉄砲さや頑固さは不要だと常々言い含められている。
「虎徹さん、舌を出して…」
バーナビーは二人でいる時は虎徹を名前で呼んでくれる。
「?こうか…?」
舌をちろりと覗かせると、バーナビーは虎徹の両頬をそっと包んだ。
指先で耳から頬をやわらかく愛撫しながら、虎徹の舌先と己の舌先をくちゅりと擦り合わせる。
小さな水音を立てながら、そのまま暫く舌先だけで愛撫し合う。
バーナビーの舌は温度が低いから、虎徹の熱い舌と混じり合って堪らなく気持ちがいい。
ただ軽く擦り合わせているだけなのに、ぶるりと明らかな欲情で腰が跳ねる。
「ん…あ、は…っ」
堪らず声が出て薄目を開ければ、髪を撫でられて金色の目がとろんと撓む。
バーナビーは形の良い眉を悩ましく寄せて、虎徹の腰を抱き寄せてくれた。
「ん、んう…う」
バーナビーの王気と愛情に包まれて、虎徹は幸せの涙を流した。
「…虎徹さん…?どうしたんですか」
「ん、違…嬉しくて」
涙を拭われて、触れる手にすり、と頬を摺り寄せる。
「……夢じゃ、ねえなって。バニーが、ここにいるの、まだ…」
信じられねえと口にする前に唇が重なって、ちゅう、と舌を吸われて全身が震える。
「……ア……ゥ、あむっ…」
ぢゅ、くちゅ、じゅるる、と水音が鼓膜を犯し、緩急を付けて舌を吸われる快楽は果てしない。
虎徹の思考が白く塗り潰されていく。
「夢になんて、させない…」
「んっ」
「こんなにしておいて、まだ夢だなんて、思えますか…?」
ぞくぞくと全身が激しい歓喜に満たされ、体を巡る血さえ燃えるように熱い。
今は王でも麒麟でもない。
まだ、天勅を得るまでの間は、このまま二人で蜜月を過ごしていたい。
「…っ、んううっ…あああ」
虎徹をまるで離そうとせず、口元が飲み下せなかった唾液でべたべたになっても深い口づけは続く。
「う…う、ふう、んむう…っ、ん~~~~」
自分は今どんなみっともない顔をしているのだろう。
恥ずかしくて離れたいと思うのとは裏腹に、いやらしい顔で虎徹を貪っているバーナビーを見て、たまらずぐっと腰を押し付けてしまう。
嬉しい。こんなにも自分を求めてくれて、己の昏い欲にもこうして応えてくれる。
「んん、くぅ、は…っむうう…❤」
舌をしゃぶられて、ぶる、と激しく腰が揺れた。
当たる感触で互いに興奮しているのが分かったけれど、ネイサンにも交わりの肉欲はここでは慎むようにと言われていた。
だから、二人はこれだけなら許されるかと、口づけを飽きる事もなく繰り返しては抱き締め合っている。
虎徹は息も絶え絶えに目を細め、甘えるように口を開いた。
「バニィ、もっと…」
はい、と色気をたたえて微笑み、バーナビーは虎徹の膝に腕を差し入れた。
お姫様抱っこの形で腕の中に抱き込み、再び頬を包んでぐちぐちと舌を擦り合わせる。
「む…っ、あ、ァあ、あ」
「…愛しています。僕の、僕だけの麒麟…虎徹さん…僕の傍を、離れないで」
「はな、離れな、バニーッ」
熱さに翻弄されながら、虎徹は自分の王であり、最愛の思い人が与える口づけに酔いしれた。


04:27 PM - 3 Jul 13 via Twishort

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