ヒーローバニー×天使おじ⑤
*ちょっとずつ不定期。せっかくなので
バニーが思い出すところまでは連載したいなと
思っております。
翼を仕舞っているせいか、気が付けば虎徹はぐっすりとベッドで寝入っていた。
枕を抱きかかえて目を覚ますと、既に隣にバーナビーはいなかった。
眠らなくても大丈夫の筈なのに、とんだ大失態だ。
「だっ」
跳ね起きると、丁度寝室の入り口が開いてバーナビーが入ってきた。
既に完璧に支度を終えていて、頭はぼさぼさで目も半眼の虎徹とは大違いだ。
明るくなった部屋の中できらきらと輝いているバーナビーは、虎徹を見て薄く微笑んだ。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
近くで聞くとますますいい声だった。
幼い頃も十分可愛らしかったが、まさか20年経ってこんなとびきりのハンサムになるとは虎徹だって思いもしていなかった。
思わず見とれてしまい、慌ててそれを隠すようにしてベッドから降りる。
「おかげさんで。こんないいベッドで寝たのなんて、覚えてる限りじゃねえな」
「それはよかった。…僕はもう仕事に出かけますが、朝食はどうします?」
「だーかーら、天使だからそういうのは…」
途端くるるるる、と鳴った腹に、虎徹はバツが悪そうに明後日の方向を向く。
「…天使でも、やっぱりおなかは空くようですね?」
「うっせ。今は翼仕舞ってっから、人間と殆ど変わんねえの」
「貴方、済ませるような用事はないんですか」
「?今んとこなんもないけど?」
脱いだ虎徹の服もちゃんと畳まれている。
こういう所がやさしくて几帳面なのだな、と虎徹はまたひとつバーナビーを好ましく思った。
「では、一緒にアポロンメディアに来ませんか。勿論出入りできるよう、許可証は発行させます。なんなら天使の姿のままでもいい」
「…何のために?」
「する事がないなら、僕の仕事ぶりでも見てみてください。貴方は人助けをするのがお好きなようですから、きっと飽きないと思いますよ」
「っても、俺が手ェ加えたり参加したらいけねえだろ」
「ですから、暇つぶしだと思ってくれれば」
「暇つぶしねえ…」
正直言えば、今までして来た事と何ら変わりはない。
飽きもせず20年バーナビーをずっと見ていたのだ。けれど、それが当人のあずかり知る所となればまた話は違う。
複雑な気持ちのまま、する事もないので虎徹はひとまずアポロンメディアについていくことになった。
バーナビーの家の近くも勿論大抵の地理は分かる。
けれど、隣にバーナビーがいるというだけで、世界は大分違って見えた。
道中、バーナビーがスタンドに寄ってコーヒーを買うのに、虎徹もその横に並ぶ。
「おばちゃん、俺にも」
「あいよ。あら、今日はバーナビーと一緒かい」
「おうよ、すげえだろ?あ、そのホットドッグも。ケチャップとマスタード多めで!」
いかにも慣れた様子に、驚いたのはバーナビーだった。
「…貴方、よくここに来るんですか」
「あ?おお、ここのコーヒー他より段違いに美味いだろ。流石ばに…バーナビーも分かってんなあ」
一瞬バーナビーと呼びそうになって、何とか堪えた。
バニーなんて、今のバーナビーには流石に失礼だろう。バニーと呼ぶのは、虎徹だけの秘密でいい。
「そうですね、確かにここのコーヒーは…いえ、そうではなくて。ホットドッグとか、そういったものも食べるんですね?」
「俺はさ、天使の中でも変わりモンなの。こういうの、ハンバーガーとかドーナツとかすっげえ好きで、食わなくてもいいのについ買っちまうんだよな」
「…いや、ずっと思っていましたけど…貴方は本当に、人に近い天使なんですね。天使のイメージとは大違いだ」
湯気の立つホットドッグを頬張りながら、虎徹はコーヒーを啜る。
まあ一般的な天使のイメージは、ブルーローズやスカイハイが最も近いに違いない。
ネイサンは大分違うが、それでも人間に分け隔てなく、同性だろうと異性だろうとあらゆる愛を司る彼女はやはり天使そのものだ。
ふと懐かしい仲間たちの顔を思い出して、虎徹は本当に自分は天使らしくない天使だなと思った。
バーナビーに叶う筈のない恋をして、そうと分かっていてシュテルンビルトを離れられず、傍らに留まり続けている。
そんな自分とは正反対に純粋で、献身的で、穢れない清らかな天使。
バーナビーもおそらくはそういうイメージを持っているのだろう。
「ガッカリしたろ?」
「いえ。…少なくとも、僕にとってはとても、好ましいです」
予期せずストレートに好ましいと言われ、虎徹はむぐ、とホットドッグのかけらを詰まらせる。
顔が緩んでしまいそうになって、他意はないのだと自分に言い聞かせる。
慌てて残りもコーヒーで流し込んで、虎徹は焦って話題を振った。
「あー、それよかお前、朝ごはんはちゃんと食えよ!糖分はコーヒーで取るからいいとかんな事言うなよ、胃にだって負担かかんだからな!」
そう言って虎徹はもうひとつ買っておいたベーグルを差し出す。
「これは一番人気のド定番だから、お前もたぶん食えると思う。…俺はマヨネーズたっぷりかけたやつが好きなんだけどな」
茶色とピンクのバイカラーの包み紙からのぞいているのは、メープルウォールナッツベーグルだった。
メープルの甘い匂いがバーナビーにも届く。
「ほら、食って今日も一日頑張ろうぜ」
笑って鼻先にベーグルを突き出せば、バーナビーはぱちぱちと長い睫毛を幾度か瞬かせた。
「…なんだよ」
「く、はは!いえ、貴方、本当に変わってるんだなと。まさか僕の世話まで焼いてくれるなんて」
「変わってちゃ悪ィかよ」
「いえ、全く。…貴方みたいな天使、きっと他には… …?」
「…どうした?」
「…いえ。…何処かで、天使に逢った事があるような、そんな気がふとしただけです」
内心どきりとしたが、思い出したような様子はない。
「…そっか。まあ、そういう事もあるかもな」
「ええ。…では、有難くそのベーグルは頂きますね」
「お、おう」
ベーグルを渡す時に指先が触れ合って、虎徹だけが心臓をどきどきとさせてすぐに離れて行く。
「たまにはこうして、歩きながら食べるのもいいですね。では、行きましょう」
PDAを見て、少し急ぎますよとバーナビーは歩速を早めた。
その姿にずきんと、胸が痛んだ。
バーナビーが忘れてしまっているのは当たり前だ。虎徹が確かに、この手で記憶を消したのだ。
だから今更、自分たちは昔出会っていて、思い違いではないなどと伝えられる訳もない。
…ないのに、距離だけがどんどん近づいていく。
苦しいのなら離れてしまえばいいのに、今はとても離れる事は出来そうにない。
自分が思っていた以上に、心は深い所で乾いていたらしい。
このままもう一度、記憶を消して離れる事が出来るのか。全てを無かったように出来るのか。
辛い選択はいずれしなくてはならない。
上品にベーグルを食べるバーナビーの後ろで、虎徹はぎゅっとベストの合わせを掴んだ。
出社してすぐバーナビーは立ち上げたPCで一日のスケジュールをチェックする。
それが日課だというのは勿論虎徹も知っている。
今日は朝からヒーロースーツの調整があって、昼はランチを兼ねてスポンサーと今秋展開する広告についての打ち合わせ、午後は雑誌の取材に撮影、HEROTVの特番の収録と目白押しだ。
バーナビーが忙しいのは虎徹も百も承知していたが、こうして間近に見ると本当に大変なのがよく分かる。
これでは下手な芸能人より余程忙しい筈だ。
よくもこなしているものだ。
バーナビーは拾い出した予定を綺麗な筆記体で手帳に書き込むと、落ち着く暇もなく席を立った。
「行きますよ、タイガーさん」
「だっ、もうかよ?まだ来たばっかだろ」
「午前はスーツの調整で、終わり次第空き時間で休憩してそのまま外勤です。時間を無駄には出来ませんから」
「はー…なんつうか、ヒーローって大変なのな」
「そうでもありませんよ。いいことだってたくさんあります」
廊下を歩きながらバーナビーはにこやかに答える。
「…で、どこ行く訳」
「スーツの調整はラボで行います。ラボは一つ上のフロアにあって、僕のスーツは全てそこにいる優秀な研究者にお任せしています」
「へえ…」
随分信用してるんだな、と、虎徹はバーナビーのヒーロースーツを思い返した。
バーナビーのスーツはシュテルンビルトのヒーロー達の中でも間違いなく最新鋭のものだ。
赤とクリアピンクの派手で目立つカラーリングも、シャープでネイキッドなラインもバーナビーにぴったりだった。
バーナビーがヒーローになってまだ日は浅いものの、メディア戦略もあってそのスーツをTVで見かけない日はない。
けれど、実際にそれを身に纏ってバーナビーがシュテルンビルトを駆けるたび、虎徹は胸を躍らせながらそっと見入っていたものだ。
ヒーロー事業部のフロアにあるものはただの展示用のレプリカだが、ラボに置かれたものは実際にバーナビーが使う実物の予備が置かれている。
「斎藤さん」
ラボに入ると、机に座ってPCを打っていた小柄な白衣の男性がくるりと振り向いた。
「…」
口をぱくぱくと動かしてはいるが、全く声としては聞こえない。
「え?何?何て?」
「おはよう、だそうです。スピーカーを通さないと声が凄く小さくて」
「へー… …ん?!」
虎徹は突然とあることに気が付いた。
全く同じ特徴を持った知り合いが、一人だけいた気がする。
「あれ、まさか」
斎藤さんもそれは同じだったようで、椅子から立ち上がってとことこと虎徹の所に近づいてくる。
その見覚えのあり過ぎる姿に、虎徹は思わずああ!と声を上げた。
「斎藤さんって、斎藤さん!?」
すちゃ、と頭にスピーカーの付いたヘルメットを被り、斎藤さんはおもむろに口を開く。
『そうだ!久しぶりだなタイガー!!』
「やっぱり斎藤さん!久しぶりっすね、元気でしたか!まだアイスばっか食ってんです!?」
『アイスは私の研究意欲の大事な糧だ!切らすと困るんで、冷蔵庫には山のように入ってるよ!!』
「だああ、相変わらずうるっせえ…!何年振りすかね、20年は確実っすけど!」
『私も大分天界には帰ってないよ!おかげであっちに戻る気が年々失せていく!』
「…驚いた。お二人はお知り合いでしたか」
「まっさかこんなとこで再会するなんて思わなかったけどな」
『…ん!?バーナビーは、タイガーの事を知ってるのか!?』
「知っているというか、昨日落ちそうになっている所を助けました。片翼の天使だなんて思いもしませんでしたが」
『ああ、あれは不幸な事件だったな!あの後一体どれだけの天使がタイガーの翼を嘆き悲しんだ事か!まして20年経っても、天にも戻れもせずに!』
「…?」
「わー、たんまたんま斎藤さん!その話はなしで!」
『…ああ、まあそうだな!それはまたそのうち!』
「バーナビー、斎藤さんは俺の同僚で、【神の手】っていうやつでさ。そういやPDAもヒーローに作って寄越したんすね!」
『そう、これは私が天で作った自慢の技術でね!便利だろう?』
「PDAは、元は天界の技術なんですね」
「他にもいろいろあるぜ。斎藤さんが作ってるモンは基本的に、天からの贈り物って思えばいい」
なるほど、とバーナビーは頷いて、二人をしげしげと見つめた。
「やはり、お二方とも天使らしくないですね」
『余計な御世話だ!バーナビー、アンダースーツに着替えて早速調整を始めるぞ!今日はやる事がたくさんあるんだ、どんどん行くぞ!』
強引にバーナビーの話を遮り、斎藤さんはぐいぐいとその腰を押す。
バーナビーを隣のロッカールームに押し込んで、ぐっと斎藤さんは親指を立てた。
『すまなかったなタイガー!流石にさっきの話はまずかった!』
「いや、むしろこっちこそすいません。つーか、…本当に、久しぶりですね」
ヘルメットを外し、斎藤さんはぱくぱくと口を開閉させる。
「んん?」
虎徹が耳を寄せると、斎藤さんはキヒ、と笑った。
「…また辛い思いをするのに、タイガーは難儀だって言ったんだよ」
「辛い思い…?」
「そう。バーナビーの記憶を消すんだろう。…辛ければ、私が消してもいいぞ」
「いや、それは…」
アンダースーツに着替えて、強化プラスチック越しの実験室に入るバーナビーの背を見ながら、虎徹はきつく唇を噛み締める。
髪をばさりとやって、首の後ろのジッパーを上げる姿さえも様になっていた。
ずっとそばで見ていたいけれど、そういう訳にはいかない。
…20年も前から分かっていた事だ。
「…それだけは、俺がやります。俺じゃなきゃ、駄目なんです」
「そうか…まあ、これもせっかくの縁だ。後で飲みにでもいかないかタイガー。話くらいは聞いてやれるよ」
「いいっすね!是非!」
打って変わって楽しそうに話をする2人を、ちらりとバーナビーが横目で見つめていた。